Ep.23 ストーン・シェルフ ― 岩棚の魔物
マッチーが斧を軽く持ち上げる。乾いた岩棚の上で、刃が白く鈍い光を返した。
「速いのからかな」
「うん。亀っぽいのは後でいいね。遅そうだし」
エーテルが短く返した、その直後だった。
地面が弾ける。
飛び出してきたのは、細長い胴に鋭い前爪を持つ小型のモグラだ。地を這うような低い姿勢のまま、一気に距離を詰めてくる。岩棚の上を滑るような速さだった。
「来るよ」
「見えてる~」
マッチーが半歩だけ横へずれる。モグラはそのままエーテルへ飛びかかった。
その瞬間、エーテルがわずかに身体を引く。
狙いが流れ、伸び切った軌道が一瞬だけ空く。
「任せた」
「了解っ!」
横から斧が振り抜かれた。乾いた衝撃音。小型の身体が岩棚へ叩きつけられる。まだ動く。だが体勢は崩れていた。
エーテルが踏み込み、短く斬る。
岩粉が舞い、モグラの身体が光の粒になってほどけた。
「一匹」
「軽いね~」
直後、視界の端に取得通知が浮かぶ。
《潜砂爪 取得》
《砂潜核 取得》
エーテルはそのまま取得ログへ意識を向けた。追加された情報を見て、小さく呟く。
「名前、スナモグラなんだね」
「なるほどね~。見たまんま潜る系」
その後ろで、もう一体がゆっくり近づいてくる。
大きな甲羅。低い頭。短い脚。
岩を押すように進んでくる亀だった。岩肌とほとんど同じ色で、動かなければ地形に紛れそうだ。見たまま、正面から受けるには面倒そうな重さがある。
「次はあれかな」
「硬いだろうね~」
「うん」
エーテルは視線を落とす。甲羅は厚い。雑に斬っても通りは悪そうだった。
「前出るね」
「任せた~」
亀が頭を伸ばした瞬間、エーテルが一歩踏み込む。刃が甲羅の縁へ入る。硬い音。だが止まりきらない。亀はそのまま押してくる。遅いのに、押し返すには十分重い。
「ほんと壁だね」
「だね」
マッチーが横へ回る。段差の位置だけ見て、踏み込みやすい場所を取った。
「背中いってみるね~」
「お願い」
斧が振り下ろされる。甲羅の隙間へ衝撃が入った。亀の身体がわずかに揺れる。その一瞬に、エーテルがもう一歩踏み込み、今度は甲羅の下へ斬撃を通した。鈍い音とともに動きが止まり、しばらくして身体が崩れる。最後は同じように光の粒となって散った。
すぐに通知が浮かぶ。
《岩甲片 取得》
《鈍殻欠片 取得》
エーテルは続けてログを見る。
「イシガメだってさ」
「そのまんまだね~」
マッチーが斧を肩に乗せる。
「最初はこんな感じかな」
「うん。まだ余裕~」
けれど、静けさは戻らなかった。
遠くの岩棚で、重い足音が響く。
ドン。
ドン。
マッチーがそちらを見る。
「……あ」
段差の向こうから、角のある四脚が姿を現した。低い頭。分厚い胴。重い蹄。肉の獣というより、岩の塊がそのまま歩いてくるような重さがある。
さらにその奥で、もう一つの影が立ち上がる。
土の人型だった。頭の輪郭は曖昧で、腕だけがやけに太い。整った生き物というより、土塊を無理やり立たせたような形だ。
エーテルが小さく息を吐く。
「まだいたね」
「いいね~。ちょっと楽しくなってきた」
角のある四脚は段差を踏み越え、岩棚の上へ姿を現す。蹄が岩盤を叩くたび、ドン、ドンと重い音が返る。歩みは遅くない。むしろ距離が縮むにつれて速さが見えてくる。見た目だけでわかった。あれはぶつかってくる。
マッチーが目を細める。
「……これ、あのまま来るよね」
「うん」
エーテルも同じ結論に至っていた。岩棚の縁を一瞬だけ確認する。段差。落差。押されれば位置がずれる。正面で受ける相手ではない。
「横に逃げるよ」
「了解~」
次の瞬間、四脚が地面を蹴った。巨体が一気に走り出し、岩盤が震え、土埃が舞う。一直線にエーテルへ向かってくる。
