第十四話
涼香は店に入ると店長はすでに、正面奥の椅子に座っていて昨日と同じ様に煙草を片手に持っていた。
「それでは、契約の話をしよう」
「契約って何よ。今お父さんの身体に何が起きているのか説明して」
涼香の真剣なまなざしに観念したのか、店長は仕方がないと、吸い掛けの煙草を灰皿に押し付けて両手を頭の上に組み椅子に深く座って話を始めた。
「君のお父さんは呪われている。もう数日もすれば死んでしまうだろうね」
日頃聞かない言葉と父の未来に涼香は自分の耳を疑った。
「呪いってありえない。そんなの―」
「あるよ。日本には何百年も昔からある」
店長は、立ち上がり本棚から一冊取り出した。
「そんなの信じられるわけないじゃない」
語気が徐々に強まっていく涼香をよそに、店長は、取り出した本を開いて机の上に置いた。
「昔から飢饉や争いと色々な事に呪いが関わってきた」
涼香は机の上に置いた本を見ると、自分の持っている歴史の教科書で、開いたページには天保の大飢饉と書かれていた。
「そして、その度に祈祷やお祓いをして呪いを払ってきた。陰陽師と呼ばれる人達がね」
店長が教科書をめくり指差す単語はどれも聞いたことのあるものばかりだ。頭では理解したくないと涼香は説明を聞いていたが、あまりにも現実味のある店長の言葉に鳥肌が立った。
「派閥が出来てその括りは細分化され、呪いをかける側を呪術師、払う側を念術師と呼ぶようになり現代でも活動をしている。ちなみに僕は後者側になるかな」
店長は本を棚にしまい、椅子に座り笑みを浮かべて涼香をまっすぐ見た。
「説明はこれくらいにして契約の話をしよう」
「ちなみに、いくらなのよ?」
手を広げて涼香に見せた。
「五万円?」
横に首を振り、手を広げて涼香に見せ続けている。
「え、五十万円?」
「違う、五百だ」
店長はそう言った後に、また煙草に火をつけた。予想外の金額に涼香は口を半開きにしたまま彼が煙草を口にくわえるのをただ見るばかりだった。
「そ、そんなに払える訳ないでしょ」
「ならこの話は終わりだ」
店長の無慈悲な一言。涼香の頭の中では、目覚めた母の笑顔と、昔の暖かい家族の光景が浮かんできた。即答するにはあまりにも大金だが、残された学生生活を犠牲にしても家族との日常を涼香は渇望した。
「わ、わかったわ。払うからお願いします。お父さんを助けて下さい」
涼香は、目元が熱くなるのを感じ、すぐさま頭を下げた。その姿を見た店長は椅子から立ち上がり彼女の肩に手を置いた。
「契約成立。よし、じゃあ今から君にやってもらう事がある」
肩から手を放し、奥の部屋に行くと何やら小さな箱を両手に持っていた。
「病気と言えば、これでしょ」
店長が箱を開けると小さく正方形に切られた和紙が大量に入っていた。それを見た涼香は首を傾げた。
「この小さな紙で何をするのよ?」
店長は紙を一つ摘んで笑顔で涼香に見せた。
「今から君には明日中に千羽鶴を折ってもらう」
涼香の頭の中は、テレビで放送する甲子園特集や、今日の病院で見たものが頭に浮かんだ。しかし、店長の言葉に思考が止まった。
「明日中にってそんなの無理よ」
突然の無理難題に涼香の右手に力が入った。
「無理ならお父さんの事はあきらめてもらう」
「わ、わかったわよ」
またも冷たい言葉と父を盾にされて、涼香は店長から箱を受け取るのだった。
「あ、言い忘れていた」
お守りを作成した部屋に案内され、一つ目の折り鶴を折ろうとした時の事だ。
店長は涼香をまっすぐ見て笑顔で言った。
「物には念が宿るからね、ちゃんと願いや、祈りを込めて丁寧に作るんだよ」
涼香は軽く頷き、作業を再開した。
「じゃあ、頑張って」
店長は涼香に手を振って部屋から出ていくのだった。




