第14話 茶会にて
今回は、ユエとソランのお話です。
普段はあまり感情を表に出さないユエが、
ソランの前でどんな顔を見せるのか。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
翌朝。
ソランは。
目を覚まして。
しばらく。
天井を。
見ていた。
いつもと変わらない。
綺麗な濃紺色だ。
「…………」
昨日。
王宮へ。
行った。
国王と。
王妃に。
会った。
国王。
やはり。
一国を。
治める人。
そう思わせる。
何かがあった。
でも。
王妃は。
少し。
顔色が。
悪かった。
その後は。
大丈夫だったのだろうか。
少し。
心配になった。
そして。
レオンハルト・ローゼンベルク。
綺麗な瞳。
完璧な笑顔。
攻略対象。
王太子。
そして。
小さい。
いや。
自分も。
小さい。
それから。
銀色の。
雪。
隅まで手入れされている庭。
これから。
自分の。
婚約者となる。
男の子。
「…………」
改めて。
考える。
六歳。
婚約。
「…………」
やはり。
すごい。
何度。
考えても。
すごい。
昨日は。
考えることが。
多すぎた。
王宮。
国王。
王妃。
レオンハルト。
婚約。
雪。
それから。
帰り際。
『今度は、殿下がいらしてください』
自分が。
そう言った時。
レオンハルトは。
一瞬。
驚いた。
そして。
少しだけ。
嬉しそうに。
笑った。
『はい』
それから。
『ぜひ』
「…………」
何故だろう。
あの顔だけ。
妙に。
覚えている。
完璧な。
王太子の。
笑顔では。
なかった。
ほんの少し。
六歳の。
男の子らしい。
笑顔。
「…………」
ソランは。
布団を。
鼻のところまで。
引き上げた。
別に。
深い意味は。
ない。
昨日。
初めて会った。
婚約相手。
印象に。
残っただけ。
それだけ。
多分。
「ソラン様」
「っ」
突然。
声を。
かけられた。
布団から。
目だけ。
出す。
エマが。
こちらを。
見ていた。
「お目覚めでしたか」
「……今、起きたところよ」
「おはようございます」
「おはよう」
エマが。
いつも通り。
微笑む。
「本日は、午後からお茶会でございます」
「…………」
ソランは。
瞬いた。
「お茶会?」
「はい。以前より予定されていたものです」
「…………」
今日。
「はい」
昨日。
王宮。
今日。
茶会。
「…………」
昨日の。
今日で。
もう。
人前に。
出るの?
ソランは。
布団の中で。
考えた。
六歳。
もう少し。
暇でも。
いいと思う。
前世の。
同伴やアフターより。
予定が。
詰まっている気がする。
遊ぶ。
食べる。
寝る。
そういう。
六歳らしい。
予定を。
もう少し。
増やしても。
誰も。
怒らないのでは。
ないだろうか。
「……行かなければ、駄目?」
思わず。
聞いた。
エマが。
少しだけ。
目を丸くする。
そして。
心配そうな。
表情を浮かべる。
「お身体の具合が悪いのでしたら――」
「悪くないわ」
反射で。
答えた。
「…………」
しまった。
「では、ご欠席なさいますか?」
「…………」
ソランは。
考える。
体調。
良好。
予定。
以前から。
決まっている。
母。
一緒。
欠席する。
理由。
「…………」
ない。
「……行くわ」
「かしこまりました」
エマは。
少しだけ。
安心したように。
微笑んだ。
「…………」
なんとなく。
負けた。
気がした。
◇
午後。
ソランは。
ミレーヌと。
茶会へ。
向かった。
兄カイルと。
弟ノアは。
稽古があるらしい。
ヴァレリウスと留守番だ。
……馬車の中。
外には。
雪が見える。
すごく。
寒そうだ。
ソランは。
視線を。
母ミレーヌへ。
移した。
ミレーヌは。
窓の外を。
見ている。
ウェーブがかった。
銀色の長い髪が。
馬車の揺れに合わせて。
小さく揺れている。
すると。
ミレーヌも。
ソランへ。
顔を向けた。
「疲れてはいない?」
「大丈夫です」
「昨日も出掛けたものね」
「はい。でも、本当に大丈夫です」
これは。
本当。
身体は。
元気。
問題は。
気持ち。
「…………」
少し。
分からない。
昨日。
王宮へ行った。
そして。
今日。
貴族たちが。
集まる。
昨日まで。
何度も。
参加した。
茶会。
同じ。