「そっちいった~」
「見えてるから大丈夫だよ」
エーテルは最後まで引きつける。軌道が固まる。その瞬間、横へ踏み出した。巨体がすれ違う。背中へ斧が叩き込まれる。鈍い衝撃音。巨体がわずかによろめいた。
「こいつも硬いよ~」
「でもその分、重いね」
四脚は止まらない。数歩進み、向きを変え、また突進の姿勢を取る。単純だ。けれど、単純だからこそ押し切る力がある。段差の多い場所では、それだけで厄介だった。
「もう一回だ~」
「だね」
四脚が再び地面を蹴る。今度はマッチーへ。マッチーはわずかに身体をずらした。すれ違いざま、斧が横から叩き込まれる。衝撃で巨体が揺れる。その瞬間、エーテルが前へ出て、脚の付け根へ短い斬撃を入れた。バランスが崩れ、巨体が膝をつく。
その隙を逃さず、二人の攻撃が同時に入る。数秒後、巨体がゆっくり崩れ、最後は光の粒となって散っていった。
視界の端に通知が浮かぶ。
《岩蹄片 取得》
《突角片 取得》
「イワウシだってさ~」
「わかりやすくていいね」
マッチーが斧を軽く振る。重かったが、崩し方は単純だった。
「三種類目終了~」
エーテルが息を整え、奥の影を見る。
「エメラルドキャノピーが四種類だったし、こっちも四種類かもね」
マッチーもその奥を見る。
「じゃあ、あれで最後かな?」
「たぶん」
二人の視線が同時に、最後の影へ向いた。
土の人型がゆっくり歩き出す。重い足が岩棚を踏むたび、乾いた振動が足元へ伝わる。動きは遅い。だが止まらない。崩しても、そのまま前へ出てきそうな嫌な重さがあった。
「あれ、回復しそう」
「だね~」
「試してみようか」
「確認大事~」
土の人型が近づいてくる。腕が太い。振りも大きそうだ。避けるだけなら難しくなさそうだが、削り切るまでに手間がかかる相手かもしれない。
「一回斬ってみるよ」
「了解~」
エーテルが踏み込む。刃が腕へ入る。硬い。石を叩いたみたいな感触。破片が少しだけ弾けた。だが次の瞬間、崩れた部分の土がゆっくり戻っていく。
「回復してるね~」
「うん」
エーテルは距離を取りながら観察する。再生速度。攻撃の重さ。動きの遅さ。土の人型が腕を振る。重い一撃。エーテルは半歩下がるだけでかわした。見たまま、振りは大きく、隙も大きい。
「でもやっぱり動きは遅いね」
マッチーが横へ回り込む。斧を振り下ろす。衝撃で土片が弾ける。だが、やはりゆっくり戻っていく。
「思ったより回復するね~。コケガードよりちょっと速いくらいかな?」
「だね。でも速いってほどじゃない」
土の人型がもう一歩近づく。鈍い足音。マッチーが肩を回した。
「じゃあ普通に削れるね~」
「うん。ヘイト取るからよろしく」
エーテルが前へ出る。斬撃。すぐ横から斧。崩れた土が再生する前に、さらに攻撃が入る。再生が追いつかない。土の人型の身体が少しずつ削れていく。正面で引きつける役と、横から重く削る役。やることがはっきりしているぶん、連携は崩れない。
数秒後、巨体が大きく揺れた。最後の斬撃。土の身体が崩れ落ち、光の粒となって散った。
《硬土塊 取得》
《土核片 取得》
「ツチゴレムなんだ~」
「ゴーレムじゃなくてゴレムなんだね?」
マッチーが斧を肩に乗せる。遠くの岩棚は、また静かになっていた。さっきまで感じていた気配も、ひとまずは途切れたらしい。
「これで四種類目~。エメラルドキャノピーと同じなら、これで一通りかな~」
「だとしたら、このあと少し楽になりそうだね」
エーテルが小さく笑うと、マッチーも笑った。敵の種類が見えたぶん、地形の読み方も戦い方も少し掴めてきている。
「うん。じゃあもう少し行こっか」
二人は岩棚の奥へ歩き出した。




