放課後の魔法少女
第四話 放課後の魔法少女
桃井星歌は、窓辺で優雅に黄昏れていた。
昨日は始業式だった。
新しい学年。
新しいクラス。
新しい一年の始まり。
普通なら、それだけで終わる一日だった。
なのに。
守護者との顔合わせをした。
ひょっとこだった。
そのままマガツと戦った。
爆発に巻き込まれた。
C級にボコボコにされた。
魔女に助けられた。
そして今日。
「桃井ー、席つけー」
「………学校って、普通にあるんだな」
平日なので当たり前である。
◇
それからの一日は、驚くほど普通だった。
授業を受けた。
ノートを取った。
休み時間には友人と話した。
昼休みには購買へ行った。
昨日、自分がマガツと戦ってボコボコにされたことなど、この学校の誰も知らない。
当然だ。
魔法少女の個人情報は保護されている。
変身道具には認識を阻害する機能があり、活動中の姿と普段の自分を簡単には結びつけられない。
だから今日も星歌は、ごく普通の高校二年生として一日を過ごした。
そして放課後。
「桃井。白石先生が呼んでたぞ」
「白石先生が?」
社会科担当の白石真帆。
三十二歳。
特別親しいわけでもない。
新学期早々、呼び出されるようなことをした記憶もない。
「……私、なんかやったっけ?」
昨日ならいくらでも心当たりがある。
学校ではないが。
◇
「失礼します」
社会科資料室の扉を開ける。
そして。
「…………え?」
星歌は固まった。
四人いた。
見覚えのある四人だった。
「あ、星歌」
「も、桃井さん……」
「あなたも呼ばれたのね」
「おー、これで全員じゃん」
阿久別香仁子。
宍戸猫。
須久井鏡子。
流星昴。
昨日、初めて同じ戦場に立った四人の魔法少女。
そして同時に――。
「…………ちょっと待って」
星歌は一人ずつ指を差した。
「香仁子って、二組の阿久別香仁子!?」
「そうだけど?」
「猫ちゃんも同じ学校!?」
「は、はい……同じ学年です……」
「須久井先輩!?」
「三年よ」
「昴ちゃんは!?」
「一年! 昨日入学した!」
「全員この学校だったの!?」
「それ、私たちも今知った」
香仁子が答えた。
おかしい。
学校で見たことがある。
訓練施設でも見たことがある。
少なくとも何人かとは、訓練期間も重なっていたはずだ。
なのに。
学校にいるこの子と、訓練施設にいたあの魔法少女。
それが同じ人間だと、今の今まで考えたことすらなかった。
「不思議?」
「うわっ!?」
いつの間にか、白石真帆が扉の横に立っていた。
「先生、いつからそこに!?」
「今来たところ」
白石は資料室へ入り、五人を見回した。
「昨日、あなたたち全員、初陣を終えたでしょう?」
「……はい」
「だからよ」
「何がですか?」
「認識阻害」
白石はさらりと言った。
「訓練生から初陣を終えるまで、魔法少女の秘匿レベルは最も高く設定されてるの。訓練生同士では、基本的に相手の個人情報を判別できない」
「個人情報?」
「例えば、訓練施設で香仁子さんを見ても、『阿久別香仁子』とは認識できない。逆に学校で阿久別香仁子を見ても、訓練施設にいた魔法少女とは結びつかない」
「…………」
星歌は香仁子を見る。
香仁子も星歌を見る。
「……気持ち悪っ」
「分かる」
「仕方ないでしょう。必要な措置なんだから」
白石は苦笑した。
「訓練を終えても、実際にマガツと戦ってみたら怖くなって辞める子はいるのよ。数は多くないけどね」
猫の肩が、びくっと跳ねた。
「…………辞めても、いいんですか?」
「もちろん」
白石は即答した。
「本人が続けられないと言っているのに、無理やり戦わせるわけにはいかないでしょう?」
「…………」
「そういう子が、その後の人生まで『元魔法少女』として見られ続けないためでもあるの。だから初陣までは、特に厳重に個人情報を守ってる」
「じゃあ、今は?」
「昨日の初陣を終えたことで一段階解除されたわ。同じく初陣を終えた魔法少女や魔女、担当守護者なんかには、お互いの個人情報が認識できるようになる」
「だから急に……」
「そういうこと」
「へぇー……」
昴が感心したように声を上げる。
「じゃあ、ずっとこのまま?」
「高校を卒業すれば、もう一段階解除。そこから先は、基本的に本人がどこまで公開するか決められるわ」
「自分で?」
「ええ。組織内だけ解除して職員として働く人もいるし、一般にはずっと秘密にする人もいる。全部解除してる人だっているでしょう?」
