9 執務室に差し込む場違いな光
国境でアルベール達が奮闘している凄惨な現実とは裏腹に、ロドニア王宮の重厚な正門が開かれて一台の馬車が到着した。ガストンが統括する「ポンコツ王宮騎士団」がこれ見よがしに磨き上げた鎧で整列する中で、ガルディアからの「救援要請」の一行が王宮の正門を潜ったのだ。
石畳を鳴らして現れたのは、ガルディア王家の紋章が誇らしげに刻まれた、白塗りに金細工を施した特注の馬車、わずか一台。
護衛の騎士すら連れず、ただ一台で乗り込んできたその姿は、一見すると「平和への使者」としての潔さを演出している。
しかし、ユージンの目にはそうは映っていなかった。執務室を出て、廊下から階下を覗き込んでいる。
「……馬車一台。随伴歩兵ゼロ。……一見低コストな外交に見えるが……あの馬車の車輪の沈み方、そして磨き抜かれた外装、その維持費。……なあ、モラン、あの馬車一台を維持する金で、ガルディアの民が何人ひと月食いつなげるだろうか……」
「……ユージン、あれは彼らのとっての『信用』です。……ボロボロの恰好で現れては、融資(援助)の相談にも乗って貰えないと考えたのでしょう」
「……」
馬車の扉が開くとそこには男盛りの気品を纏ったエドワード王子が姿を現した。汚れ一つない純白の礼装。肩には金色のモール、胸元には勲章が並ぶ。陽光に透ける金髪、憂いを帯びた碧眼。まさに、レティシアが幼いころに読みふけった絵本の主人公が、そのまま具現化したような「美」を放っていた。
財政破綻寸前の国の代表とはとても思えぬ、優雅で余裕に満ち足りた身のこなし。
エドワードは、出迎えたロドニアの重臣たちに向け、一点の曇りもない微笑みを浮かべた。
ユージンは、その眩しすぎる王子の姿をまるで「不採用物件」を検品するような、死んだ魚の目で眺めている。
(……バカ野郎が……あの刺繍の糸、あれはサンオーレ特産の高級絹糸だ。……ガルディアが地震で危ないというのに、自分だけは「最高級の資産」に見せかけようというのか……あの服代を国境の防衛費に回した方がよっぽど合理的だな)
エドワードは、幼き日のようにレティシアが自分に跪く姿を想像しながら、優雅に階段を登っていく。
しかし……彼が向かう先には「慕う幼馴染」ではなく、「冷徹な事務の悪魔」が待ち構えているのだ。
「さあ、ユージン様。あの『歩く金食い虫』をどうされるおつもりで?」
「……決まっている。『負債』は追い返すのみ」
馬車から降り立った「王子」はまだ気づいていなかった。
自分が今から一人の「平民騎士兼事務員」と対峙しなければならないことを。




