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 『二度目の人生も死ぬ予定ですが、死ぬつもりはありません』   転生。前世はキャバ嬢、今世は処刑予定の悪役令嬢。  作者: みつばち。


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9/17

第9話 幼馴染


翌朝。

微かに窓から。光が差す。

ソランは。

眠っているが、

眩しさに顔をしかめ、重たい瞼を擦った。

そして。

いつもより少しだけ。

早く目を覚ました。



「…………」



天井を見る。

見慣れた濃紺の天井。

柔らかな朝の光。

静かな部屋。

昨日までなら。

もう少し。

眠っていたかもしれない。

けれど。

今日は違う。



「……よしっ」



小さく。

呟いた。

昨日。

決めたのだ。

生きる。

微かな記憶を頼りに考えを巡らせ。

導き出した結論は――。

十八歳で処刑される未来を。

なんとしてでも。

避ける。

そして。

ただ生き残るだけではない。

できるなら。

楽しく。

幸せに。

長生きする。

家族と笑いあっていたい。

友達だって作りたい。

そのために。

まず。

何をするべきか。

答えは。

すでに。

ノートへ書いた。


――完璧な公爵令嬢になる。



「…………」



完璧だ。

改めて考えると。

随分と大きく出た気がする。

だが。

書いてしまった。

なら。

やる。

少なくとも。

何もしないで後悔はしたくない。

二度目の人生。

簡単に死ぬつもりもない。

ソランは。

ベッドから降りた。

小さな足が。

床へ着く。



「…………」



そこで。

止まる。

完璧な公爵令嬢。

具体的に。

何をすればいいのか。

分からない。



「…………」



昨日は。

勢いで書いた。

非常に。

格好よかった。

問題は。

中身である。

礼儀作法。

勉強。 社交。

歴史。 政治。

領地。 外国語。

他にも。

きっと。

色々。

ある。

六年間。

公爵令嬢として教育を受けてきた。

だから。

何も知らないわけではない。

庶民や地方の貴族よりは

学ぶ機会はたくさんあった。

だが。

六歳だ。

当然。

知らないことの方が多い。



「……まあ」



分からないなら。

聞けばいい。

幸い。

この家には。

公爵令嬢について。

自分より遥かに詳しい人間がいる。

しかも。

かなり。

偉い。

ソランは。

一人。

胸の前で拳を作り、

グッと力を込め。

頷いた。



◇



「お父様」



朝食のあと。

ソランは。

父。

ヴァレリウス・ヴァレンティアを呼び止めた。

ヴァレリウスが。

足を止める。

深い藍青色の瞳が。

娘へ向いた。



「どうした」



相変わらず。

短い。

愛想がない。

だが。

ソランは知っている。

父は。

別に。

機嫌が悪いわけではない。

不器用なだけだ。

これが。

普通なのだ。



「お願いがあります」


「言ってみなさい」



ソランは。

背筋を伸ばした。



「私。もっと勉強がしたいです」



一瞬。

沈黙。



「…………」



父が。

こちらを見る。

一昨日の悪夢の後だ。

ヴァレリウスも。

思うことがあるだろう。



「…………」



ソランも。

父を見る。



「…………」



何だろう。

この間は。

やはり。

おかしかっただろうか。

昨日まで。

自分から勉強を増やしてほしいなど。

言ったことはない。

嫌いではなかった。

必要だから。

やっていた。

褒められれば。

嬉しかった。

けれど。

遊ぶ時間を減らしてまで。

もっと勉強したい。

そう思ったことは。

たぶん。

ない。



「……なぜだ」



やはり。

聞かれた。

当然だ。


――十八歳で処刑されたくないからです。



「…………」



言えるわけがない。

ソランは。

ほんの一瞬だけ。

考えた。

そして。



「もっと、立派な公爵令嬢になりたいのです」



嘘ではない。

少なくとも。

完全な嘘ではない。

ヴァレリウスは。

しばらく。

娘を見ていた。

ソランも。

視線を逸らさない。

やがて。



「何を学びたい」


「…………」



今度は。

ソランが黙った。

何を。

確かに。

そこまで。

考えていなかった。

礼儀作法。 必要。

歴史。 必要。

王国について。 必要。

貴族について。 必要。

社交。 絶対。 必要。

外国語。 たぶん。 必要。

領地経営。たぶん。必要。

公爵令嬢にどこまで必要なのか。

分からない。

でも。

知っていて。

困ることはないだろう。

さまざまな考えが頭の中を巡る。

そして。

結論。



「……全部です」



ヴァレリウスが。

僅かに。

目を細めた。



「全部?」


「はい」



言ってしまった。

だが。

仕方がない。

何が。

十二年後の自分を助けるのか。

分からないのだ。

なら。

知識は。

多い方がいい。

知らなくて困ることはあっても。

知っていて困ることは。

たぶん。

それほどない。

斉藤優だって。

客との会話のために。

興味のない話題を。

いくつも勉強し、

覚えた。

経済。 車。 酒。

スポーツ。 仕事。 趣味。

誰が何に興味を持つか。

分からない。

