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 『二度目の人生も死ぬ予定ですが、死ぬつもりはありません』   転生。前世はキャバ嬢、今世は処刑予定の悪役令嬢。  作者: みつばち。


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6/17

第6話 いつもと同じ日常と影

ここまで目をとしてくださりありがとうございます。


沢山の物語がある中でこうして

「二度目の人生も死ぬ予定ですが、死ぬつもりはありません」

ページを開いて下さったことを、とてもうれしく思います!


未だに、悪夢を見ていただけだなのかと心が迷走中の

ソランですが、彼女が現実に目を向けたとき。

確実に小さな歯車は動き始めます。

まるで、バタフライエフェクトのように。


もうしばらく、物語の世界にお付き合いください。


朝。

窓から差し込む朝の光。

どこかで。

小鳥のさえずりが聞こえてくる。

ゆっくりと目を覚ましたソランが最初に見たものは、

見慣れた天井だった。

濃紺を基調とした天井。

細かな装飾。

そして、窓の方へ顔を向ける。

眩しい。

ソランは目を細める。

窓辺には可愛らしい2匹の小鳥が、

羽根を休めるように止まっている。

何も変わっていない。



「…………」



ソランはゆっくりと

瞬きをした。

それから、ベットで身体を起こした。

銀色の髪が肩から滑り落ちる。

小さな手。

細い腕。

ナイトドレスに包まれた、小さな身体。

昨日と同じ。

いや。

昨日までと同じ。



「…………夢?」



呟く。

その言葉が口から出た瞬間。

胸の奥に、小さな期待が生まれた。

そう。

夢。

そういう可能性だってある。

昨日は誕生日だった。

朝から浮かれていた。

大勢の客人に挨拶をした。

そのせいか、

昨日は誕生日の席で眠ってしまった。

だから。

変な夢を見た。

知らない世界。

夜の街。ネオンの看板。

酒。 煙草。

男と女の駆け引き。

キャバクラ。

斉藤優。

そして。

知らない男に刺されて死んだ。

さらには、自分が乙女ゲームに登場する悪役令嬢で、十八歳で処刑されるなどという。

あまりにも荒唐無稽な夢。

そう考えれば。

すべて説明できるのではないか。



「…………」



ソランは額へ手を当てた。

そして。

昨日食べた焼肉の味を思い出した。

美味しかった。



「…………」



思い出せる。

友人の顔も。 客の顔も。

店の内装も。 酒の味も。

スマートフォンの操作方法も。

斉藤優という名前も。

二十四年間の人生も。

すべて。

昨日と変わらず、そこにある。



「……まだ覚えてる」



残念ながら。

非常に残念ながら。

一晩眠った程度では消えてくれなかったらしい。

もっとも。

二十四年分の記憶が一晩で綺麗に消えていたなら、それはそれで恐ろしい。

そう考える自分もいる。

ソランは小さく息を吐いた。

それでも。

まだ。

ほんの少しだけ。

期待していた。

記憶がある。

それだけだ。

もしかしたら。

本当にただの夢なのかもしれない。

異常なほど長く。

異常なほど細かく。

異常なほど現実感のある夢。

