増やせないなら、運ぼうか。光速で
第13話 増やせないなら、運ぼうか。光速で
昨日まで散々走った。
人を乗せた。荷物を乗せた。人数を増やした。急停止もした。急旋回もした。桃井たちまで乗せて、乗員側には移動中の景色すらまともに認識できないことまで確認した。
そこまでやって、ようやく完成である。
「最終調整、終了」
火神鈴が満足そうに頷いた。
流星昴の腰には、昨日まで何度も試したベルト型の装備が巻かれている。
「これで《天空移動式駆動ユニット Ver.2改弐式》は完成だ」
「じゃあ《天駆》ね」
「待て」
間髪入れずに返した昴へ、鈴が手を伸ばす。
「今、私が正式名称を言っただろう」
「聞いたよ。天空の《天》と、駆動の《駆》で《天駆》」
「Ver.2改弐式はどこへ行った!」
「長いから捨てた」
「開発の歴史を捨てるな!」
「でも《天駆》の方が呼びやすいですよ?」
桃井星歌が言うと、鈴が信じられないものを見るような顔をした。
「桃井、お前まで……!」
「わたしも《天駆》の方が素敵だと思いますよ」
須久井鏡子まで微笑みながら追撃する。
「天駆ちゃん……」
「猫、それはちょっと違う」
宍戸猫の呟きには阿久別香仁子が突っ込んだ。
「悪くありませんわね」
「お嬢様にしては珍しくまともな感性ですね」
「どういう意味ですの、執事!」
鷹司茉莉花が振り返り、その隣に立つ《執事の守護者》が恭しく頭を下げる。
「褒めております」
「絶対に褒めてませんわ!」
「もう天駆でいいだろ」
少し離れた壁際から、ひょっとこまで口を挟んだ。
「お前まで!?」
「正式名称は好きにしろよ。俺たちが天駆って呼ぶだけだ」
「一番腹が立つ妥協案を出すな!」
完成したばかりの装備を巡り、開発者だけが孤立した。
白石真帆が呆れたように眺めていた、そのときだった。
端末から鋭い警報音が響いた。
空気が一変する。
白石が即座に画面を確認した。
「マガツ出現。……一件じゃないわね」
星歌たちもそれぞれ端末を開く。
表示された地図へ、次々と赤い印が増えていく。
「現在確認されているだけで七地点。全部C級判定」
「七!?」
香仁子が画面を覗き込む。
「近いの?」
「逆。離れすぎてるのよ」
住宅街。
河川敷。
工業地区。
駅前。
商業地区。
さらに幹線道路沿いと郊外。
一か所に集まっているなら、全員で叩けばいい。
だが今回は、広い範囲へばらばらに出現していた。
その間にも八つ目の赤い印が追加される。
「現地で動ける魔法少女や魔女は?」
星歌が尋ねる。
「照会中。近くにいる子もいるけど、全地点を任せられる人数はいないわ。魔女も一人動けるみたいだけど、それでも足りない」
「C級が八体か」
ひょっとこが地図を見る。
C級。
大きな口を持ち、その身体には複数の生物の特徴が混ざり合っている。
今の星歌たちなら、一体を全員で囲んで苦戦するような相手ではない。
だからといって、一人ずつ八方向へ散らせばいいという話でもなかった。
本来、C級を魔法少女一人へ任せるのは危険なのだ。
「……でも」
星歌が地図を拡大する。
組織から送られてくる情報には、それぞれのマガツの外見と周辺状況まで記載されていた。
河川敷。
サイのような太い四肢と、亀の甲羅を思わせる硬質な背。動きは鈍いが、相当に頑丈そうだ。
住宅街。
象のような巨体に猪を思わせる頭部。巨大な口は胸元まで裂け、住宅へ身体をぶつけながら進んでいる。
工業地区。
鹿のような細長い脚と大型鳥類の胴体。跳ねるような動きで広い敷地内を走り回っている。
商業地区。
トカゲのような長い胴体から蜘蛛を思わせる脚が何本も伸び、建物の壁まで利用して素早く移動している。
「……これなら」
星歌が顔を上げた。
「相性のいい人を当てれば、一人でも戦えるかもしれません」
「一人で?」
白石が眉を寄せる。
「完全に一人にはしません」
星歌は自分の胸へ手を置いた。
「《以心伝心》があります。私がずっとみんなの状況を確認して、危ないと思ったらすぐ増援を送る。それなら、一対一になっても長時間一人にはならない」
「増援って……」
香仁子が言いかけて、全員の視線が同じ場所へ向いた。
昴。
「……あ」
本人も気づいた。
腰を見る。
完成したばかりの装備を見る。
そして、にやりと笑った。
