第12話 婚約にむけて
季節は。
少しずつ。
冬へと。
近づいていた。
そして。
ソランの。
完璧な公爵令嬢になる計画は。
順調に。
――とは。
言い難かった。
「ソラン様。視線をもう少しだけ上へ」
「はい」
上げる。
「……もう少し下ですね」
「…………はい」
下げる。
「そうです。その位置です」
「…………」
やった。
とは。
言わない。
言わないが。
――やった。
以前は。
上げれば。
上げすぎ。
下げれば。
下げすぎ。
一体。
どこが正解なのか。
本気で。
床に線でも引いてほしいと。
思ったものだ。
だが。
最近は。
少なくとも。
一日に何度も。
「上げすぎです」
と。
言われることは。
なくなった。
成長。
確実な。
成長である。
歴史。
王国。
貴族社会。
社交。
覚えることは。
山ほどあった。
それでも。
知識として。
理解できるものは。
比較的。
頭に入りやすかった。
もちろん。
知らないことは。
知らない。
それは。
変わらない。
けれど。
知らないなら。
覚えればいい。
何故。
そうなったのか。
何と。
何が。
繋がっているのか。
それを。
考えながら覚えることには。
少しずつ。
慣れてきた。
礼儀作法は。
相変わらず。
別だった。
頭で。
理解しても。
身体が。
その通りに。
動くとは限らない。
六歳の身体は。
二十四歳の経験に。
一切。
忖度してくれなかった。
非常に。
残念である。
それでも。
「以前より、ずっと良くなりましたね」
ヘレナに。
そう言われ。
「当然ですわ」
ソランは。
澄ました顔で。
答えた。
その心の中では。
――よし。
小さく。
拳を握っていた。
◇
その日の午後。
ソランは。
母。
ミレーヌに。
呼ばれた。
部屋へ。
入る。
そして。
止まった。
「…………」
布。
布。
布。
綺麗に。
並べられた。
色とりどりの布。
机の上には。
装飾品。
その近くには。
見慣れない女性たちが。
数人。
一目で。
分かる。
仕立て屋だ。
「……お母様?」
「いらっしゃい、ソラン」
ミレーヌが。
微笑む。
「こちらへいらっしゃい」
「はい……」
言われるまま。
近づく。
「何をなさっているのですか?」
「あなたのドレスを仕立てるのよ」
「私の?」
「ええ」
ソランは。
並べられた布を見る。
深い青。
淡い青。
白。
銀。
薄紫。
色とりどりに。
並んでいる。
凄く。
綺麗だ。
色は視界から。
与える影響も多い。
色は。
見る人に与える印象を。
変える。
赤なら。
華やかに。
緑なら。
落ち着いた印象に。
優だった頃も。
その日の客や。
店の雰囲気に合わせて。
ドレスを選ぶことがあった。
けれど。
「どうして?」
「王宮へ伺う日のためよ」
「…………」
王宮。
その。
二文字。
ソランの。
思考が。
止まった。
王宮。
冬。
婚約。
「…………」
レオンハルト。
来た。
いや。
まだ。
来ていない。
来るのは。
自分だ。
王宮へ。
「正式な日取りは、まだ調整中だけれど。そう遠くはないと思うわ」
「……そう、なのですね」
「緊張している?」
「…………」
緊張。
している。
と。
言えば。
している。
ただ。
六歳の娘が。
王宮へ行き。
王太子と顔を合わせる。
普通に考えれば。
緊張して当然だ。
問題は。
ソランの場合。
緊張。
それだけでは。
ない。
相手は。
未来の。
婚約者。
そして。
『eternal story』の。
攻略対象。
さらに。
ゲームのソランが。
執着していた。
相手。
その結果。
処刑される可能性まで。
ある。
――重い。
六歳児の。
初対面にしては。
設定が。
重すぎる。
「少しだけ」
「そう」
ミレーヌは。
それ以上。
