3度あることはもう何度でもある
二章 十八話 3度あることはもう何度でもある
《異常災害対策統括機構》本部。
全国各地から上がってくる報告を集約し、必要に応じて人員や物資を動かすその場所で、予定にはなかった緊急会議が開かれていた。
会議室の正面には大型のモニターが設置され、日本地図と共にいくつもの資料が表示されている。集められた者たちの視線が正面へ向けられる中、《異常災害対策統括機構》司令官、黒鉄征司は腕を組んだまま報告に耳を傾けていた。
「まず、《絆の魔法少女》一行の現状について報告します」
モニターの表示が切り替わる。
今回の全国行脚が始まって以降、桃井星歌たちは各地の魔法少女や魔女、守護者との交流を続けている。途中、予定外の戦闘に巻き込まれることはあったものの、交流そのものはおおむね順調。海外から来日した魔女との接触も含め、当初の目的は問題なく達成されつつあった。
「現在、一行は福井を出て石川県へ移動。現地の《鞭の魔法少女》、および担当守護者との交流に入っています。また、《列車の魔女》クララ・フォーゲルが引き続き同行しています」
黒鉄が小さく頷く。
「予定からの遅れは?」
「許容範囲です。白石真帆からも、行程に支障なしとの連絡が入っています」
「ならいい。続けろ」
「はい。次に、《絆の魔法少女》桃井星歌の能力について、新たに確認された事象を報告します」
画面に表示されたのは、《絆リンク》という文字だった。
星歌の《以心伝心》は、本来なら彼女自身と《絆》を結んだ相手との間で成立する。だが、全国行脚の中で、その常識から外れる現象が確認されていた。
最初に確認されたのは、宍戸猫と潮見渚。
続いて、阿久別香仁子とエヴリン・カーター。
そして三例目として、流星昴と火神鈴。
いずれも星歌本人と相手が直接《絆》を結んだわけではない。星歌と繋がっている者が別の誰かと《絆》を結ぶことで、その人物まで《以心伝心》のネットワークへ間接的に接続されている。
「火神鈴はこの現象を《絆媒介式多段階間接心理感応連結構造》と仮称しましたが――」
「長い」
黒鉄が即座に切った。
報告者が一瞬だけ黙る。
「……流星昴によって《絆リンク》と略称され、現在はこちらが定着しています」
「最初からそっちで報告しろ」
会議室の何人かがそっと視線を逸らした。
報告者は一つ咳払いを挟むと、次の資料を表示する。
画面上に桃井星歌を中心とした模式図が現れた。
桃井星歌から宍戸猫へ伸びた線が、その先の潮見渚へ繋がる。別の線は阿久別香仁子からエヴリン・カーターへ、さらに流星昴から火神鈴へ。
一人を中心として始まった繋がりが、別の人間を経由して枝分かれしていた。
「重要なのは、現在確認されている三例そのものではありません」
模式図が切り替わる。
桃井星歌から一人へ。その人物から、さらに一人へ。そこからもう一人へ、さらにその先へ。最初は数本しかなかった線が枝分かれを繰り返し、画面いっぱいに広がっていく。
「現時点では二段階目までしか実例がありません。しかし、《絆リンク》が同じ原理でさらに多段階へ成立すると仮定した場合、桃井星歌本人が直接相手と《絆》を結ぶ必要はありません」
会議室の空気がわずかに変わった。
「例えば桃井星歌がAと繋がり、AがBと繋がる。さらにBがCと、CがDと繋がった場合――理論上、桃井星歌は一度も会ったことのないDまで《以心伝心》のネットワークへ組み込める可能性があります」
「待て」
出席者の一人が口を挟んだ。
「それは、どこまで続く?」
「分かりません」
返答は即座だった。
「現状では多段階接続そのものが仮説です。上限について判断できる材料はありません。ただし、仮に《絆》による接続が何段階でも成立し、人間関係の連鎖が途切れないとすれば――」
画面いっぱいに無数の点と線が広がった。一つの点から始まった繋がりは、もはや一人の人間を中心とした能力とは思えないほど巨大な網へ変わっている。
「理論上は、すべての人間が《絆》のネットワークへ繋がる可能性があります」
会議室がざわめいた。
日本全国どころではない。国境すら関係ない。
