獅子と鞭
第二章 第二十五話 獅子と鞭
「だ、大丈夫ですか!?」
桃井星歌は、《レッシャオウ》の足元へ駆け寄るなり、クララ・フォーゲルにそう尋ねた。
つい先ほどまでA級マガツと激闘を繰り広げていた巨大ロボットは、敵を撃破した姿勢のまま、勝利の拳を空へ突き上げている。その足元では、操縦席から降りてきたクララが、満足そうに機体を見上げていた。
「途中、倒れてましたよね!? 何度も攻撃されて、すごくボロボロになってましたし……! それなのに最後は急に飛び上がって、何があったんですか?」
「はっはっは! 心配してくれたのかね、星歌! ありがとう! だが、このとおり私は元気いっぱいだとも!」
クララは両腕を広げ、その場でくるりと一回転してみせた。
「でも、あんなに攻撃を受けて……」
「ああ、あれは演技さ!」
「……演技?」
星歌が目を丸くする。
「せっかく相手が喋れるんだ。喋らせて情報を取得するよう、我々魔女は言われているのだよ。A級マガツは高い知能を持ち、人間の言葉を話すことができる。だからこそ、ただ倒すだけではもったいないのさ」
「じゃあ、あのマガツが勝ったと思っていたのも……」
「うむ! 相手が気持ちよく喋ってくれるよう、少々付き合ってあげたというわけだ!」
「少々にしては随分派手にやられていたがな」
隣で話を聞いていた《ひょっとこ》が口を挟んだ。
「はっはっは! 何事も中途半端はいけないからね! 相手が勝利を確信するほど追い詰められてこそ、最後の逆転が輝くのだよ!」
「……途中から目的が変わっていないか?」
「何を言う! 情報収集も演出も、どちらも大成功だったではないか!」
クララは胸を張った。
実際、あのA級マガツは随分と饒舌だった。自らの野望を語り、他のマガツを見下し、挙げ句の果てには、最近現れたという女への不満まで口にしていた。
「そういえば……あのマガツ、女の人の話をしてましたよね」
星歌が思い出したように尋ねる。
「最近来たとか、気に入らないとか……。あれって、どういう意味なんでしょう?」
「さてねぇ。もう少し詳しく聞きたかったのだが、肝心なところまでは話してくれなかったからね」
「他のA級のことかもしれないし、まったく別の何かかもしれない。今の段階では分からないな」
《ひょっとこ》の言葉に、クララも頷いた。
「うむ! だからこそ、報告する価値があるというものさ。正体が分からない相手でも、存在を知っているのと知らないのとでは大違いだからね!」
「なるほど……」
星歌は納得したように頷いたが、すぐにクララへ顔を向け直した。
「でも、本当に怪我はないんですか? 演技だったとしても、あれだけ攻撃を受けていたら……」
「心配無用! 私を誰だと思っているのかね!」
「《列車の魔女》です!」
「そのとおり! そして――」
クララは勢いよく《レッシャオウ》を指差した。
「見たまえ! この雄姿を! 強敵を打ち倒し、勝利の拳を天へ突き上げる鋼鉄の巨人! どうだね、実に素晴らしいだろう!」
「は、はい! すごいと思います!」
「そうだろう、そうだろう!」
「……ところで、いつまであの格好をさせておくつもりなんだ?」
《ひょっとこ》が尋ねると、クララは不思議そうに首を傾げた。
「む? 格好いいではないか」
「格好いいのは分かったが、戦闘区域のど真ん中だぞ」
「……おおっ! そうだった!」
クララは慌てて機体へ戻った。操縦席に収まると操縦桿を動かし、《レッシャオウ》の拳をゆっくりと下ろす。巨大な機体は重々しい駆動音を響かせながら膝を折り、周囲の建物を傷つけないよう慎重に姿勢を低くした。
その様子を見守っていた星歌は、ようやく安堵の息をついた。
「……なんだか、すごい人ですね」
「そうだな」
「でも、あんなに強いのに、わざと負けそうなふりまでして情報を集めるなんて……。魔女って、戦うだけじゃないんですね」
「ああ。倒すだけなら簡単でも、倒した後では聞けないこともあるからな」
《ひょっとこ》が答えたところで、通信機に石川支部からの連絡が入った。
