43.対照的で似た者同士
「随分ご機嫌だな」
「そう?朝からかわんないよ」
出場者の紹介も終わり、ひとまず十六時までは甘味巡りを再開する事にした私たちは改めて花芽ラのアーケードを歩いていた。
海月店主の後をついて行った二人はおそらく今頃【LOVERS】で働いているのだろう。早めに行っても良いのだが、時間厳守と書かれていたからには一応守ってあげようという運びになった。
「ふふ、そうかい。そんで次はどこ行くんだ?」
「えっとね、こことここ。次にここ。
その後はもっかい【あまより】行ってみようかなって思ってるけど、いい?」
マップを覗き込む兎に向けて、マップ上の赤丸を指して示す。お店の外観に加えて、ご丁寧にも店舗ごとのイチオシ商品の写真も載せられている為、予定を立てやすい。やはり、この子は道標で間違いない。私の甘味道を正しく導いてくれる相棒なのだ。
「当然。えーっと、なになに。
【Pâtisseriela bonté】と【はなのね】。
ほんで【甘野老】ね、なるほどな、選手権のとこメインか」
「ん。一応ね」
【ToDo'Rocky】は今回は外すことにした。何年か前、本店に赴いた時に食べた"マグロパフェ"が私の口には合わなかったからだ。
柔らかな刺身の食感としゃりっと冷えたフルーツのコラボレーションは初体験で中々面白かったし、味も美味しくない…ことはないのだが、どうにも魚介が苦手なもので半分は碧と兎に食べてもらった記憶がある。
たしか碧は絶賛していた筈だ。持ち帰れるなら寄ったのだが、鮮度の都合上か飲食は店内のみとなっていた。
「お、あそこじゃねーの。けっこう並んでんな」
アーケードを十分程進んで、大通りを挟んで向かい側の右側に最初の目的地が見えた。
甘味巡りを始めてから三店舗目の【Pâtisseriela bonté】だ。小さめのテナントに洒落た内装の店内からはずらりと行列が伸びている。
「おっ、凪乃みろ。あそこ」
「ん。あ、瀧奈ちゃん…と、もうひとりは」
兎の指す方を見ると、そこには学友の姿があった。どこか挙動不審な少女の姿はもはや見慣れたものである。隣には同じくらいの歳頃の女の子を連れてなにやら仲睦まじく談笑していた。友達だろうか。
「お、気が付いたか」
大きく手を振る兎を見つけたのか、瀧奈ちゃんともう一人の少女が四車線程の横断歩道を渡り、こちらへと走り寄ってきた。能力の為、走ってくる瀧奈ちゃんの足音は聞こえなかったが息を切らした声の方が大きく、あまり意味を成していなかった。
「はぁっ、はっふっ、はぁっ。……はわぅ。
ななっ、凪乃ちゃん、兎ちゃん!久しぶりっだ、ね」
「おう、相変わらず体力ねーな」
乱れた息と長髪を整えている瀧奈ちゃんとは対照的に、隣の少女は息ひとつ崩れていなかった。これくらいの距離ならまぁ有り得なくもないが、まるで歩いてきましたよ、と言わんばかりの澄んだ笑みを浮かべていた。
「ふぇへへ、…あ、そうだ。紹介するね。
こちらは……えっと、百目鬼…研究所の丹蓯 楠莉ちゃん。前に凪乃ちゃんがマルルの能力…みてくれたでしょ?あの後ね、マルルの経過観察の為にって、うちまで来てくれてるんだぁ」
瀧奈ちゃんの紹介に応じたのか、丹蓯と呼ばれた少女がこちらへまっすぐにVサインを向けている。
まさか同僚だとは思わなかった。
そもそも職場の人と会うことが少ない事もあり、私がよく知っているのは所長と餅染先輩、羽々斬先輩と…砂溟先輩くらいなものだ。後は卜部さんもか。副所長とも一度だけお会いしたことがあるばかりで、他にも名前しか知らないような人は大勢いる。
今更だが、いくら職場とはいえ片手で足りる程の交流関係というのは我ながら如何なものだろうか。
「楠莉って呼んでください!体力と顔には自信あります!よろしくお願いします!」
「えっ、あっ、うん。よろしく…お願いします」
まっすぐに向けられた手に応え、固い握手を交わす。小さな手に似合わず手のひらは厚く、随分とがっちりしていた。これまたまっすぐにこちらへと向けられる無垢な笑顔は、たしかに本人の自信に見合うものだった。
「ジブン神代桜中等部なんで!タメ口でお願いします!
