12 事務官、地雷を踏む
「……これを。今月分の概算予算編成と各騎士団への通達書原案です。お目通しを」
ロドニアのレティシアの私室。書類の束の中から適当にレティシアに差し出す。選んだ書類は見られてもどうでもいいような下書き、いい加減なものだ。第一レティシアに分かるはずもない。
ユージンは短くため息を吐いた。かつては平民騎士として、訓練に明け暮れたその指先は剣の柄よりも公文書(それも貴重なものばかり)を綴るペンに馴染んでしまっている。
(ようし……今が好機だ。この事務地獄からそして、こいつから解放される唯一の)
「王女殿下……一言よろしいですか?……お話を聞いたところによると、このエドワード殿下は非の打ち所がない御方だ。……彼とならこのロドニアの未来も安泰でしょう」
解放される嬉しさを隠しきれず、ユージンは見せたことのない笑顔で付け加えた。
「エドワード殿下と……どうぞお幸せに。……わたしの役目は此処までです」
その瞬間、部屋の空気が一瞬にして凍り付いた。
カチャリ、と繊細な音を立ててカップがソーサーに置かれる。レティシアの瞳から光が消え、底知れぬ闇のような色が広がっていくのを、ユージンは肌で感じた。彼が隠し持つゼノスの血が、本能的な危機を察知して「畏怖」の波動を微かに放った。
「ユージン……今、なんて言ったの?」
レティシアは静かに立ち上がった。その背後で彼女の影が異様に長く伸びたように見えた。
「また、私を置いて貴方はどこへ行くつもり?お仕事の邪魔だから、執務室には入るなとお父様には言われ続けて我慢していたけれど、本当はね、貴方は私の足元で、私の為だけに全てを削り捨てる私だけの騎士なんだからっ‼」
「……え?……あ……」
「レティシア姫、落ち着いて……」
すかさずエドワードが宥めに入るも、レティシアは苛立ちをエドワードにぶつける。
「もとはと言えば、貴方が来るからこんなことになったのよッ!エドワード!……衛兵ッ!このエドワードを今すぐ拘束しなさい!罪状は……そう、私とユージンの仲を裂こうとした『国家反逆罪』で、いいわ。地下の最下層へ叩き込んで!」
絶叫に近い命が下り、王宮内は一瞬にしてパニックに陥った。廊下を走る鎧の音、文官たちの悲鳴。
ユージンは頭を抱え込む。……子守どころの騒ぎではない。これはもう、国ごと心中する勢いではないか。
「……レティシア……」
ユージンの静かな、しかし重圧を孕んだ声も、今の狂乱した王女の耳には届かなかったのだった。




