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2度目の守護者は失敗しない  作者: AIの奴隷
魔法少女も多様性

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ドM賛歌

第二章 第十七話 ドM賛歌

港に着いて早々、とんでもないものを見せられた。

「アァッ! ありがとうございます!」

乾いた音とともに頬を張られた獅子の守護者が、なぜか幸せそうな声を上げている。

「喜ぶな!!」

麗華が怒鳴ると、周囲にいた星歌たちは揃って一歩後ずさった。

「……なんだこいつ」

クララが真顔で呟く。

「クララさんに言われてますよ!?」

星歌の叫びが港に響いた。

猫がおそるおそる、ひょっとこの袖を引く。

「あ、あの……本当に守護者なんですか?」

「多分そうなんじゃない?」

昴が答える。

「多分って……」

「現実だ」

ひょっとこが短く告げる。

猫はもう一度、獅子の守護者を見る。

麗華に怒鳴られているのに、本人はまるで気にしていない。それどころか、どことなく嬉しそうですらある。

「現実って怖いですね……」

「おい」

そんな騒ぎがひとまず収まったところで、星歌が麗華へ顔を向けた。

「そういえば麗華さんって、いつから魔法少女やってるんですか?」

「十二からよ。今年で十年になるわ」

「十年!?」

香仁子が目を丸くした。

「そんなに長いんですか!?」

「現役じゃ長い方でしょうね」

麗華は何でもないことのように答えた。

十二歳から二十二歳まで十年間。星歌たちからすれば、自分たちが小学生だった頃からずっと戦い続けていることになる。

鏡子が感心したように麗華を見る。

「でも、麗華さんは十年も戦ってるのに、まだ魔法少女なんですよね?」

麗華が振り向いた。

その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

「そうよ。二十二よ」

努めて冷静に。意識して優しく。

そんな声だった。

だが、その笑顔を見た鏡子は思わず一歩後ずさる。

目が、一切笑っていない。

「十二から十年やってて、まだ魔法少女よ」

口元は、まだ笑っている。

「魔力のピークだって、もう過ぎて」

笑顔が少し歪んだ。

「あとは歳を取るほど、下がっていくだけ」

さらに歪んだ。

「三十前後には、なくなるわよ」

もはや笑顔と呼んでいいのかも怪しい。

そして――

「悪い!?」

般若がいた。

そう、鬼は人の心の中にいたのです。

「わ、悪いなんて言ってません……!」

鏡子がぶんぶんと首を振る。

「分かってるわよ! 私だって気にしてんのよ!」

そこへ、獅子の守護者が満面の笑みで割り込んだ。

「Hey、姫! 言葉責めなら僕にカモーン!」

「今あんたの相手してないわよ!!」

バチンッ!

