Ep.32 中央塔二階層 ― 《環枝連壇》
ストーンシェルフで大型個体に遭遇した日から、三日後の現実時刻十三時。中央塔一階の広間で、エーテルはマッチーを待っていた。
中央の水晶柱が白く淡い光を落とし、その足元を何人ものプレイヤーが横切っていく。外は朝へ向かう時間だが、塔の中は色の移り変わりが薄い。床に返る光と靴音、上層へ向かう人の流れだけが、静かに重なっていた。
「おはよ~」
背後から飛んだ声に振り向くと、マッチー片手を上げていた。
「おはよ」
「やっと装備更新できるね~」
二日間、二人はレベル上げに勤しんでいた。そして昨日、二人とも目標であったレベル5になったのだ。前から決めていた通り、装備をまとめて更新するために、中央塔で待ち合わせをしていた。
装備を更新したら、次はエメラルドキャノピーの徘徊型個体と戦いに行く。順番はもう、二人の中で固まっていた。
「うん。買えるだけ買っちゃおう」
「更新が終わったら、エメラルドキャノピーだね~!」
「そうだねぇ。ちょっと時間かかったけど、今度こそ倒そうね」
今日の予定を話しながら、二人はそのまま二階層へ上がっていく。
二階層の総合購買部に昇ると、その手前に、今日はいつもより人が集まっていた。窓口に列ができているというより、ひとつの輪ができ、そのまわりに人が集まっている。
「今日は人が多いね~」
「そうだね。何かの集まりなんだろうけど、どうなんだろうね? まぁ、私たちには関係ないかな?」
少し気にはなる。けれど、今日の目的は別だ。二人がその輪を避けるように歩き出した時だった。
「――あの、少しいいですか」
横から届いた声に、二人はそちらを見た。
輪の中から、一人の女がこちらへ向かってくる。まっすぐこちらへ来ているが、詰め寄るような速さではない。後ろの面々も前へは出てこなかった。誰も口を挟まず、持ち物も立ち位置もそのままに、ヒサメの言葉を待っている。
「初めまして。私は《環枝連壇》のヒサメといいます。《環枝連壇》とは、素材を集めて、加工して、装備を作るために動いている集まりのことです」
聞いたことのない名前だった。エーテルもマッチーも、すぐには相槌を打たない。
その間を埋めるように、ヒサメが続ける。
「前にストーン・シェルフで、うちの物資調達班が大きい個体とやり合っていた二人を遠目に見ていたのです。先日、その話を聞いていて、もしかして二人がそうかなと思って、声をかけました」
マッチーの目が少し細くなる。
「見られてたんですね」
「はい。調達班も急に声をかけるのもどうかと思い、その場は観察に留めたと言っていました。そしてその二人があなた達ではと思い、今声をかけるしかないと」
言い訳めいた言葉だった。ヒサメ自身、それを分かっているような雰囲気を感じて取れた。
そこでようやく、エーテルが口を開く。
「私はエーテルです。よろしくお願いします」
「わたしはマッチーです。よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
エーテルはヒサメの後ろへ目をやる。
「《環枝連壇》って、集めた素材をそのまま集まりの中で回しているのですか?」
「はい。ただ、一人が全部やるわけではありません。調達班が持ち帰り、加工班が作り、仕上げる。足りないものが出たら、そこで別の人が動く形です」
「それは属性硬貨もですね?」
マッチーが問う。
「そうですね。素材は足りているのに硬貨が偏って止まることもありますし、その逆もあります」
ヒサメは淡々と言葉を繋ぐ。
「何がどこで足りなくなるかを分かったうえで動かないと、集めて終わり、作って終わりとなりやすいんです。《環枝連壇》は、その流れをばらけさせないために作りました」
その時ようやく、最初に見えた人だかりの意味がわかった。装備窓口の前に集まっているようで、ただ装備を見に来ているだけではない。一つの流れを作る者たちが、ここに集まっている。
「それで、私たちに声をかけたのですか?」
「はい。そうですね」
「勧誘、ですか?」
「勧誘です」
ヒサメはあっさり言うと、その答えにマッチーが少し笑う。
「率直ですね~」
「回りくどくしても、伝わらないと思ったので」
ヒサメもほんの少しだけ口元を緩めた。
「二人共、《 環枝連壇》に入りませんか?」
その問いには、エーテルは間を置ず応えた。
「加入は無理ですね」
ヒサメの眉がわずかに動く。
「理由を聞いても?」
「集団に入ると、自由は動けなくなるからです。属した時点で、気を使うようになってしまうと思いますから」
「今の遊び方を崩したくないっていうのもありますね~」
マッチーも続ける。やわらかい口調のまま、言葉だけははっきりしていた。
ヒサメは押し返さなかった。数秒だけ二人を見て、それから小さく息を吐く。
「……ですよね」
その一言だけで、最初から分かっていたのだと伝わる。
「なら、別案があります」
「別案?」
「私たちが作った装備を、二人に使ってほしいんです」
