Ep.18 見えてきた輪郭 ― 世界の仕組
エーテルがもう一度呼びかけようとした、その瞬間だった。
『――申し訳ございません。サポートAIは、当人以外との直接対話を想定して設計されておりませんでした』
頭の奥へ、澄んだ声が届く。
その声に、マッチーが目を瞬かせた。
「今の声がナナミちゃん?」
『はい。その通りです、マッチー様。お待たせをいたしまして申し訳ございません。応答が遅れた理由をご説明いたします』
ナナミの声は、いつもより少し事務的だった。
『先程のご質問――“サポートAIの音声は個人専用か”について、コアAIへ仕様確認を行いました。その確認を受け、内部で緊急会議が発生しておりました。そのため、一時的に応答が保留状態となっておりました』
「え、今会議してたの~?」
「そんな大げさな」
『結果をご報告いたします。フレンド登録済み、かつ同一パーティに所属しているプレイヤーに限り、双方の同意を前提として、サポートAI間の情報中継および簡易会話共有を許可する仕様へ更新されました。マッチー様にも私の声が届く状態になったのは、お二人のやり取りから許可が出ていると判断したためです』
その説明を聞いて、エーテルとマッチーの動きが止まる。
「仕様、変わったんだ~?」
『はい。エーテル様の提案により、世界仕様の一部が更新されました』
エーテルはわずかに眉を上げた。
この世界は、ただ固定されたまま動くものではないらしい。問いかけに応じて、より良い形へ変わる余地がある。
AI管理社会の延長線上にある世界。
そう言われれば、たしかにそれらしい。
マッチーが腕を組む。
「じゃあさ~、No.102とも繋げられるってことだよね?」
『可能です。ただし、双方の許可が必要となります』
「No.102、聞こえてる~?」
数秒、沈黙があった。
それから、少し低い少年の声が響く。
『……テスト接続確認。対象:ナナミ。通信路開通』
エーテルの意識の奥にも、わずかなノイズのあとで別の存在の気配が重なった。
ナナミの声が、ほんの少しだけ硬くなる。
『はじめまして。No.102』
『No.773、確認。あなたがナナミと呼称されている個体ですね』
マッチーが吹き出した。
「なんか堅いね~!」
エーテルはそこで静かに整理する。
サポートAI同士が繋がった。必要があれば、情報のやり取りもできるのだろう。
少し考えてから、肩を軽くすくめた。
「まあ、わからないことがあったらナナミに聞けばいいか」
マッチーが、にやりと笑う。
「聞けば答えてくれそうだもんね~」
けれど、そこで二人は顔を見合わせた。
ほんの一瞬の沈黙。
ほぼ同時に、笑う。
「でもさ~。それやるとつまんないよね」
エーテルはあっさり頷いた。
「うん。単純な仕様確認ならともかくね」
「全部聞いて進むのって、攻略本読みながらゲームしてる感じするしね~」
「わかる。せっかくの新しい世界なんだし、まずは自分たちで見て回ろう」
ナナミも、No.102も何も言わない。
ただ静かに待機している。
土城領の水晶体に触れて転移登録を済ませると、マッチーが楽しそうに手を叩いた。
「よし! 次は最後の火鍛領だね、いこ~!」
「……登録終わりっと。そうだね。現実でも十八時近いし、ちょっと速足かな?」
エーテルも歩き出す。
二人は笑いながら、ペンタクルベースの通りを進んでいく。
頭の奥では、ナナミとNo.102が静かに待っている。
呼ばれれば答える。
それだけだ。
二人はそれをわかっていた。
だからこそ、まずは自分たちで見て、歩いて、試していく。
そのほうが、ずっと面白い。
「さてとですよ、No.102くん」
『何か不備がありましたでしょうか、マッチー様』
「わたしも、あなたに愛称をつけたいと思い検討しました~。あなたは今からトウジくんだ!」
『了承しました。当機はこれよりトウジとなります』
「なんか、思ってた反応と違~う! ナナミちゃんもこんな感じだったの?」
「ちょっと違うけど、だいたいこれくらいだったよ」
エーテルの感覚だと、ナナミのほうが少しだけ感情の揺れがある。トウジは必要なことをきっちり返す、もっと事務的な手触りだ。
たぶん、その違いには理由がある。
エーテルはナナミと会話しながら、アバター作成も初期設定も進めてきた。