聞かなかった。
代わりに。
深い藍色の布を。
ソランの前へ。
持ってくる。
「これはどう?」
「綺麗です」
「こちらも似合いそうね」
「…………」
楽しそうだ。
母が。
非常に。
楽しそうである。
ソランは。
布を。
見下ろした。
自分は。
母親と。
婚約相手との。
初顔合わせに着ていく。
ドレスを。
選んでいる。
「…………」
六歳で。
改めて。
考えると。
なかなか。
すごい。
「ソラン?」
「なんでもありません」
最近。
この言葉を。
よく使っている気がした。
◇
その夜。
ソランは。
ノートを。
開いた。
作戦会議スタート。
『レオンハルト・ローゼンベルク』
じっと。
見る。
「…………来たわね」
誰も。
いない。
当然。
返事も。
ない。
何と。
戦っているのか。
自分でも。
よく分からない。
以前。
書いた。
『執着しない』
『できれば仲良くする』
『王太子としてのことも知る』
『いつか円満に婚約を解消する』
「…………」
ソランは。
しばらく。
眺めた。
そして。
気づいた。
「…………具体的に、どうするの?」
何も。
書いていない。
執着しない。
分かる。
仲良くする。
分かる。
王太子として知る。
分かる。
いつか。
円満に。
婚約解消。
それも。
分かる。
では。
最初に。
会った時。
どうする。
「…………」
ソランは。
腕を組んだ。
初対面。
それなら。
経験がある。
斉藤優。
二十四歳。
源氏名。
空。
キャバ嬢。
No.2。
初めて会う人間と。
話す。
それは。
何度も。
何度も。
やってきた。
まず。
笑顔。
挨拶。
相手の話を。
聞く。
距離を。
詰めすぎない。
相手の反応を。
見る。
話したくなさそうなことには。
無理に。
踏み込まない。
褒める時は。
適当に。
何でも褒めればいい。
というものでもない。
相手が。
何を言われたら。
嬉しいのか。
見る。
考える。
――いける。
ソランは。
思った。
初対面の人間と。
話すだけなら。
いける。
客だと。
思って。
場内指名を貰うときのように。
「…………」
待って。
客じゃない。
六歳の。
王太子である。
「…………」
危ない。
危うく。
六歳児を。
接客するところだった。
そもそも。
「お仕事は何をされているんですか?」
とは。
聞けない。
知っている。
王太子である。
職業という言い方が。
正しいのかは。
知らない。
「…………」
役に立つ。
前世の経験は。
間違いなく。
役に立つ。
ただし。
そのまま。
使えるとは。
限らない。
ソランは。
また一つ。
学んだ。
◇
ノートの上。
『レオンハルト』
その文字を。
見ながら。
ソランは。
ふと。
考えた。
ゲームの。
ソランは。
レオンハルトに。
執着していた。
ヒロイン。
リリアに。
嫉妬して。
嫌がらせを。
繰り返した。
そして。
その先に。
破滅する。
未来がある。
「…………」
でも。
どうして。
そこまで。
好きになったのだろう。
ソランには。
まだ。
分からない。
だって。
会っていない。
ゲームでなら。
知っている。
金髪。
青い瞳。
整った顔。
頭が良く。
何でも。
そつなくこなす。
王道。
王子様系。
条件だけなら。
確かに。
強い。
「…………」
でも。
六歳。
これから。
会うのは。
六歳である。
優だった頃の。
感覚だけで考えれば。
恋愛対象として。
見るような年齢では。
当然。
ない。
六歳を。
恋愛対象として見る。
「…………」
いや。
優の感覚では。
完全に。
なしである。
けれど。
ソランは。
斉藤優であると。
同時に。
ソラン・ヴァレンティアでもある。
六歳まで。
この身体で。
生きてきた。
今だって。
兄に。