『こちら石川支部。A級マガツの反応消失を確認しました。討伐に当たった皆様、ありがとうございます。現在も各戦闘区域で交戦が続いていますので、引き続き警戒をお願いします』
「了解した」
《ひょっとこ》が返答すると、ちょうど操縦席から戻ってきたクララが大きく頷いた。
「うむ! こちらの仕事はひとまず終了だね!」
「A級はな。まだC級が残っている。俺たちは担当区域へ戻るぞ」
「おや、もう行くのかね?」
「ああ。そちらも支部と連絡を取っておいてくれ」
「もちろんだとも! では、また後ほど!」
クララが大きく手を振る。
星歌も手を振り返し、《ひょっとこ》の後を追った。
「……あの、ひょっとこさん」
「何だ?」
「魔女になったら、私もあんなふうに強くなれるんでしょうか?」
星歌は一度だけ振り返り、《レッシャオウ》を見上げた。
「あれだけ強ければ、きっとたくさんの人を守れますよね」
「魔女によって能力は違う。お前が巨大ロボットを出せるようになるとは限らないぞ」
「あっ、そういう意味じゃないです!」
星歌は慌てて首を振った。
「ただ、もっと強くなれたら、もっといろんな人を助けられるのかなって……」
《ひょっとこ》は少しだけ考えた。
「……今のお前でも、助けられる人間はいるだろう」
「えっ?」
「魔女にならなければ誰も守れないわけじゃない。できることを一つずつ増やしていけばいい」
星歌は驚いたように瞬きをした。
それから、嬉しそうに笑う。
「……はい!」
《ひょっとこ》は近くの建物へ飛び上がった。星歌もその後を追い、二人はまだ戦闘の続く市街地へと向かっていった。
◇
「次の個体、入ります!」
「ええ! お願い!」
姫川麗華が返事をすると、結界の入口から一体のマガツが飛び込んできた。
四本の脚を持つ、狼に似た個体だった。頭部は不自然に大きく、耳元まで裂けた口には不揃いな牙が並んでいる。獲物を見つけたマガツは低く唸り、地面を蹴った。
「おやおや、なかなか元気そうな子だねぇ!」
麗華の前に立つ黄金色の獅子が、楽しそうに尻尾を揺らした。
守護者武具《獅子を借る者》によって変身した《獅子の守護者》である。堂々たる体躯に立派なたてがみ、鋭い牙と爪。その姿だけを見れば、百獣の王と呼ぶにふさわしい威厳があった。
もっとも、口を開かなければの話だが。
「さあ、おいで! どんな刺激をくれるのかなぁ!」
「遊んでないで集中しなさい!」
「はい、姫!」
マガツが飛びかかった。
獅子は正面から迎え撃ち、鋭い爪を振るう。しかし、相手も素早かった。爪をかわすように身をひねり、そのまま獅子の肩へ噛みつく。
牙が毛皮を貫き、肉へ食い込んだ。
「ああっ! いい噛みつきだねぇ!」
獅子は歓喜の声を上げた。
「でも、姫の鞭にはまだまだ及ばないかな!」
「比較するんじゃないわよ!」
麗華が呆れた声を上げる間にも、獅子は噛みつかれた肩を軸に身体をひねり、相手を地面へ叩きつけた。衝撃で牙が抜け、傷口から血が流れる。
そこへ麗華の鞭が走った。
一本だった鞭が途中から幾本にも枝分かれし、倒れたマガツの四肢へ絡みつく。暴れる相手を地面に縫い止めるように締め上げると、さらに伸ばした先端に鋭い棘が生まれた。
「終わりよ!」
麗華が腕を振り下ろす。
棘を備えた鞭が無防備な胴体へ次々と突き刺さり、マガツは悲鳴を上げて身をよじった。麗華がさらに鞭を引き絞ると、棘が深く食い込み、やがてその身体は動かなくなった。
「はい、次!」
麗華が結界の外へ合図を送ると、一般戦闘員からすぐに返答があった。
『了解しました! 次の個体を誘導します!』
獅子は肩を軽く動かし、麗華の隣へ戻ってきた。
「いやあ、相変わらず見事な鞭捌きだねぇ! 特に最後の棘! あれを俺にも使ってくれたら、どんなに幸せだろう!」
「あなた、さっき噛まれたばかりでしょう!」
「だからこそだよ! やっぱり本物の刺激は姫からいただきたいからね!」
「……本当に、どうしてこうなったのかしら」
麗華は頭を抱えた。