「増やせないなら――運ぼうか。光速で」
昴が《天駆》のベルトを叩いた。
白石が地図へ目を戻す。
「桃井さんが全員の状況を把握して、必要な場所へ昴さんが戦力を運ぶ……」
「はい。相性のいい相手だけ選びます。それでも危なくなったら、すぐ誰かを送ります」
「それなら、ただ人数をばら撒くよりはずっと安全ね」
星歌はすぐに地図を指した。
「香仁子ちゃんは河川敷。すごく硬そうだけど動きは遅い。それに周りの避難は終わってます」
「つまり?」
「思いっきりやって大丈夫!」
「任せろ!」
「鏡子さんは住宅街をお願いします。倒すことより、まず避難が終わるまで止めてほしいです」
「分かりました」
鏡子が静かに頷く。
「猫ちゃんは工業地区。相手は速いけど、広い場所だから――追いかけるより、投げて動ける場所ごと潰した方がいいと思う」
「投げる……」
猫が地図を見る。
「いっぱい、投げる?」
「いっぱい投げよう!」
「分かった……!」
昴がベルトのボタンを押す。
背後から複数のワイヤーが伸び、瞬く間に骨組みを形成する。その間を魔法の結界が埋め、車輪のない荷台が宙へ浮かんだ。
「最初、香仁子!」
「よっしゃ!」
香仁子が飛び乗る。
次の瞬間には、もういない。
星歌たちにとっては、本当にそれだけだった。
乗った。
消えた。
そして数秒後には、昴だけが帰ってくる。
「鏡子さん、お願いします!」
「はい」
鏡子が乗り込む。
「《天駆・壁》!」
「もう名前が付いたんですか?」
「今付けた!」
消える。
数秒後。
「猫!」
「う、うん」
「《天駆・投》!」
「投……」
「猫の投!」
「あ、そっち……」
猫が少し安心した顔で乗り込み、また消えた。
星歌の頭の中には、送り届けた三人の声が残っている。
『着いた! うわ、ほんとに硬そう!』
『こちらも到着しました』
『速い……あれ、速い……』
それぞれが現場を確認している。
「便利だな」
ひょっとこが呟いた。
「ひょっとこさんにも一か所お願いします」
「ああ。どれだ?」
「幹線道路の大型個体を」
星歌が指定する。
牛に似た胴体に熊のような太い前脚。そこへワニを思わせる頭部が繋がり、腹には縦に大きな口が開いている。
「かなり大きいですけど……」
「C級だろ。問題ない」
以前、B級の牛鬼すら単独で撃破可能な戦力として見積もられた守護者だ。
《以心伝心》で繋がってはいないが、C級一体を任せること自体に不安はない。
「先生、ひょっとこさんとの通信をお願いします」
「任せて」
ちょうど戻ってきた昴が荷台を向ける。
「ひょっとこ、乗って!」
「おう」
また一人、戦場へ消えた。
「では、次はわたくしですわね」
茉莉花が一歩前へ出る。
「執事」
「はい、お嬢様」
「参りますわよ」
「待ってください」
星歌が止めた。
茉莉花の足が止まる。
「……なんですの?」
「茉莉花さんは、まだ行かせられません」
「はい?」
露骨に眉が吊り上がる。
「どういう意味ですの?」
「茉莉花さんとは、《以心伝心》が繋がってないからです」
「執事がおりますわ」
「それでもです」
星歌は譲らなかった。
「みんなを一人でC級のところに送れるのは、《以心伝心》でずっと繋がっていられるからです。何かあったら私がすぐ気づける。相性が悪いと思ったら交代できるし、危なくなったら昴ちゃんをすぐ向かわせられる」
「わたくしも通信端末を――」
「それだと一回遅れます」
茉莉花が黙る。
「茉莉花さんが危ないと思って、端末で連絡して、それを私が受けて、昴ちゃんに伝える。その一回が怖いんです」
本当は、遠いわけではなかった。
星歌には以前から、茉莉花との間に何かが伸びかけているのが分かっていた。
あと少し。
ほんの僅か。
けれど最後のところで、どうしても繋がらない。
「戦力が足りないんでしょう!?」
「足りません」
「なら――!」
「それでも駄目です!」
星歌も声を強くした。
「茉莉花さんなら戦えるって分かってます! 執事さんもいる。でも、C級を相手に絶対なんてないから!」
「…………」
「何かあってからじゃ遅いんです」
茉莉花は拳を握った。
正しい。
だからこそ、反論できない。
その間にも白石の端末へ新たな情報が届いた。
「九地点目! 郊外にC級! 現地の魔法少女も魔女もすぐには間に合わない!」
