第十六話
目の前の折り鶴の山が七つ目になり、もうどれくらい経過しただろう。
指先の痛みも忘れ、涼香の頭はメトロノームの様になり、手元の折り鶴も余白が目立っていた。目の前からノックの音がしたが、疲れが頭を机に吸い寄せて上がらない。
「少し休憩したらどうだ」
皿が置かれた音がして、香ばしい小麦の匂いと、華やかな柑橘の香りで涼香は目を覚ました。
「ありがとうございます。でも―」
「こんな状態で、念も祈りもない」
店長は余白だらけの折り鶴を破り、涼香の前にレモンティーとクッキーを置いた。
「まあ、休憩がてら話に付き合え」
店長は正面に座り、缶ビールのプルタブを開けた。涼香は下を向きクッキーを口に運んで少し頷いた。
「この件が落ち着いたら何かやりたいことは?」
涼香は、首を横に振った
「ない。何もない。何も決まってない。やりたいこともない」
言葉足らずだったのか、完治した両親との事を聞くはずだった。店長は予想外の答えに手に持った缶が口元で揺れていた。
「七海ちゃんと同級生なら高三だろ?俺もそうだった」
「店長はなんでこの仕事をしているの?」
店長は一口飲んで、涼香の何かを求める顔への答えを探した。
「また難しい質問だな。他にはないのか」
「いいでしょ。教えてよ」
店長は、中身を勢いよく飲み干して、自分の経験を涼香の心に与えた。
「別に仕事なんてなんでもよかった。表の仕事も裏の仕事も。ただ、俺には兄貴がいて会う度に言っていた『人の喜ぶ顔って最高だよな』って。最初はわからなかったが、初めて念術師の仕事をした時に感じた。兄貴の言葉の意味が」
涼香の頭に、両親、七海や店長と様々な人の顔が微かに浮かび、心の中に何かが埋まりそうな気がした。
「まあ、人の喜ぶ姿って良いよなってこと。作業に戻りな」
店長は空き缶を軽く握りつぶし、足早に部屋から出ていくのだった。
涼香は店長の言葉から芽生えた何かを探しながら折り鶴を折っていた。
思い浮かぶのは、母の顔。
幼少の頃から、いつも優しく受験勉強や、部活動で辛い時に支えてくれて、何があっても家に帰ると笑顔で出迎えてくれる母の顔。
次に思い浮かぶのは父の顔。
忙しいながらも、自宅で辛い顔一つせずいつも明るい場を作ってくれて、思い出をたくさんくれた父の顔。
両親の顔を想像していると、手元は自然と早くなっていった。
新聞配達のバイクの音と、鳥の鳴き声が聞こえる部屋にノックの音が響き渡る。
店長が扉を開けると、涼香は机に伏せて寝ていた。目の前には、折り鶴が十束。
店長はブランケットをそっと涼香の肩にかけてそっと扉を閉めるのだった。




