表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剋生の孔雀  作者: 氷炎
新しい世界 定めた目標

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/42

Ep.36 エメラルド・キャノピー ―二つの刃

 


 次の一歩で魔法が届く距離まで詰めたところで、徘徊型個体が先に動いた。


 外側の蔦束がふくらみ、地面を這う蔓が左右へ散る。来る、と分かった瞬間にはもう遅い。エーテルは踏み込みかけた足首へ絡みついた蔓の重さを感じた。


「エーテルちゃん!」


 返事をする前に、横薙ぎが来た。


 太い蔦束が唸るように振り抜かれる。だがその前へ、マッチーが斧を差し込んだ。両足を開いて腰を落とし、真正面から受ける。重い音が森に響き、マッチーの身体が半歩だけ押された。


「今の内!」


「ありがと!」


 エーテルは絡んだ蔓へ打刀を返す。


「収束、硬化、鋭化。――《シャープエッジ》!」


 刃へ走った金の光が蔓を断ち斬ると、足が自由になる。エーテルはそのまま斜めへ抜け、徘徊型個体の横へ回った。核はまだ遠い。外側の蔦束が厚い。


 マッチーが押し返した勢いのまま斧を振り抜く。


「火よ、宿れ! 刃に熱を、燃焼を! ――《ブレイズエッジ》!」


 赤く走った刃が外側の束を削る。焼けた蔦が弾け、焦げた匂いが広がった。そこへエーテルが打刀を差し込み、割れた隙間をさらに広げる。


 だが浅い。


 外側を二重三重に覆う蔦は厚く、核まで届かない。その奥で光が脈打った。


「眷属来るよ!」


 地面が割れ、眷属のツタバインが這い出る。左右に二体。前より早い。エーテルが徘徊型個体から半歩離れ、出てきた一体へ打刀を振る。切れる。だがもう一体が足元へ蔓を伸ばしていた。


 その蔓を、マッチーの斧が横から叩き潰す。


「そっち行く!」


「お願い!」


 二人の位置が入れ替わる。マッチーが眷属の正面へ出て、エーテルが徘徊型個体を見る。徘徊型個体は、眷属を壁にしてから打撃を重ねる。前と同じだ。変わっていない。だからこそ、前と同じ形で崩れなければいい。


 エーテルは徘徊型個体の正面を外し、斜めから詰める。蔦束がこちらを追う。広く振るう。エーテルは一歩引かず、打刀の腹で軌道を逸らした。重い。腕へ痺れが来る。けれど前より浅い。肩と胸で受け流せるだけの余裕がある。


 その隙に、横でマッチーが眷属を斬り飛ばした。


「いけるよ~!」


「うん!」


 もう一度、二人で詰める。


 今度はマッチーの足元へ蔓が走った。斧を振り切った直後の硬直へ絡む。避けきれない。


「マッチー! 収束、展開、硬化、遮断。――《メタルシールド》!」


 エーテルが詠唱を完了するのと、徘徊型個体の打撃が重なるのはほぼ同時だった。


 薄い金属板がマッチーの横で立ち上がる。完全には止めきれない。打撃は盾を弾き、マッチーの身体ごと押した。だが直撃ではない。蔦の軌道が僅かに逸れたぶん、マッチーは受け切らずに斜めへ転がって抜ける。


「助かった~! ありがと!」


「まだ来るよ!」


 返事の直後、核がまた脈を打った。


 今度は眷属が二体だけではなかった。前より少し離れた位置、根の陰からも這い出る。位置を変えてきた。


 離れた位置に出た一体の眷属。その後ろにある茂みから、弓矢を構えた男が見えた。そして、その男を引っ張り、隠れようとするもう一人の男。


 その二人を確認し、思わずエーテルは舌打ちを飲み込む。一体はマッチーが踏み潰すように叩き割った。だが奥から出た個体が、徘徊型個体の前へ滑り込む。


「邪魔!」


 エーテルが短く言い放ち、打刀を返し吹き飛ばす。切った先で、徘徊型個体の太い蔦が横から走った。


 速い。


 読みは合っていたのに、踏み込みが半歩遅い。エーテルは肩を捻って避けるが、外套の端を攫われた。身体が流れる。そこへ眷属の蔓が伸びた。


 だが、その眷属は途中で止まった。マッチーが地面ごと叩き潰したからだ。


「一回下がるよ~!」


「うん!」


 二人は同時に距離を取る。


 息を整える時間は長くない。徘徊型個体は待たない。外側の束を広げ、間合いへ踏み込んでくる。地面を這う蔓が左右から回り込む。


「右、来るよ~!」


 マッチーの声に合わせ、エーテルが右を斬る。切った先で左から蔦が伸びる。それをマッチーが薙ぐ。今度は正面。太い一撃が落ちる。二人は逆方向へ分かれて避け、着地した位置から同時に本体へ返す。


 攻防の形は以前と似ている。拘束、打撃、眷属、分断。だがまったく同じではない。蔦が這う位置も、振るう角度も、眷属の出る場所も少しずつ違う。そのせいで、毎回こちらの位置をずらされる。


