5 芝居の終焉、そして……
「ようやく終わった……」
崩れ落ちそうになるユージンに、飛びつこうとするレティシア。
「おい……くっつくな!離れろっ……それよりも、お前、俺の辞職願をどこへやった?今すぐ返せっ!」
使節団が這々の体で退散した直後、ユージンの怒声が静まり返った(というより壊れ果てた)謁見室に響き渡った。
つい先ほどまで「絶望的な威圧感を放つ暴君」を演じていた男の面影はどこにもない。ユージンは、自分の腕にこれ見よがしに抱き着き、嬉しそうに頬を赤らめているレティシアを必死に引きはがそうともがいていた。
「いやあよっ!返さないわっ。あんな縁起でもない紙切れ、粉々に破いて風に飛ばしちゃったもの」
レティシアは全く悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげに顔を上げた。その瞳は、先ほど敵を叩き伏せた「自分の騎士」への熱烈な羨望でキラキラと輝いている。
「破いただと……⁈お前……あれを書くのに俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ!」
「あら、そんなことより、今のあなた、本当に格好良かったわよ?ユージン。ガルディアの連中のあの怯えようったら!まるで本物の王様みたいだったわ」
レティシアはユージンの怒りなど、心地よい、そよ風程度にしか感じていないようだ。彼女にとって、ユージンが放った「破壊の力」はの片鱗は、恐怖の対象ではなく、自分たちが結ばれるための「運命の証」に他ならなかったのだ。
その様子を背後で見ていたオーギュスト王が、これみよがしに一つ咳払いをした。
「……ユージンよ、実に見事であった。ガルディアの連中は今頃、震えながら国境へ逃げ帰っているだろうよ。これでお前の『王としての資質は』証明されたわけだな。辞職どころか、もう一階級上げてやらねば示しがつかんな」
「陛下まで何を……!俺はただ、言われた通りにお芝居をしただけです。あんな茶番劇、誰が見てもおかしいですよ……」
ユージンは必死になって訴えるが、これまた話の通じないモランが静かに歩み寄ってきた。
その手には新たな「帝王学」の分厚い教本を携えている。
「……ああ、ユージン。休暇の申請なら、レティシア姫君が却下されたぞ。姫君が『私の傍から離れないで』と抱きつかれた時に、お前が『はい、お望みとあらば』と了承したと……仰られてな」
呆然とするユージン。
(……確かに言った……荒れ狂うレティシアを宥めるために……しかし本意ではない。あの時咄嗟に出た言葉だ。.……あの場合、どういえば正解だったんだ⁈)
「……」
「……ささ、ユージン様。……芝居の次は『属国への威圧的な外交書類の書き方』をご教授いたしましょうか」
ユージンは天を仰いだ。
目の前には、自分を逃がす気など毛頭ない執着心の塊のような姫。背後には自分を「ゼノスの再来」として担ぎ上げようとする老獪な大人たち。
そしてこの後、威圧で屈服させられたガルディアからエドワードが現れることなど、この時のユージンは知る由も無かったのだった。




