Ep.10 静と動 ― 二人の鬼
転移陣が光を収めた時、そこに立っていたのは鬼人だった。
エーテルと同じ種族。けれど、歩いてくるその少女は、エーテルよりずっと小柄だ。
肌は鮮やかな灼紅色。腰まで届く長髪は、深紅と焦茶が混ざった炎色で、整え込むより勢いを残した広がり方をしている。揺れるたび、跳ねる火みたいに見えた。
瞳は金橙色。白く裂けた縦長の瞳孔が、雷の光みたいな鋭さを持っている。
側頭部から伸びる角は、左右対称の二本角。黒を基調に、根元だけがわずかに赤熱色を帯び、やや前へ反る形だった。
両肩から両腕へは稲妻のような紋様。装いは黒と深紅の軽装で、布主体の戦闘服に、両腕だけ重い腕甲をつけている。
そして背中には、身の丈より大きい両刃斧。
小柄な体との落差がひどい。けれど、見た瞬間にエーテルの頭へ浮かんだ感想は、驚きではなかった。
またか、である。
鬼人の少女はそのまま近づいてきた。
「ついた~! やっと会えたね!」
「私はそこまで、時間たってないけどね。 ……またそんな大きい武器使うの?」
「大きい武器はロマンだよ、エーテルちゃん」
この小柄な少女がマッチーで間違いないらしい。種族がこれだけある中で、まさか鬼人まで被るとは思っていなかった。
「それにエーテルちゃんも鬼人なんだね~?」
マッチーが、にやりと笑う。
「まさか種族が被るとは思わなかったよ。いろいろあったでしょ、種族」
「いっぱいあったね! でもエーテルちゃんと種族が被るのは、正直ちょっと嬉しいよ~」
「嬉しい?」
「今まで種族被ったことなかったもん! それにさ、並んだら強そうじゃない? 鬼人二人、並んで立つと絵面いいでしょ~」
「絵面基準なんだね」
「大事だよ~?」
ぱっと顔を明るくして、マッチーがその場でくるりと回る。炎色の髪がふわりと広がり、背の大斧が重く揺れた。
「それにさ~?」
そのままマッチーがエーテルを見上げる。
マッチーのアバターは低い。エーテルも鬼人としては高い方ではないが、それでも二十センチ近い差があって、こうして向かい合うと自然に見下ろす形になる。
「同じ鬼人でも、雰囲気ぜんぜん違うね~」
「そうだね。だいぶ違う」
「うん。エーテルちゃん静か。私うるさ~い」
言われてみれば、その通りだった。エーテルは黒を軸に抑えた印象で、マッチーは炎をそのまま形にしたみたいに赤が強い。並ぶと、静と動ではっきり分かれる。
「自覚あるんだね」
「あるある~」
楽しそうに笑う声につられて、エーテルも口元がゆるむ。
その次の瞬間だった。
マッチーが何を思ったのか、大斧を背から外して軽く構える。
「ほら、せっかくだし少しやる~?」
「今?」
「訓練場だよ? HP減らないんだよね~?」
当たり前みたいに言う。
「思いきり振っても平気なんでしょ~。最高じゃない?」
「衝撃は来るよ?」
「それは我慢しようよ~。……フッ!」
言い終わるより早く、踏み込んでくる。
巨大な戦斧が重い軌跡を描いて振り下ろされ、空気がひとつ震えた。
エーテルは反射で打刀を構え、流すように受ける。衝撃は刃を滑って逃がせた。HPバーは微動だにしない。
「ほらね、無傷~」
「思わず防御したからね。衝撃も流せたし、そもそも減ってないよ」
「それでも流しちゃうんだから、エーテルちゃんはさすがだよ~。まだモンスターとも戦ってないんでしょ~?」
「うん。まだ中枢域からも出てないからね」
「私はレベル2に、エーテルちゃんとのメッセージのあと上がったよ。あと少しで上がりそうだったから、ちょっとモンスターと戦ってたんだ~。それでレベルが上がって帰ろうとしてたら、強い敵に遭遇しちゃってさ~」
さっきいきなり斧を振ったことなど、もう頭から抜けている調子で話しながら、マッチーが斧を肩へ担ぎ直す。
「そいつさ、たぶん魔法で拘束してきたんだよね」
少しだけ、声の温度が変わる。
「動き止められて、そのまま追撃されてさ」
「時間は?」
「三秒くらい。でも体感もっと長いかな?」
「戦闘中に三秒拘束は長いか。……二人ならいけそう?」
「私たち二人なら、いけたと思うよ。なんとなくだけど」
エーテルの問いに、マッチーは迷わず頷く。
マッチーは戦うことが好きだ。そういう話をしている時は、わかりやすい。
「正直さ、逃げたの、ちょっと悔しいんだよね」
「逃げは悪くないって、いつも言ってるけど?」
「うん、わかってるよ。さっき逃げたのが正解だったのも、ちゃんとわかってる」
にっと笑う。けれど、目の奥は笑っていなかった。
「でもさ、やり返したいじゃん?」
まっすぐな言い方だった。
その衝動をそのまま受けて、エーテルは数秒だけ考える。
「場所は覚えてる?」
「うん。北にある門から外部フィールドに出てすぐの森エリアだね~。ちょっと奥の方かな?」
「ちょっと奥で遭遇したなら、エリア徘徊型の強個体かも」
「そんな感じだと思う!」
「単独行動?」
「たぶん。でも動きがいやらしかった」
「拘束型なら、初動が鍵になるね」
言いながら、頭の中で組み立てていく。
「遭遇したら合図をもらえる? 確認したら、まず私がヘイトを取る。マッチーは一拍待ってから戦闘開始」
「え、私が先じゃないの?」
「拘束って、近い個体を優先する可能性が高い予想だね」
「ってことは、エーテルちゃんが囮役?」
「囮というより、確認役かな」
マッチーは少しのあいだエーテルを見つめ、それからにやっと笑った。
「やっぱエーテルちゃん、冷静だね~」
「高火力高機動の仲間がいるならね。その火力を活かすのは基本だよ」
その言葉を聞くと、マッチーは斧を片手で転がすように持ち直し、肩へ戻した。顔がさらに明るくなる。
「よし、決まり~!」
金橙の瞳が強く光る。
「リベンジ行こ、エーテルちゃん!」
「今から?」
「熱が冷める前にさ!」
即答だった。
ここまで来ると、もう止まらない。そういうところは昔から変わらない。エーテルは小さく息を吐く。
「装備耐久は?」
「問題なし! というか初期装備だから壊れない! でも弱~い!」
「HPポーションとMPポーションは?」
「三本ずつあるよ~!」
「回復魔法は作ったから、充分かな」
返事をしながら自分の所持品も開く。ポーションはどちらも五本ずつ。食事アイテムは追加効果のない基本のものが三つ。それ以外は、初期状態らしい中身だった。
「よし!」
マッチーが一歩近づいてくる。
二十センチの差をそのままに、見上げる形でにっと笑う。
「今度は逃げないよ」
「逃げる判断は残すよ? もしかしたら、普通にまだ勝てない相手かもしれないし」
「え~」
「もちろん勝つために動くのは確定だよ。戦略撤退は、戦ってみてからの話だね」
言ってから一拍。
マッチーは、それでようやく満足したように笑った。
「……うん。勝ちに行こ~!」
「とりあえず中枢域、戻ろっか」
「了解~!」
黒と赤。
静と動。
鬼人二人が並んで、光の中へ包まれた。




