抱腹絶倒 ボンバーガール
第六話 抱腹絶倒ボンバーガール
錆色の群れが、道路を埋め尽くしていた。
一体一体の大きさは、中型犬ほど。
六本の脚を持つ、蟻に似たマガツ。
だが、その頭部は蟻とは似ても似つかない。
顔のほとんどが口だった。
頭そのものを真っ二つに割ったような巨大な口。その内側には、不揃いな歯がびっしりと並んでいる。
それらが数十。
あるいは、それ以上。
互いに隙間を埋めるように動き、錆色の群れとなって道路を進んでいた。
「軍隊型か」
その群れを、朔は一人で眺めていた。
一体がこちらに気づく。
巨大な口を開き、飛びかかってくる。
朔は腰の《月に叢雲》へ手を伸ばした。
ただし、抜かない。
鞘に収まったままの刀を、飛びかかってきたマガツの首へ引っかける。
支点。
力点。
作用点。
捻る。
ぼきり。
首が折れた。
横から二体。
一歩踏み込み、一体の頭を鞘で押さえ、そのまま地面へ叩きつける。
もう一体の首へ鞘を滑り込ませる。
ぼきり。
さらに背後。
振り向きざまに同じように引っかける。
ぼきり。
「コツは、てこの原理を上手く使うことだ」
その様子を見ていた避難民がいた。
「……てこの原理だって」
「…………いや、んなわけないだろ」
もっともな感想だった。
「お前ら、何見てる! 早く避難しろ!」
避難誘導員に急かされ、住民たちが慌ててその場を離れていく。
朔は再び錆色の群れを見る。
単体は弱い。
動きも速くない。
連携は取れているが、それだけだ。
数は多いが――。
「最悪、俺一人でもなんとでもなるな」
確認は済んだ。
通信を開く。
「こちら守護者。現場確認」
『状況を』
「軍隊型。蟻に似た個体が多数。単体では弱い」
再び群れを見る。
「最悪、俺一人でも処理可能だ。追加の応援は不要」
『了解』
通信が切れる。
数が多い。
単体は弱い。
五人に実戦経験を積ませるには、悪くない。
それに。
今日は、一人。
確かめたいことがあった。
◇
『魔法少女五名、現着しました』
『結界、起動します』
淡い光が周囲へ広がっていく。
戦闘区域が、外界から切り離された。
「ひょっとこさん!」
声に振り返る。
変身を終えた五人が駆けてくる。
桃井星歌。
阿久別香仁子。
宍戸猫。
流星昴。
須久井鏡子。
五人とも、錆色の群れを見た瞬間に足を止めた。
「…………多くない?」
昴が呟く。
「多いですね……」
鏡子も表情を引き締める。
「む、無理ですぅ……」
猫は早くも半泣きだった。
「軍隊型。蟻に似た個体が多数。単体では弱い」
「単体では、でしょ!?」
星歌が群れを指さす。
「めちゃくちゃいるんですけど!?」
「そうだな」
「そうだな、じゃなくて!」
錆色の群れが、ぞろぞろと動く。
一体一体は大したことがなくとも、あの数に一斉に襲われれば話は別だ。
「まあでも……」
香仁子が群れを見ながら言った。
「最悪、時間稼いでればいいんじゃない?」
「え?」
「昨日みたいにさ」
星歌が、はっとする。
「《砲撃の魔女》さん!」
「そうそう! 危なくなったら、また助けに来てくれるとか!」
「ああ」
朔は頷いた。
「援軍なら断ったぞ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
五人が固まった。
「……今、なんて?」
「追加の応援は不要だと伝えてある」
「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
星歌の絶叫が響いた。
「お前たちに戦わせるためだが」
「見てくださいよあれ! いっぱいいる! すっごくいっぱいいる!」
「見れば分かる」
「だったらなんで断ったんですか!?」
「だから、お前たちに戦わせるためだ」
「話が一周した!」
「《砲撃の魔女》さん呼びましょうよぉ……」
猫が涙目で訴える。
「呼ばない」
「うぅぅ……」
「じゃ、じゃあ!」
星歌が気を取り直す。
「作戦は!? さすがに何かありますよね!?」
「ない」
「ない!?」
「自由にやれ」
「昨日それでボロボロになったんですけど!?」
「だから見る」
「何を!?」
「お前たちが実戦でどう動くかだ。まだ指示を出す段階じゃない」
「また実戦で見ようとしてる!」
「実戦でしか分からんこともある」
「あるかもしれないけどぉ!」
「……というかさ」
昴が口を挟んだ。
