辞めたいですぅぅ
第七話 辞めたいですぅぅ
翌日。
昨日、マガツの群れと戦った。
爆発した。
ものすごく爆発した。
戦場だった場所が、ほとんど更地になった。
そんな翌日でも。
「桃井ちゃん、昨日も避難誘導お疲れー」
学校は、いつも通りだった。
「ありがと」
「いやー、よくやれるよね。マガツ出てるんだよ? 怖くない?」
「怖いよ。そりゃ」
星歌は苦笑する。
実際には避難誘導どころか、そのマガツと直接戦っていたのだが。
もちろん、それを言うわけにはいかない。
「だよねー。まあ、お互い無事でよかったけど」
「ほんとそれ」
「私さ、避難所着いたとき桃井ちゃんいなくて、一瞬焦ったんだよ」
「あー……」
「でも、そういえば避難誘導員だから別行動だったって思い出してさ」
「心配かけました」
「いやいや。仕事だもんね」
友人がひらひらと手を振る。
「それより昨日、クラスで一人足りなくて、ちょっと騒ぎになったんだよ」
「え?」
「避難所で人数確認したとき」
「誰?」
「望月くん」
「望月くん?」
星歌は教室の中へ視線を向けた。
いた。
普通にいた。
昨日、避難所から消えてちょっとした騒ぎを起こしたらしい男子生徒は、何事もなかったかのように自分の席に座っている。
「今日普通に来てるから、無事だったみたいだけどね」
「…………」
「桃井ちゃん?」
「ちょっと行ってくる」
「え?」
星歌は立ち上がった。
学生避難誘導員として。
これは少々、見過ごせない。
「望月くん」
「ん?」
声をかけると、望月朔が顔を上げた。
「昨日の避難のとき、避難所にいなかったんだって?」
「ああ」
「ああ、じゃない!」
「……?」
「どこにいたの?」
「避難していた」
「避難所にいなかったんでしょ?」
「ああ」
「じゃあどこに避難してたのよ!」
「別の場所だ」
「なんで!?」
「そちらの方が都合がよかった」
「勝手な避難しちゃダメ!」
「そうなのか?」
「そうなの!」
星歌は机に手をついた。
「先生たちは避難した人の人数を確認するの。一人足りなかったら、まだ学校に残ってるのか、途中で何かあったのか、確認しなきゃいけないでしょ?」
「なるほど」
「場合によっては探しに行くことになるの!」
「それはよくないな」
「そう! 探しに行った人まで危なくなるかもしれないんだから!」
「確かに」
思ったより素直に聞いている。
星歌は少しだけ勢いを削がれた。
「……分かった?」
「分かった」
「ほんとに?」
「ああ」
「じゃあ次からは、ちゃんと避難すること!」
「分かった」
「ならよし」
星歌は満足して、自分の席へ戻っていった。
◇
桃井星歌の言うことは正しい。
朔はそう思った。
自分が避難所にいなければ、人数が合わない。
人数が合わなければ、確認が必要になる。
場合によっては捜索する人間が出る。
そのために人員が割かれる。
さらには、捜索する人間を余計な危険に晒す可能性まである。
確かに。
これは改善しなければならない。
「…………」
次からは、もっと存在感を薄くして、こっそり抜け出すか。
可能なら避難が始まるより少し前。
誰かが「あいつはどこだ」と気づく前に、自然に姿を消す。
そうすれば余計な捜索も発生しない。
問題解決。
朔は一つ頷いた。
桃井星歌の忠告は、非常に参考になった。
◇
そして、放課後。
学生避難誘導員特別待機室。
「いやー、昨日は楽しかった!」
「その感想になるのおかしくない?」
椅子の背もたれに身体を預け、香仁子が満足そうに笑っていた。
向かいに座る星歌は、呆れた顔で頬杖をつく。
「だってさー! 今まであんなに思いっきり魔法使ったことなかったんだもん!」
「でしょうね。普通は周りに人がいるからね」
「それが昨日はいなかった!」
「敵はいたけどね!」
「だから最高だった!」
「魔法少女から出ていい台詞じゃないのよ」
「しかも、いっぱい倒せた!」
「更地になったけどね!」
「いっぱい倒せた!」
「更地になったけどね!!」
香仁子はまるで気にしていない。
昨日までなら、魔法が爆発するたびに申し訳なさそうに笑っていたのに。
今日は朝からずっとこの調子だった。
