Ep.33 環枝工房― 決意への誂え
ヒサメの後へ続き、エーテルとマッチーは 《環枝連壇》のメンバーがいる場所に合流した。
先にこちらへ気づいたのはスズネだった。話していた手を止め、ヒサメと二人を見比べる。
「話、まとまりましたか?」
「まとまりました」
ヒサメが答える。
それ以上はそこで続けず、ヒサメは水晶柱のほうへ向き直った。
「工房へ移動しますので、お二人にフレンド申請を送りますね」
個人工房の存在そのものは、エーテルも知っている。中央塔で使える設備の一つだという程度の認識はあった。ただ、他人の工房へ入る条件までは知らない。
ヒサメからフレンド申請が届く。
「相互登録が必要なんです。承認、お願いします」
「分かりました」
エーテルは表示された名前を確認して承認した。隣でマッチーも同じように操作を終える。
「これで大丈夫ですか?」
「はい。招待を送りますね」
白いウィンドウが視界に開く。承認を押した直後、足元の感覚がふっと抜けた。
工房は思っていたより広かった。壁際に作業台が並び、その上に工具や金具、切り分けた革片や布束がきちんと置かれている。奥には金属台と炉、棚には木箱と素材が整然と収まっていた。金属の匂い、革の乾いた匂い、布の糊の薄い匂いが重なっている。
先に入っていた面々が、こちらへ目を向けた。
ヒサメが二人の横へ立つ。
「こちらが、さっき話したエーテルさんとマッチーさんです。《環枝連壇》へ入る形ではなく、外部の広告塔として協力してもらう形になります」
そこで主要メンバーの紹介に移った。革防具担当のガイ、布防具担当のスズネ、装飾品担当のコウジュ。ロクサン、ミナト、セキランの名も続き、呼ばれた側も短く返す。
エーテルとマッチーもそれに倣い自己紹介をする。
必要以上に馴れた空気ではないが、壁を作るような冷たさもない。装備を見る側の目で二人を見ているのが分かった。
ヒサメが手を差し出す。
「まず、今使っている武器を見せてもらってもいいですか」
「はい」
エーテルは腰の打刀を外して渡した。マッチーも背中から両手斧を下ろして差し出す。
受け取ったヒサメの目が表示へ落ちる。横からガイが覗き込み、スズネとコウジュも一歩近づいた。
「……これは」
スズネが小さく声を漏らす。
「耐久、かなり減ってますね」
「残り少ないな」
ガイが眉を寄せた。
エーテルも自分の武器の表示を見た。数字は把握している。
ヒサメが顔を上げ尋ねる。
「ここまで耐久値が減ったのは、何か強い相手とやりましたか?」
「大きく削れたのは、《ストーンシェルフ》の大型個体と戦った時だけですね」
エーテルが答えると、マッチーが横から続けた。
「そこ以外でも、ずっと使ってきたので」
「更新したのはレベル三の時ですね」
エーテルは続ける。
「手入れはしていましたけど、武器自体は替えていません。そこから五百体くらいは、この武器で倒しています」
工房の中が少し静かになった。
「五百ですか」
ヒサメが表示へもう一度目を落とす。
「それで大型個体ともやっているなら、今の数値になるのも分かります」
「更新なしでそこまでつかっているのなら、まあ危ないところまでは行くな」
ガイも頷いた。
「ただ」
ヒサメが言う。
「今後は、耐久値も今まで以上に見ておいたほうがいいと思います。まだ初期段階ということを抜きにしても、強い個体の攻撃を武器で受けると、一気に削られることがあるので」
責める言い方ではなかった。装備を作る者として、見えた危うさをそのまま説いた言葉だった。
エーテルは頷く。
「はい。そこはそう思います」
「大型個体とやった時も、かなり持っていかれたので」
マッチーも続ける。
「次からはもう少し気にしますね」
ヒサメはそれ以上押さず、次の確認へ移った。
「防具は、今どうしていますか?」
エーテルはその問いに答える。
「初期装備のままです」
今度は武器の時よりはっきり反応が出た。
「えっ」
スズネが目を丸くする。
「まだ買ってなかったんですか?」
「はい」
「武器だけ更新して、防具は初期のまま?」
ガイが確認する。
「そうです」
エーテルが答えると、マッチーも少しだけ肩をすくめた。
「後回しにしてたら、ここまで来ちゃって」
コウジュが半歩引いて二人を見直す。
「それでレベル5まで来たんですか」
「来ました」
エーテルが答える。
「必要性は分かっていましたけど、優先順位が武器のほうに寄っていました」
「普通はその前に防具を更新するんですけどね……」
スズネはまだ驚いたままだった。
「当たらない前提で動いてきたなら、今さら重くするのは違うか」
ガイの視線が二人の肩から足元までを測るように動く。
「防具の希望、ありますか」
その問いに、エーテルはすぐ答えた。
「動きが鈍る形は避けたいです」
「わたしもです」
マッチーが続く。
「金属鎧みたいに、全体が固いのは戦いづらいと思います」
「華美な装飾も、あまり要りません」
エーテルは言った。
「見た目より、動けることを優先したいです」
「でも、守るところは守りたいです」
マッチーが自分の肩と胸元に手を当てる。
「胸とか肩とか、肘とか、爪先とか。その辺に硬いものがあると助かります」
ガイがすぐに反応した。
「なら主体は革だな」
腕を組んだまま、二人の言葉を形にしている口ぶりだった。
「基礎を革で組んで、要所だけ金属補強を入れるのが素直です」
「布を入れるなら補助ですね」
