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銀竜の鱗  作者: みきまろ
第二部
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13/14

1 王城にて



 カイエターン王国は、自然豊かな国だ。

 城下町には緑が多く、それは城の中にまで続いている。最低限の剪定をほどこされた木々は健やかに伸び、白を基調とした美しい城を彩っていた。


 城に戻って数日。

 ソシエに磨き上げられたラヴィニアは、絹の衣に身を包み、赤い絨毯の上を歩いていた。腰まで届く金の髪は、旅に出る前に切り落したものだ。侍女たちの手でつけ毛に加工され、幅の広い髪留めで頭の上部に固定すれば、見た目はすっかり元通りだった。

 正面の祭壇には、銀竜の鱗が収まった王冠が据えられている。

 ラヴィニアは王冠の前まで来ると、両膝をついて祈りを捧げた。


「銀竜さま、ありがとうございました。おかげで、無事戴冠式が迎えられます、っと。これでいい? ソシエ」


「ラヴィニアさま。もう少し心のこもったお祈りをお願いいたします」


 いかにもおざなりに祈りを済ませたラヴィニアに、ソシエが眉をしかめる。


「まったく、黙っていれば大陸一と言っても過言でないくらいお美しいのに、どうしてそう大雑把であらせられるのでしょう。」


「だぁって、そんなに敬うような感じじゃなかったわよ、シュルヴェステルって」


「あああああっ

 聞こえませんっ。銀竜さまの真名《まな》など、わたくしには聞こえませんわっ」


「さらっと名乗ったし、別に呼んでもいいんじゃない?」


「やめてくださいまし!」


 ソシエが、いまにも卒倒しそうな勢いで体を震わせる。口うるさい教育係をやりこめる手口を見つけたラヴィニアは、ぺろっと舌を出して立ち上がった。


「お祈りはもういいでしょ? そろそろ仕立て屋が来るはずだわ。お父様に新しいドレスを作ってもらうのよ」


「ちゃんとやらなければだめです」


「ねぇ、シュルヴェステル。ソシエがさぁ」


「ラヴィニアさまあぁぁぁぁ!」


 鱗を覗き込むようにして言うラヴィニアを、ソシエが慌てて止める。あはは、と笑うラヴィニアの声に、くすくすという忍び笑いが重なった。


「ラヴィニア、あんまりソシエを困らせてはいけないよ」


「イーティス!」


 微笑みながら現れた双子の兄に、ラヴィニアは飛びつく。


「公務はもう終わったの?」


「まだ途中。来週の夜会のこと、ラヴィニアとも打ち合わせをしておきたいと思って」


 イーティスはラヴィニアを抱きとめ、二人はいまにも頬がくっつきそうな距離で仲睦まじく話す。


「私? 私はいつもみたいにイーティスの隣に立ってればいいだけじゃないの?」


「うん、表向きはいつもの定例夜会だけど、今回は君とユーニスのねぎらいも兼ねてるから。夜会の中で、“ 常日頃国のために尽力してくれている騎士団長”として、君にユーニスを紹介してほしいんだ」


「へぇ! わかったわ。あ、じゃぁ、ユーニスも夜会で着る服が必要じゃない?

 あの人、絶対黒い服しか持ってないと思うのよね。今日、仕立て屋が来るから、ユーニスの分の正装も作らせていい?」


「いいんじゃないかな? ラヴィニアのドレスに合わせたものを作らせるといいよ」


「ありがとう!

 ユーニスを呼んで来なきゃ。どこにいるのかな。兵舎? 誰かに聞けばわかるわよね。行ってくる!」


 ラヴィニアはイーティスの頬に軽く口付けると、くるりと半転して駆け出そうとした。が、その手を兄に取られた。


「ラヴィニア、君がいきなり兵舎なんかに行ったら、大騒ぎになるよ」


「あ、そっか。でも……」


 ラヴィニアはイーティスに腕を握られたまま、兵舎の方向を見やる。

 あの日、ソシエに馬車に押し込まれてから今日まで、ラヴィニアはユーニスに一度も会っていなかった。父や母、そして兄に旅の話をするのに忙しくすっかり忘れていたけれど、今となってはあの可愛げのない仏頂面も懐かしく思えた。

 そうなれば、即行動するのがラヴィニアである。イーティスの手を振り払うことはしないが、そわそわと落ち着かない妹に、イーティスはにこっと笑った。


「内緒で作って驚かせるっていうのもいいんじゃない?」


「えっ」


「生地だけ選んであげればいい。寸法は需品科が把握しているだろうから、調べればすぐにわかる」


 ね? と顔を覗き込まれて、ラヴィニアは目を輝かせる。どうせ一緒に選んだとしても、ユーニスのことだ。それは嫌だのこれは嫌いだのと文句を言うに違いない。それなら彼のいないところでじっくり選んで、直前にプレゼントしたほうが面白そうだ。


「そうね。そうするっ

 ありがとう、イーティス! ソシエ、行きましょう」


 浮き浮きと歩き出すラヴィニアを、イーティスは手を振って見送る。ラヴィニアに付き従うソシエは、イーティスの前を通り過ぎるときに、そっと頭を下げた。


「いつものことながら、申し訳ありません」


「くす、いいよ。ぼくたちにも見極める時間が必要だからね」


「……」


 ソシエの瞳に、不安そうな色が浮かぶ。イーティスはそれにまばたきを一つ返して、自分も公務に戻るべく踵《きびす》を回《めぐ》らせた。


「ソシエー! どうしたの? 早く行きましょう?」


「は、はい。只今。

 ラヴィニア様、淑女たるもの、そうむやみに大声を出すものではありませんよ」


「何よぅ。ソシエが遅いのが悪いんじゃない」


「ラヴィニア様のように、大股で歩くようなことはしませんから。いいですか、王女様というものはですね……」


「あぁ、はいはい。わかったから。早く行きましょうってば!」


 ソシエによって、重厚な扉が音もなく閉められる。

静けさを取り戻した室内で、王冠に収まった銀竜の鱗が、窓から差し込む光を受けてきらめいていた。






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