はず。
なのに。
何となく。
同じでは。
ないような。
そんな。
気がした。
◇
その予感は。
当たった。
今日の。
茶会には。
子供たちと。
その母親たちが。
多く集まっていた。
華やかに。
飾られた。
宴会場。
美味しそうな。
焼き菓子たち。
ソランは。
紅茶の入ったカップを。
手にした。
冷えた手には。
ありがたい。
そして。
茶会に。
招かれた。
婦人たちが。
次々と。
声をかけてくる。
「ご婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「昨日は王宮へいらしたのでしょう?」
「はい」
「王太子殿下とは、もうお話を?」
「少しだけ」
「まあ。いかがでした?」
「とてもお優しい方でした」
笑う。
答える。
また。
笑う。
「…………」
また。
婚約。
「ソラン様、王宮はいかがでした?」
「とても素晴らしい場所でした」
「殿下とは?」
また。
そこ。
「…………」
もちろん。
分かる。
当然だ。
王太子の。
婚約者となる。
公爵令嬢。
話題になる。
むしろ。
ならない方が。
不自然。
分かる。
分かるけれど。
「…………」
疲れる。
ソランは。
思った。
皆への挨拶が終わるころ。
顔が笑顔のまま。
硬直してるんじゃないか?
いや。
そんなことは。
ない。
でも。
私。
昨日から。
正式な婚約が。
決まった以外。
何も。
変わって。
ないんだけど。
ソランは。
手にした。
カップへ。
視線を。
落とした。
中身は。
変わらない。
紅茶。
自分も。
変わらない。
ソラン。
六歳。
なのに。
周囲から。
向けられる。
言葉だけが。
少し。
変わった。
「…………」
不思議。
だった。
そんな時。
見慣れた。
濃紺の髪が。
視界に。
入った。
「…………ユエ」
小さく。
声が。
出た。
ユエ・ラングレイ。
七歳。
ラングレイ侯爵家。
次男。
攻略対象。
そして。
幼い頃から。
知っている。
ユエの表情は。
いつもと。
ほとんど変わらない。
それでも。
その見慣れた顔を。
見た途端。
ソランは。
ほっとした。
いつもの。
ユエ。
向こうも。
こちらに。
気づいた。
目が。
合う。
「ソラン」
「ユエ」
たった。
それだけ。
なのに。
少しだけ。
肩から。
力が。
抜けた。
「昨日、王宮だったんだろ」
「ええ」
「疲れてないのか」
「大丈夫よ」
「そうか」
それだけ。
王太子は。
どうだった。
とも。
婚約は。
どうだった。
とも。
聞かない。
いつもの。
ユエ。
「…………」
少し。
安心した。
◇
大人たちの。
話は。
長い。
これは。
前世でも。
今世でも。
変わらない。
大人が。
集まれば。
話す。
そして。
子供は。
飽きる。
「お外に行きたい」
誰かが。
言った。
その一言に。
何人かの。
子供たちが。
反応した。
窓の外。
庭には。
まだ。
雪が。
残っている。
「私も行きたい!」
「雪、まだあるよ」
「行こうよ」
先ほどまで。
大人しく。
椅子に。
座っていた。
令嬢。
令息。
その顔が。
急に。
明るくなる。
「遠くへ行ってはいけませんよ」
「侍女の見えるところにいなさい」
母親たちから。
声が。
飛ぶ。
「はい!」
返事。
非常に。
良い。
そして。
扉が。
開けば。
走る。
「…………」
良い。
返事。
だった。
ソランも。
ミレーヌへ。
視線を。
向ける。
母が。
微笑んだ。
「行ってらっしゃい」
「はい」
外へ。
出る。
冷たい。
空気が。
頬に。
触れた。
途端。
子供たちは。
散った。
雪を。
触る子。
走る子。
何人かで。
集まる子。
「…………」
普通に。
子供だった。
ソランは。
思う。
昨日。
雪を見て。
少し。
楽しそうに。
笑った。
レオンハルトを。
思い出した。
王太子でも。
侯爵令息でも。
公爵令嬢でも。
六歳。
七歳。
子供。
なのだ。
「ソラン」
「なに?」
ユエが。
こちらを。
見ていた。
「寒いのか」
「…………」
ソランは。
自分を見る。
少し。
肩を。
縮めていた。
らしい。
「少しだけ」
正直に。
答える。
「これ」
ユエが。
首に。
巻いていた。
マフラーを。
外した。
「え?」
「使え」
差し出される。
「でも」
ソランは。
ユエを見る。
