仕事が手につきすぎて
なんだか胸がむかむかしたまま、リーナの家に行って掃除をした。
椅子を上げて、下を掃く。雑巾を絞って、床を磨く。それが終わるあたりで、ロザリーがやってくる。
「カイル、大丈夫?何か、顔が変よ?」
え、なんで。別に何も。
「何でもねえよ。そうだ、ありがとな。司祭様に怒られなくて済んだ」
今日の、居眠りの時のことだ。でも、今はあんまりロザリーの顔を見れない。
「……余計なことを言ったかしら」
ぶんぶん。頭を振って、否定する。
そのまま、無言で作業に没頭した。
やることがあるってのは、いい。嫌なことを忘れさせてくれる。
なんだよあいつら。
ザムはまだいい。正面からかかってきたんだから。
周りのやつら、なんで睨んでたんだ。俺、頑張ってんのに。なんだよ。
がしがしがしがし。テーブルを、カウンターを、拭きまくる。その頃には、俺の帰りに合わせてるのかカラムがいつもより早く見せに来ていた。もうディアスさんと雑談しながら一杯やっている。
エールを持って行ったロザリーと、少しひそひそと話している。あー……、と、ため息混じりに何か声を上げて、カラムはロザリーをぐしゃぐしゃ撫でた。
ロザリーは、まんざらでもないようだ。慣れってすごいな。
あんなに誇り高いかんじのお嬢様が、ごつい冒険者のおじさんに撫でられてにこにこしている。
素直に、笑ってる。
リーナがかわいい、か。うん、かわいいと思うよ。
半分は、俺が女の子にあんまりしゃべり慣れてなくて、それが更にリーナだから、ごめんって言えないのもあるかもしれない。
さらさらつやつやの、薄いピンクのまっすぐな髪の毛。動くとふわっと波立って確かにきれいだ。顔には、きれいな緑色の大きな瞳。鼻筋の通った整った容姿。白い肌に、丸めの顔に小さいけど程よく赤くぷっくりした唇。
でも、俺があいつにいいたいのは、かわいいとかそういうことじゃなくて。だから、謝りたくて。
そうだ、謝りたいんだよ。でもなんだか、先にばかにされるからいつもかっとなっちゃうんだ。
ていうか、あいつをなんとかできる奴っているのか?すごい力なんだぞ?
みんな、遠巻きにしてないで友達になればいいんだ。なんか頭のネジがだいぶ抜けてるみたいなリーナの頭の構造が、よくわかるから。
右手がぴりぴりする。
あいつが、あんなふうになったのは、俺のせい、なのか。
つらかったもんな。そうだよな。
「わん……カイル君!もういいわよ。暗くなるから、カラムに送ってもらってちょうだい。今日もありがとうね」
はっ、と、気づくと。俺は、店の壁まで磨き始めていた。
ここ、別に汚くないのに。
「ごめん、エリサさん。夢中になっちゃった。カラムさん、時間、大丈夫?」
「大丈夫さ。じゃあ、行こうか」
俺は、店にぺこりと頭を下げる。顔を上げると、店の全員がカラムと目配せして頷いてた。なんでだ。
リーナだけは、なぜかフライパンで素振りしてた。
最近お前そればっかな。
夕暮れの光は、この下町の古くて高い建物にはほとんど届かない。
薄暗い道を、迷いなく歩いていく。もう何日も来ているから慣れたもので、二人とも足並みが乱れることはなかった。
「なあ、カイル君。きみ、やっかみ受けてるだろ」
はっ、と、カラムさんの顔を見る。にやっと、カラムさんは笑っていた。
やっかみって、なに。
「やっかみってのはな、うーん、なんだ、嫉妬、みたいなものだ。これもわからんか?……要するに、羨ましがられてないか、ってことだな!」
こくり。頷く。その通りだ。
「リーナんちに行ってるってばれて、なんか、言われたんだ。
リーナがかわいいから尻尾振ってるんだろ、犬みてぇにって……俺の、ライバルだと思ってた奴が」
「それで、どうしたんだ」
「なんか、これまで互角だったのにやけに攻撃が軽くてさ、あいつに気がすむまで攻撃させておいて、一撃で勝負決めたよ。今度、ちゃんとあいつの話、聞いてやらなきゃな」
ふっ、と、カラムは笑う。
「聞いて、どうするんだ。恋の応援でもするのか?君は、リーナをどう思ってるんだ?」
えあ、うーん。ちょっと顔が熱い。
「……かわいいと、思うよ。そもそもクラスで一番可愛い子だから、ああいう噂が流れるんだよな。
でも、だからなんなんだよ。その前に、謝らなきゃなんねぇのに、全然あいつ話きかねえんだよ」
ははっ、と、笑って、カラムさんは上機嫌だ。
「それが断罪なのさ。わかるか?
リーナが君で遊んですっきりする。君は謝れなくてもやもやする。結果、つきまとうことになって、ずっといらいらしてることになるんだ。
……リーナも、えぐいことをする」
まあ。その悪い顔含めて俺たちのかわいいリーナなんだけどな、と、カラムさんは言う。
そうやって、ふざけていたから、君はクラスで仲間外れにはなってないだろう?と。
「それなのに、男連中の嫉妬でバランスが崩れ始めてるんだな。これは、女連中には助けてやれんぞ。
君は、どうするんだ?」
え、どうするって。
今まで普通に過ごせてたのって、リーナ、被害者が直接ばかにして許している雰囲気になってたから、なのか。
そこに、今更贖罪なんか始めたから?
右手が、じくじくしてきた。
そうじゃねえ。そうじゃねえのに。
まだ、謝れてねえのに。
「まあ、どうするかは君の自由だ。
学校って言っても、鐘が二つ鳴るくらいで終わるものだろう。
何もしなくてもいい。かかっていってもいい。男の子だから、女のロザリーに代弁してもらうのもダメだ。どうするかは、君次第だな」
がしがしがし。また、乱暴に頭を撫でて、カラムは俺を部屋に送り届けた。
頑張れよ、といって去っていくカラムは、やっぱりかっこよかった。
父さんのつぎくらいには。




