42.二人の道化
「兎、急ご。そろそろ店舗紹介始まるみたい」
「おっ、もうそんな時間か?」
時刻は十二時を回ろうとしている頃、私たちは商店街入り口のロータリーへと向かうべく、来た道を引き返していた。まだサブレとあんみつに飲むチーズケーキしか口にしていないと言うのに時間が経つのは早いものだ。
「そんで何店舗出るんだ?」
「書いてあるのは八店舗、かな。
駅前のあのカフェも出るって」
「あぁ、あそこね。美味かったよ、美味かった…あのパンケーキ、まさに絶品だ。あぁ……美味かったんだよなぁ」
「ほんとおこるよ」
「くくっ、悪かったって。今度奢るからさ」
先月頭頃に駅前に出来たカフェ【LOVERS】。肆京から来た店主が切り盛りするそのお店は珈琲の他、パンケーキにブリュレやタルト、デニッシュにパンナコッタと多くのスイーツが揃っている上、全てが絶品と大好評だった。
隣でニヤついている兎は廻琉と碧を連れて行った前科がある。あろうことか私がバイト中に、だ。一度と言わず二度三度と奢ってもらわないと気が済まない。その時はいちばん高いやつを頼もう、せっかくだから。
歩調を早めて商店街のドームを進んでいると、徐々に空気が熱をもっていくのが感じられる。これが活気というものなのかと、そんな事を考えているうちにアーチの向こう側に人集りが見えてきた。亖先生のお陰だろうか、ロータリーに集まる人々は既に随分と温まっている様子だった。
『──ではァ!!スイーツ選手権んん!!エントリィイイイ店舗のォ!!入ゥゥゥ場ゥウッだァぁぁぁああ!!』
「ギリってとこか。にしても人多いな」
「ね、亖先生まだやってるし」
ロータリーの中心にはいつの間にやらステージが設置されていた。こんなもの二時間で良く準備したものだ。
ステージの周囲は小さめのテントが八つ、円で囲むように設置されている。数からしてエントリー店舗スタッフが控えているのだろう。入場まで姿を伏せておく演出なのか、それぞれ幕が掛かり中は見えないようになっていた。テントの入り口には店舗名が書かれた木札が掛けられているようだったが、この位置からでは読めよう筈もない。亖先生によるご機嫌な紹介を待つ他ないようだ。
『──記念すべき一店舗目はァッ!
初代はなんと花芽菓子工業組合発起人!以来!代々組合長を務めあげてきたァッ甘味の一族ゥゥゥ!名実ともにッ!このッ花芽を!商店街を!支え続けてきたッ!
甘きに到るはその血の運命ェ!!
百年培われてきた技術の粋を今日ォここにィ!
老舗和菓子屋【あまより】!!五代目店主!
甘頼 凛伍ォォォオオ!』
店舗名に続いて名前が呼ばれたのち、テントから一人の女性が顔を覗かせる。桃色の髪をした線の細い女性だ。思っていたより人が多かったのだろうか、ステージから離れたこちらからでもわかるほどに挙動不審であった。なんだか瀧奈ちゃんを思い出すな。
「おい凪乃、ふふっ。六十六点のと……いだだっ!」
「………」
どんな表情を浮かべているのか見なくてもわかる顔には目もくれず、無防備な兎の背中をぎゅっと抓る。かっこつけてへそ出しの服なんか着てくるからだ。後でお腹冷えても知らないんだから。
『二店舗目はッ!───から!───だァッ!魚介と甘味のマリアージュ!──────もあるぞッ!デッカい器にデッカい優しさ!パフェ専門店!【ToDo'Rocky】よりィ!蓼丸 九曜ゥゥ!!』
テントから出てきたふくよかな男性がステージへ上がっていく。先程の五代目あまよりの女性とは対照的に、自信たっぷりといった朗らかな笑みを湛えていた。実際に横に並んでいるのを見ると、本当に真逆の見た目といった感じだ。五代目あまよりはすっかり気圧されてしまっているようだが、あの調子で普段の経営なんかは大丈夫なのだろうか。
「凪乃、魚苦手だったよな?」
「うん。ここのはちょっと合わなかったかな」
『三店舗目はッ!─────!───!────ッ!本店より!数名の───も──てェ!この鹿々桜にぃ────!!』
「なぁ凪乃、どう考える?あいつらのこと」
三店舗目の紹介が始まった時、頭上から兎の声が降ってきた。顔を向けてみると顎に手を添えて、なにやら真面目な表情を浮かべていた。珍しい……こともないか。
あいつら、というのは視線の先にいる対照的な二名の事ではないだろう。兎のことだ、廻琉と碧の二人を指しているに違いない。私もちょうど考えてはじめていたところだった。
「……どうって言われてもだけど」
『四店舗目ェッ!─────!─────だァ!』
ここ数日の行動、時間指定の書き置き、昨日の夜のこと。そして今行われようとしているスイーツ選手権。頭の中の点と点が徐々に繋がっていく感じがする。
兎が小さく唸る。
兎も私と同じ事を考えているのだろう。先日出掛けていたこともなにか関係しているのだろうか。
『五店舗目はァァ~ッ!!─────!!────ッッ!!』
「そろそろわかる…気がする。たぶん」
「待ち、だな」
六店舗、七店舗と紹介を終えて、ステージ上では七名の店長が横並びに構え、その後ろには各々の率いる弟子たちが数名控えていた。弟子を連れていないのは今のところ五代目あまよりだけだ。未だに落ち着きなく周りを見たり時々後ろに引っ込んだりしているが、本当に大丈夫なのだろうか。綺麗…というよりは可愛い顔をしている人なのにあの様子では、なんだか逆に興味が湧いてきてしまう。
『ラストになりますッ!八店舗目は!真打登場ォオ!
