Ep.16 金錬領 ― 研ぎ澄まされた街
マッチーは、きらきらと反射する外壁を見上げて、大きく息を吐いた。
「……なんかここさ〜、静かなのにピリッとしてるよね。金ピカっていうより、刃物みたいな光って感じ?」
足元を走る細い光を、つま先でなぞる。
「踏んでも怒られなさそうだけど、雑に歩いたらダメって言われてる気分。ちゃんとしてなきゃ、ってさ〜」
いつもより少し低い声だった。調和を押しつけるわけでもないのに、崩したら浮く。そんな空気が、この街にはあった。
珍しく周囲を気にしているマッチーの様子に、エーテルは少し笑う。自分は壁面の金属細工へ視線を向けた。
「無駄がないね。装飾は多いのに、騒がしくないし。……均整が取れてるからかな」
陽光を返す紋様の縁を目で追う。
「ここ、飾る場所じゃなくて、研ぎ澄ます場所だね。完成に近づけるために、調律する感じ」
足元を走った光が、すっと消えていく。
「金属性そのままだ」
マッチーが肩をすくめて、にっと笑う。
「エーテルちゃんは好きそ〜。こういう、静かに強い感じ」
「うん、大好き」
そう答えたエーテルの目が、反射した光を拾ってきらりと揺れる。
足は止まらない。けれど進みは遅い。壁の意匠も、埋め込まれた線も、目に入るものをひとつずつ確かめるみたいに視線が滑っていく。
今、声をかけても届かないだろうな、とマッチーは思った。
開きかけた口を閉じる。楽しそうな顔を、もう少し見ていたくなった。
歩幅を合わせ、音を立てないように隣を歩く。自然と、笑みが深くなる。
ゆっくり歩いても、目的地には着く。
目の前には、金錬領の結晶体。金の光をまとって、静かに立っている。それを見たエーテルが、ほう、とひとつ息を吐いた。
「……楽しめた~?」
「うん、すっごく。マッチー、《ES》に誘ってくれてありがとね」
「わたしがエーテルちゃんとこのゲームしたかっただけだからね〜。それに、良いもの見れたもん」
「ん? どういうこと?」
「ん〜ん、良いの良いの〜。さっ、登録しちゃお〜!」
エーテルは、自分が少し夢中になっていた自覚はなかった。マッチーに見られていたことにも気づいていない。
それなら別にいいか、と軽く流して、さっさと転移登録を済ませる。
「変なマッチー。……よし、私も登録完了。マッチー、錬金術ギルドには寄っていきたいんだけど、いい?」
「もちろん良いよ〜」
「ありがとう。錬金術って、いろんなゲームにあるけど、作品ごとに立ち位置が微妙に違うから。ここの仕様は見ておきたいの」
「《ES》だと、魔法薬ギルドがあるから、お薬担当じゃなさそうだもんね〜」
「だね」
話しながら、二人は錬金術ギルドへ入る。
重そうな見た目の扉だったが、押すと抵抗なく開いた。中へ入り、扉が閉まる。その静けさの中で、足音がこちらへ近づいてくる。
「ようこそ、錬金術師ギルドへ」
白衣に金縁の装飾を施した女性が、一礼した。
「受付兼指導担当のリーネです。初来訪ですね?」
「私はエーテルと申します。金属性を持っているので、錬金術について教えていただきたくて来ました」
「わたしはマッチーです。この子の付き添いです」
エーテルが挨拶を返すと、リーネは小さく会釈し、中央の結晶柱へ触れた。淡い光が広がる。
「それでは説明を開始しますね。錬金術は、アイテムの【分解】【合成】【純化】を扱います」
「分解、合成、純化ですか」
「はい。分解は、素材を構成成分へ抽出する工程です。壊すのではなく、内部に含まれている成分単位で取り出します」
リーネは鱗らしいものを取り出し、赤い素材と並べて装置へ置く。光輪が生まれ、成分一覧が表示された。
「この鱗には、耐熱成分、火属性因子、鱗特性などが含まれています。これらを個別に抽出できます」
「中身だけ取り出すのが、分解なんですね」
「ええ。ただし、分解は抽出までです。成分そのものを強化する工程ではありません」
見本をその場で見せながら進めてくれる。そのやり方はわかりやすかった。エーテルもマッチーも、そのまま説明を追う。
二つの鱗の分解を終え、リーネの手元には六つの素材が残った。抽出された成分なのだろう。リーネはそれを持って奥の釜状の装置へ向かう。二人も続いた。
