断罪は終わらない、けど
次の日、学校に来てみると。
俺の机に、石筆で、犬っころ、ばか、わんわん、尻尾振ってんじゃねぇ、って、書いてあった。
なんだよ。なんだよこれ。なんで俺なんだよ。
誰がやったんだ。予想はつくけどな。
近くの机に座ってにやにやしてるザムに真っ先に話しかけた。
「なあ、ザム。なんか落書きされてんだけどさ、なんか知らねえ?」
話しかけてみた。
「んー?なんだって?俺人間だから犬の言葉わかんねぇんだよな。人語でしゃべってくんね?」
……やっぱりおまえか!!
にやにやにや。嫌らしい、顔。こんな、奴だったのか。
周りにもいちいち聞いて回る。
「なあ、あれ、だれがやったの?」
「わんわんわんわん!ははっ、つうじねえか。俺、人間だもんな。悪いけど犬とはしゃべれねぇわ」
「……悪いけど知らない。ちょっとやりすぎだったんじゃねお前」
「えー、きこえなーい。犬がなんで学校にきてるの?」
「かわいいー。わんわん君、お手できるー?」
女子もか。
まともに話せる奴もいるけど、ほとんどダメだな。
なんなんだよ、なんでだよ。俺、謝ろうとしてただけじゃん。
ねえ、カラムさん。これ、やりあってもいいの?
誰からも証拠が出ねぇんだけど。いや多分ザムなんだけど。明らかにザムの字だし。
でも、確証もないのに殴ったら、またただの暴力になんねぇ?
わかんねぇよ。リーナはどうやって切り抜けてたっけ。
しんと静まりかえる教室。小さく、くすくす、くすくす、と、笑い声が聞こえる。
これが、俺の断罪か。やったことが、そのままこれから、俺に返ってくるのか。
ぐるぐるぐる。悪意が、周り中に渦巻いてる。
わんわん、わんわん、と、声が聞こえる。
ぐっと拳を握りしめ、でも、引っ込めようとした。
受け入れなきゃ、と、思った。
ロザリーは黙って耐えたんだ。ちょっと遅れて順番が回ってきただけだ。
机に座ろうと、ザムに背を向けた時。
ぴしゃん、と、濡れた布が俺の机に置かれた。
ごしごしごし。
茶色い髪の三つ編み、目立たないハンカチ屋もといアリスが、机を擦っている。
え、なにやってんの。
「あー、大丈夫だねぇ。消える消える。
いいんじゃない?犬になっちゃったザムやイリオやトムは、先生に言って退学にしてもらおう。
だって人間のカイルの言葉がわかんないみたいだからね。しょうがないよね。人間やめちゃったんだもんね、かわいそうに」
しん、と、教室が静まりかえる。
こいつ。さらっと、すごいこと言った。
おまえ、まずいぞ。まきこまれるぞ。
「なんだと!!アリス、俺をなんだと」
「わんわん?わんわんわん!!」
「お前めっちゃ弱いくせに」
「わんわんわーーーーん」
アリスは更に煽る。
ザムは、ぶるぶる拳を震わせて、向かってきた。
……ダメだ!ザム、俺とおんなじだそれ!
「つうじないなー?わんわんわーん?わんわんわ」
「おい、やめ」
ばきっ!!
がたがたがたん、どさっ。
アリスは、かなり飛ばされて机を何個もなぎ倒し、下に倒れた。
俺の、何かが切れた。
「ふざけんな!!」
ぶん、拳を振り上げた、その時。
ぱしっ。
それを受け止める存在があった。
青い髪。紫のタレ目。カラムの息子、ニムルスだ。
ニムルス。めったに、表に出てこないやつ。
リーナの近くにはいつもいて、俺が近づくとさりげなく遠ざけるけど、それだけ。いつも、静かにしてるタイプのやつだ。
こんな風に、目立つところに出るやつじゃない。
2回目だな。リーナんときと、今と。
ニムルスは、カラムとよく似た顔をくしゃっと綻ばせた。
「ダメだよ。ザムはどうでもいいけど、それは、カイルにとってよくない。やり返しちゃ、ダメだ」
何も、言い返せなかった。
「でも、俺には確証がある。だって、これ、ザムの字だもんね?ほら、手も石筆の白い汚れで汚れてる。
君は、俺の友達を、傷つけたんだ。これは立派な、報復の理由だよ。いいね?」
くるっと、ザムに向き直る。
「え、いや。おれじゃな」
「みんな見てたよ?きみが書いてるの。ついでに書いてるとこ、司祭様にも来てもらって確認してもらってる。今も教室の外で待っててもらってるからな。
だから、おれ、全力できみを殴ろうと思う」
「いや、それは、誤解で」
ニムルスは、迷いなく歩いていく。
ザムは後ずさりしだした。確かにあれは怖い。
「あとね、言っておきたいことがあるんだけど」
ザムの首根っこを捕まえて、顔をぐっと引き寄せて、ニムルスは、宣言した。
「リーナの婚約者は、俺だ。気に入らないなら俺にかかってくるんだな」
そう、言った瞬間。
ごうっ、と、音がして。
ニムルスの拳が、ザムの顔の直前で止まった。
止まったのに、ぱあん、という音がして、ザムは倒れた。
「……ちょっとニムルス。私、りょうしょう、してないんだけど?」
いつの間にか、アリスを抱き起こしていたリーナが、机の下から声をかけた。
「時間の問題だろ。リーナの攻撃を受け止められるの、俺以外にいるか?いないよな?それすらできない奴らに、リーナに近づく権利があると思うか?」
なぁ、と、教室内を見回す。
しん、と、静まり返った室内で、言葉を発するやつは、いなかった。
「……私に、勝てたらね」
「え?」
「なんでもない!」
リーナは、アリスを乱暴に担いで、どこかに行ってしまった。
医務室だよな?大丈夫?リーナだからな、大丈夫かな。
まあ、魔法でアリスの傷は治ってたし、大丈夫だろ。うん、そういうことにしよう。
ありがとう、ハンカチ屋。後でお礼言わなきゃな。痛かったよな。
ニムルスは、さっきの勢いはどこへやら、顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。