「昴ちゃん!」
「先に行く!」
「でも誰を――」
「止めとく! 倒すのはあと!」
昴が消えた。
◇
郊外の道路を、C級マガツが走っていた。
馬のような長い脚。
胴体は猪に近く、その肩から左右へ鹿を思わせる角が何本も突き出している。
その進路上には、まだ避難できていない車両が残っていた。
昴が現れる。
腰の《天駆》には、鈴のところから積んできた対マガツ用装備がある。
「倒すのは、適任に任せる!」
拘束用の杭を掴む。
《光速》。
一本。
二本。
三本。
マガツの進路を囲むように杭を打ち、その間へ対マガツ用の拘束ワイヤーを張る。
巨体が突っ込んだ。
一列目が千切れる。
二列目も引きちぎられる。
だが速度は落ちた。
その先には、すでに三列目。
「はい、そこで待ってて!」
昴はさらに外側へ回り込み、別の拘束具を設置する。
倒せなくてもいい。
ここから動かさなければいい。
『星歌! 足止めした! 誰か空いたら送って!』
『分かった!』
返事を聞くと、昴は即座に引き返した。
◇
「……お嬢様」
茉莉花の隣で、執事が静かに口を開いた。
「なんですの」
「あのことを、お話ししてもよろしいのでは?」
茉莉花の表情が固まった。
「……執事」
「お嬢様も、もう分かっておられるのでしょう」
いつものからかうような声音ではなかった。
「皆様は、あのことを知った程度で、お嬢様を見る目を変えるような方々ではないと」
「…………」
「少なくとも、私はそう思いますが」
茉莉花は何も言わなかった。
星歌も急かさない。
戦場にいる香仁子たちの声は、今も《以心伝心》を通して星歌へ届いている。
けれど茉莉花だけは、その輪へ最後まで入りきれていない。
「……昔は」
やがて茉莉花が口を開いた。
「本当に、お嬢様だったんですの」
星歌が目を瞬く。
「鷹司家は、それなりに裕福な家でしたわ。大きなお屋敷があって、使用人がいて、わたくしも何不自由なく育ちました」
執事は黙っている。
「ですが――もうありませんの」
茉莉花は一度だけ目を伏せた。
「鷹司家は、没落しましたわ」
『え?』
星歌の頭の中で香仁子の声がした。
星歌は黙って続きを待つ。
「お屋敷も、財産も、昔の暮らしもありません。今のわたくしは、狭いアパートで暮らしている――」
一度、大きく息を吸う。
「貧乏人ですの!」
『え? 知ってたけど?』
「…………」
星歌の頬が引きつった。
「香仁子ちゃん、今ちょっと黙ってて!」
「なんですの!?」
「な、なんでもありません!」
『いや、だってなんとなく分かるじゃん』
「香仁子ちゃん!」
『はい』
茉莉花が怪訝そうに星歌を見る。
それでも話をやめなかった。
「もちろん、魔法少女としてお給料はいただいておりますわ。出撃すれば手当も出ます」
だから、働いているのに貧乏なのはおかしい。
当然の疑問だった。
「ですが、わたくしはそのお金を好き勝手に使うつもりはありませんの」
「じゃあ……」
「鷹司家を再興しますわ」
迷いなく言い切った。
「一度没落した家を立て直すのが簡単でないことくらい、わたくしにだって分かっております。でも、諦めるつもりはありません」
給与も。
出撃手当も。
少しずつ、未来のために積み上げる。
「だから以前、ひょっとこにマガツを先に倒されたときも……」
「出撃手当……?」
「そうですわ!」
茉莉花が拳を握る。
「活躍の機会だけではありません! 収入まで持っていかれていたんですのよ!」
『悪かったな』
白石を経由して、ひょっとこの声が届いた。
「聞いてましたの!?」
『白石が通信繋いだからな』
「あとで請求書を送りますわ!」
『払うか』
『あははははは!』
「香仁子さん! 笑わないでくださる!?」
『ごめんごめん。でもさ』
香仁子の声が少しだけ柔らかくなる。
『別にいいじゃん』
「……何がですの」
『金持ちでも貧乏でも、茉莉花は茉莉花でしょ?』
「…………」
『あたしは最初からそういう奴だと思ってるし』
『わ、わたしも……』
猫の声が続いた。
『茉莉花ちゃんは、茉莉花ちゃんだと思う……』
『そうですね』
鏡子の穏やかな声も届く。
『何も変わりませんよ』
茉莉花にはまだ、その声は聞こえていない。
けれど星歌の表情を見れば、何を言われているのかはなんとなく分かったのかもしれない。
