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剋生の孔雀  作者: 氷炎
勲章 攻略の先

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Ep.38 アジュール・カレント ― 揺れる境目

 


 三日くらい、ゲーム休みにしよう。


 エメラルドキャノピーの徘徊型個体と戦いの後、宿についた時、そう言い出したのはエーテルだった。


 マッチーは、「そうだね~。一週間ゲームばかりしてたもんね」と頷いた。


 リリース日から一週間、二人は毎日《Elemental Shadows》へログインしていた。


 木衡領の宿へ戻って落ちる日もあれば、中央塔で取得物を見ながら次の話をする日もあった。食事をしている時も、眠る前も、頭のどこかにゲームの景色が残っている。それでも、一回休むと決めた以上は休む。そうして二人は三日、ログインしなかった。


 その三日が過ぎる。


 昼食を終えてから、エーテルはフルダイブ装置へ身を預けた。白くほどけた視界が色を取り戻した時、目の前にあったのは木衡領の宿の部屋だった。木の壁、窓に垂れた布、見慣れた室内の形が一瞬で分かる。


 向かいのベッドに光が集まる。


 人の形が浮かび、深紅の髪が肩へ落ちた。


「お」


 先に声を出したエーテルへ、マッチーが顔を上げる。


「あ、いた~」


 そのまま二人とも同時に笑った。


「時間合わせてないよね」


「合わせてな~い!」


 ベッドを降りたマッチーが肩を回し、背中の斧の位置を確かめる。そこまで含めて、いつもの調子だった。

 エーテルも立ち上がる。


「じゃ、今日はどうしよっか?」


「順当に行くならストーンシェルフだよね~」


 それは二人とも分かっていた。けれど、そこで会話は止まらない。


「でも、そろそろ次も見たいよね」


「うん。水のエリア行きた~い!」


 短い返事に、エーテルは頷いた。


「同領域の活性化も、結局何なのかはわからないから気になるけどね」


「それを確認するなら、行ったことあるエリアに行くのが良いんだろうけど、今日は水でいいと思う~」


「じゃあ、水のエリアに決定だね。行こっか」


「行こ~」


 決まれば早い。二人は宿を出て、水晶体から水律領のギルド前へ転移した。


 この時間の水律領へ来るのは初めてだった。昼よりも、灯りのある場所と影の落ちる場所の境がはっきりして見える。石畳の端や建物の縁で光が細く返り、通りを横切る人影が流れるように過ぎていく。


「昼と違うね」


「うん。こっちは夜の方が光が細かい感じする~」


 二人はそのまま水律門へ向かった。門の手前で水晶体に触れて転移登録を済ませる。短い発光が消えたのを見届けてから、エーテルは門の先へ目をやった。


「よし」


「じゃ、行こっか~」


 水律門をくぐった瞬間、空気が変わった。



 湿り気がある。だが、肌に貼りつくほど重くはない。けれど乾いてはいない。夜の水律領にあった冷たさとも違う、水を含んだ空気が頬へ触れる。エーテルはそこで足を止め、正面を見た。マッチーも同じように動きを止める。


 視界は通る。エメラルド・キャノピーみたいに樹冠や蔦が重なって奥まで塞がれてはいない。ストーン・シェルフみたいに段差で視界が区切られているわけでもない。前方は、思ったより素直に見える。


 けれど、歩きやすいと感じる景色ではなかった。


 足元のあちこちに水がある。浅く広がっているところもあれば、暗く沈んで見えるところもある。その間を、幅の揃わない足場が通っていた。石なのか地面なのか、一見しただけでは分かりにくいところもある。水の表面に青い反射が細く揺れ、低い霧が残り、少し先には水脈みたいな光が走っていた。



《外部相生領域 第一層 翠樹海 ― エメラルド・キャノピー》



「アジュール・カレントだって」


「きれいな名前だね~」


 マッチーがそう言ってから、すぐ足元へ目を落とした。 エーテルも同じ場所を見ている。


「でも、下は分かりにくいね」


「うん。水面下が見えな~い」


 見えている足場がどこまで続いているのか、その横が浅い水なのか、深く落ちているのか、一目では読めない。前が見えるぶん、前だけ見て進みたくなる。でも、それをやると危ないと、その場に立っただけで分かった。


 エーテルは少しだけ身をかがめ、正面ではなく、まず自分たちの前にある足場の端を見た。濡れて色が変わっているところ、乾いて少し白く見えるところ、その間にある境目。水の縁は滑らかに見えるのに、その外がどこまで深いのかは分からない。