だから。

使えるものは。

多い方がいい。

それと。

同じだ。

たぶん。



「ソラン」


「はい」


「すべてを一度に学ぶことはできない」


「…………はい」



正論だった。

六歳児の頭へ。

歴史も政治も礼儀作法も何もかも。

一気に詰め込む。

それは。

勉強ではない。

拷問に近い。



「まず、自分に何が必要なのか考えなさい」


「……はい」


「その上で、学びたいものを私に言いなさい」


「…………」



ソランは。

父を見る。



「よろしいのですか?」


「何がだ」


「勉強を増やしても」


「お前が望むならな」



あっさり。

言われた。



「ありがとうございます!」



ソランは満面の笑みを浮かべた。

だが。

それと同時に。

まだ六歳なのだから。

焦る必要はない。

とか。

遊ぶことも大切だ。

とか。

そういう言葉が。

来るものだろうと。

思った。



「ただし」


「はい」


「今やっていることを疎かにするな」


「…………はい」


「遊ぶ時間も減らしすぎるな」


「え?」


「今のお前に必要なことだ」



ソランは。

瞬きをした。

それから。



「……はい」



少しだけ。

笑った。

やっぱり。

お父様だ。

厳しい。

でも。

ちゃんと。

見ている。

ヴァレリウスは。

そんな娘を見て。

ほんの僅かに。

表情を和らげた。

そして。

思い出したように。



「冬までには、礼儀作法も今まで以上に必要になる」


「…………」



冬。

その言葉で。

一人の名前が。

頭へ浮かんだ。

レオンハルト・ローゼンベルク。

王太子。

未来の婚約者。

そして。



『eternal story』の攻略対象。



冬。

ソランは。

彼と。

初めて会う。



「…………」



――レオンハルトに執着しない。

昨日。

ノートへ書いた。

簡単だと思った。

まだ。

会ってすらいないのだから。

好きになる必要も。

執着する必要も。

ない。

だから。

大丈夫。

たぶん。

ほんの一瞬。

ソランの表情に不安がみえた。



「ソラン?」


「……はい。分かりました」



今は。

それでいい。

会ってもいない人間について。

いくら考えても。

仕方がない。

それより。

やることは。

いくらでもある。

まず。

自分のこと。

レオンハルトについては。

会ってから。

考えればいい。

優であった頃は、

たくさんのお客の相手をしていた。

その延長線だと思えばいい。

でも。

できれば。

痛客じゃないといいな。

そう。

思った。



◇



「ソラン!」



温かい日差しの昼下がり。

窓から見えるのは。

綺麗な青空だ。

聞き慣れた声に。

ソランは。

ぱっと顔を上げた。



「ユエ!」



ヴァレンティア家を訪れた少年。

ユエ・ラングレイ。

七歳。

ラングレイ侯爵家の次男。

濃紺の髪に。

青い瞳。

整った顔立ち。

けれど。

まだ。

七歳。

ソランの1学年上だ。

大人びて見えるときもあるが。

当然。

子供だった。

ソランとは。

幼い頃から。

家同士の付き合いがある。

つまり。

ソランにとって。

見慣れた顔だ。

だから。

このときも。

特別なことなど。

何も考えなかった。



「ちょうどよかったわ」


「何が?」


「庭へ行きましょう」


「今来たばかりなんだけど」


「知ってるわ」


「…………」



ユエが。

僅かに眉を寄せた。

しかし。

ソランは。

すでに歩き出している。



「早く」


「……ソラン」


「何?」


「僕はまだ行くって言ってない」


「来ないの?」


「…………」



ユエは。

黙った。

数秒。



「行く」


「そう。じゃあ早く」


「…………」



何か。

言いたそうな顔だった。

だが。

結局。

ユエはついてきた。

いつものことである。



「姉様!」



廊下の向こうから。

小さな声。

ノアだった。

四歳の弟が。

ぱたぱたと。

こちらへ駆けてくる。



「姉様、どこ行くの?」


「お庭よ」


「ぼくも!」


「ええ。いいわよ」



即答。

ソランは。

ノアへ手を伸ばした。

ノアが。

嬉しそうに。

その手を握る。

そのまま。

歩き出そうとして。



「ノア。走ったら駄目よ。転ぶから」


「うん!」


「ソラン」


「何?」


「君、さっき走ってたよ」


「私はいいの」


「何が?」


「お姉様だから」


「…………意味が分からない」



ユエの言葉を。

ソランは。

聞かなかったことにした。



◇



庭へ出る。

何をして遊ぶか。

決めていたわけではない。

だが。

六歳と。

七歳と。

四歳。

三人いれば。

大抵。

何かは始まる。

最初は。

庭の花を見ていた。

はずだった。

それが。

いつの間にか。

どちらが先に。

あの木まで行けるか。

という話になり。

ノアが参加したがり。

危ないから。

走るのは禁止になり。

では。

早歩きならいいのではないか。

という。

よく分からない競争になった。



「ユエ! 遅いわ!」


「ソランが速すぎるんだよ」


「競争なんだから速い方がいいでしょう?」


「ノアがいるだろ」


「…………」



ソランは。

止まった。

振り返る。

後ろで。

ノアが。