執事が隣で静かに笑っている。
「わたくしは」
茉莉花が顔を上げた。
「鷹司家が大好きですの」
その声に、もう迷いはなかった。
「昔のお屋敷はありません。財産もありません。今の生活は、昔とは比べものになりませんわ」
それでも。
「大好きなお家ですの」
星歌を見る。
「だから、わたくしは戦わなければいけない」
胸を張る。
いつもの鷹司茉莉花と同じように。
けれど今は、その奥にあるものまで隠してはいなかった。
「わたくしが大好きなお家のために戦わなければいけない。だから、戦場へ行くんですの」
そして笑う。
「お家のために」
一拍。
「――わたくしのために」
その瞬間。
星歌には、はっきりと分かった。
「あ……」
今まで、あと少しのところで届かなかったもの。
何度一緒に笑っても。
何度一緒に戦っても。
最後のところだけ閉じていた道。
それが今、繋がった。
「茉莉花さん」
「なんですの?」
「繋がりました」
「……はい?」
「《絆》です!」
茉莉花が目を見開く。
「今ので!?」
「はい!」
「なんでですの!?」
「私にも分かりません!」
「そこは分かっておきなさいな!」
『あ、ほんとだ』
香仁子の声がした。
今度は――茉莉花にも聞こえた。
「…………」
『茉莉花、聞こえる?』
「…………香仁子さん?」
『お、聞こえてる!』
「聞こえてますわ!?」
『だから言ったじゃん。知ってたって』
「第一声がそれですの!?」
『あはははは!』
「今すぐそちらへ行って茨で縛り上げますわよ!」
『来れるもんなら来てみろー!』
「行けますわよ! 今なら!」
そのとき、昴が戻ってきた。
「誰か空いた!?」
「昴ちゃん!」
「うん!」
「茉莉花さんと執事さんを商業地区へ! 多脚型です!」
「了解!」
昴が《天駆》を展開する。
「行きますわよ、執事!」
「はい、お嬢様」
二人が荷台へ乗り込む。
「《天駆・茨》!」
「今名付けましたわね!?」
「うん!」
「悪くありませんわ!」
二人は一瞬で消えた。
◇
『茉莉花さん、正面! 壁を走ってます!』
「見えておりますわ!」
商業地区。
トカゲのような長い胴体から蜘蛛を思わせる八本の脚が伸びたC級マガツが、ビルの壁を蹴って跳んだ。
速い。
だが、茉莉花が狙うのは倒すことではない。
「そこですわ!」
《茨》が伸びる。
道路脇の植え込みから。
建物の隙間から。
何本もの茨が一斉に伸び、マガツの脚へ絡みついた。
一脚。
二脚。
三脚。
壁へ逃げようとした脚まで絡め取られ、巨体が宙吊りになる。
「執事!」
「はい、お嬢様」
執事がポシェットへ手を入れる。
収納されていた金属が細かな部品となって吐き出され、空中で組み上がった。
一本の長い槍。
狙いは、動かない相手なら外さない。
茉莉花が止める。
執事が仕留める。
「どうぞ」
槍が一直線に飛び、マガツの大きく開いた口の奥へ突き刺さった。
巨体が痙攣する。
茉莉花が茨を解いたときには、もう動かなかった。
「完璧ですわ!」
「お嬢様が動く敵に当てられないだけとも言います」
「余計な一言を付けるなぁ!」
『茉莉花さん! 裏通りからもう一体来ます!』
星歌の声が直接届く。
「承知しましたわ!」
もう遅れない。
端末へ手を伸ばす必要すらない。
振り向いたときには、次の茨が伸びていた。
◇
住宅街。
象のような巨体と猪を思わせる頭部を持つC級が、避難途中の住民たちへ向かって突進していた。
その正面へ鏡子が立つ。
『鏡子さん、まだ後ろに人がいます!』
「分かりました」
鏡子は逃げない。
両手を胸元で重ねる。
「では――ここは通しません」
冷気が噴き上がった。
氷が鏡子の身体を覆っていく。
上半身を包む氷の装甲。
腰から大きく広がる氷のスカート。
背後へ長く伸びるトレーン。
頭を覆う、透き通った氷のヴェール。
花嫁衣装を思わせる氷の姿。
《永久凍土の花嫁》。
鏡子からほとんど離れていない《氷壁》は、最大に近い強度を保っている。
さらにスカートの裾とトレーンが変形した。
何本もの氷の杭となり、アスファルトへ突き刺さる。
一本。
二本。
さらに深く。
鏡子自身を地面へ縫い付けるように固定する。
巨大なアンカー。
「さあ、どうぞ」
C級が突っ込んだ。
ドゴォン!!
