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悪役令嬢の母ですが、娘が断罪されるまであと三年あるので王国ごと改革します  作者: 虹の箸


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3/26

貴族のお遊びでしょう?

翌朝。

私はアレクシスの忠告通り、午前中に王都商業ギルドを訪れた。

「ク、クライス公爵夫人……!?」

私の姿を見た受付の青年が、椅子から転げ落ちそうになった。

無理もない。

王都南部の商業区画は、荷馬車がひっきりなしに行き交い、商人や職人の怒鳴り声が飛び交う場所だ。ドレス姿の公爵夫人が護衛二人だけを連れて歩いていれば、珍獣でも現れたような目で見られる。

けれど、嫌いではない。

香水と腹の探り合いばかりの貴族街より、金と商品が動いているこの場所の方が、よほど前世を思い出す。

「ギルド長のハインツ様にお会いしたいのだけれど」

「た、ただいま確認して参ります!」

青年は飛ぶように奥へ消えていった。

十分後。

私は商業ギルド長ハインツと向かい合っていた。

恰幅のいい五十代の男で、額には先ほどから汗が浮かんでいる。

「いやはや、クライス公爵夫人自らお越しになるとは……。先にお知らせいただければ、こちらから伺いましたものを」

「それでは意味がありませんの」

「は……?」

「今日は、商人を探しに来ました」

私が用件を説明すると、ハインツの表情が変わった。

南区画への服飾工房設立。

女性職人の雇用。

規格化した既製服の製造。

そして新たな流通網の構築。

最初は愛想笑いを浮かべていたハインツだったが、話が進むにつれ、その顔から笑みが消えていった。

「……なるほど。それなら一人、適任がおります」

「どなた?」

「クロエ商会のクロエという女です。まだ二十六ですが、平民から一代で商会を興した変わり者でしてな。地方都市への販路なら、古参商会にも負けません」

「女性なのね」

「ええ。ただし……」

ハインツが苦笑する。

「貴族が大嫌いです」

私は微笑んだ。

「最高じゃない」

「……はい?」

権力に媚びる人間など要らない。

私が欲しいのは、私が間違えたとき真正面から「違う」と言える人間だ。

こうして私は、その足でクロエ商会へ向かった。

◇

クロエ商会は、想像していたより小さかった。

しかし活気がある。

倉庫では若い男女が荷を運び、帳場では何人もの店員が数字を読み上げている。馬車が次々と裏口へ入り、商品を積んではまた出ていく。

規模ではなく、回転で稼ぐ商会。

(なるほど。面白いわ)