「ああ!」
香仁子が手を叩いた。
「《歌劇の魔女》!」
「そうそう。あの人は完全解除」
「ライブの演出、全部魔法でやってる人ですよね!」
「全部ではないけど、ほとんどね」
「一回行ってみたいんだよねー」
話が逸れ始めた。
星歌も《歌劇の魔女》は知っている。
テレビにも普通に出ている有名人だ。
そこで。
ふと。
「…………先生」
「なに?」
「なんでそんなに詳しいんですか?」
「…………」
白石が瞬いた。
「ああ」
そして、今思い出したように言った。
「言ってなかったわね。私、組織の人間よ」
「それを先に言ってください!!!」
◇
「正確には、この学校における組織との連絡役」
何事もなかったかのように、白石は説明を続けた。
「あなたたちみたいに、学生をしながら魔法少女をやってる子もいるからね。学校側との調整をする人間が必要なの」
「先生まで組織の人だったんだ……」
「意外?」
「めちゃくちゃ」
「失礼ね」
白石は机の上に五枚の書類を並べた。
「それで本題。あなたたち五人には、学生避難誘導員に登録してもらいます」
「学生避難誘導員?」
昴が首を傾げる。
「マガツ出現時や災害時に、先生や組織の避難班と一緒に避難誘導を手伝う立場の人よ。一応、一般公募もしてるわ」
「一般の生徒もいるんですか?」
「ええ。魔法少女専用ってわけじゃないわ。ちなみに、この学校の避難誘導員をまとめる担当は私」
「先生が?」
「組織との連絡役だって言ったでしょ?」
「ああ、なるほど……」
白石は五人へ書類を配っていく。
「あなたたちも、出動要請がなければ普通に避難誘導を手伝って。魔法少女として出動要請が来た時だけ、私の指示で持ち場を離れてもらうわ」
「ああ!」
星歌はようやく意図を理解した。
「私たちだけ途中でいなくなっても、先生が担当なら不自然じゃないんですね」
「そういうこと。毎回トイレに行くわけにもいかないでしょう?」
「それは怪しすぎる」
「五人同時にお腹壊したことになるね」
「どんな集団食中毒よ」
「詳しい配置なんかは後で説明するから、今日は登録だけね」
「はーい」
昴が書類を受け取る。
星歌も自分の分を受け取った。
これで話は終わり。
そう思ったのだが。
「あ、もう一つ」
白石が財布を取り出した。
そして。
一枚。
一万円札を机の上に置いた。
「…………?」
五人の視線が、一万円札へ集中した。
「五人で遊んできなさい」
「…………はい?」
「昨日初めてチームを組んだんでしょう? だったら、まず仲良くなってきなさい。カラオケとかファミレスとか。健全なところで」
「なんで健全を強調したんですか」
「高校生にお金渡して遊んでこいって言う以上、一応ね」
「女子高生五人でどこ行くと思ってるんですか!」
「五人で一万円。一人二千円ね」
「……これ、組織のお金ですか?」
「私のポケットマネー」
「先生の!?」
「学生の間は、あなたたちの給料、基本的に組織預かりでしょう?」
「あー……」
そうなのだ。
魔法少女として活動すれば、その分の給料はきちんと支払われる。
ただし、学生の間は原則として組織預かり。
本人が必要とする場合は申請書を提出し、承認を受けてから引き出すことになっている。
「カラオケに行くために申請書を書くのも嫌でしょう?」
「嫌ですね……」
「でしょ? だから今日は私が出してあげる」
「先生……!」
一万円札が急に輝いて見えた。
「ただし健全なところで」
「だからどこ行くと思ってるんですか!」
「ほら」
白石が一万円札を差し出す。
なぜか全員の視線が星歌へ向いた。
「…………なんで私?」
「一番まともそうだから」
香仁子が言った。
「異議なし」
鏡子が頷いた。
「お、お願いします……」
猫も続いた。
「星歌、会計係!」
昴が決定した。
「私だって昨日からずっとツッコミしかしてないんだけど!?」
「だからじゃん」
「どういう意味よ!」
結局、星歌が一万円札を受け取った。
「じゃ、行ってらっしゃい」
「……なんか釈然としない」
そう言いながらも、五人は資料室を出ていった。
扉が閉まる。
足音が遠ざかる。
白石はしばらく待った。
そして。
「もういいわよ」
資料棚の陰から、一人の少年が出てきた。
望月朔だった。
その手には。
ひょっとこの面が握られていた。
「…………なんで持ってるの?」
「念のため」
「何の?」