そういうものを見ただけなのかもしれない。

少なくとも。

乙女ゲームの世界だとか。

自分が十八歳で処刑されるだとか。

そんな部分まで、本当だと決まったわけではない。

――そう。

まだ。

決まったわけではない。


     ◇


朝食の席は。

いつもと変わらなかった。

少なくとも。

表面上は。



「姉様、それ食べないの?」


「食べます」



ソランは即答した。

ノアの視線が、ソランの皿へ向いている。

そこには小さく切られた果物があった。



「……一つだけなら」


「まだ何も言ってないよ?」


「顔に書いてあります」


「かお?」



ノアが自分の頬を触る。



「どこ?」


「そういう意味ではありません」


「じゃあどういう意味?」


「……もういいです。一つだけですよ」


「うん!」



ノアが嬉しそうに果物を取る。

ソランとノアの可愛らしい光景を眺めながら、

母ミレーヌは微笑んでいる。

向かい側から。

カイルがこちらを見ていた。



「…………」


「……何ですか、お兄様」


「別に」


「では見ないでください」


「見てない」


「見ていました」


「気のせいだろ」



いつもなら。

ここからもう一言返す。

少なくともソランは、そのつもりだった。

だが。

カイルは何も言わなかった。

昨日のことを。

言わない。

――行かないで。

思い出した瞬間。

ソランはパンへ視線を落とした。

最悪だ。

本当に最悪だ。

母のように美しく気品溢れる令嬢になりたいと

思っているソランには昨日のことは黒歴史である。

公爵令嬢が悪夢にうなされ、兄に泣きつく姿。

6歳になったばかりの女の子なのだから、

そんなことがあっても、不思議ではない。

だが。

元々負けず嫌いなソランにとっては許せない出来事であった。

非常に。

できれば今後しばらくは思い出したくない。

しかし。

カイルはからかわなかった。



「…………」



少しだけ。

本当に。

ほんの少しだけ。

ありがたいと思った。

もちろん。

本人に言うつもりはない。

絶対に。



「ソラン」



ミレーヌの声に顔を上げる。



「はい、お母様」


「身体はどう?」


「もう大丈夫です」


「本当に?」


「はい」



ミレーヌの淡い灰紫色の瞳が、娘を静かに見つめる。

探るような視線ではない。

ただ。

見ている。

昨日のようなことがあったのだ。

心配するのは当然だろう。



「怖い夢を見ただけです」



ソランはそう答えた。

嘘ではない。

少なくとも。

夢は見た。

問題は。

それが本当にただの夢だったのか。

そこだけだ。



「そう」



ミレーヌはそれ以上尋ねなかった。

父ヴァレリウスも。

何も言わない。

ノアは自分の朝食に夢中になっている。

カイルも普段と同じ顔でパンを食べている。

窓から朝日が入る。

食器が触れ合う。

使用人が静かに茶を注ぐ。

昨日までと。

何一つ変わらない朝だった。



「…………」



本当に。

何も変わっていない。

だったら。

やっぱり。

夢だったのではないか。

斉藤優という人間の人生を。

なぜか自分の人生のように感じる。

奇妙な夢。

それだけなのではないか。

十八歳で処刑される?

