表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剋生の孔雀  作者: 氷炎
新しい世界 定めた目標

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/42

Ep.34 環枝工房 ― 形になった備え

 


 中央塔二階へ上がると、外周通路の先で見覚えのある二人が目に入った。


 工房接続の窓口が並ぶ一角で、マッチーとヒサメが話していた。先にこちらへ気づいたのはマッチーだった。軽く手を振る。


「お、来た来た~」


「お待たせしました」


 近づくと、ヒサメもこちらを向いた。


「いえ、私もそろそろ来られるかなと思い待っていただけなので大丈夫ですよ」


「完成したんですね」


「はい。予定通りです」


 その一言で、胸の奥が少しだけ騒いだ。待たされていたわけではない。けれど、できたと聞けば足が早まる。


「では、工房へ行きましょうか」


 ヒサメに促され、水晶柱へ向かう。


 とんできたヒサメからの申請を受理すると、白い光が足元から立ち上がり、視界が切り替わった。



 移った先の工房は、数時間前と変わらない。金属の匂い、乾いた革の匂い、布の糊の薄い匂い。壁際の作業台、棚へ収まった素材箱、吊られた工具。その中にいる顔ぶれだけが、前より少なかった。


 ガイが作業台の脇に立ち、スズネは布を畳んでいる。コウジュは机の端で何かを見直していた。


「いらっしゃい」


 スズネが手を止める。


「すぐ着替えにしましょうか」


 ヒサメも頷いた。


「実際に着て、動きを見ます。引っかかるところがあれば、その場で直しますので」


 工房の一角で仕切られた場所へ通される。そこでまず渡されたのは、身体に近い順の防具だった。


 最初は胴衣と脚衣、それから腕布。


 胴衣へ腕を通した瞬間、布の張りが思ったより強いと分かった。薄いというより、締まっている。それでも肩口で突っ張らず、背を伸ばしても布が肩甲骨のあたりへ引っかからない。


 脚衣も同じで、足を上げても腿の内側がつられなかった。腕布を巻き終えたところで、エーテルは肩を回し、肘を折り、手を頭の後ろへ回す。布の擦れる感触はあるが、動いた先で止まる感じがない。


 横でマッチーが声を上げた。


「これ、変に引っ張られないね~」


「内側はまずそこを優先してます」


 スズネが答える。


「上から重ねても、一番下がずれにくいようにしてあります」


 次に腰革と脛革が来る。


 締め具合を確かめながら腰へ巻き、脛へ沿わせる。エーテルは腰へ手をやり、刀を抜く動きだけ先に試した。腰革の端は柄へ触れない。足首を前へ倒しても脛革の縁が食い込まず、片膝を深く折っても引っかからなかった。


 そのあと肩当、胸甲、脚甲を重ねていく。


 肩当をつけたまま腕を上げても、縁が首へ当たらない。胸甲は胴衣の上へ重ねて付ける形になっていて、胸の中央だけが前へ張るのではなく、胴の線に沿って留まる。身体をひねる。脇の片側だけが残る重さがない。


 脚甲も同じだった。踏み込んだ時に膝下だけが遅れず、引いた足の甲もすぐについてくる。床を一歩蹴り、もう一歩踏み替える。重さは増えているのに、動きが崩れなかった。


「どうですか?」


 ヒサメに聞かれ、エーテルはもう一度肩を回した。


「重くはなってますけど、動かしにくさはないです」


「わたしも平気~」


 マッチーが脚を開いて腰を落とし、そのまま立ち上がる。


「ちゃんと動きについてくるね~」


 最後に外套を羽織る。


 肩へ布が落ち着いた瞬間、視界の端に黒が収まった。


 そこで初めて、配色の違いもはっきり見えた。こちらは黒を基調に、縁や留めのまわりへ細く銀が入っている。肩当の下、胸元の合わせ、外套の端。主張しすぎない細さなのに、輪郭だけが少し際立つ。


 マッチーのほうも同じ黒基調だが、差し色は藍だった。肩口から外套の折り返し、脚まわりの縁に入った色が、動いた時だけ見える。


「いいね~これ」


 マッチーが外套の裾を払う。


「配色は二人のアバターと初期装備の印象に寄せてますよ」


 ヒサメが言う。


 見比べると、色だけではなく形も違っていた。エーテルの肩当は線が細く、胸甲も身体へ沿う。マッチーのほうは肩の張りが少し強く、脚まわりも踏み込みやすいよう短めだった。


「エーテルさんとマッチーさんの装備は大枠としては同じ装備ですが、形は揃えてません」


 スズネがこちらの視線に気づいて言う。


「体格も違いますし、動き方も違うので。直せるところは手を入れてあります」


 その言葉に、エーテルはもう一度腕を上げた。肩当はずれず、胸甲の縁も喉へ当たらない。伝えていた、重すぎず、でも守るところは守りたいという希望が、そのまま形になっていた。


 すべて整ったあとで、最後に手袋を受け取る。


「手袋は最後なんですね」


「途中でつけると細かいところが触りにくいですからね」


 たしかにその通りだった。留め具や革紐を触る場面で手袋が先にあれば、何度も外し直すことになっていたはずだ。指を通し、握って開く。布越しの感触はあるが、指先が鈍りすぎてはいない。



 仕切りの外へ出ると、待っていたガイとコウジュが二人を見る。視線は上から下へ一度流れ、それから肩と脚へ戻った。


「余計な飾りは足してないが、それでよかったか?」


「はい。好みにぴったりです」


「動くための形で収まるように仕上げたが、問題ないのならそれでいい」


 見ている場所が、その一言で分かる。見栄えより先に、構成だった。


「装備の説明をするぞ」


 ガイが机へ手を置く。


「系列は翠樹シリーズ。防具は十部位だ。外套、肩、胴主、胴部、腕、手、腰、脚主、下腿、足。装飾品は首、耳、腕、腰の四つにした」


 そこから部位ごとの構成へ入る。


「布を軸にして、革で可動部を締めて、金属は要所だけ入れてる。胴衣、外套、腕布、脚衣は布。手袋、腰当、脛当は革。肩当、胸当、脚甲は金属で仕上げた。胴衣の上に胸当を重ねて付けれる形にしてある」