振り向きざまに麗華の平手が炸裂する。

獅子の守護者は頬を張られた勢いで大きく仰け反った。

「言葉責めより物理だぜぇ!!」

「黙れ!!」

「はい!」

返事だけはやたらと良かった。

鏡子はそんな二人を見比べてから、おそるおそる麗華へ視線を戻した。

「で、でも……十年やっていても、魔女になるきっかけって分からないものなんですね」

「分かってたらとっくになってるわよ!」

「ですよね……」

鏡子がしゅんと肩を落とす。

そこで星歌が「あ」と声を上げた。

「そういえば、イブさんに聞いたよね。どうやったら魔女になれるんですかって」

「ああ、あの時か」

昴も思い出したらしい。

イブが魔女へ至ったきっかけは、激しい戦いでも、命懸けの窮地でもなかった。

初めて自分で歌を作り、その歌を自分自身で歌ったこと。

それが、イブが自分自身を見つけるきっかけだった。

「戦ってる最中じゃなかったんだよね」

星歌が言う。

「そう。結局、何がきっかけになるかなんて人それぞれなのよ」

麗華が答えると、昴が隣にいたクララを見た。

「じゃあ、クララさんは?」

「私か?」

「《列車の魔女》になったきっかけ」

「ふむ」

クララは腕を組み、しばし記憶を辿った。

「幼い頃、ドイツで放送されていた日本の特撮作品の海外版を見た」

「特撮?」

猫が首を傾げる。

「ああ。それが始まりだ。調べていくうちに日本の原典へ辿り着き、やがて『魔法戦隊マジ〇ンジャー』を知った」

クララの目が輝いた。

「そこで私は知ったのだ。日本の変形合体というものの素晴らしさを!」

「あ、スイッチ入った」

昴が呟く。

「蒸気機関車! 巨大機械! 変形! 合体! それまで別々に愛していたものが私の中で一本に繋がった! その瞬間、私は理解したのだ! 私は何者なのかを!」

クララは胸を張る。

「それが《列車の魔女》だ!」

「イブさんと全然違う……」

猫が呟いた。

「だから人それぞれだって言ったでしょうが」

麗華が呆れたように返す。

すると今度は、星歌の視線が白石へ向いた。

「じゃあ、白石さんは?」

「私?」

「白石さんも昔は《重責の魔女》だったんですよね?」

白石の顔が露骨に曇った。

「だったけど、別にいいでしょ。私の話は」

「えー、気になる」

「気にしなくていいの」

即答だった。

その横で、ひょっとこが口を開く。

「失恋だ」

白石の顔が固まった。

「……あんたね」

「好きな男に告白して、『重すぎて無理』って振られた」

「そこまで言う必要ある!?」

昴が白石を見る。

「……それで《重責の魔女》?」

「流星。そこ繋げなくていいから」

「でも、すごく綺麗に繋がってるよね」

星歌が言う。

「桃井も黙ってなさい」

白石の声が低くなった。

イブは自分で作った歌を歌った。

クララは、それまで別々だった己の愛するものが一つに繋がった。

白石は失恋した。

並べてみても、そこに共通する手順らしいものはない。

「つまり、何をすれば魔女になれるって決まってるわけじゃないんですね」

