6 庶民王、統治開始 1
ガルディア使節団が去った後、ユージンの指先は微かに震えていた。
喉の奥には、先ほど吐き出した傲慢な言葉の言葉の残滓が、苦い毒のようにこびりついている。
(……最低だ。あんな顔をして、あんな言葉を吐くために、俺は剣を学んだんじゃない!)
壊れた瓦礫は、まるで自分の内面の写し鏡のようだった。
「頼もしいわ!」と子供のようにはしゃぐレティシアを尻目に、彼は自分が「平民のユージン」という殻を剝がされて、中から「怪物ゼノス」が這いずりだしてくるような、得体の知れない寒気に襲われていた。
悩むユージンの前に、モランが真っ白な羊皮紙を手に持って、静かに執務室に入ってきた。
「では、先日逃げ帰ったガルディア側に公式な返信を書きましょう。ユージン様、言葉を尽くしてはいけません。『語らぬ恐怖』こそが最大の抑止力。相手の出方を伺うのではなく、こちらの土俵に引きずり込むのです」
「……モラン、俺は義父から『騎士たるもの、礼を失するべからず』って教わったぞ」
「御託は結構です。何も考えずに、私の言う通りに書いて下さい」
モランに勧められるまま、ユージンはペンを走らせた。
先日の来訪、ご苦労であった。
ご覧いただいた『我が謁見室の装飾』は十分楽しめたかな?次回、貴殿がこの地を踏む際は、相当の『覚悟』を携えてくることを期待する……ついては……。
(何だこれ?ただの嫌がらせじゃねえのか?まるで脅迫状だ。義父が見たら説教ものだぞ!……本当にいいのか?これで……?)
モランは満足げに、さっさと書き上げた羊皮紙を丸め持ち去っていく。
ユージンの不安を上書きするように、今度はオーギュストがユージンに試練を与えた。
王宮の中庭に集められたのは、王国最強を自負する精鋭部隊。彼らにとって長身でインクの匂いのする「事務員風情」のユージンは、ただの飾りにしか見えていない。傍らにはずらっと役職持ちやモランが控えている。
精鋭部隊の面々は、整列しながらも、隠そうともしない嘲笑を浮かべていた。
「おい、あれが噂の『事務の王』か?……剣を振るより、計算をする指の方が強そうだな」
「陛下も焼きが回ったな。俺たちを指揮するのが、あんな小僧だとは……あいさつ代わりに、ちょっと脅かしてやろうぜ」
精鋭部隊が一斉に放った殺気は、常人であるなら膝をつくほどの重圧だった。しかし歩み寄るユージンは眉一つ動かさない。
彼の目には、精鋭部隊たちが「人間」としてではなく「欠陥だらけの構造物」として見えていたのかもしれない。『ゼノスの目』を通して。
ユージンは何も言わず、先頭の騎士の前に立ち止まった。
……沈黙。ただ、風が麦畑の香りを運んでくる音だけが響く。
ユージンは騎士の腰にある剣の柄に、指先一つ触れた。
「……引け」
「は?……抜剣しろと仰るのですか?」
「いいから引け……逆手にだ」
困惑しながら騎士が剣を抜いた瞬間、ユージンはその切っ先を掌で受け止めた。
「……重心が、鍔から指三本、切っ先側に寄り過ぎているな……昨日、手入れの際に油を塗り過ぎたか?あるいは、柄巻の革を新調して、バランスの計算を誤ったな。このまま振れば、三撃目で手首を痛めるぞ……戦場での生存確率は低いと見た……次だ」
ユージンは相手騎士の返しも待たず、鋭い目で通り過ぎ、別の一人の騎士の前で足を止めた。指先で鎧の継ぎ目を弾き、冷たい声を放つ。
「……お前。左肩のリベットが少し浮いているな」
「えっ⁈……は、はい……」
「打ち込みが甘かったか、あるいは裏側の座金が摩耗しているか……そのまま激しく動けば遠心力で肩あてが外側にずれる……お前の剣の振りが遅れる計算だ……死にたいのか?」
兵士は冷や汗を流す。
「も、申し訳ございません。すぐに工房へ調整に出します」
ユージンは次々に指摘を始めていく。
精鋭部隊だけではない。ユージンに自慢するはずだった、自分の精鋭部隊を否定されるオーギュスト。
古ダヌキ王は、ユージンの底知れぬ才覚に改めて、恐ろしさを感じていた。
青ざめる役人たちの中で、その様子を目を細めて満足げに見ているモランの姿があった。
事務員の平民騎士です(笑)