「ひょっとこさんは戦わないの?」
五人の視線が、一斉に朔へ集まった。
「訓練施設で見た守護者って、もっとこう……すごい装備してなかった?」
「そうですね」
鏡子が頷く。
「全身を覆う装備や、大型の武器を持っている方が多かったように思います」
星歌も朔を見る。
ひょっとこの面。
そして腰に一本だけ差された刀。
「ひょっとこさん、それだけですよね?」
「そうだ」
「刀一本で何ができるの?」
「斬れる」
「それは刀だからね!?」
「ほかに何かないんですか!? 特殊能力とか!」
「ある」
「あるんだ!?」
「秘密だ」
「なんで!?」
「お前たちが知る必要はない」
「担当してる魔法少女に!?」
朔は群れを見る。
「それに今回は俺が戦う必要はない」
「援軍断った本人も戦わないの!?」
「ほら、来るぞ」
「ちょっとぉぉぉぉぉっ!」
錆色の群れが、一斉に動いた。
◇
「たぁぁぁっ!」
昴が駆け抜ける。
一瞬で群れを抜け、その途中で一体を蹴り飛ばした。
マガツがわずかによろめく。
それだけだった。
「やっぱ効かない!」
「分かってたでしょ!?」
「もしかしたら今日は効くかもしれないじゃん!」
「何が変わったのよ!」
「乙女の成長は早いのぉ!」
「来ます!」
鏡子が叫ぶ。
氷壁が出現した。
彼女のすぐそばに作られた壁が、正面から押し寄せるマガツを受け止める。
だが。
「横! 横から来てます!」
「分かってます!」
壁を避けるように群れが広がる。
「ひぃっ!」
猫の前へ一体が飛び出した。
「こ、来ないでぇっ!」
反射的に振るわれた手。
ばきっ。
マガツが吹き飛んだ。
「また!?」
「ご、ごめんなさいぃ!」
「謝るところじゃないから!」
「いっくよー!」
香仁子が両手を前へ出す。
「もっと小さく……威力を抑えて……ちゃんと狙って……!」
魔力が集まる。
「今度こそ――ちゃんと制御する!」
放つ。
そして。
爆発した。
ドォン!
「きゃあっ!」
「うわっ!」
「ひぃぃ!」
周囲のマガツがまとめて吹き飛ぶ。
ついでに味方も吹き飛ぶ。
「香仁子ぉぉぉっ!」
「ご、ごめーん!」
爆煙の中から香仁子が顔を出す。
「また爆発しちゃった!」
「知ってる! 巻き込まれたから!」
朔は、その様子を見ていた。
爆発そのものは有効だ。
一体を狙った攻撃が、周囲の個体までまとめて吹き飛ばしている。
そして。
香仁子を見る。
本人は、平然としている。
昨日もそうだった。
何度暴発しても。
一番近くにいる香仁子自身には、ほとんど傷がない。
「今度こそ! もっと威力を抑えて、きちんと制御しなきゃー!」
香仁子が再び構える。
「阿久別」
「なに!? 今集中して――」
言葉が止まった。
朔が、いきなりその手を取ったからだ。
「へ?」
「少し借りるぞ」
「何を――」
腕が背中に回る。
もう片方が膝裏へ。
身体が浮いた。
「え?」
香仁子は、自分の身体を見る。
朔を見る。
もう一度、自分を見る。
「ええええええええええっ!?」
お姫様抱っこだった。
「ななななな、何してんの!?」
「運ぶ」
「何を!?」
「お前を」
「それは分かる! どこに!?」
「あそこだ」
朔が顔を向ける。
香仁子も見る。
錆色。
大量の錆色。
巨大な口を開閉しながら蠢くマガツの群れ。
その――ど真ん中。
「…………」
香仁子がゆっくりと朔を見る。
「嫌な予感しかしないんだけど」
「須久井」
「はい?」
突然呼ばれ、鏡子が振り返る。
「その氷壁、借りるぞ」
「え?」
返事を待たず。
朔が走り出した。
「ちょっ――待って待って待って!?」
香仁子を抱えたまま。
一直線に《氷壁》へ向かって。
「まさか……」
星歌が気づいた。
「ちょっとひょっとこさん!? それ壁だから! 壁だからね!?」
朔は止まらない。
氷壁へ足をかける。
そのまま駆け上がった。
「壁ってそう使うものですの!?」
頂点へ到達した瞬間。
踏み込んだ。
たった、一瞬。
そして。
跳んだ。
「えええええええええええええええっ!?」
香仁子の絶叫が戦場に響く。
高い。
明らかに高い。
人一人を抱えて跳べる高さではない。
氷壁を遥かに越え、二人は錆色の群れの頭上を飛んでいく。
「なんでそんなに飛べるんですかぁぁぁぁぁっ!?」
「コツは、てこの原理を上手く使うことだ」
「絶対関係ないーーー!!!」
もっともな指摘だった。
そして。
着地。
どんっ!