初めて出会った頃は、もっと控えめで真面目な男だったはずだ。少なくとも、自分から鞭で叩かれることを要求するような人物ではなかった。
「姫のおかげだね!」
「私のせいにしないでちょうだい!」
「ああっ! その冷たい声! たまらないねぇ!」
「もう黙ってなさい!」
獅子は嬉しそうに笑った。
結界の外では一般戦闘員たちが次のC級を誘導している。多数のマガツを一度に相手取るのではなく、一体ずつ結界内へ送り込み、確実に仕留める。作戦は順調に進んでおり、二人の戦闘にも危なげはなかった。
『次の個体、入ります!』
「ええ!」
今度は二本脚で立つ、ずんぐりとしたマガツが現れた。太い腕を地面すれすれまで垂らし、頭部から突き出した一対の角を振り回している。
マガツは二人を見つけるなり、雄叫びを上げて突進してきた。
「おっと、今度は力自慢かな!」
獅子は前脚を踏ん張り、真正面からその突進を受け止めた。鈍い衝突音が響き、巨体が地面を滑る。爪が舗装を削り、マガツの角が肩へ押しつけられた。
「うーん、まあまあだねぇ。もっと身体の芯にずんと来る衝撃だといいんだけど。ほら、自然と身体から声が漏れちゃうような……」
「頭を下げなさい!」
「あんっ! コレコレ!」
獅子が嬉しそうに頭を下げる。
その頭上を、炎を纏った鞭が走った。
鞭はマガツの首へ巻きつき、麗華が腕を引くと同時に炎が燃え広がる。マガツは悲鳴を上げて暴れたが、獅子が前脚でその後肢を払うと、支えを失って地面へ倒れ込んだ。
「これでも食らいなさい!」
麗華は鞭をさらに伸ばし、倒れたマガツの胴体へ幾重にも巻きつけた。炎が全身を包み込み、抵抗する力が次第に弱まっていく。やがてマガツは動かなくなり、麗華は鞭を引き戻した。
「ふう。これで何体目かしら?」
「結構倒したよねぇ」
「数えていなかったの?」
「姫の活躍に見惚れていたからね!」
「まったく……」
麗華は呆れながらも、どこか満足そうだった。
獅子はそんな彼女を見つめ、ふと思い出したように口を開いた。
「ところで姫、さっきの炎の鞭だけど……」
「何よ?」
「あれで俺をぐるぐる巻きにしてくれたら、最高だろうなぁって! 身動きが取れないところへ、じわじわと熱が伝わってきて……!」
「結局そっちじゃない!」
「ああっ! その呆れた顔! いいねぇ!」
麗華は盛大にため息をついた。
「あなたって、本当に何年経っても変わらないわね」
「そうかなぁ? 昔はもう少し真面目だったと思うよ?」
「……そういえば、そうだったわね」
麗華は初めて出会った頃の彼を思い出した。あの頃はもっと控えめで、彼女の顔色を窺いながら話しかけてくるような男だったはずだ。
「……どこで間違えたのかしら」
「姫のおかげだね!」
「だから嬉しそうに言うんじゃないわよ!」
獅子は楽しそうに笑った。
その笑い声の途中で、小さく咳き込む。
「……こほっ」
「どうしたの?」
「ん? いや、ちょっと喉がね」
「さっきから喋りすぎなのよ」
「はっはっは! それは否定できないねぇ!」
獅子はもう一度笑い、何事もなかったように結界の入口へ向き直った。
麗華も特に気にすることなく、次の個体を迎える準備を整えた。
今度のマガツは、長い尾を持つ爬虫類に似た個体だった。身体を低くして素早く走り回り、二人の周囲を何度も旋回する。
「落ち着きのない子だねぇ」
「右へ追い込んで!」
「了解!」
獅子が左側から回り込むと、マガツは逃げ道を探して右へ跳んだ。
そこにはすでに、麗華の鞭が待ち構えていた。
細く分裂した鞭が網のように広がり、マガツの身体を絡め取る。尾まで拘束されて身動きが取れなくなったところへ、獅子が飛びかかった。
鋭い爪が首筋を深く切り裂き、マガツは地面へ倒れた。
「お見事、姫!」
「あなたもね。今の追い込みは悪くなかったわ」
「お褒めの言葉より、罵倒がいいなぁ」
「せっかく褒めてあげたのに!?」
「もちろん嬉しいよ? でも、姫に冷たい目で見下されながら『この役立たず!』なんて言われたら、もっと嬉しいかなって!」
「本当に役立たずになったら言ってあげるわよ!」