「ユエが寒いでしょう?」
「俺は平気だ」
「…………」
そう。
言われても。
「いいから」
「…………」
受け取る。
首に。
巻く。
暖かい。
さっきまで。
ユエが。
使っていたから。
当然。
暖かい。
「ありがとう」
「別に」
ユエは。
それだけ。
言った。
「…………」
本当に。
それだけ。
だった。
寒そう。
だから。
貸した。
借りた。
終わり。
ソランに。
とっては。
たった。
それだけ。
だった。
◇
気温が低いと。
なんだか。
空気が。
おいしく感じる。
空を見上げながら。
そんなことを。
考えていたとき。
不意に。
「ソラン様」
声を。
かけられた。
振り向く。
同じくらいの。
年頃の。
令嬢。
顔は。
知っている。
何度か。
茶会で。
会ったことが。
ある。
「なに?」
令嬢は。
ソランを。
見て。
それから。
首元を。
見た。
令嬢は。
少し。
目を。
細めた。
「それ」
「?」
「ユエ様のマフラーでしょう?」
ソランも。
自分の。
首元を見る。
「ええ」
答える。
すると。
令嬢が。
少し。
不思議そうな。
それでいて。
どこか。
得意そうな。
顔をした。
「王太子殿下と婚約したのに、ユエ様からそんなものを借りていいの?」
「…………」
ソランは。
瞬いた。
婚約。
ユエ。
マフラー。
「…………」
何が。
どう。
繋がった?
本気で。
分からなかった。
ほんの。
一瞬。
だけ。
けれど。
次の瞬間。
理解した。
「…………ああ」
そういう。
意味。
斉藤優。
二十四歳。
男女。
噂。
距離。
視線。
そういうものを。
嫌というほど。
見てきた。
だから。
意味は。
分かる。
分かる。
けれど。
「…………」
七歳。
なんだけど。
思わず。
ユエを見る。
七歳。
どう見ても。
七歳。
自分。
六歳。
どう見ても。
六歳。
王太子。
六歳。
「…………」
全員。
子供。
なのだが。
どうやら。
貴族社会は。
そういう。
話では。
ないらしい。
ソランは。
令嬢を見る。
悪意。
少し。
ある。
でも。
それだけでは。
ない。
好奇心。
得意げな。
気持ち。
それから。
自分で。
考えた。
というより。
誰かが。
話していた。
言葉を。
そのまま。
持ってきたような。
そんな。
顔。
「…………」
多分。
この子。
意味を。
全部。
分かってない。
ソランは。
そう。
思った。
だから。
怒るほどでは。
ない。
笑って。
流せば。
いい。
ユエとは。
幼馴染。
マフラーを。
借りただけ。
それだけ。
そう。
言えば。
いい。
「ユエとは――」
言いかける。
その時。
気づいた。
手。
握っている。
指先が。
掌に。
食い込んでいる。
「…………」
何を。
緊張しているの。
私。
六歳の。
子供の。
言葉。
それだけ。
なのに。
違う。
多分。
この子。
だけでは。
ない。
後ろ。
大人。
家。
噂。
視線。
昨日。
婚約が。
決まった。
それだけで。
自分が。
誰と。
話すか。
何を。
借りるか。
そんなことにまで。
意味が。
つく。
「――今の言葉は」
声が。
した。
ユエ。
だった。
「君の家の意見か?」
「……え?」
令嬢が。
目を。
瞬く。
ユエは。
いつもと。
ほとんど。
変わらない。
顔を。
していた。
「君の父上か、母上がそう言っていたのかと聞いている」
「ち、違います」
「なら、誰が言った」
「聞いた、話で……」
「誰から?」
「それは……」
「分からないのか」
「…………」
ユエは。
冷たい視線を。
令嬢に向けている。
令嬢の。
顔から。
少しずつ。
色が。
消える。
「確かめてもいない話を」
ユエは。
静かに。
続ける。
「王太子殿下の婚約者に向けて言ったのか」
「…………」
怖い。
ソランは。
思った。
声を。
荒らげて。
いない。
怒鳴っても。
いない。
表情も。
ほとんど。
変わらない。
だから。
余計に。
怖い。
「わ、私は、そんなつもりじゃ……」
「なら」
ユエが。
言う。
「次は、口にする前に考えろ」
「…………はい」
令嬢は。
俯いた。
ユエは。
それ以上。
何も。
言わなかった。
「ソラン」
「え?」
「向こう行くぞ」
そう言って。
歩き出す。
「…………」
ソランは。
その背中を。
見る。
クールな。