鏡子が言った。

「そういうことでしょうね」

白石が答える。

「自分が何の魔女なのか。それを見つけるきっかけは、人によって違うってことよ」

「なるほど」

獅子の守護者が深く頷いた。

全員の視線が集まる。

彼は極めて真剣な顔で麗華を見た。

「多分、姫の覚醒条件って、ピンヒールで僕を踏むことだと思うんだ」

「はっ倒すわよ」

「ご褒美ですか!?」

「……あんたたちね」

白石が額を押さえた。

「高校生もいるんだから、さっきからSMプレイみたいな話するのやめなさい」

「プレイじゃない!!」

麗華が即座に否定する。

獅子の守護者が目を見開いた。

「え? 本気ってこと?」

麗華の手から鞭が伸びた。

「あ」

鞭が獅子の守護者の身体へ巻きつく。

「ちょ、姫?」

「頭冷やしてきなさい!!」

「え、待っ――」

麗華が腕を振り抜いた。

獅子の守護者の身体が宙を舞い、そのまま綺麗な放物線を描いて――

ぼちゃーん。

海へ落ちた。

しばらくして、水面から顔が出る。

「姫ー! 上げてくださーい!」

「そこで少し反省してなさい!」

「はい! でもこれはこれでご褒美です!」

「もう少し沈んでなさい!!」

猫がおそるおそる麗華へ尋ねた。

「あ、あの……あの人、いつもあんな感じなんですか?」

麗華は海に浮かぶ獅子の守護者を見た。

「違うわよ。昔はこんなドMじゃなかったの」

少しだけ遠い目をする。

「……もっとかっこよかったのに」

「聞こえてますよ姫ー!」

「うるさい!!」

白石が時計を確認した。

「そろそろ支部へ移動するわよ」

海から声が飛んでくる。

「その前に僕を上げてください!」

「泳げるでしょ」

「姫が冷たい!」

「自分で上がってきなさい!」

「はーい!」

元気な返事が港に響いた。

◇

石川支部へ移動してからは、簡単な交流会が開かれた。

長机には飲み物や菓子が並べられ、先ほどまでの港での騒ぎとは打って変わって、ひとまず落ち着いて話ができる環境が整えられている。

星歌と香仁子は麗華へ質問を投げ、猫は先ほど見せてもらった棘付きの鞭から少し距離を取っている。昴は興味の向くまま会話へ口を挟み、鏡子と茉莉花もそれぞれ話に加わっていた。

クララはちゃっかり菓子を開封し、執事は空いた皿を片付けている。

白石も席につき、全体の様子を眺めていた。

そんな中、香仁子の興味は獅子の守護者が持っているものへ向いた。

「そういや、その獅子の頭みたいなのが守護者武具なのか?」

「うん。《獅子を借る者》」

獅子の守護者が傍らに置いていた獅子頭部型の武具を持ち上げる。

「これを深く被ると、全身が獅子に変わるんだ」

「全身?」

「本物の獅子みたいになるってこと?」

星歌が尋ねる。

「そうそう。ちゃんと四本足で走れるよ。姫を背中に乗せることもできる」

「乗らないわよ」

麗華が即答した。

「昔は乗ってくれたじゃないですか」

「十二の頃の話をするんじゃないわよ!」

「可愛かったですよ。僕の背中に乗って――」

バチンッ!