「このゲームで泳げるかどうかも、まだ分かんないしね~」


「うん。落ちないようにした方がいい」


「足場も確認しながらだね~」


「水際も、浅い所でも足を取られるかもしれないから、気をつけないとだ」


 エーテルは頷く。


 ここは、敵が出てから足元を見る形になると遅れる。敵を見る前に、どこまで寄っていいか、どこから先は危ないかだけは先に頭へ入れておいた方がいい。


「敵が出てから足場を確認する形になると動きが遅れるね」


「第一に確認だ~」


「うん。先に足場の確保だね」


「で、敵が出たらそっちに集中~」


「そうしよう」


 会話は短い。でも、それで十分だった。



 二人は歩き方を変えた。


 慎重に、といっても、ただ遅くするわけじゃない。前へ出る速さは極端には落とさない。その代わり、次に進む場所を一つずつ見てから動く。水の縁、足場の幅、その先がどう続いているか。見る順を揃えるだけで、二人の動きが噛み合う。


 エーテルが先に一歩出る。足場の端へ寄りすぎない位置で止まり、次の足場との距離を見る。マッチーも同じように進み、斧が水の上へ出すぎないように、自然に身体の向きを調整していく。


 足元の水は静かに見えるのに、完全に止まってはいない。青い反射が揺れるたび、水の深さまで動いて見える。


 霧は低く、視界を塞ぐほど濃くはないが、地面に近いところの輪郭を少しだけ曖昧にする。見えているのに、境目が決まりきらない。そこがこの場所の嫌らしさだった。


 数歩進んだところで、マッチーの手が斧の柄へ掛かった。


「モンスター来るよ~」


 エーテルも同時に前を見た。


 水際の暗がりを裂いて飛び出してきたのは、細長い魚型のモンスターだった。尖った頭を低く向け、濡れた鱗の縁で青い光が細く返る。水を跳ね上げるというより、水面の上を滑るみたいな勢いで、足場の際をなぞるようにまっすぐ突っ込んでくる。


「魚型!」


 言いながら、エーテルは打刀を抜いた。抜きざま、刃へ金の光を走らせる。


「収束、硬化、鋭化。――《シャープエッジ》」


 薄く硬い光をまとった刃が、正面へ走る魚体へ振り抜かれる。


 斬れた。けれど、そのまま来る。


「止まんない!」


 エーテルが横へ外した先で、マッチーが斧を引き抜いた。


「紫電よ、宿れ! 刃に奔れ、雷鳴よ! ――《ヴォルトエッジ》!」


 巨大な斧の刃に紫電が走る。モンスターが向きを返したところへ、マッチーが踏み込んだ。


「これはどうだ~!」


 斧が胴へ叩きつく。雷が鱗の上で散る。魚体が大きくしなる。それでも一撃では倒れない。


「一発じゃ終わんない~!」


 モンスターがそのまま身を返し、今度は二人の間を抜けようと低く走る。


 エーテルは追って深く追わない。水際が近いからだ。足を出すより先に、動きを止める。


「帯電、収束、穿て、連なれ。――《スパークボルト》」


 雷光が一直線に走り、魚体の側面を打つ。身体が跳ね、勢いが鈍る。


「今!」


 エーテルの声に合わせて、マッチーが横から斧を振り抜く。


 紫電をまとった刃が胴を抉り、モンスターの動きがそこで初めて崩れた。


 エーテルは間を空けずに踏み込み、打刀の切っ先が、鱗の隙間へ滑り込む。


 細長い身体が跳ね、水際へ倒れ、そのまま光に変わった。


 二人とも、すぐには口を開かなかった。短く息を整えてから、エーテルが取得ログを開く。


「……ミズカマスだってさ」


「魚だったね~。美味しくはなさそうだったけど」


 マッチーが斧を背中へ戻し、エーテルは水際から少し先、いま光が消えた場所を見たまま言った。


「勝てるは勝てるね」


「うん」


 それは分かった。でも、前の雑魚と同じではない。


「同領域の活性化の意味わかったかもね」


「うん。第一層の同じ領域内のモンスターレベルが上がったのかもね~」


「うん。私も同じ考えだね。この分だと、エメラルド・キャノピーもストーン・シェルフも上がってるかもしれない」


「その考えが自然だと思うよ~」


 エーテルは頷く。


「次からは、そのつもりで戦い方を変えようか」


「了解~」


 認識を変える為のやり取りだった。


 アジュール・カレントの先には、まだ青い反射と低い霧が続いている。エーテルとマッチーは一度だけ目を合わせ、それから同じ方向へ向き直った。



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