第十二話
頬に感じるカーペットの暖かさと腰の痛みで涼香は目を覚ました。
起き上がると目に着いたのは、涼香が撒いた塩だ。昨夜は純白の粒子だったが、今は灰色になっており、部屋の四隅に置かれたものも同様の色をしている。
部屋はいつも通りに戻っていた。リビングの照明も、扉の色もすべて以前と同じような姿になっていた。戻って来た居心地の良さを感じたのも束の間に父の元へと小袋を持って急ぎ向かった。
涼香はタクシーから降りて、両親の眠る病室へと足早に歩みを進めた。
経過観察に各病室へ訪問する医者やナース、入院している患者を掻い潜り、母の眠る病室へと向かった。
病室に入ると母は規則的な呼吸をしながら眠っていた。母の様子を見ようと近づいてみると、入院前とは違う事が一目でわかった。
母の顔は入院前の美白できめ細やかなものではなく、昨夜見た黒いカビの様なものがそばかすの様に顔一面についていた。
涼香は、カバンの中から自宅から持参した小皿に小袋から塩を取り出して盛り、四隅に置いた。次第に、母の顔にあったものは消え、入院前の母と変わらぬ姿になった。
「り、涼香。来ていたのね」
重い瞼を開け、母は目を覚ました。
久しぶりに聞こえた声をもっと求めるかの様に、涼香は母の身体にそっと触れた。
「ごめんね。心配かけて」
母は重たい身体を起こして、目元を潤ませる涼香の頭に優しく手を置いた。
忘れかけていた手の温もりに涼香の心には安らぎと安心が一気に押し寄せた。涼香は優しく笑う母の身体を優しく抱きしめた。
母も涼香の身体をそっと抱きしめ胸元で震える涼香の背中を撫でるのだった。
涼香の心が落ち着いた後、ナースコールを鳴らし看護師を呼ぶと、病室内は先ほどまでと違い一気に慌ただしくなった。
医者の軽い診断の後、疲れてしまったのか母は、横になり眠ってしまった。
「また来るね、お母さん」
気持ち良く眠る母の顔に別れを告げて、病室を後にした。
涼香はもう中身が少量になってしまった小袋を大事に両手で包み込み、母の病室から父の病室へと向かうのだった。
病室へ向かう廊下を歩いていると、目的地に近づくにつれ、昨夜と似た何かを涼香の身体は感じた。
病室を開けると、昨夜の涼香の部屋と状況は同じだったが、違う点が一つあり、黒い異物が父の首や胸を締め付けるように巻き付いていた。
急ぎ病室に入り、母の時と同じ事を行った。周囲のものは塩へと吸い取られたが、依然として父を蝕む黒い異物は、蠢いたままだった。
涼香は、小袋の中にあった塩を全て手に乗せ父の身体を擦り上げた。しかし、一向に目の前のものは変わらず彼女をあざ笑っているかの様に父の身体に纏わりついていた。
涼香は、ざらついた両手を握りしめただ下を向くばかりだった。
すると、背後からドアをノックする音が聞こえた。
不意の音に顔を上げ、目に浮かんだ涙を拭い入室を許可した。現れたのはケーキ箱を片手に愛想笑いを浮かべた店長だった。




