Ep.40 アジュール・カレント ― 増えた足音
エーテルとマッチーがその二人を見ていると、向こうもすぐこちらに気づいた。
弓を背負った男が、先に口を開く。
「また会ったな」
エメラルド・キャノピーで見た時と相変わらず、相手を値踏みするみたいな言い方。その横で、短剣の男もこちらを見ている。前に出る気は見せるのに、足は前に出てこない。
「今は前みたいにいかねぇぞ」
マッチーが斧を肩に掛けたまま、二人を見る。
「へぇ~」
短い返事だった。けれど、声音に薄く冷えたものが混じる。
エーテルは二人の間合いを見た。来るなら来るで、もう少し距離を詰めるはずだ。けれど、二人ともそこまでは動かない。強く出る言葉に対して、足の運びがついてきていない。
「なんでそんなに強気なの?」
エーテルが聞くと、弓の男が少しだけ顎を上げた。
「こっちも、あれからやってるってだけだ」
「何を?」
短剣の男が先に答えた。
「エメラルド・キャノピーの徘徊型、倒した」
エーテルが目を丸くする。
「ほんとに?」
「嘘ついてどうすんだよ」
「いや、すごいよ」
称賛の気持ちがそのまま出た声。横でマッチーも頷く。
「うん、すご~い。あれ、ちゃんと強かったしさ」
弓の男が一瞬だけ言葉を失う。短剣の男も、さっきまでの強張った顔を保ちきれず、わずかに眉を動かした。不意を突かれたのが、そのまま表情に出ていた。
エーテルが小さく首を傾ける。
「二人だけで?」
弓の男がすぐには答えない。短剣の男が先に口を開いた。
「いや、臨時でパーティ組んだ」
「そっか」
「そっか、じゃねぇだろ」
短剣の男が言う。
「普通、そこはもっと他にあるだろ」
エーテルが瞬く。
「他に?」
「嫌味とか、ほんとかよとか」
「いや、倒したならすごいでしょ」
エーテルは本気でそう思っていた。徘徊型を倒したなら、それはもう十分にすごいことだと思う。
マッチーも、弓の男と短剣の男を見たまま言う。
「うん。わたしたち、あれの強さ知ってるし~」
弓の男が、少しだけ視線をそらした。
「……そういう返しされると思ってなかった」
「何を思ってたの?」
エーテルが聞くと、今度は短剣の男が鼻を鳴らす。
「別に」
「別にって顔じゃないね~」
マッチーが言うと、短剣の男は露骨に嫌そうな顔をした。
「うるせぇな」
「でも、嬉しかったんでしょ~?」
「は?」
「今、ちょっと嬉しかった顔してた~」
「してねぇよ!」
声が大きくなる。横で弓の男が、小さく眉を寄せた。
「声上げんな」
「お前が黙ってろ」
二人のやり取りを見て、エーテルは少しだけ肩の力を抜いた。森で見た時と、態度そのものは変わっていない。強く出ようとする方と、すぐ感情を出す方。その組み合わせだ。
それでも、さっきの言葉は本当らしい。
エーテルが改めて二人を見る。
「じゃあ、今ここでまた戦うの? リベンジする?」
二人の表情が固まった。
「いや」
「それは……」
答えが揃わない二人に、マッチーが半眼になる。
「さっきまで、あんな言い方してたのに~」
短剣の男が眉を寄せた。
「敵が前より面倒なんだよ」
弓の男も続ける。
「俺たちだけだと、思うように動けない」
「さっきまでの勢いはどこいったの~?」
「うるさいな」
「うるさく言われる言い方してたよね~?」
短剣の男が言い返しかけたところで、弓の男が先に言葉を継いだ。
「……強いのは分かってる。だから言ってる」
エーテルが聞き返す。
「何を?」
弓の男は少しだけ言いにくそうにしてから、はっきり言った。
「……お前らと一緒に動きたい」
短剣の男も、そっぽを向いたまま続ける。
「敵が前より面倒なんだよ。俺たちだけだと、数が多くなるときついんだ」
弓の男が言葉を継ぐ。
「だから、同行させてほしい」
エーテルとマッチーは顔を見合わせた。
「なるほど」
「急に素直になったね~」
短剣の男が眉を寄せる。
「うるせぇな」
マッチーはそのままエーテルを見る。
エーテルが二人へ向き直った。
「少し待ってて。二人で話すから」
「一回、離れてて~」
二人が少し離れる。完全に背を向けるわけではなく、こちらを気にしながら止まった。
マッチーが先に口を開く。
「やだ」
「即答だね」
「だってPKだし~」
そこで終わらず、マッチーはそのまま続けた。
「しかも、あの時だって、普通に感じ悪かったよ~?」
エーテルは小さく息を吐く。
「それはそう」
「エーテルちゃんを襲ったし」
「うん。でも、何もさせてないよ」
「それでもやだ~」
マッチーの言い方はいつも通りだった。けれど、目は笑っていなかった。