住宅街に轟音が響いた。
象のような巨体が、真正面から鏡子へ激突する。
だが。
鏡子は、一歩も退かなかった。
衝撃は氷のドレスへ。
ドレスから杭へ。
杭から地面へ。
アスファルトに亀裂が走る。
逆に、突進したC級の頭部が大きく弾かれた。
『鏡子さん!?』
「大丈夫ですよ」
鏡子はいつもの穏やかな声で答えた。
「この子、力は強いですけど――」
氷の杭がさらに深く地面へ食い込む。
「わたしを動かすほどではありませんね」
C級がもう一度身体を引く。
再び突進しようとする。
『鏡子さん、避難完了しました!』
「分かりました」
鏡子が微笑んだ。
「では、もう守るだけでなくてもよさそうですね」
右手の前へ氷が集まる。
一枚。
二枚。
三枚。
最大に近い強度を持つ《氷壁》が何枚も束ねられ、巨大な氷のブーケを形作った。
地面へ刺していた杭が抜ける。
鏡子が一歩前へ出た。
「せっかくですから――」
ブーケを振り上げる。
「《手痛い別れ》」
C級が大口を開いて突っ込んでくる。
鏡子は笑顔のまま。
「――《離婚しましょ》」
氷のブーケが横薙ぎに叩き込まれた。
◇
河川敷。
「かったぁぁぁい!」
香仁子の《暴爆》が炸裂した。
爆音とともに、サイのような巨体が横へ吹き飛ぶ。
だが背中の甲羅めいた外殻はまだ残っている。
『香仁子ちゃん、背中じゃなくてお腹! 転がしたときに下が見えた!』
「了解!」
星歌の声を聞き、香仁子が笑う。
「だったら――ひっくり返せばいい!」
再び爆発。
地面ごと抉るような衝撃で巨体が傾く。
硬い甲羅に守られていない腹が露出した。
「そこぉ!」
次の《暴爆》が直撃した。
◇
工業地区。
猫は、走り回るC級を目で追っていた。
鹿のような長い脚。
大型鳥類を思わせる軽い胴体。
まともに追えば、猫では追いつけない。
だから追わない。
「えいっ!」
鉄骨を投げる。
轟音。
マガツの進路へ鉄骨が突き刺さった。
反対へ跳ぶ。
そこへコンクリート片。
また方向を変える。
今度は金属製の資材。
猫が潰しているのは敵だけではない。
逃げ道だ。
『猫ちゃん、そのまま! 投げるものはあたしが持ってくる!』
『う、うん……!』
昴の声が《以心伝心》を通して届く。
猫が振り返る。
さっきまで三本しかなかった鉄骨が、七本になっていた。
「…………」
昴だ。
分かっている。
分かっているのだが。
増えた瞬間だけがまったく見えない。
「……ちょっと怖い」
『なんで!?』
『昴ちゃんが持ってきてるって分かってるんだけど……』
猫が一本掴む。
『振り返るたびに増えてる……』
『便利でしょ!』
『う、うん……』
投げる。
振り返る。
また増えている。
投げる。
さらに補充される。
《天駆・投》。
投げるのは猫。
弾を切らさないのが昴。
猫はもう、拾いに行く必要すらなかった。
◇
昴は走り続けた。
『香仁子ちゃん、終わりました!』
『終わった!』
『昴ちゃん、香仁子ちゃんを郊外へ! さっき足止めした個体!』
『了解!』
回収。
輸送。
「《天駆・爆》!」
「待ってましたぁ!」
郊外へ。
『鏡子さん、避難完了。そっちは?』
『こちらも終わりました』
『じゃあ駅前をお願いします!』
『はい』
「《天駆・壁》!」
「今度はこちらですね」
駅前へ。
『茉莉花さん、裏通りの個体撃破!』
『当然ですわ!』
『次、北側お願いします!』
『昴さん! お迎えですわよ!』
『今行く!』
回収。
輸送。
「《天駆・茨》!」
「参りますわよ、執事!」
「はい、お嬢様」
北側へ。
猫の投擲物が減れば補充する。
誰もすぐに向かえない場所があれば、昴自身が先行して拘束具を撒く。