麗華の平手が獅子の守護者の頬へ炸裂した。

「アァッ! ありが――ぶふぉっ!」

椅子ごと大きく仰け反った獅子の守護者の口から、赤いものが飛んだ。

「ひっ!?」

猫が跳ねる。

「そんな威力で叩いてないわよ!!」

獅子の守護者は床へ倒れたまま口元の血を拭い、親指を立てた。

「すまない。幸せが口から溢れてしまった」

「嫌な幸せだ」

ひょっとこがぼそりと言った。

「もう一発いく?」

「ぜひ!」

「反省しろ!!」

「麗華さんストップ! 二発目はストップ!」

星歌が慌てて止めに入る。

「……楽しそうだな」

菓子を食べながらクララが呟いた。

「どこを見たらそう思えるんですの?」

茉莉花が呆れる。

執事は何事もなかったように倒れた椅子を起こした。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

獅子の守護者は普通に座り直した。

会話はそのまま《獅子を借る者》へ戻っていく。

ただ一人。

ひょっとこだけが、獅子の守護者が拭った血へ一瞬だけ視線を向けた。

何も言わなかった。

◇

交流会はその後も続いた。

しばらくして、獅子の守護者が立ち上がる。

「ちょっと飲み物取ってきますね」

「私のもお願い」

麗華が空になったコップを差し出す。

「はい、姫」

それを受け取り、獅子の守護者は部屋を出ていった。

ひょっとこはしばらくその背中を見送っていた。

やがて、自分も立ち上がる。

誰にも何も告げず、部屋を出た。

廊下を進んだ先。

獅子の守護者は壁に片手をついていた。

「げほっ……」

押し殺すような咳。

口元を押さえていた手を開き、何かを確認する。

そして、すぐに握り込んだ。

「おい」

声をかけると、獅子の守護者が振り返った。

「ああ。見られちゃいました?」

「さっきのも姫川のせいじゃないな」

「…………」

獅子の守護者は少しだけ困ったように笑った。

ひょっとこの視線が、彼の持つ武具へ向く。

「その武具。全身を獅子に変えるんだろ」

「ええ」

「身体そのものを丸ごと変化させる武具だ。負担はかなり大きいはずだ」

「……さすがですね」

「十年使ってるんだったな」

「はい」

短い沈黙が落ちる。

「守護者武具は元々――」

「いいんですよ」

獅子の守護者が、その先を遮った。

「分かってます。全部」

ひょっとこは黙って彼を見る。

獅子の守護者の表情に、いつものふざけた様子はなかった。

「分かってて、まだ続けるのか」

「僕、昔は本当に何もなかったんですよ」

獅子の守護者は壁から手を離した。

「これといって得意なこともない。人に誇れるような才能もない。だから、それが嫌で組織の一般戦闘員になったんです。何かできる人間になりたかった」

だが、そこでも特別な何かが見つかったわけではなかった。

訓練をして、任務をこなして、周囲についていく。

それだけだった。

「そんな時に、これへの適性が高いって分かったんです」

彼が《獅子を借る者》へ視線を落とす。

「初めてだったんですよ。自分にも、他の人よりできることがあるって分かったの」

二十歳で守護者になった。

そして、十二歳だった麗華と組んだ。

それから十年。

「最初の姫は大変でしたよ。プライドは高いし、すぐ怒るし、人の言うこと聞かないし」

「今もだろ」

「今は素直になりましたよ」

「そうは見えない」

「僕には分かるんです」

獅子の守護者は笑った。

「気づけば十年です。僕にできることがあって、僕を必要としてくれる相手がいて、その隣でずっと戦ってきた。だから、簡単に『じゃあやめます』とは言えないんですよ」

死にたいわけではない。

終わりたいわけでもない。

まだ麗華の隣で戦いたい。

その意思だけは、言葉にされなくても伝わってきた。

「だから、姫には黙っててくださいね」

「……いつまで続ける気だ」

獅子の守護者は、少し不思議そうにひょっとこを見た。

「君も知っているでしょう。守護者の使命は、魔法少女が魔女へ至るまで守ることだって」

そして、迷うことなく答える。

「姫が魔女になるまでですよ」

「だが、姫川は……」

十年。

麗華は十二歳から戦い続け、今もまだ自分の名前を見つけられていない。

魔力のピークも、すでに過ぎている。

それでも獅子の守護者は即座に言った。

「なれますよ。姫なら」

そこに迷いはなかった。

「それとも、そちらは担当の魔法少女たちを信じてないので?」

ひょっとこは黙った。

星歌。

香仁子。

猫。

昴。

鏡子。

これまで見てきた五人の姿が脳裏をよぎる。

「……愚問だったな」

「でしょう?」

獅子の守護者は笑った。

「まあ、姫に『あんたなんかもういらない』って言われて、ピンヒールで踏まれながら捨てられるなら、それはそれで――」

「戻るぞ」

「最後まで聞いてくださいよ!」

ひょっとこは聞かなかった。

◇

二人が交流会の部屋へ戻ると、中では先ほどまでと変わらない光景が続いていた。

星歌と香仁子が麗華へ次々と質問を投げ、猫は相変わらず棘付きの鞭から距離を取っている。昴が横から好き勝手に口を挟み、鏡子と茉莉花も会話へ加わっていた。

クララは新しい菓子の袋を開け、執事は空いた皿を回収している。

白石も席についたままだ。

戻ってきた獅子の守護者を見て、麗華が口を開く。

「遅いわよ」

「すみません、姫」

「私の飲み物は?」

「…………あ」

麗華の眉が動いた。

「……あんたね」

「姫に頼まれたものを忘れるなんて! 僕としたことが! ぜひムチ打ち百発の刑に!」

麗華の目が細くなった。

「あんた、まさかそれ言いたいがためにわざと忘れたんじゃないでしょうね」

「…………」

「いいから、早く行きなさい!」

「はい!」

獅子の守護者は元気よく返事をして、再び廊下へ飛び出した。

麗華が呆れたようにため息をつく。

先ほどまでと何も変わらない。

いつもの二人にしか見えない。

その場でただ一人。

ひょっとこだけが、廊下の向こうへ消えていく獅子の守護者の背中を黙って見ていた。


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