 だから、毎回その場で合わせるしかない。


 エーテルは一度大きく息を吸い、核の位置を見る。外側の束はまだ厚い。けれど、削れている。焼けた部分、断ち切られた部分、少しだけ薄くなった箇所がある。


「マッチー、左の外側をもう一回割れる?」


「やる!」


 徘徊型個体の蔦がいったん戻る。その瞬間にマッチーが踏み込んだ。


「火よ、集まれ! この一撃に、爆砕を! ――《ブレイズインパクト》!」


 振り下ろした斧が外側の束を砕く。火を孕んだ衝撃が蔦を散らし、奥の光がわずかに覗いた。そこへエーテルが走る。


 だが核の直前で、地面がまた割れた。眷属が二体、真正面へ出る。


「まだ出るんだ」


 言いながらエーテルが一体を斬る。もう一体が腕へ蔓を伸ばす。絡む前に、横からマッチーの斧が割り込んだ。蔓ごと個体を叩き潰し、そのまま徘徊型個体へ向けて身体を入れる。


「今なら行けるよ~!」


 マッチーの声に、エーテルは一歩だけ詠唱のための間を作った。徘徊型個体の外側が今、割れている。眷属も途切れた。打撃は直前で止まった。これなら差し込める。


「帯電、収束、穿て、連なれ。――《スパークボルト》!」


 雷が一直線に走る。露出した奥へ突き刺さり、核の周囲で激しく弾けた。蔦束全体が大きく震える。動きが一瞬止まる。


「通った!」


「続ける!」


 マッチーが踏み込み、斧を横から叩きつける。エーテルも同じ箇所へ打刀を差し込む。核の手前まで届く。だがまだ割れない。


 徘徊型個体が外側の束を無理やり戻す。二人は弾かれるように間合いを外された。着地と同時に、また蔓が走る。


 今度は二人同時だった。


 エーテルの右足と、マッチーの左腕へそれぞれ絡む。別方向から引く。そこへ徘徊型個体の打撃が重なった。


 片方では足りない。


「エーテルちゃん、そっちお願い!」


「うん!」


 互いに拘束されたまま、二人は逆の追撃を見る。エーテルはマッチーへ向かう蔦へ打刀を差し出し、軌道を逸らす。マッチーは片腕を引かれたまま、エーテル側へ来た打撃へ斧をぶつけた。


 重い衝突音が二つ、ずれて響く。


 エーテルは足首の蔓へ刃を落とす。マッチーは腕へ絡んだ蔦を力任せに引きちぎる。前みたいに、拘束されたまま次を受けない。あの一撃を受けた瞬間全てが終わりだからだ。


「まだいける~?」


「全然!」


「わたしも~!」


 言った直後、マッチーの声が少しだけ上擦った。徘徊型個体の太い蔦が、頭上から真下へ叩き落とされる。


 エーテルは詠唱の間を作れない。走って割り込むだけだ。打刀の腹で流す。腕が痺れ、膝が沈む。だがその一瞬で、マッチーが横へ抜ける。


「今度はこっちの番だ~!」


 マッチーが叫び、徘徊型個体の側面へ回る。斧が横薙ぎに走る。外側の束がさらに削れた。露出した部分はさっきより広い。核の光が前より近い。


 徘徊型個体も鈍ってきている。だが終わらない。しぶとい。蔓を断ち、眷属を潰し、打撃を逸らしても、まだ次が来る。戦いが終わるのは、こちらが倒されるか、相手を倒すまで続く。


 核がもう一度脈を打つ。だが眷属は一体だけだった。


「減った」


「押せる!」


 エーテルはその一体へ踏み込み、斬り捨てる。マッチーが徘徊型個体を押さえる。蔦薙ぎ払いが来る。マッチーは受けずに半歩だけずらし、斧の柄で外へ流した。その戻りで生まれた隙へ、エーテルが詠唱を差し込む。


「冷却、収束、結晶、射出。貫け。――《フロストニードル》!」


 氷針が蔦の薄くなった箇所へ突き刺さる。外側を貫いた先で、核のすぐ手前に白い亀裂が走った。徘徊型個体が大きく震える。


「今!」


 マッチーが踏み込む。


「紫電よ、集まれ! この一撃に、電衝を! ――《ヴォルトインパクト》!」


 紫電をまとった一撃が、氷でひび割れた箇所へ叩き込まれる。蔦束が大きく開く。中心の光が剥き出しになる。


 エーテルはその瞬間しか見ていなかった。


 一歩。半歩。間合いは足りる。打刀を低く引き、身体ごと前へと送る。


「収束、硬化、鋭化。――《シャープエッジ》!」


 刃が金の光を帯びる。


 振り抜いた。


 核へ届く。硬い。だが止まらない。前みたいに弾かれない。割れ目を広げ、そのまま深く沈む。


 同時に、横からマッチーの斧が落ちた。


 光が裂ける。


 巨大な蔦束が一度大きく持ち上がり、そのまま支えを失ったように崩れた。這っていた蔓も、垂れていた束も、順に力を失って地面へ落ちる。核の光が内側から砕け、細かな粒になって散っていく。



 しばらく、どちらも動かなかった。


 葉の擦れる音だけが戻る。さっきまで響いていた衝突音も、蔦の唸りも、もうない。


 先に息を吐いたのはマッチーだった。


「……勝ったね~」


「うん。勝った」


 エーテルも打刀を下ろす。腕は重い。肩も熱い。足首に巻きついた跡が鈍く残っている。けれど、立っていた。隣のマッチーも同じだった。


「今度はちゃんと勝った」


「ちゃんと、二人でね~」


 マッチーが笑う。


 エーテルも息を整えながら、ようやく頷いた。


「うん。ちゃんと二人で」


 二人はその場で少しだけ立ち尽くした。緑の濃い森の奥は変わらない。けれど、さっきまで目の前にあったものだけが、もうそこにはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