「次に【合成】です。抽出した同種の成分を組み合わせ、格を上げた素材を生成します」
六つのうち、紅い結晶を二つと、先ほどから使っていた別素材を釜へ入れる。内部で光が揺れ始め、同時にアイテム詳細のUIが正面に浮かんだ。
「比率や安定度によって結果は変化します。ここで生成された素材は、アイテムレベルに応じてさらに格上げが可能です」
リーネが【合成】と唱える。釜が強く光り、収まった時にはアイテム詳細の内容が変わっていた。
「耐火の効果が、三から四に上がりましたね」
「先ほどもお伝えした通り、合成できる回数はアイテムレベルに依存します。この素材では必要アイテムレベルを満たしていないため、一回しか合成できません。それでは続いて、純化についてご説明します。こちらへ」
促され、今度は砂時計のような装置へ向かう。上下に蓋がある形だ。
そこでもリーネは、同じ鱗と赤い素材を取り出し、上部へ入れたあと振り返る。
「純化は、その素材に含まれる構成成分を一つ選択し、それ以外を削除して、選択した成分へ集約する工程です」
説明を終えると、リーネは【純化】と唱えた。砂時計が光り、収まる。上部にあった素材は下へ落ち、赤かった鱗は灰色に変わっていた。
おそらく、鱗の特性だけを残したものだ。
「なるほど。完成品を作るのは、別のクラフトギルドになるんですね」
「はい。ここでは作りません。錬金術は素材の質を定義する工程です。武器や防具、薬品の性能は、アイテムレベルと素材純度に依存します。他ギルドが形を作る前に、基礎となる質を整える。それが錬金術の立ち位置です」
「地味な分類ではあるけど、全部に関わる基盤ですね」
「ええ。直接戦闘力を生むわけではありませんが、最終結果を左右します」
装置を見ながら、エーテルは問いを続ける。
「【分解】で本質を取り出して、【合成】で再構築する。そこで格を上げる。【純化】は削って、研ぎ澄ます。そういう理解でいいでしょうか」
「その理解で問題ありません。そして補足があります」
「お願いします」
「錬金術で扱うものは、基本的に中間素材です。中間素材の作成には属性硬貨を消費します。必要量はアイテムレベルの二分の一で、消費する種類は素材アイテムの属性に依存します」
「属性硬貨って、モンスターを倒した時に手に入る硬貨のことですか?」
エメラルド・キャノピーで敵を倒した時、経験値や素材と一緒に手に入っていた木貨。たぶんそれだ。
「はい。属性硬貨は通貨であると同時に、各クラフトで消費する基礎素材でもあります」
「そういうことなんですね」
「他のクラフトでも、素材アイテムから中間素材を作成しますが、その処理も同様です。また、中間素材を用いた完成品のクラフトでは、アイテムレベルと同数の属性硬貨を消費します」
「そういう形だと、私たちのレベルでは、合成を活用するまで少し時間がかかりそうですね」
「ええ。ほかの作成アイテムも含め、レベル五区切りで少しずつ補正が上がっていきます。中間素材が本格的に必要になるのも、そのあたりからでしょう。レベル五ごとを目安に考えていただいて構わないと思います。初期知識としては以上です。何かご質問はありますか?」
リーネの問いを受け、エーテルは少し考えてから口を開く。
「錬金術に使っていた機具は、ここにしかないんでしょうか?」
「作業を行う場合は、ここを使うか、領域内にある工房を借りるか、中枢域の循環の塔内にある工房を借りる必要があります。持ち運びできる機具は存在しません。他のクラフトも同様です」
持ち運べるクラフト機具はない。
つまり、街中で気軽に作業したり、敵性エリアでその場クラフトをしたりはできないということだ。
人の流れを見ながら、少しずつ作業を進めるのは好きだった。けれど、そういう仕様なら仕方ない。
「ご説明ありがとうございます。では、今日はここで失礼します。また来ます」
「ありがとうございました〜」
「いえ。新たな錬金術師の第一歩を支えられて、私も嬉しく思います。次のご訪問をお待ちしていますね」
そう挨拶を交わし、二人は錬金術ギルドを後にした。