星歌本人が世界中の人間と知り合う必要も、一人一人と直接《絆》を結ぶ必要もない。誰かと誰かの間に《絆》が生まれ、その先でまた別の《絆》が生まれる。それを繰り返していくだけで、桃井星歌という一人の少女を起点とした繋がりは際限なく広がっていくことになる。
「……そんなことが本当に可能なのか?」
「現状では不可能です」
報告者ははっきりと答えた。
「《絆リンク》は通常の《以心伝心》と比較して、魔力消費が非常に大きいことが確認されています。また、距離そのものよりも、他者を中継することに大きな魔力を必要としている可能性が桃井本人から指摘されています」
「つまり理論だけなら世界中。実際には、そこまで広げる魔力がない」
「現時点では、そう考えるのが妥当です。さらに中継する人数が増えた場合、消費がどのように変化するかも分かっていません」
黒鉄は画面を見つめた。
世界中へ伸びる無数の線。
今の桃井星歌に、こんなものを作れるわけではない。そもそも本当に三段階、四段階と繋げられるのかさえ分かっていない。これは現時点で使える能力ではなく、確認された事例から導き出された可能性に過ぎなかった。
「研究は継続。ただし桃井たちに無理な実験はさせるな。限界が分からないからといって、限界まで使わせて調べる必要はない」
「了解しました」
「それと、この件は必要以上に広めるな。『世界中の人間と繋がれる魔法少女がいる』などと、可能性だけが独り歩きすれば面倒だ」
その指示に何人かが頷く。
報告者は資料を切り替えた。
「――以上が、《絆の魔法少女》一行に関する順調な報告です」
黒鉄の眉がわずかに動いた。
「順調な、か」
「はい」
《絆リンク》の模式図が消える。代わってモニターへ表示されたのは、日本地図だった。
「ここからが、今回の緊急会議を招集した理由になります」
最初に表示されたのは、全国行脚が始まるよりも前の日付だった。
「まず、前提として確認しておきたい事例が一件あります。《絆の魔法少女》たちがD級マガツの掃討にあたっていた区域で、突如B級マガツ、牛鬼が出現した件です」
黒鉄が目を細めた。
「あの件か」
「はい。事前に確認されていたのはD級が中心でした。当時は近隣にいた《歌劇の魔女》イブが救援に入り、最終的に牛鬼を撃破しています」
単独で見れば、珍しい事例ではあっても、それ以上ではなかった。
マガツの発生を完全に予測できるわけではない。D級しか確認されていなかった区域へ、より高位の個体が突如現れる可能性もゼロではない。そのため当時は、偶発的なB級出現として処理されている。
だが、それで終わらなかった。
「続いて、全国行脚開始後の第一の事例。静岡」
地図上の静岡県が赤く染まる。
画面に戦闘記録が並んだ。
「サメ型のC級マガツが多数発生。形態にも著しいばらつきがあり、双頭、三頭、四頭の個体、他生物と融合したような個体、腐敗した外見を持つ個体など、複数種が同一地域へ集中しました」
次々と表示される記録に、黒鉄は黙って目を通していく。
「一行は現地戦力と共同で対応。桃井星歌が全体の状況を把握し、各員を適性に応じて配置しています。宍戸猫は潮見渚と連携。阿久別香仁子は周囲への被害を抑えながら《暴爆》を使用。流星昴は《執事の守護者》と連携して迫撃砲を運用し、鷹司茉莉花は《茨》による拘束、須久井鏡子は最終防衛線を担当しました」
一人の強者が敵を薙ぎ払った戦闘ではない。多数のC級を相手に、それぞれ異なる能力を役割として組み合わせた集団戦だった。
「C級群への対処中、さらにB級が出現」
画面が切り替わる。
そこに映し出されたのは、巨大なサメの姿だった。
「メガロドン型。特殊能力を使用するB級マガツです」
周囲の物体を吸引し、巨大な口へ飲み込む能力。ただでさえ巨大な身体を持つ個体が、さらに周囲を強制的に引き寄せる。
「最終的には現地の《船の魔女》潮見帆波が対応。《魔女解錠》を使用し、空飛ぶ海賊船を展開。メガロドン型の口内へ攻撃を加えた後、巨大な錨と鎖を使用して尾部を口元まで折り曲げ――」
そこで報告者が、ほんの一瞬だけ言葉を選んだ。
「最終的に、メガロドン型自身の《バキューム》によって、自身の尾を吸い込ませ撃破しています」
会議室が静かになった。
「……自分を食わせたのか」
「結果だけ申し上げれば」
黒鉄は眉間を押さえた。
「次へ行け」
「第二の事例。愛知」