腹を立てる。
ノアを。
可愛いと思う。
父に。
褒められれば。
嬉しい。
母には。
甘えたい。
全部。
本当の。
自分だ。
なら。
これから。
十歳。
十三歳。
十五歳。
十八歳。
成長して。
いつか。
誰かを。
好きになることだって。
あるのだろう。
それが。
レオンハルトである可能性まで。
否定する必要は。
ない。
「…………」
好きになるなら。
その時の。
自分が。
決めればいい。
でも。
好きになったから。
誰かを。
傷つけていい。
そんな理由には。
ならない。
まして。
その結果。
殺されるなんて。
絶対に。
嫌だ。
「……うん」
ソランは。
小さく。
頷いた。
◇
数日後。
夕食の席で。
突然。
「姉様は、おうじさまとけっこんするの?」
ノアが。
言った。
「…………」
ソランの手が。
止まった。
「ノア」
「なあに?」
「誰から聞いたの?」
「みんな知ってるよ?」
「…………」
みんな。
とは。
誰。
ソランは。
母を見る。
ミレーヌは。
微笑んでいる。
父を見る。
ヴァレリウスは。
いつも通り。
兄を見る。
カイルは。
呆れたように。
「婚約の話なら、俺も知ってる」
「お兄様も?」
「そりゃ知ってるだろ」
「…………」
そう。
なのか。
考えてみれば。
ヴァレンティア家にとって。
かなり。
大きな話だ。
自分だけの。
秘密でも。
何でもない。
「姉様」
「何?」
「いつけっこんするの?」
「まだしないわよ」
「明日?」
「しない」
「冬?」
「しないわよ」
「じゃあ、いつ?」
「知らないわよ!」
ノアが。
きょとんとする。
「ソラン」
「…………はい」
母の声。
ソランは。
姿勢を正した。
「ごめんなさい」
「ふふ。ノアはまだ、婚約と結婚の違いがよく分からないのよ」
「こんやく?」
「そうよ」
「けっこんと違うの?」
「違うわ」
「どう違うの?」
「…………」
ソランは。
止まった。
説明。
四歳児に。
婚約を。
説明。
「……将来、結婚するかもしれない人と、お約束することよ」
「じゃあ、けっこんするんだ」
「…………」
間違っては。
いない。
多分。
「ソラン」
「何よ」
カイルが。
こちらを見る。
「嫌なのか?」
「え?」
「王太子殿下との婚約」
「…………」
嫌。
なのだろうか。
まだ。
分からない。
相手に。
会ってすら。
いない。
「嫌とは言ってないわ」
「じゃあ、いいだろ」
「…………」
何か。
腹が立つ。
間違ったことは。
言っていない。
だから。
余計に。
腹が立つ。
「そういう問題じゃないの」
「じゃあ、どういう問題なんだよ」
「それは……」
言えない。
将来。
この婚約相手に。
執着した結果。
ヒロインを。
いじめて。
処刑される可能性があります。
など。
言えるはずが。
ない。
「……色々あるのよ」
「なんだ、それ」
「あるの!」
「ふーん」
腹立つ。
やっぱり。
兄というものは。
腹が立つ。
しかし。
カイルは。
少しして。
「まあ」
と。
続けた。
「本当に嫌なら、父上に言えばいいだろ」
「…………え?」
ソランは。
予想外の言葉に、兄を見上げる。
カイルは。
特に。
深いことを言ったつもりも。
なさそうだった。
「嫌なのに、黙ってる必要ないだろ」
「…………」
ソランは。
父を見る。
ヴァレリウスと。
目が合った。
「カイルの言う通りだ」
静かな。
声。
「…………」
胸の奥が。
少しだけ。
温かくなった。
王太子との。
婚約。
公爵家にとっても。
大きな話。
それでも。
父は。
嫌なら。
言えと。
言ってくれる。
「……嫌では、ありません」
今は。
それが。
本当だった。
「ただ……緊張しているだけです」
「そうか」
それだけ。
ヴァレリウスは。