瀧奈ちゃんとこには偶にお泊まりさせてもらったりしてます!ゲームも教えて貰ってるし!良ければ今度先輩たちも!」
中等部…と言うと卜部さんを思い出すが、この子はちゃんと年齢通りなのだろう。彼女の振る舞いからそう確信する。
「うん、ぜひ。その時は四人でお邪魔するね」
「だって!やったね!瀧奈ちゃん!」
「ふへ、ふぇへへへへ」
「ふっ!今日も可愛いと思いませんか!」
嬉しそうにくしゃりと顔を綻ばせる瀧奈ちゃんを横目に、にかっと笑ってVサインを向ける楠莉ちゃんを見て、兎が小さく耳打ちしてきた。
「こいつ、もしかしなくても変な奴か?」
「こら」
***
瀧奈ちゃんと楠莉ちゃんの二人組と別れ、【Pâtisseriela bonté】の列もそろそろ終わりの見える頃、ふと『黄昏前線』の事を思い出した。
課題も終えてしまった私は時間を潰すついでにぼちぼち進めていたのだ。それに、兎に教えて貰おうと思っていた事もあった。ただ待つのも飽きてきたし、丁度いい。
「ねぇ兎。『黄昏前線』だけどさ」
「おっ!なんだなんだなんだ!なんでも聞け!」
異様な食い付きに尻込みしてしまうが、兎のハマりようなら納得ではある。それに、ここ数日プレイしただけでも兎がこれだけハマる理由もそれなりに理解できた。
「スキル?がさ。打てない時があるんだけどなんで?」
「それな、初心者にありがちだぜ。
詠唱は恥じらいを捨てなきゃダメだ。無詠唱もカッコイイし憧れる気持ちはわかるが…ロマンでしかないからな。隙は減らせるが威力が落ちる。利点も少ない。
あたしが言えるのはちゃんと発声すること、だな!」
「……声に出すの?」
「おう。あぁ、リアルでは出てないから安心しろよ。
潜界モードでは。だけどな!」
「…それが嫌だから魔法職にしなかったのに」
「盲点ってやつだな!ハハハ!」
やだなぁ。こてこてのスキル名なんかを声に出すのはちょっと恥ずかしい。ものによってはかなり長いものもあるし、武器によっても形態変化をする時に必要になるものもある。
「そっかぁ……。あ、次だって」
「待ちくたびれたぜ」
少しだけ憂鬱な気持ちになりながらも、漸くお店へと入ることができた私たちは、一目散に隅の二人席へと腰掛けた。立ちっぱなしで凝り固まった両脚を休ませつつメニューを見ていると、堂々と一面を飾るイチオシ商品の姿が目に留まった。
「私これにしよっかな。"焼きたてカスタードパイ"」
「あたしは隣の"焼きたてアップルパイ"にしよっかな。
分けっこしようぜ」
「ふふ、ナイスアイディア」
待つこと十数分。他の席に座る面々もいくらか入れ替わった頃、注文の品が目の前に届けられた。
まだ卓に置かれただけだというのに、生地から鼻の奥まで届く香ばしいバターの香りが堪らない。皿の上にきらきらと散らばるきつね色の欠片たちが、触れずともそのサクサク食感を伝えてくれている。も…もう我慢できない。
「…いただきます」
──サクっ。
「ん。……これは」
幾層にも織り成された生地に閉じ込められた空気による軽やかな口当たり。その軽さからは想像も付かないほど突き抜ける芳醇な香り、続いて舌に当たる濃厚なカスタードの甘み…!なめらかながら重厚感のある食べ応え……!
「……七十九点!」
これは美味しい…!指のベタつきやパリっと零れ落ちる生地の欠片すらにもちょっとした嬉しさがある。
「…あっ」
しまった。……食べきってしまった。
「悪い凪乃。あんま美味くて全部食べちまっ……」
両頬に詰め込みながら顔を持ち上げた兎と視線がぶつかる。兎が視線を私の皿へと落とし、もう一度目を合わせてから、苦い笑みを浮かべる私に向けて小さく呟いた。
「……そうだよな?」