「ああっ! それは困るなぁ!」
「困るの!?」
「姫を守れなくなるのは嫌だからね!」
獅子は何でもないことのように答えた。
麗華は一瞬、言葉を詰まらせる。
「……そういうことを、さらっと言うんじゃないわよ」
「ん? 何かおかしなこと言った?」
「何でもないわ!」
麗華は顔を背けた。
獅子は不思議そうに首を傾げたが、すぐに次の敵が来る方向へ視線を戻した。
その胸が、少しだけ大きく上下していた。
次に現れたのは、牛に似た頭部と太く短い四肢を持つマガツだった。全身を覆う硬い皮膚には無数の皺が走り、鼻息を荒くしながら地面を掻いている。
マガツは結界へ入ると、一直線に突進してきた。
獅子は相手の角をかわしながら肩口へ身体をぶつけ、その進路を塞いだ。麗華の鞭が後脚へ絡みつき、マガツが踏み込もうとした瞬間に強く引かれる。
脚を取られた巨体は自分の勢いを支えきれず、横倒しになった。
獅子はすかさずその背へ飛び乗り、前脚で押さえつける。
「さあ姫! 仕上げをどうぞ!」
「言われなくても!」
麗華は鞭を振り上げた。
先端が幾本にも分かれ、鋭い棘を生やしながらマガツへ降り注ぐ。硬い皮膚の隙間を狙った棘が深々と突き刺さり、マガツは身体を震わせたが、やがて動かなくなった。
獅子もマガツの背から飛び降りる。
その着地の瞬間、前脚がわずかによろめいた。
「……っと」
すぐに踏ん張り直す。
麗華はすでに結界の外へ次の個体の状況を確認しており、その小さな動きには気づかなかった。
『こちら誘導班。次の個体を確保しましたが、誘導経路に障害物があり、少々時間がかかりそうです』
「分かったわ。無理に急がなくていいから、安全を優先してちょうだい」
『了解しました』
通信を終えた麗華は、獅子へ振り返った。
「少し時間が空くみたいね。今のうちに水分補給しておきましょう」
「おおっ! いいねぇ!」
麗華は近くに置いてあった荷物から飲み物を取り出した。獅子は嬉しそうに尻尾を振りながら近づいてくる。
「姫が飲ませてくれるのかい!?」
「その姿じゃ飲みにくいでしょう?」
「いやあ、ありがたいなぁ!」
麗華が容器を口元へ運ぶと、獅子は嬉しそうに顔を近づけた。
だが、飲もうとしたところで、ふと動きを止める。
「……姫」
「何よ?」
「一つお願いがあるんだけど」
「嫌よ」
「まだ何も言ってないよ!?」
「どうせろくでもないことでしょう!」
「いやいや、ちょっとだけ! もっと蔑んだ目で見下ろしながら、『犬のように飲め、この駄犬!』って言ってほしいんだけど……!」
「あなた今ライオンでしょ!!」
「ああっ! それそれ! そのツッコミも最高だねぇ!」
「もう自分で飲みなさい!」
「待って姫! ごめん! ちゃんと飲むから!」
麗華は盛大にため息をつきながらも、結局容器を差し出した。獅子は嬉しそうに水を飲み、飲み終えると満足げに息を吐いた。
「いやあ、美味しかった! 姫に飲ませてもらうと、ただの水も格別だね!」
「そう。なら次からは自分で飲めるようにしてちょうだい」
「ええっ!? そんな殺生な!」
「大げさなのよ!」
麗華は空になった容器を片づけた。
その間、獅子は少し離れた場所へ歩き、地面へ腰を下ろした。
「……こほっ」
小さく咳き込み、口元を前脚で拭う。
黄金色の毛並みに、赤いものが付着した。
獅子はそれをしばらく見つめていたが、麗華が戻ってくる気配を感じると、何事もなかったように前脚を下ろした。
「そろそろ再開できそうよ」
「了解、姫!」
獅子は立ち上がった。
いつもどおり尻尾を揺らし、麗華の前へ出る。
間もなく、結界の入口から新たなマガツが送り込まれた。
細長い胴体に六本の脚を持つ個体だった。前脚だけが異様に発達し、先端には鋭く湾曲した爪が伸びている。
マガツは結界へ入ると、すぐに二人へ襲いかかった。
「お願い!」
「任せて!」
獅子は前へ飛び出した。
振り下ろされた前脚をかわし、側面から身体をぶつける。マガツがよろめいたところへ、麗華の鞭が伸びた。