「うわっ!」
香仁子を抱えたまま、朔が地面へ降り立つ。
そこは。
軍隊型マガツの――ど真ん中だった。
「…………」
香仁子が右を見る。
マガツ。
左を見る。
マガツ。
前。
マガツ。
後ろ。
マガツ。
どいつもこいつも、顔の大部分を占める巨大な口を開き、こちらを見ている。
「……ひょっとこさん?」
「なんだ」
「ここ、敵のど真ん中なんだけど」
「ああ」
「なんで!?」
朔は香仁子を地面へ下ろした。
「ここで自爆しろ」
「…………はい?」
「今までで一番でかいのでいい」
「ちょっと待って?」
「抑えるな」
「待って待って」
「思いっきり爆発させろ」
「ええええええええええええっ!?」
香仁子の絶叫に反応し、周囲のマガツが動き出す。
巨大な口を開き、二人へ殺到する。
「じゃあ、頑張れ」
「え?」
朔が走り出した。
「えっ」
来た時と同じ氷壁へ。
「ちょっと待って!」
駆け上がる。
「待って待って待って!」
跳ぶ。
「ひょっとこさぁぁぁぁぁぁぁん!?」
群れを飛び越え、朔が離れていく。
「置いていったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「香仁子ぉぉぉぉぉぉっ!?」
遠くから星歌の悲鳴が聞こえた。
「無理無理無理無理! 囲まれてる! めっちゃ囲まれてるって!」
右から一体。
左から二体。
正面からは、数えるのも嫌になるほど。
「ひょっとこさん! ひょっとこさんってばぁ!」
返事はない。
「助けてぇぇぇぇっ!」
そして。
通信から。
『ガンバ』
「軽ぅぅぅぅぅぅぅぅい!!!」
通信に向かって叫ぶ。
「何がガンバよ! こんな敵のど真ん中に置いていって! どこ見ても敵しか――」
そこで。
香仁子は止まった。
「…………あれ?」
右を見る。
敵。
左を見る。
敵。
前にも。
後ろにも。
敵。
敵。
敵。
敵。
見渡す限り、敵しかいない。
星歌たちは遠く離れている。
朔も、もう爆発に巻き込まれる位置にはいない。
「…………」
今まで、何度言われてきただろう。
威力を抑えろ。
もっと小さく。
もっと正確に。
周囲を巻き込まないように。
自分でも、そうしなければならないと思っていた。
だから訓練した。
小指の爪ほどの魔力球を作れるようになった。
空中に星を描けるほど、細かく動かせるようになった。
爆発するまでの時間だって、ずいぶん延ばせるようになった。
それでも。
最後には爆発した。
ずっと。
ずっと、抑えてきた。
けれど。
「ここなら……」
香仁子の目が見開かれる。
「誰も巻き込まない」
敵しかいない。
だったら。
「…………思いっきり撃てる?」
その顔が輝いた。
「思いっきり撃てるじゃん!」
両手を広げる。
抑えない。
小さくしない。
爆発するまでの時間なんて気にしない。
今まで必死に押さえつけてきた魔力を。
初めて。
自分から解き放つ。
「よぉぉぉぉし!」
香仁子は大きく息を吸った。
「ひょっとこ野郎への恨みも込めてぇぇぇぇぇっ!」
『聞こえてるぞ』
「うるさぁぁぁぁい!」
迫るマガツ。
巨大な口。
錆色の群れ。
そのすべてを見渡して。
香仁子は満面の笑みを浮かべた。
「ばくはーーーーつっ!!!」
次の瞬間。
世界が、吹き飛んだ。
――ドッッッッッッッッッッッッッッッッッン!!!