地図上の赤い表示が移る。
「複数のB級マガツが発生しています」
静岡とは違う。C級の群れにB級が一体混ざったのではない。B級が、複数。
「当時、アメリカ所属の《鋼鉄の魔女》エヴリン・カーターが一行と交流中でした。日本側から正式な出撃要請を行い、エヴリン・カーターが戦闘へ参加しています」
《魔女解錠》を行った《鋼鉄の魔女》は、鋼鉄と火薬を生み出し、全身へ銃火器を展開してB級マガツを次々と撃破した。
一体でも大きな被害に繋がりかねないB級が複数。それでも戦況そのものは、《鋼鉄の魔女》の圧倒的な火力によって優勢に進んでいた。
「ただし、その最中に一体がエヴリン・カーターの背後から奇襲を行っています」
映像が止まる。
エヴリンの死角。そこへ迫るB級。
「この時、桃井星歌本人とエヴリン・カーターの間には、直接の《絆》は成立していませんでした」
画面上に線が引かれる。星歌から香仁子へ。香仁子からエヴリンへ。
「桃井星歌が阿久別香仁子を中継して危険を伝達。警告を受け取ったエヴリン・カーターは寸前で奇襲を察知し、鋼鉄の棘を生成して撃破しました」
これが、先ほど報告された《絆リンク》の存在を明確に示した事例の一つでもある。
「……つまり、マガツの異常発生と新能力の発見が同じ戦闘で起きたわけか」
「はい」
黒鉄の表情が険しくなる。
「第三の事例。岐阜」
三つ目の地域が赤く染まった。だが、今度は一点ではない。岐阜県の広い範囲へ、赤い点が次々と表示されていく。
「広範囲にわたり、複数のC級マガツがほぼ同時に発生しました」
静岡とは状況が違う。一ヶ所へ集まった群れではない。互いに離れた複数の地点で、同時にC級の反応が確認されている。
「個々の等級だけを見れば、静岡や愛知より低い。しかし通常であれば、各地点へ戦力を振り分けるだけでも相応の時間を必要とする状況でした」
「被害は?」
「最小限に抑えられています」
モニターに新たな資料が表示された。
《天空移動式駆動ユニット Ver.2改弐式》。
その横には、短く《天駆》と記されている。
「理由はこちらです。《鍛冶の魔女》火神鈴が開発した、《光速の魔法少女》流星昴専用輸送装備《天駆》」
腰部へ装着するベルト型装備からワイヤーを伸ばし、その後方へ浮遊する結界製の荷台を形成する。最大展開時には人間五人程度を乗せることができ、昴本人の走行を阻害することなく人員を輸送できる。
「岐阜での広域同時発生に対し、一行は《天駆》を使用。《光速》によって戦闘員を各発生地点へ高速輸送しています」
地図上を一つの光点が走る。
最初の赤い点へ到達し、一人を降ろす。そこから次へ。さらに次へ。本来なら車両で移動するだけでも時間を必要とする距離を、流星昴が次々と繋いでいく。
「各C級の能力、形態、周辺環境を確認。その上で、最も有利に戦える者を各地点へ配置しました」
「一人ずつか?」
「はい。C級一体に対して、最も相性のいい戦闘員を一名ずつ。各員が単独で一体を受け持っています」
単に一人でC級と戦える者を送り込んだわけではない。誰を、どこへ送るか。敵の特徴に対して、誰の能力なら最も有利に戦えるのか。その組み合わせを選び、必要な戦力を必要な場所へ即座に届ける。
普通ならば、戦力が足りなければ集める。だが岐阜では逆だった。戦力を分散させ、それぞれに最も勝率の高い相手を担当させる。その分散によって生じる最大の問題である移動時間を、《天駆》と《光速》の組み合わせで消してしまった。
「結果、広範囲でほぼ同時に発生したC級マガツへ並行して対処。各個撃破に成功しています」
黒鉄は地図上を走る光点を見つめた。
《光速》は元々、流星昴個人の高速移動能力だった。だが《天駆》によって、その意味が変わっている。一人が速いのではない。必要な人間を、必要な場所へ、必要な時に送り込む。流星昴一人の速度が、部隊全体の機動力へと変換されていた。
「火神鈴か」
「はい」
「また妙なものを作ったな」
呆れたような言葉とは裏腹に、黒鉄の視線は《天駆》の資料から離れなかった。
やがてモニターから詳細な戦闘記録が消えた。
全国行脚開始前の牛鬼。
静岡。
愛知。
岐阜。
四つの事例が一枚の日本地図へまとめられる。