一本の鞭が二本、四本、八本へと枝分かれし、マガツの脚を次々に捕らえていく。
「そこよ!」
麗華が鞭を引いた。
マガツの身体が傾く。
獅子はすかさず飛びかかり、その首筋へ牙を突き立てた。
だが、マガツはまだ動いていた。
自由になっていた前脚の一本が大きく振り上がり、獅子の背中へ向かう。
「後ろ!」
「分かってる!」
獅子は牙を離し、横へ跳ぼうとした。
しかし、踏み込んだ後脚に思ったほど力が入らなかった。
「……っ!」
鋭い爪が獅子の背を掠める。
獅子は地面へ転がったが、すぐに体勢を立て直した。そこへ麗華の鞭が走り、マガツの前脚を絡め取る。
「このっ!」
麗華が力いっぱい鞭を引くと、マガツの身体が大きく崩れた。獅子はその隙を逃さず、もう一度飛びかかる。
今度こそ、マガツは動かなくなった。
「ちょっと! 大丈夫なの!?」
麗華が駆け寄る。
「もちろん!」
獅子はいつもの調子で答えた。
「いやあ、ちょっと油断しちゃったね!」
「あなたが攻撃を受け損なうなんて、珍しいじゃない!」
「ごめんごめん。次は気をつけるよ」
「当たり前でしょう!」
麗華は獅子の背中を確認した。
爪が掠めた部分には傷ができていたが、深くはない。血もわずかに滲んでいる程度だった。
「……本当に、しっかりしてちょうだいね」
「うん。心配かけてごめんね、姫」
いつもより少し素直な返事に、麗華は拍子抜けしたような顔をした。
「……何よ。今日はやけに聞き分けがいいじゃない」
「そうかな?」
「そうよ。いつもなら、ここで『もっと叱ってください!』とか言うでしょう?」
「あっ、そうだった!」
「忘れていたの!?」
「じゃあ改めて、姫! もっと厳しく!」
「言わせたみたいになるでしょうが!!」
獅子は大声で笑った。
麗華も呆れ果てたようにため息をつき、それ以上追及するのをやめた。
まだ倒すべきC級は残っている。
麗華は結界の外へ合図を送った。
「次をお願い!」
『了解しました!』
再び入口が開き、新たなマガツが送り込まれる。
四足歩行の獣に似た体格。太い首と、肩から突き出した短い角。口には不揃いな牙が並び、背中には硬い鱗のようなものが生えている。
麗華は鞭を構えた。
「左からお願い!」
「了解!」
獅子は地面を蹴り、マガツの左側へ回り込んだ。
相手は獅子へ顔を向け、低い唸り声を上げる。その隙に麗華が右側へ移動し、鞭を伸ばした。
鞭の先端がマガツの後脚へ巻きつく。
「捕まえた!」
麗華が腕を引くと、マガツは身体をひねって抵抗した。
獅子はすぐに前へ出て、相手の肩へ爪を振り下ろす。マガツは悲鳴を上げ、麗華の鞭から逃れようと暴れた。
「そのまま押さえて!」
「任せて、姫!」
獅子はマガツの正面へ回り込み、その進路を塞いだ。
麗華は鞭を引き戻し、今度は首を狙って振るう。
マガツが頭を下げた。
鞭がその頭上を通り過ぎる。
「ちっ……!」
麗華はすぐに鞭を操り、軌道を変えた。
その瞬間、マガツが獅子の脇をすり抜けた。
大きく跳んだわけでも、特別な技を使ったわけでもない。ただ、目の前にできた隙間へ身体を滑り込ませただけだった。
麗華は即座に鞭を引き戻そうとした。
だが、相手の方がわずかに早い。
マガツの牙が、彼女へ向かって迫る。
「姫!」
獅子が叫んだ。
麗華はその声に反応し、身体をひねる。
視界の端で、黄金色の影が動いた。
獅子だった。
彼はマガツの横から飛び込み、麗華と敵の間へ身体を滑り込ませようとしていた。
麗華はその動きを見て、反射的に鞭を構え直した。
獅子が敵の攻撃を受け止める。
その隙に自分が仕留める。
いつもの連携だった。
しかし、獅子の踏み込みがわずかに足りなかった。
前脚が地面を蹴る。
身体が前へ出る。
だが、間に合わない。
それでも獅子は止まらず、麗華を横から突き飛ばした。
「きゃっ!?」
麗華の身体が地面へ転がる。
その目の前で、マガツが大きく口を開いた。
獅子は麗華とマガツの間に立っていた。
鋭い牙が、その身体へ深々と食い込んだ。
「――いやああああっ!!」
麗華の叫びが、戦闘区域に響き渡った。




