11 不条理の円卓
「……では、姫様、エドワード殿下。私は急ぎの案件がございますので、執務室へ失礼します。どうぞごゆっくり」
踵を返し、廊下へ踏み出そうとしたユージンの背中に、氷のような声が突き刺さる。
「待ちなさい、ユージン。……貴方が今進めているその案件、最終的な決定権は誰だと思っているの?」
ユージンはの足が止まる。冷や汗が背すじを伝わった。
「……それは、国王陛下か、あるいは……」
「そう、私よ。私が『この条文、駄目ね。気に入らないわ』と一言いえば、貴方のこれまでの努力は全てパァ……ね。どう?」
レティシアは残酷な笑みを浮かべ、部屋の隅にある円卓を指差した。以前クラリスがロザリンドに虐められていたあのシーツの掛かった「円卓」だ。
「そこでやりなさい。私の目の届くところでね……誤魔化そうなんて思わないことね」
(誤魔化すだって?……本当に馬鹿だな……こいつはな、お前の手に負える簡単な案件じゃねえんだぞっ!)
ユージンは怒鳴り散らしたいのをぐっとこらえた。退職への道を整えて、早くこの王宮から出ていかなければならないのだ。早速、彼は慇懃無礼に頭を下げ、円卓に書類を広げ始めた。
レティシアの計画は完ぺきだった。ユージンを逃げ場のない円卓に縛りつけ、目の前でエドワードといちゃついて見せるのだ。それを目の当たりにして、耐えきれなくなったユージンがペンを折り、嫉妬に狂って自分を奪い去る……そんな「騎士物語」のワンシーンを夢見て、レティシアはエドワードをソファーへと引き寄せた。
「さあ、エドワード。もっと近くに来て……あら、ガルディアの香水って素敵な香りなのね。どこかの、インクの匂いしかしない事務屋さんとは大違いだわ!」
レティシアはわざとらしくエドワードの肩に身を預け、ちらりちらりと円卓の方を見る。しかし、ユージンは難しい顔で書類を睨んでいた。
(……サンオーレの第八条、関税率3%撤廃……そうだな、これを飲ませれば、ここの欄の経費に持ってこれそうだ……にしてもうるさいな。『あれ』(レティシア)の声は高音でよく響くんだ。おまけに動く金ピカの置物……くそっ……邪魔だなっ……あいつらは)
「ねえ、エドワード、貴方はガルディアでの剣術大会で優勝したんですってね?凄いわ」
レティシアは大げさに手を叩いて喜んでみせる。エドワードは嬉しそうに、腰の剣をカチャリと鳴らし自信満々に胸を叩いた。
「……いいかいレティシア、剣とは芸術、そして騎士の誉なんだよ。僕は先のガルディアの剣術大会で、一滴の汗も流さず、服の汚れ一つなく、対戦相手の剣をすべて叩き落して優勝したんだ。これこそが真の『王者の剣』だよ」
(さあユージン、そろそろ焦ったらどうなのよっ!)
しかし、ユージンのペンは止まらない。二人をチラリとも見ようともしない。彼の脳内ではエドワードの自慢話が「無価値なデータ」としてゴミ箱へ直行していたのだ。
(……一滴の汗も流さない?甘いな。義父の剣がかすっただけで、俺は何度も血を見てきたぞ。叩き落す?弾こうとした瞬間に手首を折りに来るのがセオリーじゃねえのかよ……)
ユージンにとっては剣とは観客に拍手を送られるためのパフォーマンスではない。深夜、寝所に踏み込んでくるアルベール。真剣を振り下ろし、実戦で生き延びるための「生存技術」をユージンに教えたのも彼なのだ。
ユージンの無反応に業を煮やしたレティシアが、ついにエレナから聞いた「最大の屈辱」を暴露する。
ユージンを指差して、とんでもないことを言い始める。
「この不愛想な事務員さんも、昔は随分可愛らしかったんですって。鼻水たらして泣きべそかきながら『とーちゃんが怖いよぉ……僕は絶対騎士になんかならない』って母親にしがみ付いていたとか……」
ユージンのペンが、一瞬止まった。
(……ん?今、何か聞いたことがあるような話が聞こえたような気がするが……いや、今はサンオーレだ。関税だ……余計なことは考えるな)
「ははは!……誰が鼻水だって?情けないなぁ」
エドワードが笑った。そして甘い言葉を囁く。
「僕が君を一生守ってあげるよ、レティシア」
あれ?ユージンは石鹸の香りだって言ってましたよね?レティシアさん(笑)
鼻垂れて泣いてたのは……幼少期のユージンでしたね。




