10 極光と深淵___二人の王子の査定
重厚な扉が開き、廊下の薄暗がりに一人の男が姿を現した。整い過ぎた造作は、まるで冷徹な彫刻家が「無慈悲」という感情だけを込めて彫り上げたかのようなユージンの顔。徹夜続きで隈の浮いたその瞳は、暗色と湛え、文字通り「死んだ魚の目」で階下を見下ろしていた。彼はモランに囁く。
「……ただでさえ、俺には時間が無いんだ。あの五月蠅い『発光体』を叩き出せ」
一方、二階への階段を優雅な足取りで登ってきたのはエドワード王子。純白の軍服に黄金の飾緒、陽光を反射する金髪。彼が一歩進むごとに、廊下の埃さえもが祝福の光の粒に見えるほどの、圧倒的な「正統派王子」のオーラを放っていた。
二人の王子……しかし、階段の上で待ち構えていたユージンと目が合った瞬間、エドワードの優雅な微笑みがピキリと凍り付いた。
(……な、なんだ、この男。……なるほど美しい顔をしているが……その瞳に宿る殺意……。いや、これは殺意ですらないのでは?まるで僕の存在を「不良在庫」として、ゴミ箱にでも放り込もうとしているような……)
エドワードはロドニアの兵士ですら近寄ることのないユージンの「実力」とオーギュストが押し付ける「事務処理地獄」によって練り上げられた怒り『圧倒的な威圧感』に、思わず後退りをしてしまった。
圧倒されるエドワードをよそに、ユージンはふと思いつく。
(……待てよ……こいつの顔……面食いの極致である『あれ』(レティシア)なら、このキラキラ王子に目を奪われ……すぐさまこの俺と『置換』して、俺をアルベール邸に返品してくれるのではないだろうか……)
ユージンは、エドワードを「一国の王子」としてではなく、「レティシアとくっつけて、自分は去るという、起死回生のトレード要員」として方向転換、急遽査定し始めたのだ。
「……ああ、失礼いたしました。ガルディア王家の輝ける太陽、エドワード殿下。……私、現在このロドニアの事務長官を務めておりますユージンと申します。……さあ、こちらへお越しください」
自分の肩書がもうどうなっているのかさえ分からず、適当にユージンは名乗った。エドワードはユージンのあまりの豹変ぶりに驚いた。
「……え、……あ、ああ。……君、さっきまで僕を『ゴミ』を見るような目で見ていなかったかい……?」
「……そうですか?すみません、目つきが悪いとよく言われるんですよ……はは……」
冷や汗をかきながら、社交辞令で微笑むユージン。彼は、レティシアの部屋へとエドワードを案内する。
余談ながら書いておこう。本来なら王族代表であるユージンがフル装備の礼装騎士団を率いて城門で出迎えなければならない。ロドニア王家を代表して一礼するのが筋だ。
それから謁見の間での公式行事。オーギュストが玉座に座り、公式な親書の受け渡しとなる。ユージンは王の傍らに立ち、ガルディアとの同盟関係を再確認する「公式声明」を皆の前で読み上げるのだ。
それから大広間での豪華な晩餐会。レティシアの横にはエドワード。ユージンはレティシアの向かいに座り二人の会話のサポート役に徹する。エドワードに対しての賛辞を贈る。それから贈り物交換儀礼となる。
それらの出来事を全部すっ飛ばしたのは、ユージンが「形式を切り崩し、一刻も早く縁談をまとめ、自分の本来の生活に戻りたい」という切実なる理由からであった。
ユージン、モラン、エドワード、そして使用人数人がレティシアの部屋へ到着した。
「……姫様、エドワード王子をお連れしました。……では、私は急ぎの案件がありますので、執務室へ失礼します。どうぞお二人で、ごゆっくり」
ユージンが扉に手を掛けた瞬間、レティシアの鋭い声が背中を刺した。
「待ちなさい、ユージン……貴方が今進めている『サンオーレとの修正条約案』、最終的な決定権は誰にあると思っているの?」
日頃、お気楽なレティシアだが、ことユージンが関わる事になると変な有能性を発揮する。
「……えっと、それは国王陛下か、あるいは__」
「そうよ、王族である私よ。私が『その条約、気に入らないわ』と一言いえば、貴方のこれまでの数か月の努力はすべて紙屑になるでしょうね……どう?」
レティシアは不敵に笑っていた。
笑いながら書いています。しかしここまでくるとユージンはもはや宮廷総裁(自覚なし)ですね。




