第四話
「ただいま、お母さん」
玄関のドアを開けるが、いつもなら暖かく迎えてくれる母の声が無く、少し胸騒ぎがした。
廊下の電気も消えていて、リビングのドアから漏れ出る光もない。急いでリビングのドアを開けてみると、その予感は的中し、机の上には母の伝言が置いてあった。
「なにか手伝えることあったのかな」
母の入院の事実を知り、涼香の口から言えなかった言葉が零れ落ちた。
母のお土産にと買ったケーキは行き場をなくしてしまったのだ。
「ただいま、お父さん」
また、いつもと同じだと、お盆を持つ両手が重たくなった。
「今日ね、七海とセレクトショップに行ったんだ―」
父の横で、今日の事を話し始めた。相槌のない会話をしていくにつれて、母の気持ちが分かった様な気がした。
「これ、お父さんとお母さんに作って来たの。ここに置いておくね。」
手に握りしめたお守りを父の机の上に置き、そっとドアを閉めた。お守りの横には、不揃いに刻まれた野菜の入った雑炊が置かれていた。
それから、父の部屋を出た後、気持ちの整理をつけようと湯船に浸かった。今日の七海との一日を心の中に埋めようとしたが、湧き出る感情がそうはさせてくれなかった。天井から滴る水滴が頬に落ちてくる。それは涼香の心に穴をあけている様だ。そして、変わらない気持ちのまま部屋に戻り、受験勉強を始めた。
本来聞こえるはずの無い音で涼香は目を覚ました。机に伏せて寝てしまうのは、ここ最近いつもの事だが、身体を包む暖かさを久しぶりに感じ勢いよく立ち上がった。
階段を降りると、かすかに蛇口から流れ出る水の音が聞こえてきた。
「お父さん、ただいま」
「おかえりなさい涼香」
同じ言葉を繰り返しながら父の暖かさを感じた。