そんな馬鹿な。

ここには。

父ヴァレリウスがいる。

母ミレーヌがいる。

兄カイルがいる。

弟ノアがいる。

自分は六歳になったばかりだ。

処刑などという言葉は。

この穏やかな朝には。

あまりにも似合わない。



「ソラン」



ヴァレリウスに呼ばれた。



「はい、お父様」



ソランは姿勢を正す。

ヴァレリウスはいつもと変わらない表情をしていた。



「お前に話しておくことがある」


「私に、ですか?」


「ああ」



何だろう。

昨日のことだろうか。

そう思った。

体調について。

あるいは。

医師を呼ぶという話かもしれない。

しかし。

ヴァレリウスの口から出た言葉は。

そのどちらでもなかった。



「お前と、王太子殿下との婚約についてだ」


「…………王太子」



時間が。

止まった。

少なくとも。

ソランにはそう感じられた。

王太子。

その言葉を。

知っている。

当然だ。

六歳のソランだって知っている。

この国の王の子。

そして。

いずれ国を継ぐ人物。

だが。

違う。

それだけではない。



「……王太子、殿下……?」


「ああ」



ヴァレリウスが頷く。



「以前から王家とは話を進めていた。正式な婚約は冬になる予定だ」



冬。 婚約。

ローゼンベルク。 

王太子。

頭の中で。

何かが。

音を立てて。

繋がった。

嫌だ。

待って。

聞きたくない。

そんな思いとは無関係に。

口が動いた。



「……お名前は」



ヴァレリウスの眉が僅かに動いた。



「殿下の?」


「……はい」



聞く必要などない。

そんな気がした。

それでも。

聞かずにはいられなかった。

そして。

ヴァレリウスは答えた。



「レオンハルト・ローゼンベルク殿下だ」


「…………」



知っている。

その名前を。

斉藤優が。

知っている。

レオンハルト・ローゼンベルク。

金色の髪。

青い瞳。

ローゼンベルク王国の王太子。

そして。

乙女ゲームに登場する攻略対象。

ソラン・ヴァレンティアの、婚約者。



「…………」



指先から。

血の気が引いていく。

夢ではない。

その言葉が。

頭の中へ浮かんだ。

昨夜までは。

まだ逃げ道があった。

記憶があるだけだった。

どれだけ鮮明でも。

どれだけ現実的でも。

夢だったのだと。

そう言い張ることはできた。

だが。

違う。

ソランは。

レオンハルト・ローゼンベルク王太子との婚約話など知らなかった。

少なくとも。

昨日までの六歳のソランは。

知らされていない。

なのに。

斉藤優は知っていた。

ソラン・ヴァレンティアが。

レオンハルト・ローゼンベルクの婚約者になることを。

知っていた。

そして。

その先も。



「…………っ」



息が。

浅くなる。

十八歳。

華やかな場所。

大勢の人間。

告げられる言葉。

婚約破棄。

そして。

その後。

罪を問われるソラン。

最後に待っているもの。

処刑。

昨日。

知らない男に刺された。

死にたくないと思った。

怖かった。

あれを。

もう一度?

今度は。

十二年後に?



「ソラン?」



ミレーヌの声。

顔を上げられない。



「どうした?」



ヴァレリウスの声。

いつもなら。

きちんと答えなければと思う。

公爵令嬢なのだから。

父であるヴァレリウスが話しているのだから。

だが。

今は。

無理だった。



「……申し訳、ありません」



自分の声が。

少し震えていた。



「少し……気分が」



椅子を引こうとする。

その手に。

上手く力が入らない。

ミレーヌがすぐに立ち上がった。



「まだ具合が悪いの?」


「……少しだけです」


「ソラン」



ヴァレリウスに呼ばれる。

身体が止まる。



「はい……」


「婚約が嫌なのか?」


「…………いいえ」



いや。

そうなのかもしれない。

十八歳で婚約破棄され。

その後。

処刑される。

そこまで知っていて。

喜んで婚約したい人間がいるだろうか。

少なくとも。

ソランは嫌だった。

だが。

レオンハルトが嫌なのかと聞かれれば。

分からない。

会ったことすらない。

でも、父と母。

兄のカイルに弟のノア。

皆に心配をかけたくはない。

だから。



「……そんなことは、ありませんわ」



それが。

唯一。

口にできた答えだった。

ヴァレリウスが黙る。

ミレーヌも。

娘を見る。



「殿下との婚約そのものが嫌なのではないのね?」



ミレーヌの問いに。

ソランはすぐには答えられなかった。



「……ええ。たぶん」



六歳の子供としては。

ひどく曖昧な答えだった。

だが。

他に。

何と答えればいいのか分からない。

結婚が嫌なのではない。

王太子が嫌なのでもない。

怖いのは。

その先だ。

まだ誰にも起きていない。

十二年後の未来。



「お父様。お母様」



ソランは膝の上で手を握った。



「申し訳ありません。少し、お部屋で休んでもよろしいでしょうか」


「もちろんよ」



ミレーヌがすぐに答える。

カイルは窓の外に目を向けて、

ノアは心配そうにこちらを見ている。

今にも泣きだしそうな目をしている。

ヴァレリウスは数秒。

娘を見つめていた。

何かを考えているようだった。

やがて。



「ああ」



短く答えた。



「今日はゆっくり休みなさい」


「……ありがとうございます」



ソランは立ち上がった。

皿には。

まだ朝食が残っている。

普段なら。

食事を残すことを気にしたかもしれない。

だが。

今は。

そんなことを考える余裕すらなかった。

部屋を出る直前。

一度だけ。

振り返った。

父ヴァレリウス。 母ミレーヌ。

兄カイル。 弟ノア。

いつもの家族。

いつもの朝。

昨日までと。

何一つ変わっていない。

はずだった。

なのに。

もう。

同じものには見えなかった。

……夢じゃ、ない?

そんな考えが。

頭に浮かんだ。

斉藤優の記憶は。

少なくとも。

あの乙女ゲームについての記憶は。

この世界の現実と。

繋がっている。

レオンハルト・ローゼンベルク。

その名前が。

何よりの証拠だった。

家族の心配そうな視線に気づく余裕もない。

ソランは。

逃げるように。

食堂を後にした。

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