応接室へ通され、しばらくすると扉が勢いよく開いた。

現れたのは、燃えるような赤髪を後ろで一つに束ねた若い女性だった。

二十六歳。

クロエ。

平民の身から商会を興し、男社会の商業ギルドで急速に頭角を現している商人。

彼女は私を見るなり、形だけの礼をした。

「クライス公爵夫人ともあろうお方が、こんなむさ苦しい商会へ何の御用でしょう?」

琥珀色の瞳には、隠す気すらない警戒心が浮かんでいる。

「夜会用のドレスでしたら、西区画の老舗をおすすめしますよ。うちは平民相手の商売ですので」

なるほど。

噂以上だ。

「ドレスを買いに来たのではありませんわ」

「では?」

「あなたを買いに来ました」

クロエの眉が跳ね上がった。

「……私を?」

「正確には、あなたの商才と流通網を」

私は事業計画書をテーブルに置いた。

「私と商売をしませんか、クロエ会長」

クロエはしばらく私を見ていたが、やがて書類を手に取った。

一枚目。

二枚目。

そして――。

三枚目まで行く前に、ぱたんと閉じた。

「お断りします」

早い。

「理由を伺っても?」

「孤児院への支援。平民女性の雇用。ずいぶん立派なことが書いてありますけどね」

クロエは書類をテーブルへ放った。

「貴族のお遊びでしょう?」

護衛の騎士が一歩前へ出る。

「貴様、公爵夫人に向かって――」

「下がりなさい」

「ですが!」

「私は彼女と商談をしています」

騎士を制すると、クロエの目が僅かに細くなった。

「続けて」

「……よろしいので?」

「もちろん」

クロエは私を真っ直ぐ見据えた。

「こういう貴族を何人も見てきました。最初は『貧しい者を救いたい』『働く女性を応援したい』なんて綺麗事を言う。でも半年もしないうちに飽きる」

声から嘲りが消えた。

代わりに、怒りが滲んでいた。

「金が止まる。事業が潰れる。最後に路頭に迷うのは、いつだって平民です」

なるほど。

この女は貴族を嫌っているのではない。

――信用していないのだ。

「私は商人です。公爵夫人の暇潰しに付き合って、従業員の生活を危険に晒すつもりはありません」

「素晴らしいわ」

「……は?」

「あなたに頼んで正解でした」

クロエが怪訝そうな顔をする。

私は扇を閉じた。

「三ページ目を見てちょうだい」

「何です?」

「慈善事業ではない証拠です」

クロエは疑わしそうに書類を開いた。

そして――止まった。

「……原価計算?」

「ええ」

視線が走る。

「予想販売数……人件費……輸送費……損益分岐……」

先ほどまでとは明らかに読む速度が違う。

商人の顔になった。

「私は孤児を可哀想だから助けるのではありません」

クロエが顔を上げる。

「教育を受けた人間は、この国にとって財産になります。読み書きと計算を教え、本人が望めば職業訓練を受けられるようにする。職人になれる者には、相応の賃金を支払う」

「……相応の?」

「安く使い潰すつもりはありません」

私は微笑んだ。

「腕のいい職人に辞められる方が、よほど損でしょう?」

クロエが黙った。

「女性も同じです。働きたい者には仕事を与える。技術を身につけさせ、稼がせる。そして稼いだ者は消費者にもなる」

「……」

「服を買う。食べ物を買う。子供に教育を受けさせる。市場にお金が回れば商人が儲かり、税収も増える」

私は三ページ目を指で叩いた。

「善意だけでは、人は救えません」

クロエの瞳を真っ直ぐ見る。

「だから――儲けながら救うのです」

クロエの目が見開かれた。

「……面白いことを言いますね、公爵夫人」

「褒め言葉として受け取りますわ」

「まだ褒めてません」

「あら、残念」

クロエの口元が僅かに緩んだ。

ようやく一歩だ。

「商品は?」

「服です」

「それは読みました。どんな服を売るんです?」

「貴族の注文服ほど高価ではない。けれど平民が普段着ている服より美しく、品質もいいものを」

「そんな中途半端な服、誰が買うんです?」

「裕福になり始めた商人階級です」

クロエの笑みが消えた。

「現在、服は一人一人に合わせて仕立てるのが普通です。でも、それでは時間も費用もかかる」

私は用意していた別紙を広げた。

「そこで寸法をいくつかに分けます」

「寸法を?」

「ええ。大、中、小――実際にはもう少し細かくしますが、体格ごとに型紙を規格化する。そして裁断、縫製、仕上げを分業する」

クロエが紙を覗き込む。

「……同じ形の服を、何着も作る?」

「そうです」

「注文を受ける前に?」

「そうです」

「売れ残ったら?」

「損失です」

即答すると、クロエが目を丸くした。

「ですから、あなたが必要なの」

私は彼女を指した。

「何が、どこで、どれだけ売れるのか。私は知らない。でも、あなたは知っているでしょう?」

沈黙。

そして。

「……あは」

クロエが小さく笑った。

「あはははは!」

突然、大声で笑い出した。

「なるほど! そういうことですか!」

書類を掴み、数字を食い入るように見る。

「注文を待たずに先に作る。型を決めて大量に作るから、一着当たりの価格を落とせる。しかも狙うのは、貴族じゃなくて商人の女房や娘……!」

完全に商人の目になっていた。

「公爵夫人」

「何かしら?」

「あなた、相当えげつないですね」

「ありがとう」

「褒めてます」

今度は私も笑った。

「それで?」

クロエが身を乗り出す。

「公爵領を通すときの通行税は?」

「公爵家の正式事業として扱います。適法な範囲で輸送費を圧縮します」

「既存の仕立屋ギルドは確実に反発しますよ」

「でしょうね」

「潰されますよ?」

「だからあなたに相談しているの」

「は?」

「商業ギルドの事情は、あなたの方が詳しいでしょう?」

クロエが一瞬固まり――再び笑った。

「あははっ! 全部自分で解決してきたら、共同経営者なんて必要ないってことですか!」

「その通りです」

私は万能ではない。

前世の知識があったところで、この世界の商慣習をすべて知っているわけではない。

だからこそ、専門家を使う。

公爵夫人として二十年間生きてきて学んだことの一つだ。

「……いいですね」

クロエが呟いた。

「気に入りました」

そして彼女は右手を差し出した。

「ただし、まだ共同経営者にはなりません」

「あら」

「私は商人ですから」

琥珀色の瞳が獰猛に輝く。

「数字で証明してもらいます」

「何を?」

クロエは立ち上がり、応接室の窓を開けた。

眼下には商業区画が広がっている。

無数の店。

無数の人々。

そして無数の商品。

「七日」

「……七日?」

「七日以内に、試作品を一着作ってください」

クロエは私へ振り返った。

「それを私が、この商業区で売ります」

面白い。

「売れたら?」

「私の商会の流通網を提供します。王都だけじゃない。東部三都市まで運んでみせる」

「売れなかったら?」

「この話は終わりです」

クロエが笑った。

「公爵夫人。商売の世界じゃ、身分も理想も関係ない」

その指が、私の企画書を叩く。

「売れるか、売れないか。それだけです」

七日。

たった七日で、これまでこの国に存在しなかった既製服を作る。

普通なら無茶だろう。

だが――。

「いいでしょう」

私は立ち上がった。

「その勝負、受けます」

クロエの笑みが深くなる。

「楽しみにしてますよ、公爵夫人」

「ええ」

私も笑い返す。

「後悔させてあげるわ」

こうして。

娘の処刑まで、あと三年。

国を変えると決めた私に与えられた最初の試練は――。

七日間で、一着の服を売ることになった。

お読みいただきありがとうございました。

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次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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