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剋生の孔雀  作者: 氷炎
勲章 攻略の先

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Ep.39 アジュール・カレント ― 揃っていく視線

 


 歩き出してすぐ、マッチーは水際へ目をやった。足場の脇を満たす水は、浅く光を返すところもあれば、青く沈んで底が見えないところもある。足場は狭くはない。けれど、どこまでが足場で、どこから先が水なのかは、遠目だと切れ目が曖昧だった。水面の上を低く霧が流れ、時おり青い反射が揺れて、足場の縁を余計に視認しづらくする。


「火は、ここでは使わないでいいかな~」


 エーテルが隣を見る。


「水辺だもんね」


「うん。火を使っても、効果薄いからね。雷の方がまだやりやす~い。エーテルちゃんは?」


「私は金と雷と氷を使おうと思ってるよ。金は切れ味あげるのに使えるし、雷は動きを妨害できるしね。氷は、水を凍らせる時かな」


「足場を増やしたい時だね~」


「うん。その方が踏み込みやすいと思う」


 そう話をしていると、近くから水音が聞こえ、二人は足を止める。


 細長い魚体が水を裂いて足場際へ飛び出す。その少し奥で、薄い霧をまとった球が浮いていた。球の中心には、ぼんやりした核が見えた。魚体は水を上げながらまっすぐ来る。奥の球体はその場に留まったまま、静かに霧を押し広げはじめていた。


「ミズカマスと、奥にもう一体いるよ~!」


 マッチーの掛け声を聞き、エーテルが打刀を抜く。


「収束、硬化、鋭化。――《シャープエッジ》」


 刃に金の光が沿う。ミズカマスが足場の縁へ躍りかかるより早く、エーテルが半歩ずれて斬る。刃は魚体の側面を浅く裂いた。魚体は進路をわずかに変えたが、勢いが死に切らず、水しぶきを引いたままもう一度突っ込もうとする。


「紫電よ、宿れ! 刃に奔れ、雷鳴よ! ――《ヴォルトエッジ》!」


 斧に紫電が走る。マッチーが横から斧を叩きつけると、斧から紫電が弾け、ミズカマスの身体が水際へ跳ねた。奥の球体は、その間に霧を押し広げている。薄かった霧が一気に厚みを持ち、核の輪郭がぼやけはじめた。


 霧を吐き続ける球体に、エーテルが左手を向ける。


「帯電、収束、穿て、連なれ。――《スパークボルト》」


 雷が霧の中心を撃つ。核の輪郭が一瞬だけ浮く。霧の奥にあった丸い芯が、雷に縁取られてはっきり見えた。


「見えた~」


 マッチーの斧が振り上がり、核を叩き割る。広がりかけた霧がそこで散る。砕けた光が霧ごとほどけ、足場の上から霧が引いていく。戻ってきたミズカマスへ、エーテルが二太刀目を入れた。今度は首元へ深く入る。細長い身体が大きく跳ね、光に変わる。


 アイテムの取得通知が流れ、エーテルがログを開き確認した。


「……もう一体、キリタマだってさ」


「キリタマ、霧を広げる方だね~」


「うん。放置したら面倒な相手かもね」


 少し進むと、足場の脇に細い青い筋が見えた。水がまっすぐ溜まっている場所とは違う。流れの形が線みたいに残っていて、その上を長い影がなぞる。次の瞬間、蛇の形をした長い身体が水際から現れた。蛇は横へずれながら寄ってくる。その手前を、またミズカマスが飛び出す。今度は正面だけではなく、視界の端で長い身体が動き続けているのが厄介だった。


「今度は蛇もいるね~!」


 エーテルは足元を見る。次に踏み出す場所を決めてから、息を整えた。水際へ寄りすぎない位置、浅い水面を見定める。


「冷気よ満ちよ。拡散し、覆い、触れる地を凍てつかせよ。――《フローズンブレス》」


 足場の脇の水面が白く凍る。踏める面が横へ広がった。薄く張った氷は透明ではなく、白みを帯びて目で位置を確認しやすくなった。その上へ踏み替えたところへ、ミズカマスが先に襲って来る。エーテルが斬って向きをずらし、マッチーが追って叩く。魚体が足場の縁へ跳ね、そこで一瞬だけ勢いを失う。


 長い蛇体がしなる。身体の向きがこちらへ合うより早く、エーテルが左手を向けた。


「帯電、収束、穿て、連なれ。――《スパークボルト》」


 雷が蛇体へ走り、長い身体が大きくぶれた。頭の位置が流れ、さっきまでこちらへ向いていた軸が外れる。


「今ならいける~!」


 マッチーが横へ回って斧を振る。蛇体が水際から外れ、その隙にエーテルが首元へ刃を通す。長い身体が一度大きく跳ね、足場を擦るようにして光へ変わった。先に光へ変わったのは長い方だった。続けてミズカマスも倒し、エーテルがログを開く。


