第九話
翌朝、目を覚ますと大量に通知と返信が待っていた。
上から順に返していくと、一番下に親友の七海からの返信があった。
内容は猫のスタンプで、了解と書かれている簡単なものだったが、それを見て心の棘が少し抜けたような気がした。それから、学校へ向かう準備をしているとインターホンが鳴った。
モニターで確認をしてみると、高山が額から滴る汗をハンカチで拭い、ネクタイを整えている姿が見えた。涼香は、玄関へ用意しておいた父のカバンを手に持ち、扉を開けた。
「おはようございます。これですかね」
涼香は高山へ父のカバンを差し出した。
「おはようございます、涼香さん。朝のお忙しい時にすみません」
高山はそう言うと、涼香が持つカバンを両手で丁寧に受け取った。
「ところで涼香さん」
いつもとは違う緊迫した高山の声に、朝のまどろみから抜け出した。
「な、なんですか?」
「ここ数日で誰かご自宅に訪ねてこられましたかね?私と同じ要件で」
涼香は、いいえと返すと、高山は安心したような表情になり、そうですかとだけ言った。
その後、高山はカバンを開けて一心不乱に視線と手を動かして中を探っている。
「ありました。ありがとうございます」
高山の視線と手が止まり笑顔になった。カバンから茶封筒を取り出し、大事に自分のカバンへしまい込んだ。
「これ、お返しします」
「あってよかったですね」
涼香がカバンを受け取ると、高山はお礼を言って自宅を後にした。後ろ姿は来た時とは違い肩が少し下がっていたように見えた。
涼香はそのまま父の部屋へカバンを置きに行くと、昨日の夜、不気味で投げてしまったお守りが涼香の目に入った。
涼香は自分のカバンからスマホを取り出して例のセレクトショップを再度調べた。そして、スマホと一緒にお守りをカバンの中へ入れて、玄関へ向かうのだった。
朝の少し慌ただしい一件も終わり、学校へ向かう涼香の足は少し重かった。
通学途中にあるコンビニで七海の好きなスイーツは買ったものの、これとタッパーを渡すための言葉がまだ見つからずにいた。
朝ごはんのエネルギーを全稼働させ、涼香の脳内では、ありとあらゆる言葉を検索していた。しかし、検索スピードよりも歩みの方が早く気が付けば校門前まで着いてしまっていた。
結局、何も考えが浮かんでこなかった。出した結論はシンプルにごめんなさいと言うと覚悟を決めて涼香は教室へ向かった。
「おはよう」
小声で教室の扉を開けると、教室はそれとは対照に湧き上がりクラスメイトがこちらに駆け寄ってきた。
クラスメイトからは様々な心配の声や、優しい援助の声などが聞こえてきたが、本当に聞きたい声は聞こえてこなかった。
教室を見回すと、七海が自分の席で友人と会話をしているのが見えた。彼女の元へ行こうと一歩踏み出した瞬間、偶然にも目が合ってしまった。そして、彼女はこちらを見て手を振りほほ笑んだ。
その姿を見て涼香は、クラスメイトに囲まれているのにも関わらず、涙腺が緩くなるのを感じた。親友の元へと、急ぎ向かおうとするが、善意の壁が涼香の歩みを遅くする。
そうしているうちに、七海は、友人と教室から出てどこかへ行ってしまった。
涼香は、彼女を呼び止めようと、名前を呼ぼうとしたがなぜか喉元で止まってしまった。
彼女を追いかけていこうとするが一歩が出ない。自分の膝が震えている事と、周囲の壁が安心感を与えてくれている事に気が付いた。それから、壁に囲われる状況に慣れてしまい、もう放課後になってしまった。
壁が勝手に崩壊した頃には、もう七海の姿は無く探してもどこにも姿は見えなかった。
涼香は、カバンを開けてタッパーとスイーツを手に取った。そして、これらを渡したかった親友の顔を思い浮かべながら、何度も朝から言いたかった言葉を唱え続けるのだった。
自宅へ帰った涼香は、カバンの中から親友へ渡すはずだったものを取り出そうとした時、今朝一緒に入れた例のお守りが目に留まった。
急ぎスマホを取り出し時間を確認した。閉店時間は十八時と記憶していたため、まだ間に合う事が分かりお守りを持つ手に力が入った。
涼香はお守りを再度カバンに入れて、セレクトショップ叶へ向かうのだった。