言った。
それ以上。
何も。
聞かなかった。
「姉様」
「何?」
「ぼくもおうじさまとけっこんできる?」
「…………」
ノアは希望に満ち溢れた瞳をしている。
どうして。
そうなった。
「ノア」
「なあに?」
「とりあえず、ご飯を食べましょう」
「うん!」
四歳。
非常に。
素直である。
◇
それから。
さらに。
数日後。
ソランは。
再び。
父ヴァレリウスの前にいた。
その日。
庭には。
薄く雪が積もっていたのが。
みえた。
「王宮から正式な返答があった」
その言葉に。
背筋が。
自然と。
伸びた。
「はい」
「顔合わせの日が決まった」
日付を。
告げられる。
もう。
すぐだった。
「当日は、私とミレーヌ。それから、お前で王宮へ向かう」
「はい」
「王家との話の後。レオンハルト殿下ともお会いすることになる」
「…………」
レオンハルト。
「お前と殿下が会うのは、その日が初めてだ」
「……はい」
知っている。
現実では。
初めて。
ゲームでは。
知っている。
金髪。
青い瞳。
王太子。
攻略対象。
未来の。
婚約者。
でも。
ソラン・ヴァレンティアは。
まだ。
レオンハルト・ローゼンベルクに。
会ったことがない。
「何か、聞いておきたいことはあるか?」
「…………」
ソランは。
少し。
考えた。
「いいえ。今は、大丈夫です」
「そうか」
ヴァレリウスは。
頷いた。
「無理に気に入られようとする必要はない」
「…………」
ソランは。
父を見る。
心配かけたくない。
そう。
思った。
「礼を失さず。お前らしくしていればいい」
「…………はい」
お前らしく。
簡単そうで。
難しい。
今の自分は。
六歳の。
ソランで。
二十四歳まで生きた。
優でもある。
どちらも。
自分。
なら。
そのままで。
会えばいい。
自分の目で。
見ればいい。
ゲームの。
攻略対象ではなく。
今。
現実にいる。
レオンハルトを。
◇
そして。
顔合わせの。
前夜。
ソランは。
鏡の前に。
立っていた。
明日。
着る予定の。
ドレス。
準備は。
できている。
礼儀作法。
確認した。
王家について。
勉強した。
レオンハルトについても。
知れる範囲では。
調べた。
挨拶も。
考えた。
大丈夫。
初対面の人間と。
話すことには。
慣れている。
優だった頃。
何人もの。
人間と。
話してきた。
年上。
年下。
よく喋る人。
無口な人。
自慢話が。
止まらない人。
同じ話を。
何度もする人。
酔って。
何を言っているのか。
分からなくなる人。
色々。
いた。
それに比べれば。
六歳の。
王太子。
一人。
「…………」
いや。
比較対象が。
おかしい。
そして。
失礼すぎる。
ソランは。
鏡の中の。
自分を見る。
銀色の髪。
深い藍色の瞳。
六歳。
公爵令嬢。
明日。
王太子と。
初めて会う。
そして。
婚約する。
「…………」
大丈夫。
斉藤優は。
二十四歳まで。
生きた。
大人だった。
人生経験なら。
六歳児より。
圧倒的に。
ある。
だから。
婚約の顔合わせくらい。
余裕。
「…………」
ソランは。
止まった。
待って。
「…………」
私。
優だった時も。
婚約なんて。
したことないんだけど。
「…………」
結婚も。
していない。
婚約者も。
いたことがない。
両家の。
顔合わせも。
したことがない。
まして。
王子様との。
婚約なんて。
そんなおとぎ話のような経験は。
当然。
ない。
「…………」
二十四年間の。
人生経験。
役に。
立たない。
いや。
全くでは。
ない。
多分。
でも。
この件に関しては。
未経験。
完全なる。
初心者。
そして。
今の自分は。
「…………六歳で?」
今さら。
だった。