一生懸命。

小さな足を動かしていた。



「姉様、まって……!」


「ノア!」



ソランは。

来た道を。

戻った。



「もう。無理しなくていいのよ」


「でも、ぼくも……」


「転んだら痛いでしょう?」


「うん……」


「なら、私と一緒に行きましょう」



ソランは。

ノアの手を握った。

今度は。

ゆっくり。

歩く。

少し離れたところで。

ユエが。

こちらを見ていた。



「…………」



ふと。

目が合った。



「なに?」



ソランが聞く。



「別に」


「…………」



それだけ。

ユエは。

いつもと変わらない顔をしていた。

少なくとも。

六歳までのソランなら。

そう思っただろう。

けれど。



「…………」



何だろう。

今の。

ほんの少し。

引っかかった。

視線。

表情。

声。

斉藤優だった頃。

そういうものを。

見る癖があった。

客が。

本当は何を求めているのか。

何を言ってほしいのか。

どこを見ているのか。

笑っていても。

本当に機嫌がいいのか。

言葉より。

顔の方が。

正直なことは多い。

だから。

つい。

見てしまう。



「…………」



ソランは。

改めて。

ユエを見た。

ユエも。

こちらを見る。



「何?」


「…………」



濃紺の髪。

青い瞳。

整った顔。

まだ。

幼い。

七歳なのだから。

当然だ。

でも。



「…………?」



何か。

引っかかる。

視線ではない。

もっと。

別のもの。

顔。

名前。

ユエ。

ユエ・ラングレイ。



「…………」



知っている。

いや。

当たり前だ。

幼い頃から。

知っている。

そうではない。

斉藤優も。

この名前を。

知っている。



「……あなた」



気づけば。

そんな呼び方をしていた。



「…………は?」



ユエが。

怪訝そうな顔をした。



「何?」


「…………」


「ソラン?」


「ちょっと待って」


「何を?」


「今、思い出しそうなの」


「何を?」


「静かにして」


「…………」



理不尽だった。

ユエは。

何もしていない。

だが。

ソランの頭の中では。

何かが。

繋がりかけていた。

濃紺の髪。

青い瞳。

ユエ・ラングレイ。

そして。

もう少し。

成長した姿。

十四歳。

王立学園。

制服。

リリア。


『eternal story』。



「…………あ」



思い出した。

ソランは。

目の前の少年を。

じっと見た。

ユエが。

眉を寄せる。



「今度は何?」


「あなた……」


「だから何?」



ソランは。

口を開いた。

そして。

閉じた。

――あなた。

リリアの攻略対象じゃない?

言えるわけがない。



「…………なんでもないわ」


「絶対なんでもなくないだろ」


「なんでもないの」


「じゃあ、なんでそんなに見るの?」


「確認してるだけ」


「何を?」


「色々よ」


「何それ」


「色々は色々なの」


「…………」



ユエは。

納得していない。

当然だった。

だが。

ソランには。

それどころではなかった。

ユエ・ラングレイ。

『eternal story』に登場する。

攻略対象の一人。

ヒロイン。

リリアと。

恋に落ちる可能性のある少年。



「…………」



ソランは。

改めて。

ユエを見る。

七歳。

まだ。

ゲームの姿より。

ずっと幼い。

そして。

今。

自分の目の前にいる。

当たり前のように。

ヴァレンティア家へ遊びに来て。

自分に振り回されて。

ノアと一緒に。

庭で遊んでいる。



「…………」



ゲームの物語が。

始まるのは。

十三歳。

あと。

七年。

けれど。

考えてみれば。

当然だ。

この世界は。

十三歳から。

始まるわけではない。

レオンハルトも。

ユエも。

リリアも。

ソラン自身も。

ゲームが始まる前から。

生きている。

毎日を過ごして。

誰かと会って。

話して。

笑って。

怒って。

そうやって。

十三歳になる。

ゲームでは。

描かれていなかっただけ。



「…………」


つまり。

自分が知らないことは。

思っていたより。

ずっと。

多いのかもしれない。



「姉様?」



ノアが。

不思議そうに。

ソランを見上げた。



「どうしたの?」


「…………ううん」



ソランは。

ノアの手を。

握り直した。

それから。

ユエを見る。



「ユエ」


「何?」


「遊びましょう」


「今まで遊んでたけど」


「そうだったわね」


「…………本当にどうしたの?」


「なんでもないって言ってるでしょう?」


「だから、絶対なんでも――」


「ほら。行くわよ!」


「あ、姉様、待って!」


「ソラン! だからノアを置いていくなって!」


「分かってるわよ!」



再び。

三人の声が。

庭へ響く。

ソランは。

ノアの手を引き。

ユエを振り回しながら。

走る。

いや。

ノアがいるので。

早歩きをする。

その頭の片隅で。

一つだけ。

考えていた。

ゲーム開始まで。

あと七年。

なのに。

攻略対象が。

もう。

目の前にいる。


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