41.いざ、闘いの時
『後ほど配られるゥ五枚の投票用紙!それこそがァッ当エベントのッッ鍵を握るゥ!猛者共の命運を分かつ!清き一票をォォッ!舌の趣くままにィぶゥち上げろォォォ~~~ッッッ!!』
──どどんっ。
「「「「うおおおおおおおおおおおッッッ!!」」」」
締めの和太鼓の音が鳴り響き、亖先生によるクドい前口上が終わりを告げる。ライブ会場のような盛り上がりを見せる来客の歓声を皮切りに遂に『花芽ラあまいものまつり』が幕を開けた。果たして私たちはこの熱気についていけるのだろうか。
「あの人訛り外せるんだな」
「それ思った」
「にしても和太鼓はねぇよな、さすがに」
活気の外にいる兎が視線を他所に向け、ぼやっとした表情を浮かべながら零す。兎はこういう時でもマイペースでいてくれるから助かる。
「ちょっと最トーに寄せすぎだと思わないか?」
「知らないけど」
助からないかも。
……まぁいいや。
ふっとひとつため息をつき、兎に向けて目配せしてから参加店舗の立ち並ぶ商店街へと向き直る。
目線の先ではスタッフであろう女の人が足元の箱から紙束を取り出していた。あれは間違いなくマップだろう。これから最高の甘味を求めて全国三位の敷地面積を誇る花芽ラ商店街の中を闊歩するのだ。あれはもはやマップではない、道標なのだ。
隣で呆けたままの兎に檄を飛ばして、誰よりも早く受け取る為に歩を進めていく。
「いくよ兎。あまいものまつり。
………いざ、闘いの時」
「脆弱な心のままに、か?」
「それわかんないからやめて」
***
マップのついでに水を貰えたのはラッキーだった。ドリンク系から手を付けても良かったが、一覧を見るにデザートドリンクはどこの店も重そうだ。容量を考えると初手に当てるというのは悪手という他ない。
マップに目を落とし、初手に取るべき択の目星をつけながら歩いていると、視界の外から兎の声が前方に向けて飛ばされた。
「おおっ白鳩さん。なにしてんすか」
「あらぁ!兎ちゃん、凪乃ちゃんも!どうも!
友達のお手伝いでね!今日は出店側よ!」
「"も"じゃないすか?」
「言ってくれるわぁ~~~!」
顔を上げると小さめの洋菓子店【ドゥドゥ】の前に恰幅のいい女性がこちらに向けて手を振っていた。通称プロ・アルバイターの白鳩さんだ。
ベージュを基調とした制服の上から纏ったブラウンのエプロンが非常に様になっている。店長です、と言われても納得しただろう。柔らかい笑い皺をいっぱいに広げ、にこやかな笑顔を振りまきながら呼び込みに精を出しているようだった。
一言二言交わしていると、ふと【ドゥドゥ】の店内で忙しなく駆け回っている店員の姿が視界の端に映った。どうやらレジ対応に追われているらしい。いったいなにを売っているのだろうか、そう考えるだけで口の中にじわりと生唾が湧くのがわかる。
「気になっちゃう?本日限定の"ハトチャンサブレ"。
うふ、実は……じゃじゃ~ん!試食もあるわよぉ!
おひとり様ふたつまで!」
サブレだなんて……そんな。
なんて………なんてことだ。
「二個お願いします」
貰うに決まっている。
一口でサクッと楽しめるサブレはあまいものまつりの初手に相応しいどころか理想的と言っても過言ではない。
「どうぞ!」と手渡された個包装のそれには、にっこりと愛らしい笑顔を浮かべる丸々としたハトのキャラクターが印刷されていた。勿体ないのでハトを避けて袋を開けてみると、これまたでっぷり肥えたハトの形をしたサブレが姿を現した。包装のものと同じくにっこり笑っていて、ちょっとだけ食べづらい。
「かわいいなコレ」
「ね。あ、顔違うんだ」
兎の持っているハトはうるうると今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。よかったあれじゃなくて。
視線からなにかを察したのか、兎がにんまりと口角を上げ、見せつけるようにサブレに歯を立てる。
「悪いな。顔からいくタイプなんだ」
「あっ、……あぁ」
「これも醍醐味よねぇ!」
兎に続いて渋々サブレを口に運ぶ。
食べたいことには食べたいのだが、この愛らしいデザインには少しだけ尻込みしてしまうのだ。噛み割るのも可哀想なので一口で含み、味覚に全神経を集中させる。
「……ん、これは」
愛らしかったハトは噛む前にほろりと溶け、豊かなバターの風味が口いっぱいに広がる。プレーン特有の優しい甘みは何個でもいけてしまえそうな程に食欲を唆る。
ひょいと二個目を含み、改めてじっくりと味わう。味だけでなく、口内に残らず、ベタつかず、歯に付かないのも高評価だ。
二個までというのもなかなか絶妙でいい。もっと食べたいと思わせながら、次に迎えるスイーツの為に余白を埋めすぎない。
「美味しいです、これ」
「でしょお!よければおひとつ如何かしら!