「次いつかなー」
「何が?」
「マガツ」
「楽しみにするな!!!」
「だって次もいっぱい出てきたら、また思いっきり――」
「場所を考えなさいよ!?」
「分かってるってー」
本当に分かっているのだろうか。
星歌には若干不安だった。
「…………」
そんな二人のやり取りを。
猫は部屋の隅から、不安そうに眺めていた。
「……猫ちゃん?」
「ひゃいっ!」
「どうしたの?」
「い、いえ……」
猫は俯く。
少し黙ってから。
「……次は、誰なのかなって……」
「誰?」
「ひょっとこさんに……」
猫の声が震える。
「敵のど真ん中に置いていかれる人……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
部屋が静まり返った。
「いや、毎回やらないでしょ!?」
星歌が即座に否定する。
「た、多分!」
「今『多分』って言いましたぁ……」
「だって私にもあの人が何考えてるか分かんないんだもん!」
「わ、私、嫌ですぅ……」
「大丈夫だって!」
「でも香仁子ちゃん、抱えられて……そのまま……」
「飛んでったね」
昴が言った。
「飛んでいきましたね」
鏡子も頷く。
「そして置いていかれた!」
なぜか香仁子は楽しそうだった。
「やっぱり嫌ですぅぅぅ……!」
「香仁子! 煽らない!」
「でも大丈夫だよ、猫ちゃん」
「ほ、本当……?」
「うん!」
香仁子が親指を立てる。
「敵のど真ん中、意外と楽しいよ!」
「そういう問題じゃないですぅぅぅぅ!!!」
「香仁子はもう黙ってて!」
星歌が頭を抱える。
すると昴が、ふと思いついたように口を開いた。
「でもさ」
「ん?」
「昨日のあれ、めちゃくちゃだけど……ちゃんと戦えてたよね」
香仁子を見る。
「前は爆発するたびに私たちまで吹っ飛んでたのに」
「うっ」
「昨日は香仁子だけ敵の中にいたから、敵しか吹っ飛ばなかった」
「言い方!」
「でも、事実ではありますね」
鏡子が静かに頷いた。
「阿久別さんの魔法そのものは、何も変わっていません」
「…………そうなんだよね」
星歌も頷く。
爆発する。
相変わらず爆発する。
むしろ昨日は、今まで以上に爆発していた。
「直ってないのに……戦えるようになった」
「うん!」
香仁子が満面の笑みを浮かべる。
「爆発していいんだって分かった!」
「どこでもしていいわけじゃないからね?」
「分かってるって!」
やはり不安だ。
「…………じゃあ」
猫がおそるおそる口を開いた。
「わ、私も……直さなくて、いいんでしょうか……」
その言葉に。
今度は誰も、すぐには答えなかった。
猫は強い。
とんでもなく強い。
それは全員が知っている。
だが。
怖い。
敵に近づけない。
それが彼女の最大の問題だった。
「……どうなんだろ」
星歌が呟く。
「ひょっとこさんは、香仁子を直そうとはしなかった」
「むしろ悪化させたよね」
昴が言った。
「悪化してない!」
「爆発しながら笑って走ってたじゃん」
「楽しかったから!」
「それを悪化って言うのよ!」
「では……」
鏡子が自分の手を見る。
「私たちにも、あるのでしょうか」
「何が?」
「直さなくても戦える方法が」
「…………」
五人が、それぞれ考える。
攻撃力がない。
遠くに壁を作れない。
敵が怖い。
何が起きているのかすら分からない。
そして、爆発する。
その一つが。
昨日。
戦うための力になった。
「……香仁子がそうだったなら」
星歌は四人を見る。
「私たちにも、何かあるのかも」
「欠点を直さなくても?」
「うん」
星歌は頷いた。
「今のままでも戦える方法が」
「……そっか」
昴が自分の手を見る。
「私の速さにもあるかな」
「あるんじゃない?」
「私、速いだけだよ?」
「光より速い奴が『速いだけ』って言うな」
「鏡子先輩の壁にも?」
「……あると、いいですね」
「猫ちゃんにも!」
「わ、私は……」
猫が縮こまる。
「できれば……安全なやつがいいです……」
「それはひょっとこさんに言おう」
「聞いてくれるでしょうか……」
「…………」
「…………」
「…………期待しない方がいいかも」