「あいつらに見つかった時のためだ」
「学校の資料室から突然ひょっとこ面の男が出てきた方が問題じゃない?」
「…………」
朔は手の中のひょっとこを見る。
少し考えた。
「それでも顔は見られない」
「そういう問題かなぁ」
万が一まで考えて準備しておく。
当然のことだ。
俺に失敗の文字はない。
◇
「それで?」
白石は椅子に腰掛けた。
「あなたは学生避難誘導員には入らないの?」
「入らない」
「即答ね」
「必要がない」
「一般公募もしてるんだから、あなたが入っても別に不自然じゃないわよ?」
「だからこそ、俺が入る必要もない」
「どういうこと?」
「あいつらは、魔法少女として出動する時に避難誘導から抜ける理由が必要になる」
朔は言った。
「俺には必要ない。一般生徒として避難して、必要になれば人目のないところで抜ければいい」
「まあ、あなたならそうなるか」
「それに、あいつらと余計な接点を作る必要もない」
「桃井さんとは同じクラスなんでしょう?」
「ああ」
「担当してる魔法少女と同じクラスなのに、正体を隠すためにひょっとこを持ち歩いてる高校生……」
「問題ない」
「問題しかない気がするけど」
朔は無視した。
「それより」
白石の声から、少しだけ冗談が抜ける。
「あの子たち、これからどうするつもり?」
「どうするとは?」
「訓練よ」
昨日の戦闘映像は白石も確認している。
五人の問題も把握している。
「香仁子さんは魔法を使えば爆発する。猫さんは接近戦が怖い。昴さんは速いだけ。鏡子さんは離れれば壁が脆い。星歌さんに至っては何をしてるのか本人にも分からない」
「最後だけどうしようもないな」
「担当でしょう」
「あれは後回しだ」
「桃井さん泣くわよ?」
朔は気にしなかった。
「訓練はしない」
白石が目を瞬いた。
「……しないの?」
「ああ」
「じゃあ、どうするつもり?」
「実戦に出す」
「……実戦?」
「司令官にも話は通してある。戦力と状況を見て問題がない案件なら、今後はあいつらを積極的に選抜してもらう」
「昨日あれだけボコボコにされた子たちを?」
「だからだ」
朔は淡々と答えた。
「あいつらはもう訓練した。数ヶ月。長い奴なら一年」
昨日、何度も読み返した五人の資料を思い出す。
「香仁子には、爆発させないよう魔力を抑える訓練をした」
「ええ」
「猫には接近戦に慣れさせようとした」
「そうね」
「昴には攻撃方法を身につけさせようとした。鏡子には遠距離でも壁を維持できるように訓練した」
「……全部、上手くいかなかった」
「ああ」
だから。
「同じことをもう一度やって、何になる?」
白石は黙った。
「それに、魔女への覚醒に一番近いのは実戦だ」
「……まあ、それはそうね」
「覚醒例の大半は、戦闘中か、その直後だ」
朔はそこで言葉を切った。
「一部を除いてな」
白石を見る。
「…………」
「…………」
「こっち見ないで」
「何も言ってない」
「目が言ってるのよ」
朔は視線を戻した。
「とにかく、俺はあいつらをまともな魔法少女にするつもりはない」
「…………」
「爆発するなら、爆発したままでいい。怖いなら、怖いままでいい。速いだけなら、それでいい。近くでしか壁を作れないなら、それでいい」
「星歌さんは?」
「後回しだ」
「徹底してるわね」
「分からないものは分からない」
朔は言った。
「欠点を直す必要はない」
昨日の戦場を思い出す。
爆発。
吹き飛ぶ敵と味方。
壁まで飛んでいった猫。
敵の周りを走り回るだけの昴。
近づかなければ脆い鏡子の氷壁。
何かを発動しているらしいが、何が起きているのか誰にも分からない星歌。
ひどいものだった。
だが。
「戦えれば、それでいい」
「……実戦で育てるつもり?」
「違う」
「?」
「あいつらはもう育ってる」
訓練期間を終えた。
それぞれ自分の魔法も使える。
基礎だって身についている。
足りないのは。
「使い方が分かってないだけだ」
「その使い方を、あなたが見つける?」
「ああ」
「どうやって?」
「次の実戦で試す」
「やっぱり実戦なのね……」
「実際に戦うための方法なんだから、実戦で見るのが一番早い」
「あなた、そういうところ本当に――」
白石は額を押さえた。
朔は気にしない。
昨日の戦闘で、いくつか気になったことはある。
あとは確かめればいい。
「あいつらは戦える」
今はまだ。
その方法を。
知らないだけだ。