一箱三十二枚入り、二千二百円!」
「だってよ、どうする?」
さすがはプロ・アルバイター、抜け目ない。
しかしこれを断る選択肢は無い。
買おう。先日給料日を迎えた私は無敵なのだ。
四人で食べるなら……二箱もあればいいだろう。
「三箱お願いします」
「まいどぉ!」
「おいおい初っ端から飛ばすじゃねーの」
「いいの」
一箱は私の分だから。
***
次に入ったのは老舗和菓子屋【あまより】。
老舗らしい古風な店内には小豆や米、抹茶といった和菓子馴染みの優しい香りがほのかに漂い、くつろぎの空間を創り上げていた。ショーケースに並べられた小さな姿に技術の詰め込まれた可愛らしい和菓子たちが彩りを加えて、これまた目に優しい。
兎を引き連れ、迷いなく二階のイートインスペースに向かい、窓際の二人席に腰を掛けて"昏あんみつ"なるものを注文する。他の卓に座っている人たちも同じ物を注文しているようだった。
「明日から運動しなきゃだな」
「そう言ってゲームばっかじゃん」
「言ってくれるわ~~~!」
「ふふ、似てないって」
程なくして小さな卓の上にひとつの"昏あんみつ"が到着した。引き続き食べ歩くことを考え、ひとつをシェアする事にしたのだ。
「うわ、綺麗」
「夏蜜柑使ってるってさ、季節モンだな」
透明な器には黒蜜色の寒天と淡い橙色の柑橘ゼリーが詰め込まれ、中心にはどっさりと生クリーム、そしてまるでルビーのように艶々としたさくらんぼが乗せられている。寒天の下には昏空イメージであろう群青色の羊羹と瑞々しく橙色に熟した夏蜜柑が隠れており、周りにはほのかに金箔を散らされてまるで星空のようでもあった。
「ちょっと映え狙いすぎじゃねーか?」
ちょうどいい割合で分け合いつつ兎が小さくぼやく。
ま、その意見もわからないでもないけれど。
「でも綺麗だよ」
「まぁなぁ」
理解ってないね。味には視覚情報も大いに影響すると言うのに。教えてやらないとな、先輩として。
ともあれ、一口。
冷たい。しっかり冷えた夏蜜柑から染み出す果汁の酸味と黒蜜の濃厚な甘さのバランスがちょうどいい。さくらんぼも大粒で、一粒ながら満足感がある。これは…練り羊羹だろうか。もっちりと弾力のある生地から弾けて広がる小豆の風味と濃厚な甘みが伝統の技を感じさせる。美味しい、間違いなく。老舗なだけはある。
「…ん、これは」
が、しかし。
生クリームの甘さがちょっとだけくどいかな。金箔もビジュアルには貢献すれど舌触りがノイズかも。
それにこれは個人的な好みになるが、羊羹は水羊羹の方がフルーツや寒天の食感とマッチしたのではないだろうか。
練り羊羹はこれ単品でいえば間違いなく一級品だ。【あまより】といえばの一品でもある。
しかし…やはり兎の言うように"映え"を意識しながらの伝統との両立は難しかったのだろうか。
「凪乃、何点付ける?」
既に完食している兎が爪楊枝片手にこちらへ語りかけてくる。あっ、コラ!爪楊枝向けるな。お行儀の悪い。
「66点、かな」
我ながら何様だと思うが、まぁ妥当なところだろう。積年の技術は疑うべくもなく、凝り固まった価値観に囚われずに映えを意識した商品開発に踏み出した証として、その味以上に価値のある一品と言っていいだろう。それも踏まえて、
「ふ。ま、今後に期待って感じかな」
「ふぅ~~ん。んふふっ」
それを聞いた兎が爪楊枝を咥えたまま肘を付き、口角を上げてこちらを見ていた。なにやら嫌な予感がする。
「……なに」
「もっかい言ってくれ」
「…しないよ」
「語尾にスートを付ける感じで」
「しない!」




