Ep.17 世界の役割 ― 相生と相剋
「装飾品ギルドはどうする~?」
「んー、気にはなるけど今日はいいかな。基本的なところは、他のゲームとだいたい同じだろうしね」
「だね~」
錬金術ギルドを出た二人は、そのまま土城領へ続く道を並んで歩いていた。太陽の光が街並みを淡く照らし、行き交うプレイヤーの影を長く伸ばしている。
エーテルはインベントリから木貨を取り出し、指先でくるりと回して眺めた。淡い緑を帯びた硬貨の表面には、葉脈みたいな模様が刻まれている。
「でもさ、モンスター倒したら倒した分だけ手に入るって、ちょっと面白いよね。まあ、今だからそう見えるだけかもだけど」
「だよね~。なんで同じ数なんだろ?」
「偶然じゃないと思うな。ちゃんと意味ありそう」
今エーテルが持っているのは木貨だけだ。触れていると、ほのかな温かさと、微細な振動みたいな感覚が指先へ残る。
「エーテルちゃんのそれ、木貨だよね~?」
「うん。今のところはこれだけ」
「やっぱ木属性のモンスターだったからかな~?」
「たぶんね。討伐した相手の属性が、そのまま硬貨に反映されてるのかも」
光にかざしてみると、緑の色がほんのわずかに揺れた。
「お金って思ってたけど、素材にもなるって言ってたよね~」
「うん。でも普通の硬貨って感じじゃないよね。属性そのものが詰まってるみたい。だから素材になるのかも」
「属性の魔力が、そのまま形になってるとか?」
「あり得るね。モンスターの強さが影響してるとかもありそう」
「じゃあ強い敵倒したら、いっぱい属性硬貨もらえるってことかな~?」
「そうなるかもね。それなら単純でわかりやすい」
エーテルはくすりと笑った。分析しているようで、ただ素直にこの世界の仕組みを面白がっている顔だ。
「でもさ、他の属性も見てみたいよね~」
「うん。火貨とか水貨とか、見た目違うのかな」
「色違いなだけかもよ~?」
「模様も変わると思うよ。これ、ちゃんと木って感じするし」
話しながら歩いているうちに、土城領の建物が見え始める。
「まあ今は、通貨として使えるのと、クラフト素材ってことしかわかんないけどね~」
「今はそれで十分かな。とりあえず貯めておこう」
エーテルは木貨を指先で弾き、空中で受け止めた。
「こういうのって、あとから意味がわかる瞬間が一番楽しいし」
「それはわかる~。……それはそうと、土城領入ったね~」
「金錬領と建物の系統は近いけど、こっちはもっと重い感じだね」
土城領は、深い土色と鈍い灰を基調にした街並みだった。建物は厚みのある石壁で組まれ、角は丸く削られているのに、揺るがない重さが残っている。壁面には刻印術の紋様が深く刻まれていた。
通りの石畳は大きく、不揃いで、それぞれが確かな質量を持っている。足音は低く返り、地面の奥からわずかな振動が返ってくる。光は反射せず、そのまま石の肌へ沈んでいき、街全体に静かな安定を行き渡らせていた。防具と刻印を扱う領域らしい、揺るぎない堅牢さがある。
「わたし、この無骨な感じちょっと好きだな~」
「マッチー、装飾が派手な感じって、あんまり自分では使わないよね」
「綺麗だとは思うし、それはそれでいいんだけどね~。自分で使うのはなんか違うんだよね」
「私たち、見た目変えられるゲームだと、だいたい初期装備っぽい見た目に戻すもんね」
「レベル上がって装備できるやつって、形が複雑すぎて視界にちらちらするの多いからね~。だから《ES》で初期装備の色とか形いじれたの、すごく嬉しかったんだ~」
「私なんて、アバター作成に三時間かけたからね」
「わたしは十分くらいで終わったよ~。サポートAIが作ってくれた子が、ほぼこの子だったんだよね。ちょっとだけ直しただけ。VR機器に基本情報登録してると、たまにあるんだよね~。好みとほぼドンピシャなの出てくるやつ」
「あるねー。私は鬼人みたいな前衛寄りの種族、この子が初めてだったから時間かかったなー」