牛鬼の時は、D級中心の区域に突如B級が一体。静岡では、多数のC級に加えてB級一体。愛知では、B級が複数。岐阜では、広範囲にわたるC級の同時発生。
発生形態はそれぞれ違う。同じ異常が繰り返されているわけではない。だからこそ、一件一件を見ている間は、それぞれ別の事件として処理できた。
「そして、四件には共通点があります」
地図の上に一本の線が加えられた。
全国行脚開始前の牛鬼。そこから静岡、愛知、岐阜。福井を経由し、現在は石川へ。
桃井星歌たちが辿ってきた経路だった。
会議室が静まり返る。
一件なら偶然。二件でも、まだ偶然と言えた。だが、全国行脚が始まる前から数えて四件。《絆の魔法少女》たちの周囲では、本来その地域で想定されていたものを上回るマガツとの遭遇が続いている。
「全国行脚が始まってから突然、ではありません」
報告者が地図を見る。
「その直前から、《絆の魔法少女》の周囲では高位マガツ、あるいは通常とは異なる規模のマガツ発生が続いています」
「《絆》がマガツを呼び寄せている?」
「断定できません」
報告者は即座に否定した。
「《絆》や《以心伝心》、そして《絆リンク》がマガツの発生へ影響を与えるという証拠はありません」
「だが、無関係という証拠もない」
「はい」
別の者が地図を見ながら口を開く。
「逆の可能性もある。《絆の魔法少女》がマガツを引き寄せているのではなく、何者かが彼女を狙っている」
「全国的に高位マガツの発生そのものが増加している可能性も捨てられない。一行が各地を移動しているから、結果として異常事例と遭遇しやすくなっているだけかもしれん」
原因は分からない。《絆の魔法少女》が原因なのか。何者かに狙われているのか。それとも、すべて偶然なのか。現時点では、どれも推測の域を出ない。
黒鉄はそれらの意見を止めず、最後まで聞いた。それから改めて日本地図へ目を戻す。
「現在地をもう一度」
「石川県です。現在のところ、周辺に異常なマガツ発生の兆候は確認されていません」
表示が石川へ移る。
そこにはまだ、赤い警告表示はない。
何も起きていない。
少なくとも、今は。
黒鉄は組んでいた腕を解いた。
「各地の予備戦力を石川へ集めろ」
その一言に、会議室がわずかにざわめいた。
「予備戦力を、ですか?」
「動かせる者だけでいい。各地の通常任務に穴を開けるな。戦力を削って別の地域で被害を出したら意味がない」
「しかし、現時点で石川に異常発生の兆候は確認されていません」
「分かっている。だから予備戦力だ」
何も起きていない場所へ人員を動かす。当然、費用はかかる。移動費だけではない。勤務予定を変更される者も出るし、休日だった者を呼び出すことになるかもしれない。
それでも黒鉄は迷わなかった。
「これがすべて偶然で、石川では何も起きない可能性もある」
「その場合、集めた隊員たちは?」
「問題ない。何もなければ、隊員たちが休日出勤手当と出張手当をプラスでもらえるだけだ」
「……経理が嫌な顔をしそうですが」
「させておけ」
黒鉄は椅子の背へ身体を預けた。
「手当を払って終わるなら安いものだ」
「そうですか。では後で経理の人たちからネチネチ言われても助けませんからね」
「…………」
先ほどまで一切の迷いなく指示を出していた黒鉄が、そこで初めて沈黙した。
やがて懐へ手を入れると、財布を取り出す。
「これで高級スイーツでも差し入れておいてくれ」
そのまま財布ごと机の上へ放った。
「財布ごと!?」
「機嫌を取れるだけ取ってこい」
どうやら《異常災害対策統括機構》の司令官にとっても、経理部は敵に回したくない相手らしい。
ほどなくして、各地へ指示が飛び始める。
通常任務へ影響を出さない範囲で予備戦力を抽出し、石川県へ移動させること。現地では即応可能な状態を維持しつつ待機。異常が確認されなければ、そのまま任務終了。
一通りの指示が出揃い、緊急会議が終わろうとした頃。
黒鉄の机へ、先ほどの財布が戻ってきた。
何気なく手に取り、中を確認する。
「…………」
黒鉄の肩が目に見えて落ちた。
どうやら、経理部の機嫌を取るには相応の犠牲が必要だったらしい。
何も起こらなければいい。
集められた隊員たちが少しばかり多い手当を受け取り、帰っていく。
それだけで終わるなら、それが一番だった。