「そんなぁぁぁ……!」
「……っていうかさ」
昴が首を傾げる。
「猫先輩、そもそもなんでまだ魔法少女やってるの?」
「え?」
「だって、めちゃくちゃ怖がるじゃん」
「うぅ……」
「昴、言い方」
「いや、悪い意味じゃなくて。魔法少女になるのって強制じゃないでしょ?」
「それは……そうですけど……」
猫がもじもじと指を合わせる。
「わ、私も最初は……やりたくなかったんです」
「やっぱり?」
「マガツ、怖いですし……戦うなんて絶対無理だと思って……」
「じゃあ断ればよかったんじゃない?」
「断ろうとは……したんです」
「したの?」
「はい……」
猫の表情が曇った。
「お父さんとお母さんに、やっぱり辞めたいって話そうと思って……」
「うん」
「家に帰ったら……」
「帰ったら?」
「二人で、応援うちわ作ってました……」
「…………」
「…………」
「…………応援うちわ?」
「はい……」
猫が両手で顔を覆う。
「『猫ちゃん頑張れ!』って……キラキラの……」
「…………」
「すっごく楽しそうに……」
「……言えなかったんだ」
「言えませんでしたぁ……」
あまりにも猫らしかった。
「でも、そのあと言う機会くらいあったでしょ?」
「ありました……」
「じゃあ――」
「訓練所に来たんです」
「ご両親が?」
「はい……」
「そのうちわ持って?」
「横断幕も持って……」
「増えてる!!!」
「『がんばれ猫! 目指せ立派な魔法少女!』って……」
「訓練所に横断幕!?」
「二人で持ってました……」
「運動会じゃないのよ!?」
「私が訓練してる間、ずっと振ってて……」
「応援の規模がおかしい!」
「組織の人にも『熱心なご両親ですね』って言われて……」
「もう辞めるって言えない!!!」
「はいぃぃぃ……」
猫が机に突っ伏した。
「本当は今でも辞めたいですぅ……」
「言った!!!」
「だって怖いんですもぉぉぉん……!」
「じゃあ今からでもご両親に言おうよ!」
「無理ですぅ! この前、新しい横断幕作ってましたぁ!」
「まだ増えるの!?」
「今度は《剛力の魔法少女》って、金色の文字で……」
「金色!?」
「前より大きくなってましたぁ……」
「ご両親めちゃくちゃ楽しんでる!!!」
「それだけじゃないんですぅ……」
「まだあるの!?」
猫の目に、じわりと涙が浮かんだ。
「その黄金の横断幕持って……」
「うん」
「今度は戦闘現場に来ようとまで話してるんですぅぅぅぅぅぅ!!!」
「絶対ダメぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
星歌が叫んだ。
「マガツ出てるのよ!?」
「だから止めたいんですけどぉ!」
「そこは言えるでしょ!?」
「『猫ちゃんが戦ってるのに家で待ってられない!』ってぇぇぇ!」
「待ってて!!!」
「『邪魔にならないように遠くから応援するから!』ってぇぇぇ!」
「避難して!!!」
「お父さんが横断幕を持つ係で……お母さんが動画を撮る係らしいですぅ……」
「役割分担まで済んでる!!!」
「どうしたらいいんでしょう……」
「白石先生に言おう」
星歌は即答した。
「これはもう白石先生から止めてもらおう」
「お願いしますぅぅぅ……!」
「……猫先輩」
昴が、なんとも言えない顔で猫を見る。
「それ、早めに辞めたいって言った方がよかったんじゃ……」
「分かってますぅぅぅぅぅ!!!」
「今もう、めちゃくちゃ言いづらいよね」
「だから困ってるんですぅぅぅぅぅ!!!」
「大丈夫だよ、猫ちゃん!」
香仁子が元気よく猫の肩を叩いた。
「香仁子ちゃん……?」
「私だってなんとかなったんだから!」
「……うん」
「猫ちゃんも、ひょっとこさんがいい感じの戦い方を見つけてくれるって!」
「…………」
猫の頭に。
昨日の光景が蘇った。
香仁子がお姫様抱っこされ。
そのまま敵陣へ運ばれ。
敵のど真ん中に置き去りにされた光景が。
「…………」
「猫ちゃん?」
「やっぱり辞めたいですぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
「なんで!?」