マッチーは昔から、前衛向きの種族を選ぶことが多かった。だからVR機器側にも、好みの傾向として残っていたのだろう。
エーテルは逆に、これまではバランス型の種族を選ぶことが多かった。鬼人みたいに前へ寄った種族はほとんどなかったから、基本情報寄りの組み上がりになったのかもしれない。
「話戻るんだけどさ、モンスターのドロップって、インベントリに直接入るわけじゃないよね」
「うん。インベントリ自体はあるけど、戦闘エリアに持っていけるのは二十枠って感じかな?」
取得ログは戦闘後に流れていた。けれど、その場ではアイテムの詳細まで見えなかった。ペンタクルベースへ戻ってきて、ようやく所持品の中身や数が確認できた。
「持ち運べるアイテムには制限あるんだろうね。たぶん、手に入ったアイテムと属性硬貨は、ペンタクルベース側の個別倉庫に転送されてる形だと思う」
「だね~。ここって戦闘エリアとは繋がってるけど、場所ごとにやること分けたい感じあるよね?」
「うん。簡易クラフト機具がないのも、その意図込みだと思う」
「ちゃんと役割分担してねってことだよね~。【相生】と【相剋】で補正違うのもそうだし、主属性と副属性でもさらに違うもんね」
相生を選べば、戦闘では補助寄りで、ペンタクルベースではクラフターとして強みが出る。相剋なら、戦闘では攻めの側で、素材の採取にも強い。
戦闘時の役割がそれだけで固定されるわけじゃない。けれど、クラフトと採取の役割はかなりはっきり分かれる。
どちらが欠けても、片方だけでは足りない。相生がいなければ、十分なアイテム作成は進まない。相剋が高品質の素材を持ち帰っても、扱う側がいなければ意味がない。
そこへ主属性と副属性まで加わって、役割はさらに細かく切られる。
「【相生】と【相剋】は自分で選んだけど、属性自体はアンケート結果だもんね。その不自由さも《ES》の売りなんだろうけど」
不自由ではある。
けれど、押しつけられた不自由の中で、どう動くかを考える余地がある。
エーテルたちの現実は、自由の中に不自由がある世界だ。望めば、大半のものが手に入る。
だからこそ、その逆が新鮮になる。
「餅は餅屋ってやつだ~。それにモンスター素材の売買価格も、まだよくわかってないよね。調べることいっぱいだ~」
「ナナミに聞けば、答えてくれるかもだけどね」
その名前を出した途端、周囲の温度が少し下がった気がした。
冷気の出どころはわかっている。
この子、属性は火のはずなんだけどな、とエーテルは思いながら横を見る。
やはり発信源はマッチーだった。
頬をぷくっと膨らませて、こちらを見ている。触ったら気持ちよさそうなくらい、見事に膨れていた。
「どうしたのさ、マッチー」
「どうしたもこうしたも、そのナナミって子、誰~?」
怒っているようで、怒りきれていない。その半端なところが、いかにもマッチーらしい。
たぶん、知らない女の子の名前が急に出たと思って、反射で拗ねたのだ。
「ナナミはね、この世界の説明とか、アバター作成を手伝ってくれた私のサポートAIの子だよ。サポートAI No.773だったから、ナナミって私が愛称つけたの」
説明しながら、エーテルはつい膨らんだ頬を指でつついた。
思った以上にもちもちしている。
「お? お~! そういうことか~。それならそうと早く言ってよ~」
「名前出した途端に頬ふくらませてたじゃない。マッチーにもサポートAIいるでしょ?」
「いるよ~。わたしのは No.102 だったね~。ちょっと男の子っぽかった!」
「男の子だったの? ナナミは女の子だったよ」
「ほ~、そんな違いもあるんだ。サポートAIの声って、本人にしか聞こえないのかな~?」
「そこらへんどうなの、ナナミ?」
エーテルがそう呼びかける。
けれど、返事はない。
不思議に思って首を傾げ、マッチーを見ると、向こうも同じように首を傾げ返してきた。