今度はマッチーのほうが先に瞬いた。
「使うって、試す感じですか」
「はい。実戦で使ってもらって、感触や結果をフィードバックしてもらえれば十分です」
エーテルが聞く。
「どうしてそこまで?」
ヒサメは迷わなかった。
「単純な話しですね。《環枝連壇》の中だけで回していても、外には広がらないからです」
声の調子が少し変わる。ここは最初から考えてきた話なのだろう。
「私たちは、自分たちで素材を集めて、自分たちで加工して、自分たちで装備にするところまで持っていこうとしています。でも、それが中だけで終わっていたら、結局は中だけの話になります」
マッチーが首を傾ける。
「端的に言うと、私たちに広告塔になってほしいって話ですね?」
「その通りです。前に出て戦う人が使ってくれれば、まず見られることが増えます。すると、どこの装備か、誰が作ったのか、気にする人が出てきます。名前がわかれば、素材を持ち込む人も増えるかもしれない。属性硬貨の両替を頼みたい相手も寄ってくるかもしれない。そうなれば、《環枝連壇》の中で回せるものが増えていきます」
ヒサメは続けた。
「二人が使ってくれれば、装備だけではなくて、うちがどういう集まりかも外へ宣伝する事が出来ます。素材を集めて、加工して、装備にするところまで一つの集まりがやっている。そこまで含めて見てもらえるようになります」
そこで初めて、ただの親切ではなく取引の形が見えた。
マッチーが口を開く。
「でも、それだと私たちだけ得しすぎませんか?」
「装備をもらって、使って、っていうのは、条件として軽すぎる気がしますね」
ヒサメの目が少しだけ細くなった。品定めではなく、反応を見ている目だった。
「やっぱり、声をかけて正解でした」
「え?」
「そこを気にしていただけるなら、信用できます」
ヒサメは一歩だけ距離を詰めた。
「条件はあります。いらなくなった装備や素材を、優先してこちらへ回してほしいのです。属性硬貨の両替もこちらで受けます」
そこで一度区切ってから、さらに言葉を足す。
「それと先程も言いましたが、二人がうちの装備を使ってくれること自体が条件です」
「それ自体が、ですか」
「はい。名前を売りたいので」
マッチーが小さく「おお」と声を漏らす。
ヒサメはそのまま続けた。
「二人が使ってくれれば、装備そのものだけじゃなくて、《環枝連壇》のやり方ごと見てもらえます。そこまで含めて、うちには意味があります」
エーテルはヒサメを見たまま口を開く。
「それなら、レベル5の装備一式、そろえられますか?」
ヒサメが止まった。
「……え」
一拍遅れて、目が開く。
「二人とも、もうレベル5なんですか?」
「昨日なりましたよ~」
マッチーがあっさり答える。
「他に固定で組んでる人は?」
「いないですね~」
「ここまで二人だけでやってますよ」
ヒサメはそこで声を失った。後ろの面々も、その場で小さく息を呑んだ気配だけを見せた。前へ出てくる者はいない。けれど、今の一言は後ろまできちんと届いていた。
「二人だけで……?」
「はい」
「リリース日から?」
「そうなりますね」
ヒサメの視線が、二人の武器、立ち方、装備の縁を順に辿る。値踏みではない。計算を組み直している目だった。
「……しつこいようですけど」
ヒサメはそこで言い直した。
「ぜひ、うちの装備を使ってください」
マッチーが吹き出す。
「押しますね」
「押します。そこまで来ている二人に、うちの装備を使ってもらえたら、それだけで十分価値があるので」
「そこまで言われると、逆に断りづらいですね」
「断られると、ちょっと困ります」
淡々とした言い方なのに、その一言だけ少し本音が混じった。
エーテルがマッチーを見る。
「どうする?」
マッチーはもう半分決めている顔で笑った。
「条件、悪くないよね~。むしろすごく助かる条件だね」
「そうだね。私たちクラフトメインって訳じゃないもんね」
エーテルはヒサメへ向き直る。
「では、お願いしたいです」
ヒサメの肩が、今度こそ目に見えて下がった。
「ありがとうございます」
礼を言う声だけ、少し速い。そのまま振り返り、装備窓口の方へ手を向ける。
「まず、今の装備を見せてもらえますか。そこからお二人の癖などをみさせてください。武器のすり減り方、防具の使い方、それから硬貨の偏りも見たいです」
「そこまで見るんですね」
「見ます。そうでなければ、作れるものが中途半端になりますので」
「ほんとに細かいですね」
「そこが分かっていないと、クラフト専門集団を名乗れませんからね」
マッチーが小さく笑う。
「頼もしいですね」
ヒサメは少しだけ間を置いてから返した。
「そう言ってもらえるなら、頑張った甲斐があります」
三人は並んで歩き出した。
装備をそろえるために来たのに、別の導線が一本増えている。
今日も楽しい一日になりそうだ。エーテルとマッチーは、言葉を交わさずとも、同じように感じていた。