冷酷系。
ゲームの。
言葉が。
頭を。
過った。
なるほど。
ひかるが。
言っていた。
少し。
冷酷な。
ところ。
「…………」
確かに。
怖かった。
七歳とは。
思えない。
「…………」
でも。
数歩。
先。
ユエが。
止まった。
振り返らない。
ただ。
待っている。
「…………」
ソランは。
少し。
急いで。
追いついた。
追いつくと。
ユエは。
また。
歩き出した。
「…………」
冷酷。
「…………」
ゲームの中の。
ユエは。
冷酷なのかもしれない。
けど。
今。
目の前にいる。
七歳の少年。
ユエのことを。
冷酷だとは。
思いたくなかった。
◇
少し。
離れた。
場所。
他の子供たちの。
声は。
聞こえる。
侍女たちも。
こちらを。
見ている。
二人きり。
では。
ない。
けれど。
先ほどより。
静か。
だった。
ソランは。
首元の。
マフラーに。
触れる。
暖かい。
先ほどまでは。
ただ。
それだけ。
だった。
今は。
少し。
違って。
感じる。
「…………」
ソランは。
マフラーへ。
手を。
かけた。
「ユエ」
「何だ」
「これ、返すわ」
ユエが。
こちらを見る。
「何で」
「もう、大丈夫だから」
「寒いだろ」
「でも」
「でも?」
「…………」
言えない。
また。
何か。
言われるかも。
しれないから。
そんな。
理由。
言いたく。
なかった。
自分でも。
何故か。
分からない。
ただ。
言ったら。
何かに。
負けるような。
気がした。
「…………」
ユエが。
ソランを見る。
そして。
マフラーを見る。
「貸したのは俺だ」
「……そうだけど」
「寒いなら使え」
「…………」
終わり。
それだけ。
周囲が。
どう。
見るか。
そんなこと。
ユエは。
一言も。
言わなかった。
「…………」
ソランは。
マフラーから。
手を。
離した。
「ありがとう」
「別に」
また。
それ。
でも。
今は。
その。
別に。
が。
少しだけ。
ありがたかった。
二人で。
歩く。
しばらく。
何も。
話さない。
気まずい。
わけでは。
ない。
昔から。
ユエとは。
ずっと。
喋っていなくても。
平気だった。
「王宮」
突然。
ユエが。
言った。
「え?」
「昨日」
「ああ」
「どうだった」
ソランは。
少し。
考える。
王宮。
広かった。
綺麗だった。
国王。
王妃。
レオンハルト。
雪。
庭。
「楽しかったわ」
「それは聞いてない」
「…………」
ソランは。
ユエを見る。
「じゃあ、何を聞いてるの?」
「…………」
ユエが。
黙る。
聞いたのは。
そっち。
なのに。
「ユエ?」
「……嫌じゃなかったのか」
「…………」
婚約。
の。
こと。
だろう。
ソランは。
少し。
考えた。
「嫌ではなかったわ」
これは。
本当。
レオンハルトは。
嫌な人では。
なかった。
むしろ。
話してみれば。
思っていたより。
ずっと。
普通の。
六歳の。
男の子だった。
雪を。
見て。
笑う。
ソランの。
「見るだけなら」
という言葉を。
笑った。
少し。
失礼な。
王太子。
「…………」
思い出すと。
ちょっと。
腹が立つ。
でも。
嫌では。
なかった。
楽しかった。
それも。
本当。
ただ。
今日。
向けられた。
視線。
言葉。
そして。
さっき。
自分の。
首に。
巻かれた。
マフラー。
それだけで。
言われた。
言葉。
「…………」
ソランは。
少し。
俯いた。
「……でも」
「何だ」
「少しだけ」
言葉が。
止まる。
「怖かった」
ユエの。
足が。
止まった。
「俺が?」
「え?」
ソランも。
止まる。
ユエは。
こちらを。
見ていた。
いつもと。
同じ。
顔。
でも。
ほんの少し。
眉が。
寄っている。
「さっき」
「…………」
あ。
そっちか。
ソランは。
すぐに。
首を。
振った。
「違うわ」
「…………そうか」
「ユエが怖かったんじゃないわ」
「じゃあ、何が怖かった」
「…………」
ソランは。
歩き出した。
ユエも。
横へ。
並ぶ。
「昨日までと、何も変わっていないと思っていたの」
「何が」
「私」
ソランは。
自分の。
手を見る。
小さい。
六歳の。
手。
「昨日も。今日も。私は私でしょう?」
「当たり前だろ」
「そうなのよ」
思わず。
少し。
強く。