「あの蛇の名前、ナガレヘビだってさ」


「位置ずらしてくるね~」


「うん。ミズカマスと一緒だと見づらいね」


 四戦目は、薄い霧を広げるキリタマの下に、冷水色の半透明な塊がいた。丸い核があるのは見える。けれど輪郭がぼやけていて、どこまでが本体なのかがわかりづらい。霧と水面の反射が重なると、核の位置だけが浮いて、外側の流体が遅れて見える。近づくと余計に距離感が狂いそうだった。


「あいつは核が見えにくいね~」


「うん。先に場所を増やすよ」


 エーテルは相手ではなく、横の水面へ冷気を向ける。


「冷気よ満ちよ。拡散し、覆い、触れる地を凍てつかせよ。――《フローズンブレス》」


 水面が固まり、足場の脇へ踏める面ができる。その位置へ近寄りながら、エーテルがキリタマへ左手を向けた。霧の向こうにある核だけを狙うように、指先の向きを微かに合わせる。


「帯電、収束、穿て、連なれ。――《スパークボルト》」


 雷が走る。キリタマの核が浮く。白い霧の膜が一瞬だけ薄くなり、中心が露わになった。


「見えた~」


 その瞬間、マッチーが核を叩き割る。半透明な塊が足場の縁からにじむ。水みたいに広がるのに、水みたいには切れない。エーテルは刀で、見えている核へ短く二度斬りつけた。冷たい感触の奥で、硬い手応えが返る。


「通った」


「じゃあ割るよ~!」


 マッチーが斧を振り下ろす。塊が崩れ、光へ変わる。取得通知を確認して、エーテルが読む。


「コオリスライムか、属性拡張されてるモンスターは初めてだね」


「そうだね~」


「うん。キリタマと一緒だと、核が見にくいね」


 そこから先は、一緒に出てくる相手の組み合わせが増えた。


 ナガレヘビが横へずれながら寄り、ミズカマスが正面から足場際へ飛び出す。キリタマが霧を広げると、コオリスライムの核はますます確認しづらくなった。


 エーテルは戦闘に入る前に、水面のどこを固めるかを先に決めるようになった。足場の継ぎ目、縁に寄りすぎない位置、マッチーが踏み込む一歩先。そこを《フローズンブレス》で固め、危ない一撃だけ《メタルシールド》で受ける。


「収束、展開、硬化、遮断。――《メタルシールド》」


 薄い金属板が前へ出る。ミズカマスの突っ込みを受けた半拍で、マッチーが横へ回る。


「紫電よ、集まれ! この一撃に、電衝を! ――《ヴォルトインパクト》!」


 雷が斧へ集まり、そのまま叩きつけた一撃でミズカマスが大きく跳ねる。エーテルは戻るところへ刃を通し、ナガレヘビが体勢を変える前に《スパークボルト》を撃つ。キリタマが霧を厚くする前に核を浮かせ、コオリスライムが足場際へ寄れば、回り込める面を先に固める。氷を張った位置へマッチーが迷わず踏み込み、その横をエーテルが斬る。崩す相手と倒す相手の順が、戦うたびにはっきりしていった。


 何戦も重ねるうちに、やることが決まっていった。


 先に崩す一体。その次に倒す一体。先に固める水面。


 それだけじゃない。マッチーが動く前にどこに動くか、エーテルが受けるならどこで受けるか、霧が広がる前にどの核を浮かせるか。二人とも、口に出さなくても見る場所が近づいていく。エーテルが左手を向けた先へ、マッチーの視線もすぐ合うようになる。マッチーが踏み込む瞬間には、エーテルの刃がその一撃の邪魔にならない位置へずれている。戦い方を変えると決めたあとで、その形が少しずつ固まっていった。


 その順番が噛み合うころには、アジュール・カレントの明るさも変わっていた。低かった太陽が少し昇り、水面の反射が広がっている。霧はまだ残るが、朝方よりは薄い。遠くの足場に見える他のプレイヤーの影も増えていた。誰かが別の水面を渡り、別の場所で青いしぶきが上がる。広い湿り気の中に、人の気配が少しずつ混ざってきていた。


 エーテルが前方へ目をやると、人影が二つ見えた。


 片方は弓。片方は短剣。


 見た瞬間、エーテルの中でエメラルド・キャノピーの草陰がつながる。マッチーも同時に相手を見て、すぐ眉を寄せた。


「……あの二人だね~」


「うん」



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