 軽装ではある。だが、布だけでも革だけでもない。布と革を土台にして、敵に当たる場所と守る場所に金属を使っている実用的な形に整っている。


「総防御力は66。総補助力は81だ」


 数値まで示され、エーテルはそちらへ目を向けた。


「補助力って、どういう扱いなんですか」


 尋ねると、コウジュが受けた。


「装飾品側の働きをまとめた数値だよ。防御みたいに受けた時へ直に影響の出るものじゃなくて、魔法や補助行動、状態異常耐性、細かい補正の土台になるものを一つにまとめた数値と思ってくれていいよ」


「なるほど」


「今回は、防具で守って、装飾品で底上げする形だね」


 横でマッチーが袖口を見下ろしたまま口を開く。


「そういえば、この頭についてる“優”って何?」


 答えたのはスズネだった。


「その装備は、“優”が付く条件を満たしているからです」


「条件?」


「はい。ただ、その条件まわりはまだ検証中で、見えている範囲で整理している段階なんです。なので、今はそういうものだと思っていただければいいですよ」


「へえ~」


「今回は、すべての装備品で、その条件を満たした形で仕上げています」


 そこでヒサメが続けた。


「あとセキランから、刻印については今回は入れていない、と伝言を預かっています。アイテムレベルがまだ低いので、現段階だと上がり幅が小さいから、出費が大きくなるだけ、とのことです」


 それにはエーテルもマッチーもすぐ頷いた。今の帯域で無理に刻印を重ねるより、まず武器と防具の土台を整えるほうが自然だ。


「武器はこっちです」


 ヒサメが机の奥から二つを持ってくる。


 差し出された刀を受け取った瞬間、手の中の収まり方で違いが分かった。重さはある。だが、以前のものより手元と刃のあいだが素直だ。少しだけ抜いてみると、木属性武器の系統にある見た目なのに、表示された数値は予想より高い。


 横ではマッチーが斧の表示を見て目を丸くしていた。


「え、こっちもかなり上がってる」


 エーテルも自分の表示へ目を戻す。


「……同じ名前の刀でも、ここまで違うんですね」


 前の武器より、目に見えて上がっている。名称の並びだけでは分からなかった差が、数字ではっきり出ていた。


 アイテムレベル3で使っていた刀が25で、マッチーの斧は29だった。


 アイテムレベル5で優がついているとしても、刀が51で斧が59と数値だけで言うと、斧は二倍もの違いがある。


「そこが 《環枝連壇》の強みです」


 ヒサメが言う。


「同じ種類の同じ名前の武器を作るだけなら、できる人はいます。でも、そこからどこまで性能と使い勝手を引き上げるかは別なので」


 ガイも短く頷く。


「形だけ揃えるなら、もっと早い。そこまで詰めるからこそ時間がかかる」


 その言葉で、“優”の頭文字も、今見た表示値も、同じところへつながった。


 エーテルは太刀を腰へ戻しながら、工房の中を一度見た。武器はヒサメ、防具はガイとスズネ、装飾品はコウジュ。ここまで話してきた流れだけでも、それぞれの担当は紹介されていた。


 だからこそ、一つだけ空いたままの分野があること気になっていた。


「一つ、聞いてもいいですか?」


「はい」


「錬金術の専門の方は、いないんでしょうか」


 ガイとコウジュが一度だけ視線を交わした。答えたのはヒサメだった。


「探してはいます。ただ、まだ噛み合う人がいなくて」


「できる人自体が少ないんだよね」


 コウジュが肩をすくめる。


「いても、継続して一緒に仕事が出来るかは別だしさ」


 そこでエーテルは少しだけ考えた。思いつきで言うには、相手の仕事へ踏み込む話だったからだ。


「私は、相生の主属性が金です」


 エーテルの言葉を受け、ヒサメが目線を上げる。


「《環枝連壇》に入る形でなくてもよければ、錬金術の工程なら手伝えます。必要な時だけ、そういう形でよければ」


 工房の空気が一瞬止まる。重い沈黙ではない。言葉の意味をそのまま受け取るための間だった。


 最初に頷いたのはヒサメだった。


「それは、すごく助かります」


 ガイも続く。


「外からでも回るなら、そのほうがいい場面はあるな」


「こちらとしても歓迎ですね」


 コウジュが笑う。


「じゃあ、そこは今後ちゃんと繋ぎましょう」


 エーテルは息を一つ抜いた。


「お願いします」


 横でマッチーがにやっとする。


「これからもお世話になります、だね~」


 工房の空気が少しだけやわらいだ。


 それから、提示された金額を払い、お礼と挨拶を交わしてエーテルとマッチーは、工房を出た。



 転移の白い光が切れたあと、中央塔二階の通路にはまだ人の流れが残っていた。けれど、さっき来た時とは足取りが違う。


 新しい装備を身に纏い。腰には新しい刀、隣には新しい斧を背負ったマッチーがいる。


「さて、行こっか」


「うん! これで負けたら、恥ずかしいよ~?」


「負けたら、土下座じゃすまないよ?」


「勝つよ~!」


 二人は並んで歩き出す。


 次の行き先は、もう決まっていた。


 エメラルド・キャノピー。


 あの日、二人を押し返した緑の奥へ、今度はこの装備で向かう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