言った。
「本当にそうなの」
もう一度。
言う。
自分へ。
言い聞かせる。
ように。
「なのに。婚約が決まっただけで。みんなの見方が変わった」
「…………」
「ユエと話しているだけなのに」
マフラーへ。
触れる。
「これを借りただけなのに」
それだけ。
だった。
寒い。
貸す。
借りる。
それだけ。
だった。
はず。
なのに。
王太子の。
婚約者が。
侯爵家の。
少年から。
マフラーを。
借りた。
そう。
見られる。
「……私が何をしても。これからは。そういうふうに見られるのかなって」
怖い。
そう。
思った。
斉藤優だった頃。
人から。
見られることには。
慣れていた。
客から。
見られる。
値踏み。
される。
噂。
される。
好かれる。
嫌われる。
それも。
仕事の。
一部。
だった。
でも。
あの頃は。
店を。
出れば。
斉藤優に。
戻れた。
空では。
なくなる。
仕事用の。
笑顔を。
外すことが。
できた。
今は。
違う。
ソラン・ヴァレンティア。
公爵令嬢。
そして。
王太子の。
婚約者。
家に。
帰るから。
今日は。
終わり。
そう言って。
置いて帰ることは。
できない。
「…………」
六歳。
重い。
やっぱり。
重い。
もう少し。
軽いものから。
背負わせて。
ほしい。
お菓子の。
籠。
とか。
そのくらいから。
始めて。
ほしかった。
「ソラン」
「なに?」
「俺には言えばいい」
「…………」
ソランは。
隣を見る。
ユエは。
前を。
見ている。
いつの間にか。
いつもの顔に。
戻っていた。
そして。
そのまま。
話し続ける。
「嫌だったこととか」
少し。
間。
「怖かったこととか」
「…………」
「言いたくないなら、言わなくていい」
「…………」
ソランは。
瞬いた。
「どっちなの?」
ユエが。
こちらを見る。
「何が」
「言うの? 言わないの?」
「お前が決めればいいだろ」
「…………」
ああ。
そういう。
意味。
「言いたいなら聞く」
ユエは。
前へ。
視線を。
戻した。
「言いたくないなら、聞かない」
「…………」
簡単に。
言う。
でも。
その言葉は。
思っていたより。
ずっと。
優しかった。
話さなくても。
いい。
話しても。
いい。
平気な。
顔を。
しなくても。
いい。
説明。
しなくても。
いい。
決めるのは。
自分。
「…………」
ソランは。
少し。
安心した。
それから。
少しだけ。
笑った。
「何だ」
「なんでもない」
「…………」
ユエが。
こちらを見る。
「何よ」
「さっきから、そればっかりだな」
少しだけ。
不満そうな。
口調だった。
「便利なのよ。この言葉」
「そうか」
「そうよ」
二人で。
歩く。
さっきより。
少しだけ。
足が。
軽い。
その時。
ソランは。
気づいた。
ユエ。
マフラー。
ない。
当然。
自分が。
巻いている。
そして。
鼻。
少し。
赤い。
「…………」
「何だ」
「ユエ」
「だから何だ」
「寒いでしょう」
「平気だ」
即答。
「…………」
ソランは。
じっと。
見る。
耳。
少し。
赤い。
鼻。
赤い。
「嘘」
「嘘じゃない」
「耳、赤いわよ」
「冬だからだ」
「…………」
ソランは。
瞬いた。
「寒いからでしょう」
「…………」
「冬だから耳が赤くなるんじゃなくて、冬が寒いから耳が赤くなるんでしょう?」
「…………」
ユエが。
黙った。
勝った。
何に。
勝ったのかは。
分からない。
でも。
勝った。
「ユエ」
「……なら」
「なら?」
「早く中へ戻るぞ」
歩く速度が。
少し。
上がる。
ソランも。
追う。
「やっぱり寒いんじゃない」
「うるさい」
「寒いんでしょう?」
「うるさい」
「二回言った」
「…………」
七歳。
意外と。
分かりやすい。
◇
屋敷が。
近づく。
ソランは。
少し。
考えて。
「ユエ」
「何だ」
「さっきは、ありがとう」
「別に」
「助かったわ」
「…………」
それから。
ソランは。
ユエを。
まっすぐに。
見つめる。
少し。
笑う。
「格好よかったわ」
ユエの。
足が。
止まった。
「…………」
ソランも。
止まる。
「ユエ?」
「…………別に」
顔を。
逸らした。
「何が?」
「何でもない」
「…………」
今度は。
そっちが。
「なんでもない」
使うの?
