2.夜会にて①
着飾った人々が、次々とラヴィニアの元へ挨拶に訪れる。
ラヴィニアは、胸元が大きく開いた濃紺のドレスに身を包み、首には水晶を紡いだチョーカーをはめている。肩の留め具から流れるレースの織物は広く開いた背中とすらりと伸びた二の腕を透かし見せ、柔らかい薄布を幾重にも重ねた裾は、足の動きに合わせてふわりふわりと動く。ドレスの共布でできた夜会靴にはリボンがあしらわれ、総レースの長手袋にも同じ形のリボンがつけられていた。
腰には金細工の太いベルト。結い上げられた髪には、銀色のティアラ。ティアラの中央にはめこまれた紫水晶は、ラヴィニアの瞳と同じ色をしていた。
「ねぇ、イーティス。ユーニスはまだなの?」
「さぁ。この列の最後のほうにでもいるんじゃないかな」
「最後ぉ?」
ちらりと横目で眺めた先には、長蛇の列がある。誰しもまずは国王一家へと挨拶に来るため、列が途切れるまでは自由に動くことはできなかった。
「そんなに早く、会いたいの?」
「うん。だって、ちゃんと着られてるかどうか気になるんだもの」
「くす。なんだ、服の心配か」
「それ以外に何があるっていうの? ユーニスったら、せっかく私が選んだ服、着て来なかったら許さないんだから」
こそこそと内緒話をしながらも、イーティスとラヴィニアは貴族たちをにこやかにさばいていく。生まれてこの方、何度も繰り返してきた儀礼的挨拶は、二人共息をするのと同じくらい自然にすることができた。
そうして数え切れないほどの似たような挨拶を聞き続け、張り付いた笑顔に頬が痛くなってきたころ、ようやく列の終わりが見えた。
一番後ろに並ぶのは、長身の黒い影。一歩歩くごとに、ラヴィニアのドレスと同じ色のマントが翻る。
「ユーニス!」
ぱっとラヴィニアが破顔する。くすりと笑うイーティスの前で、ユーニスは膝をついた。
「楽にして」
「はっ」
にこやかに声をかけるイーティスに、ユーニスが答える。
「先日は妹が世話になったね」
「騎士団長として当然の務めです。ラヴィニア様のお役に立てたこと、光栄に思います」
「うん。これからも頼りにしているよ。ラヴィニア、君からもお礼を言っておいたらどうかな」
「あ、えぇ。ユーニス、顔を上げて?」
イーティスに「楽にして」と言われたにもかかわらず頭を垂れたままのユーニスに、ラヴィニアが言う。ユーニスはラヴィニアに言われて一度顔を上げ、目を合わせたが、またすぐに下を向いてしまった。
(ん、もう)
せっかく会えたのに、あくまでも臣下としての態度を崩さないユーニスに、ラヴィニアは苛立つ。これでは思うように旅の思い出話などできないではないか。
「ラヴィニア」
「はーい」
礼を、とイーティスに脇をつつかれてラヴィニアは心持ち口を尖らせて用意しておいた言葉を述べた。
「この間は私のわがままに付き合ってくれてありがとう。もう、一人で遠乗りに行きたいだなんて言わないわ」
城から遠く離れた場所にラヴィニアとユーニスが騎馬でいたことについて、事情を知らない騎士団員にはそう説明されていた。
こっそり城を抜け出したラヴィニアにユーニスが気づいて追いかけ、再三のユーニスの説得にもラヴィニアが応じずに遠くまで行ってしまったと。そして、出かけた先で銀鉱騒動に巻き込まれたということになっていた。騎士団は、ユーニスが騒動を収めるために呼び、行方不明云々は単にはぐれただけだったと説明された。
真実を知っているのは、ごくわずかな城の者と、ユーニスと副官のブレットのみ。
「ラヴィニアさまにおかれましては、お健やかにお過ごしのご様子、たいへん嬉しく思います。どのようなことであれ、ラヴィニア様の御心に添うことができたなら、我ら騎士団一同本望です。また何なりとお申し付けください」
「うん。ありがとう」
「こら、調子に乗るんじゃないよ? 騎士団だって暇じゃないんだからね」
「わかってるわよ」
額を小突かれて、ラヴィニアはむくれる。理由は違えど、騎士団を駆り出してしまったのは自分だ。
銀竜の鱗にうっかり水をかけてしまったことが、あんな結果になるとは思っていなかった。自分のうかつな行いのせいで、たくさんの人に迷惑をかけてしまったという気持ちは、心の底からのものだった。
「これからは気をつけるわ」
「くす。そうしてくれると助かるな。
あぁ、ユーニス。今日は楽しんでいってくれ」
「はっ」
立ち上がったユーニスが、片手を胸に当てて礼をする。そのとき、ラヴィニアはマントの下から覗いた服が、自分が作らせたものとは違う黒い服であることに気づいた。
「ちょっ……」
「そろそろ父様のお話が始まるな。ラヴィニア、あちらに移動しよう」
「待って、私、ユーニスに」
「話したいことがあるなら、ダンスのときに話せばいい。君とユーニスが踊れるように、誰かに言っておくよ」
「でも……」
(何時間もかけて選んだのに……っ)
着てこないとはどういうことだ。
ラヴィニアは、自分のドレスよりむしろユーニスの服を選ぶ方に時間をかけていた。
髪の色、瞳の色、肌の色。自分と並んだときの色味のバランス。
王家の者の分なら、仕立て屋や侍女がある程度把握しているのでそう大変ではなかったけれど、ユーニスの分は一から全て決めなければならなかった。だから、騎士団長という位と彼の好みを考えて、悩みに悩んだ。
布は? 型は? 襟やボタンの意匠は? 刺繍糸の色はどうしよう?
そもそも、黒しか着ているところを見たことがない。あまり派手なのはユーニスは喜ばないかも、と思い黒に近い紺色を基本にすることにした。差し色は、自分の髪とユーニスの瞳の色に合わせて金に。けれど、イーティスも小物によく金をあしらっていることを思い出して、ユーニスの分は銀にした。その代わり、自分の裾の金糸の刺繍と、ユーニスの襟と袖口の銀糸の刺繍は、対になる模様にした。
自分のために尽力してくれたユーニスを、公に讃えることはできない。
だからせめて、服の意匠で感謝の気持ちを伝えようとしたのに――
(着てこないって、何よ!)
あやうくマントに騙されるところだった。城に戻ってから、あんなにユーニスのことを考えた時間はなかった。気に入らないなら気に入らないで、贈ったときに言ってくれれば直すこともできた。それを、上辺だけでごまかそうとしたのが許せない。
(一言言ってやらないと、気がすまないわっ)
いや、嫌味の一つでは足りない。旅の間、散々馬鹿にされたように、今度は自分が城の作法というのを教えてやろう。剣術や馬術はうまくても、きっとダンスなんてろくにできないに違いない。どさくさにまぎれて足を踏んづけるくらいやってやる。
(ふふ……待ってなさいよ、ユーニス。そんな澄ました顔でいられるのも今のうちなんだからね!)
父王の挨拶を聞きながら、ラヴィニアはにやりと笑う。
ラヴィニアの視線の先には、気配を消し、ひっそりと広間の隅に立つユーニスがいた。




