第十五話
室内は紙の擦れる音と時計の秒針が規則的に進む音だけが聞こえている。
涼香は和紙の固さに苦戦しながらも淡々と作業を進めていた。机の上には、折り鶴が二つに分けて盛られていて、今完成したばかりの折り鶴を別の場所に置いた。
部屋をノックする音が聞こえ、涼香は手を止めて扉の方を向くとお盆を片手に店長が立っていた。
「まあ休憩でもしたらどうだい」
涼香の目の前には、おにぎり二つと味噌汁が置かれた。時計を見ると店に来た時から数時間経っていて、ちょうどお昼時だ。
「あ、ありがとうございます」
涼香はそう言っておにぎりに手を伸ばして一口食べた。程よい塩加減と、ふっくらした米の感触が口に広がった。続けて、味噌汁に手を伸ばし啜った瞬間、鰹と昆布の出汁の香りが鼻から通り抜け長時間の作業で力の入った肩が緩んだように感じる。食べ進めていく内に涼香の口角は徐々に上がっていき手が止まらなかった。
「口に合ってよかったよ」
店長が笑顔でそう言うと、涼香は顔が熱くなってきたことを感じて味噌汁を口から放し机の上にそっと置いた。
「晩御飯は何がいい?」
「肉じゃがが食べたい、です」
店長は分かったと言い、手を挙げて部屋を出ていった。その後ろ姿に父を思い出した。涼香が試験勉強の時に、父が夜食を作ってくれて、最後に決まって次の日は何が食べたいと聞いてくれていた。
食事を手早く終わらせ、かつての日常を取り戻したい一心で、また一枚和紙を手に取った。折り始めた時に、昼食前よりも手の感触が違う事に涼香は驚いた。正方形を三角形に二度折り合わせ、袋を開き押しつぶす。先ほどまで苦労していた工程が軽々と出来てしまい、涼香は思わず頑張るぞとやる気の声を上げて作業をまた再開するのだった。
その様子を扉の隙間から店長は眺めていた。彼女の手が早くなった事が見て分かり、自然と笑顔になっていた。
店長は扉の前から静かに歩いて店の出口へ向かった。途中、ポケットからスマホを出して、買い物袋を片手に歩いていくのだった。
六つ目の折り鶴の山が完成間近という頃、指先の痛みに顔をしかめながら作業をしていた。すると、ノックの音が聞こえ、涼香は顔を上げた。
顔を上げると店長がお盆を持っていたので涼香は晩御飯だろうと目を輝かせた。
店長の手から目の前に肉じゃがと白米、お昼と同じ味噌汁が並べられた。目の前からの漂う湯気が香りを運び、リクエストの品を前に前のめりに座り直した。涼香はいただきますと言い、好物の肉じゃがに手をつけた。
お昼の味噌汁の期待感をそのままに、肉じゃがを食べる手が止まらなかった。噛んだ瞬間にほろっと口の中で崩れるジャガイモには、しっかりと味が甘辛く染みていて、偶然にも涼香の好みの味付けだった。
「これ店長の手作りだよね」
今にも部屋から出ようと店長は扉に手をかけていたが、半身になって目を見開いていた。
「だったら何だよ。早く食べて作業に戻れ」
「いや、びっくりするくらい美味しいから。気になっちゃって」
半身の店長は涼香の正面に向き直し、目元を緩ませていた。
「それは良かった。ありがとな」
初めて見る店長の顔に、顔に激しく血流が流れていく感覚がした。涼香は手に持った箸を置いて目の前の残り少ない味噌汁を顔を隠すようにぐいっと飲み干す。
目の前からは扉の閉まる音が聞こえ、涼香は作業に戻るのだった。