ソランは。
ユエを見る。
「格好よかったって言っただけでしょう?」
「聞こえてる」
「なら、こっち見ればいいじゃない」
「見なくても聞こえる」
「…………」
それは。
そう。
正論。
褒めているのだから。
もう少し。
嬉しそうな顔くらい。
すればいいのに。
「ありがとう」
それくらい。
言っても。
罰は当たらないだろう。
「褒められるの、苦手なの?」
「違う」
「じゃあ何?」
「何でもない」
「…………」
なんでもない。
その言葉は。
お互いに。
便利。
らしい。
ソランは。
少しだけ。
笑った。
屋敷へ。
戻る。
今なら。
分かる。
誰かが。
見ているかも。
しれない。
また。
何か。
言われるかも。
しれない。
それでも。
ソランは。
ユエから。
離れなかった。
離れる。
理由も。
ない。
二人は。
同じ歩幅で。
屋敷へ。
戻った。
◇
暖かい。
室内へ。
入る。
ソランは。
首元の。
マフラーを。
外した。
「ありがとう」
ユエへ。
返す。
「暖かかったわ」
「そうか」
受け取る。
それだけ。
少し。
離れたところでは。
庭から。
戻ってきた。
子供たちが。
それぞれ。
母親のところへ。
戻っている。
「お母様!」
明るい。
声。
ソランは。
何となく。
そちらを。
見た。
姉妹。
だろう。
少し。
年上の。
女の子と。
自分より。
小さな。
女の子。
二人が。
母親のところへ。
駆けていく。
「雪で遊んだの!」
「お姉様ったら、私に雪を投げたのよ!」
「あなたも投げ返したでしょう?」
「だって!」
母親が。
笑った。
「まあまあ。二人とも、とても楽しかったのね」
そう言って。
妹の。
少し。
濡れた髪を。
ハンカチで。
拭く。
姉が。
今日。
庭で。
あったことを。
楽しそうに。
話している。
妹が。
途中で。
口を。
挟む。
母親は。
笑って。
二人の。
話を。
聞いている。
「…………」
仲が。
いいのだろう。
普通の。
母親と。
娘たち。
それだけ。
「…………」
なのに。
何だろう。
ほんの。
少し。
何かが。
引っかかった。
「…………?」
ソランは。
その光景を。
見る。
母親。
姉。
妹。
楽しそうに。
笑っている。
何も。
おかしくない。
むしろ。
微笑ましい。
光景。
なのに。
「…………」
何か。
思い出しそうな。
そんな。
感覚。
でも。
何を。
思い出しそうなのか。
分からない。
胸の奥。
小さな。
何かが。
引っかかって。
取れない。
「ソラン?」
声。
振り向く。
ミレーヌが。
こちらを。
見ていた。
いつもの。
優しい。
母の顔。
「どうしたの?」
「…………」
ソランは。
もう一度。
さっきの。
親子を。
見る。
母親。
姉妹。
笑顔。
「…………」
やっぱり。
分からない。
「……なんでもありません」
そう。
答えた。
今度は。
誤魔化した。
わけでは。
なかった。
本当に。
まだ。
何なのか。
分からなかった。
ミレーヌの。
もとへ。
歩く。
その途中。
一度だけ。
ソランは。
振り返った。
母親と。
二人の娘は。
まだ。
楽しそうに。
話している。
何も。
おかしくない。
だから。
何だったのだろう。
そう。
思いながら。
ソランは。
ミレーヌの。
もとへ。
戻った。
お読みいただきありがとうございます。
次回は、ソランとレオンハルトの婚約祝賀会です。




