1 王城にて
カイエターン王国は、自然豊かな国だ。
城下町には緑が多く、それは城の中にまで続いている。最低限の剪定をほどこされた木々は健やかに伸び、白を基調とした美しい城を彩っていた。
城に戻って数日。
ソシエに磨き上げられたラヴィニアは、絹の衣に身を包み、赤い絨毯の上を歩いていた。腰まで届く金の髪は、旅に出る前に切り落したものだ。侍女たちの手でつけ毛に加工され、幅の広い髪留めで頭の上部に固定すれば、見た目はすっかり元通りだった。
正面の祭壇には、銀竜の鱗が収まった王冠が据えられている。
ラヴィニアは王冠の前まで来ると、両膝をついて祈りを捧げた。
「銀竜さま、ありがとうございました。おかげで、無事戴冠式が迎えられます、っと。これでいい? ソシエ」
「ラヴィニアさま。もう少し心のこもったお祈りをお願いいたします」
いかにもおざなりに祈りを済ませたラヴィニアに、ソシエが眉をしかめる。
「まったく、黙っていれば大陸一と言っても過言でないくらいお美しいのに、どうしてそう大雑把であらせられるのでしょう。」
「だぁって、そんなに敬うような感じじゃなかったわよ、シュルヴェステルって」
「あああああっ
聞こえませんっ。銀竜さまの真名など、わたくしには聞こえませんわっ」
「さらっと名乗ったし、別に呼んでもいいんじゃない?」
「やめてくださいまし!」
ソシエが、いまにも卒倒しそうな勢いで体を震わせる。口うるさい教育係をやりこめる手口を見つけたラヴィニアは、ぺろっと舌を出して立ち上がった。
「お祈りはもういいでしょ? そろそろ仕立て屋が来るはずだわ。お父様に新しいドレスを作ってもらうのよ」
「ちゃんとやらなければだめです」
「ねぇ、シュルヴェステル。ソシエがさぁ」
「ラヴィニアさまあぁぁぁぁ!」
鱗を覗き込むようにして言うラヴィニアを、ソシエが慌てて止める。あはは、と笑うラヴィニアの声に、くすくすという忍び笑いが重なった。
「ラヴィニア、あんまりソシエを困らせてはいけないよ」
「イーティス!」
微笑みながら現れた双子の兄に、ラヴィニアは飛びつく。
「公務はもう終わったの?」
「まだ途中。来週の夜会のこと、ラヴィニアとも打ち合わせをしておきたいと思って」
イーティスはラヴィニアを抱きとめ、二人はいまにも頬がくっつきそうな距離で仲睦まじく話す。
「私? 私はいつもみたいにイーティスの隣に立ってればいいだけじゃないの?」
「うん、表向きはいつもの定例夜会だけど、今回は君とユーニスのねぎらいも兼ねてるから。夜会の中で、“ 常日頃国のために尽力してくれている騎士団長”として、君にユーニスを紹介してほしいんだ」
「へぇ! わかったわ。あ、じゃぁ、ユーニスも夜会で着る服が必要じゃない?
あの人、絶対黒い服しか持ってないと思うのよね。今日、仕立て屋が来るから、ユーニスの分の正装も作らせていい?」
「いいんじゃないかな? ラヴィニアのドレスに合わせたものを作らせるといいよ」
「ありがとう!
ユーニスを呼んで来なきゃ。どこにいるのかな。兵舎? 誰かに聞けばわかるわよね。行ってくる!」
ラヴィニアはイーティスの頬に軽く口付けると、くるりと半転して駆け出そうとした。が、その手を兄に取られた。
「ラヴィニア、君がいきなり兵舎なんかに行ったら、大騒ぎになるよ」
「あ、そっか。でも……」
ラヴィニアはイーティスに腕を握られたまま、兵舎の方向を見やる。
あの日、ソシエに馬車に押し込まれてから今日まで、ラヴィニアはユーニスに一度も会っていなかった。父や母、そして兄に旅の話をするのに忙しくすっかり忘れていたけれど、今となってはあの可愛げのない仏頂面も懐かしく思えた。
そうなれば、即行動するのがラヴィニアである。イーティスの手を振り払うことはしないが、そわそわと落ち着かない妹に、イーティスはにこっと笑った。
「内緒で作って驚かせるっていうのもいいんじゃない?」
「えっ」
「生地だけ選んであげればいい。寸法は需品科が把握しているだろうから、調べればすぐにわかる」
ね? と顔を覗き込まれて、ラヴィニアは目を輝かせる。どうせ一緒に選んだとしても、ユーニスのことだ。それは嫌だのこれは嫌いだのと文句を言うに違いない。それなら彼のいないところでじっくり選んで、直前にプレゼントしたほうが面白そうだ。
「そうね。そうするっ
ありがとう、イーティス! ソシエ、行きましょう」
浮き浮きと歩き出すラヴィニアを、イーティスは手を振って見送る。ラヴィニアに付き従うソシエは、イーティスの前を通り過ぎるときに、そっと頭を下げた。
「いつものことながら、申し訳ありません」
「くす、いいよ。ぼくたちにも見極める時間が必要だからね」
「……」
ソシエの瞳に、不安そうな色が浮かぶ。イーティスはそれにまばたきを一つ返して、自分も公務に戻るべく踵を回らせた。
「ソシエー! どうしたの? 早く行きましょう?」
「は、はい。只今。
ラヴィニア様、淑女たるもの、そうむやみに大声を出すものではありませんよ」
「何よぅ。ソシエが遅いのが悪いんじゃない」
「ラヴィニア様のように、大股で歩くようなことはしませんから。いいですか、王女様というものはですね……」
「あぁ、はいはい。わかったから。早く行きましょうってば!」
ソシエによって、重厚な扉が音もなく閉められる。
静けさを取り戻した室内で、王冠に収まった銀竜の鱗が、窓から差し込む光を受けてきらめいていた。