「香仁子ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
星歌の絶叫が、爆音に負けじと戦場に響き渡った。
◇
「香仁子……?」
爆煙が晴れていく。
その中心に。
「…………あはっ」
香仁子は立っていた。
傷らしい傷はない。
それどころか。
「あははははははっ!!」
笑っていた。
「なにこれ! 超楽しい!!」
「香仁子ぉ!?」
「こんなに思いっきり魔法使ったの初めて!」
「いやいやいや! なんで無事なの!? 今、自分で大爆発したよね!?」
「した!」
「した! じゃないのよ!」
星歌は香仁子が無事なことに安堵し――。
すぐさま朔へ振り返った。
「ひょっとこさん!」
「なんだ」
「なんだ、じゃないですよ! 説明! 説明してください!」
「何をだ」
「なんで香仁子が無事なのかですよ!」
「ああ」
朔は何でもないことのように答えた。
「よく思い出してみろ」
「何を?」
「阿久別が暴発するたび、一番近くにいたのは誰だ」
「…………え?」
星歌が考える。
昨日の初陣。
今日の戦闘。
そして、ついさっき。
香仁子の魔法は何度も爆発した。
そのたびに、自分たちは巻き込まれた。
だが。
一番近くにいたのは――。
「…………香仁子?」
「そうだ」
魔法を使った本人。
当然だ。
暴発するなら、その中心に最も近いのは香仁子自身になる。
「お前たちは毎回吹き飛ばされている」
「嫌なこと思い出させないでください!」
「だが、阿久別自身はほとんどダメージを受けていない」
「…………あ」
「昨日もそうだった。さっきもそうだ。そして今ので確認できた」
朔は爆心地を見る。
そこで香仁子が、自分の両手を見ながら興奮している。
「爆発の中心が安全地帯になっているのか。あるいは、あいつ自身が自分の爆発に耐性を持っているのか」
「なるほど……」
「理由は分からんが、少なくとも阿久別自身にあの爆発は効かない」
「そうなんですね……今理由分からないって言いました?」
「ああ」
一拍。
「理由は知らん」
「知らんって言ったァァァァァァァッ!!!」
「いやいやいや! そんな『たぶん大丈夫』で敵のど真ん中に放り込んだんですか!?」
「たぶんじゃない」
「え?」
「爆発が効かないことは見れば分かる」
「じゃあ、なんで効かないのかは!?」
「知らん」
「そこを聞いてるんですよぉぉぉぉぉっ!!!」
「理由を解明するのは俺の仕事じゃない」
「開き直った!?」
「使えるかどうか分かれば十分だ」
「この人、魔法少女をなんだと思ってるの!?」
「守る対象」
「急にまともなこと言った!?」
「ひょっとこさーん!」
遠くから声が飛んできた。
香仁子が大きく手を振っている。
「もう一回やっていいー!?」
「好きにしろ」
「やったぁ!」
「許可しないでぇぇぇぇぇっ!!!」
星歌の制止など、もう届かなかった。
香仁子が走り出す。
向かう先は、当然。
最もマガツが密集している場所。
「あははははははっ!!」
笑いながら敵陣へ飛び込む。
「ばくはーーーつっ!!!」
ドォォォォォン!!
錆色の群れがまとめて吹き飛んだ。
爆煙の中から香仁子が飛び出してくる。
「あはははっ! 次ぃー!」
「ちょっと香仁子!?」
止まらない。
走る。
群れを見つける。
突っ込む。
「ばくはーーーつ!」
ドォォォォォン!!
「あははははははっ!!」
「怖い怖い怖い! 別の意味で怖くなってるから!!!」
また走る。
「ばくはーーーつ!」
ドォォォォォン!!
「あはははははははっ!!」
昨日まで。
魔法を使うたびに「また失敗した」と困っていた少女が。
今。
誰よりも楽しそうに、自分の魔法を使っていた。
爆発する。
それは変わらない。
制御できるようになったわけでもない。
欠点がなくなったわけでもない。
ただ。
爆発してもいい場所で。
思いっきり爆発すればいい。
それだけだった。
「ばくはーーーーつっ!!!」
――ドォォォォォォォォン!!
それが、最後だった。
爆音が消える。
爆煙が、ゆっくりと晴れていく。
「…………」
星歌は言葉を失った。
マガツの群れは。
いない。
遮蔽物も。
ない。
そこに残っていたのは。
敵もろとも更地となった戦場だけだった。
「…………やりすぎじゃない?」
「全滅したな」
「そういう問題!?」
その更地の。
ど真ん中。
一人だけ残っている少女がいた。
阿久別香仁子。
大の字になって、地面に寝転がっている。
「…………あはっ」
空を見上げる。
「あはははははははははっ!!」
笑う。
腹の底から。
楽しくて仕方がない。
そんな顔で。
「最高っ!」
魔法を使えば、なんか爆発する。
それは結局、何一つ変わらなかった。
爆発しなくなったわけでもない。
欠点を克服したわけでもない。
ただ。
その使い方を。
彼女は、ようやく知った。
この日。
落ちこぼれの魔法少女――
阿久別香仁子は。
《暴爆の魔法少女》となった。