海を超え山を越えて!遥々ここ鹿々桜にィご来臨んん!歴史と伝統の地!肆京より来たるはッ白無垢の女帝!!【LOVERS】よりィ!曦 海月ェエ!!』
テントから白髪の女性が姿を現した。
離れていてもわかる、綺麗な人だ。提灯の仄明かりを反射する白髪を靡かせながら、すらりと伸びた脚で一歩一歩とステージへと向かっていく。
モデル顔負けのスタイルを包む白のシャツに、上から纏う漆黒のソムリエエプロンから上品な色気が漂っている。歩いて、階段を上る、客席へ向き直り真っ直ぐに立つ、それら一挙手一投足すらもが洗練された無駄のないものに見えた。女帝とはよく言ったものだ。
「ラスト、か」
「………凪乃、あそこ見てみろ」
『──女帝率いるはァッ!愉快で可憐な二人の道化師!
陽戸 廻琉ゥ!!!舞鼓 碧ァァァ~!!!!』
亖先生のコールが響き、海月店主と同じテントから二人が姿を現した。眩しい笑顔を振り撒いて、四方の客席に向けて手を振っている。度々飛び交う黄色い歓声に対して気取った顔で笑みを返す碧が、まるで背伸びしている子どもみたいで愛くるしい。
肌露出の少ない白シャツに漆黒のソムリエエプロン、海月店主と同じ制服である筈が、二人の場合はとても似合っているのだが、なんというか制服に着られている、というか、随分と……可愛らしく見えた。
廻琉はきょろきょろと見回しているが、私たちを探していたりするのだろうか。こっち見ないかな、ここにいるんだけどな。あー、はは。諦めちゃったみたい。
「ふふっ。………ん、なにその顔」
横から視線を感じて目を向けると、兎がこちらを見ていた。そのまま何事もなかったかのようにステージを向き直る兎の口の端はちょっとだけ上ずっていた。
「いやぁ、なにも。はは、可愛いなってな」
ステージでは二人が海月店主の後ろに並び終えており、五代目あまよりから順にマイクが手渡されて一言コメントを求められていた。どうやら、今は四店舗目のお弟子さんたちが言い終えたところのようだ。海月店主と廻琉たちの出番まではもう少し余裕がある。
二人は緊張する素振りもなく、海月店主のすぐ後ろでがっしりと腕を組み、堂々たる立ち振る舞いを見せていた。
「ね、似合ってるね」
「……くくっ。っんとに、可愛いな」
兎も二人を見られて嬉しそうでなによりだ。
順繰りとマイクが回される間、廻琉はなにやらどこからか取り出した手拭いを頭に巻き、自信満々な笑みを作ってから腕を組み直していた。一方の碧は少しだけ前屈みになり、下に手を広げて満面の笑みを浮かべている。……あのポーズ、どこかで見たことある気がする。
やがて海月店主へとマイクが渡る頃、観客から彼女への期待故か、一瞬で会場が静まり返る。この場の空気に竦む事もなく、海月店主は口を開いた。
『私が──』
マイクからスピーカーを通し、脳の奥にまで響くような深みのある声色が響き渡る。一拍置き、海月店主がゆっくりと右後ろへと向きを変えながら、客席に向けて、冷ややかな一瞥を送り、こう続けた。
『──天に立つ』
「「「「うおおおおおおおッッッッッ!!!!」」」」
どっ、と歓声が巻き起こる。大きな渦に交じって卜部さんの声が聞こえたような気もしたが、この人集りではさすがに気の所為だろう。
「おい!おいっ!凪乃!」
「……なに」
それにしても、なんというか。
「藍染だ…っ!」
「うるさ」