スズネが言葉を継ぐ。
「重なりや内側の当たり方は調整できますけど、前で動くなら骨格が弱いと不安です」
「革寄り、ですね」
エーテルが確認すると、ガイが短く頷く。
「今の話なら、そのほうが合うだろうな」
そこでコウジュが前へ出た。
「装飾品はどうします? 戦い方に合わせるなら、先に希望を聞きたいです」
「指輪は必要ないですね」
エーテルが答える。
「手の感覚が変わるのは避けたいので」
「わたしも、それは嫌ですね」
マッチーも頷く。
「それ以外で四か所あるなら、そのほうがうれしいです」
「分かりました。マッチーさんもそれで良いですか?」
マッチーが頷き返すと、コウジュの返答は早かった。
「首、耳、腕、腰回りあたりで作ることにしますね」
そこで一度、話が途切れた。工房側がそれぞれの担当の中で必要なものを整理し始める。それを見てから、ヒサメが静かに尋ねる。
「ちなみに、今の目標はどこなんですか?」
エーテルはマッチーと視線を合わせた。答える順番は、二人の間でずれていなかった。
「《エメラルド・キャノピー》の徘徊型個体を、二人で倒すことです」
「そのために、今日、装備を見に来ました」
マッチーが続ける。
すぐには誰も口を挟まなかった。工房の奥で金具が小さく鳴る。誰かが置いた道具の音だった。
最初に返したのはガイだった。
「倒してる側から言うが」
低い声がまっすぐ落ちる。
「二人でやる相手じゃない。あれは六人が適正人数だ」
言い方は淡々としていた。見下した口調ではない。ただ、経験から出た結論としてのアドバイスだ。
エーテルは頷く。
「分かっています」
「でも、装備を整えたら戦いに行きます」
マッチーが続ける。
「初日にあれにやられてるので」
その時の光景が、言葉にしただけで胸の奥へ戻ってくる。湿った地面、伸びる蔦、増えた眷属、届かなかった間合い。足りなかったものだけが、今もはっきり残っていた。
「リベンジは、二人でやると決めています」
エーテルの声に、マッチーが重ねる。
「そこだけは変えません」
スズネが二人を見比べる。コウジュはさっきまでの軽い笑みを引っ込め、ガイも腕を組んだまま黙った。言葉の強さではなく、その決め方の固さを見ている沈黙だった。
ヒサメが先に口を開いた。
「分かりました」
それから、二人の武器へ視線を落とす。
「そこまで決めているなら、こちらも半端なものは出したくないです」
顔を上げた時の声は、少しだけ強くなっていた。
「今の二人が装備できる範囲で、一番いい物を揃えます」
その言葉に、工房側の空気が揃った。
「採寸をお願いできますか」
ヒサメがスズネへ目を向ける。
「分かりました」
スズネが棚から道具を取る。
「布の重なりや可動域も見たいので、私が測りますね」
「装飾品の寸法はそのあと拾います」
コウジュも続いた。
そこからは早かった。立ち位置を変え、腕を上げ、肩幅を測られ、足首や手首の位置を見られる。革紐が服の上を滑り、金具が小さく鳴る。マッチーが途中で「本当に細かく見るんですね~」と漏らし、スズネが「動きを残すなら、ここを雑にできないので」と返していた。
一通り終わったところで、スズネが測定用の紐をまとめ、ヒサメが記録用の紙片を揃える。
「あと、属性を先に決めましょう」
ヒサメが顔を上げる。
「今回は、どの属性で組みますか?」
エーテルは少しも迷わなかった。
「木属性主体でお願いします」
マッチーもすぐに頷く。
「相手に等倍で通るなら、それでいいです」
「エメラルド・キャノピーを見て、ですね」
スズネが確認する。
「はい」
エーテルが答える。
「今の目標に合わせたいです」
ガイが短く頷いた。
「なら、防具もその前提で合わせる」
「装飾品も木属性寄りで組みます」
コウジュも続ける。
ヒサメが紙片へ視線を落とし、内容を書き留める。
「分かりました。木属性主体で揃えます」
それから紙片を揃え直し、二人へ向き直った。
「今日の十九時までには仕上げます」
「そんなに早く、ですか?」
エーテルが聞くと、ヒサメは頷いた。
「素材もありますし、工房の流れもできているので。間に合わせます」
その答えに、エーテルは短く息を吐いた。任せるしかない、ではなく、任せてよさそうだと思えた。
「代金は、どうなりますか?」
今度はマッチーが尋ねる。
ヒサメは少し考えてから答えた。
「そこは引き渡しの時にまとめて話しませんか。先に作業へ入りたいので」
「分かりました」
エーテルが頷くと、マッチーも「お願いします」と続けた。
工房を出る前、二人はもう一度振り返る。
「「よろしくお願いします」」
短い返事が重なった。
転移で中央塔へ戻ると、工房の匂いが途切れ、人の足音と話し声が広がってくる。白い水晶柱の光が床へ落ち、その上を何人ものプレイヤーが横切っていった。
「ここからは任せるしかないね~。どんな装備になるか楽しみだね」
「そうだね。でも時間空いちゃうね」
エーテルは頷く。
「わたしたちが見てても作業は進まないからしょうがないよ~」
「一回ログアウトしよっか。二十時に戻るようにしよっか。ヒサメさんには私から連絡しておくよ」
「うん、おねが~い!」
二人は並んで水晶柱へ向かった。
装備の形はまだ見えていない。軽く扱われてはいない。今の二人に足りないものを埋めるために、必要なところだけを見ていた専門クラフター独特の空気だった。
徘徊型個体へのリベンジは、今夜になりそうだ。