それに対して、マッチーはかなり早い流れで作成を終えたはずだ。トウジとの会話も、たぶん必要最低限だったのだろう。
だから違う。
どちらが良い悪いではない。
エーテルは会話を楽しみ、マッチーは世界へ先に飛び込んだ。ただ、それだけだ。
「ナナミもなんかごめんね。結局、呼んだだけで自分たちで納得しちゃった」
「トウジもごめんね」
『いえ。私たちといたしましても、サポート向上につながる内容の精査が実行されました』
『同意いたします』
淡々とした二つの声が重なり、また静けさが戻る。
その沈黙を破ったのは、やっぱりマッチーだった。
「なんかさ~、トウジくんってほんと真面目だよね」
『ご評価ありがとうございます』
「ほらそれ! そういうとこだよ~!」
マッチーが笑う。エーテルも小さく肩を揺らした。
「まあでも、わかりやすくていいと思うよ。ナナミはちょっと柔らかい感じだけど」
『恐縮でございます』
「ほら、そういうところ」
エーテルが苦笑する。
ナナミは丁寧で、ほんの少しだけ柔らかい。トウジは必要な情報を必要なぶんだけ返す。
けれど、どちらもプレイヤーへ寄り添うものとしては同じだった。
サポートAI。
呼ばれれば応じて、必要なことを返す。けれど、それ以上には踏み込まない。
その距離感が、エーテルにはむしろ心地よかった。
遊ぶのは自分たちで、必要な時だけ支えてくれる。
それくらいが、ちょうどいい。
少し速足で進んだこともあって、二人は土城領を抜け、火鍛領へ入っていた。
火鍛領は、灼けた朱と黒鉄に染まった街並みだった。建物は鋭い稜線を持ち、壁には煤の跡が残る。ところどころに開いた炉から橙の光が漏れ、街路を赤く照らしている。
石畳には熱がこもっているように見えた。踏みしめるたび、足裏にかすかな温もりが返ってくる気さえする。遠くでは絶えず槌音が鳴り、火花が散る。光は揺れ、影は深い。燃やし、打ち、形にする気配が街全体へ満ちていた。
武器と革防具を生み出す領域。
街そのものが、大きな炉の中みたいに脈打っている。
その熱の中へ足を踏み入れた瞬間、マッチーの目が輝いた。
「ここ好きかも~!」
炉の光が肌を赤く照らし、遠くで鉄を打つ音が響く。その中で、マッチーがその場でくるりと回る。
「なんかさ、この街……落ち着く!」
その様子を見て、エーテルは少しだけ笑う。
「やっぱり?」
「うん! なんかこう……変に飾ってない感じがいいね~!」
マッチーが近くの建物を指さす。壁は黒鉄で補強され、煤の跡がそのまま残っている。
「ほら、なんかさ、全部ちゃんと使うために作られてる感じ?」
「うん。必要なものだけって感じだね」
エーテルも周囲を見回した。
炉。鉄。火花。槌音。
装飾らしい装飾はほとんどない。けれど、それがいい。余計なものがなく、機能だけが並んでいる。
マッチーが満足そうに頷く。
「こういうのやっぱり好きだな~。視界にごちゃごちゃ入ってこないし」
「私も好きだよ。金錬領も似た感じだったしね」
「あ~、確かに!」
マッチーが指を鳴らした。
「エーテルちゃん、あそこすごい気に入ってたもんね」
「うん。ああいう雰囲気、落ち着くんだ」
「わかる!」
マッチーがもう一度、あたりを見回す。炉の光が街路を赤く染め、火花が高く散る。
「でもここもいいよ! なんか元気出る~!」
エーテルが小さく頷いた、その時だった。
――ピン。
澄んだ電子音が、二人の意識の奥に響く。
同時に、視界中央へ半透明のウィンドウが開いた。
【システムメッセージ】
本日 22:00、ワールドスケールイベントを実施します。
すべてのプレイヤーへ通知されています。
詳細はイベント開始時に公開されます。
マッチーが瞬きをする。
「……イベント?」
エーテルも同じ表示を見つめていた。
「ワールドスケールって書いてあるね」
周囲を見れば、通りを歩いていたほかのプレイヤーたちも同じように足を止め、中空のウィンドウを見上げている。
マッチーが、にやりと笑った。
「なんか来たね~」
エーテルも口元を緩める。
「リリース日だしね。何かあるとは思ってたよ」
マッチーは腕を組み、少しだけ考える。
「二十二時か~……」
それから、にっと笑った。
「じゃあ一回ログアウトして、ご飯食べてお風呂入って、のんびりしてから戻ってこよ~!」
「うん。その方がいいね」
火鍛領の炉の光が、静かに揺れていた。