エーテルは一度だけ水際へ目をやって、またマッチーを見る。
「同行自体は、私はいいと思うよ」
「なんで~?」
「とりあえずの目標だったでしょ。エメラルド・キャノピーの徘徊型を二人で倒すの」
「うん」
「それはもう終わったし」
マッチーは少し黙る。
エーテルは続けた。
「襲われたのはそうだけど、何もさせずに倒してるし。実害はないよ」
「実害があれば、もっと嫌だよ~」
「それはそう」
エーテルが返すと、マッチーの口元がほんの少しだけ緩んだ。
「でも、嫌なものは嫌~」
「うん。それも分かる」
「分かるなら、なんで普通に入れようとするの~」
「普通に入れようとはしてないよ」
「してる顔だよ~」
「してるかな」
「してる~」
少しだけ間が空く。マッチーは斧の柄を指先で軽く叩いた。
「だって、あの二人だよ~?」
「うん」
「弱かったとか、そういう話じゃなくて~」
「うん」
「嫌な方の面倒さ持ってるじゃん」
その言い方に、エーテルは少しだけ笑いそうになった。けれど、そこで笑う話でもないので、そのまま頷いた。
「それはそう」
「エーテルちゃん、『それはそう』多いよ~?」
「今、だいたいそうだからね」
マッチーが鼻を鳴らす。
「……なら条件」
「うん」
エーテルが頷くと、マッチーはその場で二人を呼んだ。
「ちょっと来て~」
二人が戻ってくる。さっきまでの強がり方は、もうだいぶ薄れていた。強く見せようとはしていても、今は身構えの固さの方が目につく。
マッチーが先に聞く。
「あれから、PKした~?」
弓の男が答えるまでに、一拍あった。
「してない」
「ほんとに?」
短剣の男が割って入る。
「してねぇよ」
「一回も~?」
「してねぇって」
「なんで~?」
今度は短剣の男が、少しだけ視線を外して言った。
「……お前ら見てたら、そっちの方が面白そうだった」
エーテルは瞬きをする。
「モンスター戦の方がってこと?」
短剣の男は黙って頷いた。弓の男が低く付け足す。
「勝てそうな相手探してるより、そっちの方がまだましだった」
マッチーは二人を見たまま言う。
「じゃあ条件」
二人の肩が、目に見えて固くなる。
「今後、PKしないこと」
弓の男が黙る。
「今まで迷惑かけた相手に会ったら、ちゃんと謝ること」
短剣の男の喉が動く。
「それが嫌なら、ここでわたしが二人をPKする。PKしてたならその覚悟、あるよね?」
静かだった。
少し離れたところで、水面が光を返している。遠くには他のプレイヤーの気配もある。けれど、この場では誰もすぐに口を開かなかった。
エーテルは何も言わなかった。止めもしない。ただ、二人の顔を見る。
最初に口を開いたのは弓の男だった。
「……分かった。その条件でいい」
短剣の男も続ける。
「俺もそれでいい」
それから弓の男が、少し言いにくそうに足した。
「謝るのは、今すぐ全部ってわけにはいかない。それでもいいか」
マッチーはすぐには答えなかった。少しだけ様子を見たあとで、頷く。
「うん。それはいい」
それで終わらせず、もう一つ足す。
「でも、エーテルちゃんに刃を向けたことは覚えてるから」
短剣の男の目が上がる。
「そのつもりでいて」
「……分かった」
今度は、短剣の男の方が先に答えた。
張っていた空気が、そこで少し緩んだ。
そこでエーテルが口を開いた。
「パーティ組むなら自己紹介、ちゃんとしよっか。私はエーテル」
「マッチーだよ~」
弓の男が短く名乗る。
「……ハヤセ。武器は、弓と短剣。魔法は木と火だ」
細身の夜眼人、背には弓があり、腰にも短剣が下がっている。
短剣の男も続けた。
「レンジだ。武器は短剣、火魔法をよく使う」
こめかみの後ろへ短い角が流れ、首筋から肩口に細い鱗が見える竜人だった。腰には左右に短剣を差している。
マッチーが二人を見比べる。
「ハヤセとレンジね~」
「……なんだよ」
「別に~。ちゃんと名前あるんだなって思っただけ」
「あるに決まってんだろ」
「だよね~」
レンジが露骨に嫌そうな顔をする。その横で、ハヤセは小さく息を吐いた。
「お前、そういう言い方やめろ」
「いや、お前も今ちょっと思っただろ」
「思ってない」
「思ってる顔してるけど~?」
マッチーが言うと、ハヤセは一瞬だけ言葉に詰まった。
エーテルはそこでようやく少しだけ笑う。
四人で立つと、足場の上の並びがさっきまでと変わって見えた。
二人で進んでいたアジュール・カレントに、妙な二人が加わっている。水面から返る光が青を広げる中で、エーテルはその並びを黙って見た。