対マガツ用武器で牽制し、進路を変え、適任者が到着するまで足を止める。
自分が全部倒す必要はない。
昴が一番速いからといって、昴が全部戦う必要もない。
硬いなら香仁子。
守るなら鏡子。
素早いなら猫の投擲で逃げ道ごと潰す。
捕まえられるなら茉莉花が止め、執事が仕留める。
そして正面から潰せばいい相手なら――。
「白石、終わった」
端末から、ひょっとこの声が聞こえた。
「幹線道路のC級撃破を確認!」
「昴ちゃん、ひょっとこさん回収!」
「了解!」
B級の牛鬼すら単独撃破可能と見込まれているひょっとこにとって、C級一体は長く足止めされる相手ではなかった。
ひょっとこだけは《以心伝心》には繋がっていない。
守護者の個人情報は秘匿される。
だから白石が通信を繋ぎ、戦況を星歌へ渡す。
魔法少女たちほど一瞬ではない。
それでも十分だった。
「次は?」
戻ってきた昴が尋ねる。
星歌は地図を見る。
最初は九つあった赤い反応。
今は、三つ。
「香仁子ちゃんを西へ。鏡子さんは駅前をそのままお願いします。猫ちゃんは今の一体。茉莉花さんたちは北から南へ!」
『了解!』
『はい』
『が、頑張る……!』
『お任せなさい!』
四つの返事が、ほぼ同時に届く。
星歌自身は、どの戦場にも立っていない。
それでも全員と一緒に戦っていた。
誰がどこにいる。
誰が余裕を持っている。
どのマガツと、誰の能力が噛み合う。
どこへ誰を動かせば、一番安全に、一番早く終わる。
それを判断する。
「昴ちゃん!」
「うん!」
昴が走る。
星歌が繋ぐ。
昴が届ける。
必要な場所へ。
必要な力を。
最後の赤い反応が地図から消えたのは、それからそう長く経たないうちだった。
◇
「つっかれたぁぁぁぁ……!」
全員を回収し終えた昴が、その場へ大の字に倒れた。
「お疲れさま、昴ちゃん」
「今日、何往復した……?」
「数えてない」
「私も途中から数えるのやめたわ」
白石が端末を閉じる。
「人的被害なし。建物の被害も最小限。現地の魔法少女と魔女からも、担当区域の鎮圧完了が来てる。上出来ね」
「当然だ」
鈴が満足そうに腕を組む。
「《天空移動式駆動ユニット Ver.2改弐式》の性能を考えれば――」
「《天駆》ね」
「だから正式名称を!」
「もう諦めろ」
ひょっとこが肩を叩く。
「お前が言うな!」
その横で、猫が昴の袖を引いた。
「昴ちゃん」
「ん?」
「投げるもの……いっぱい持ってきてくれて、ありがとう」
「どういたしまして!」
「でも……」
「でも?」
「増えるところが見えなくて、ちょっと怖かった……」
「なんで!?」
香仁子の笑い声が《以心伝心》越しではなく、今度はすぐ近くから響く。
「分かる! 昴ならやりそう!」
「どういう意味!?」
そんなやり取りの少し横で、茉莉花が星歌をちらちらと見ていた。
「茉莉花さん?」
「な、なんですの」
「いえ」
星歌は笑う。
「これからは、直接話せますね」
声に出さず。
『こんなふうに』
「っ!」
茉莉花の肩が跳ねた。
「急に頭の中へ話しかけないでくださる!?」
「ご、ごめんなさい!」
『お嬢様、慣れておいた方がよろしいのでは?』
「あなたは繋がってませんでしょうが!」
反射的に怒鳴ってから、茉莉花が止まった。
執事は普通に声を出していただけだった。
「……紛らわしいですわ」
「理不尽でございます」
星歌が吹き出す。
茉莉花は少しだけ頬を赤くして、顔を背けた。
「……せっかくわたくしが秘密まで話したのです。有効活用なさい」
「はい!」
「ただし!」
勢いよく振り返る。
「わたくしが貧乏だということを、面白おかしく言いふらしたら許しませんわよ!」
「しませんよ!」
「お嬢様」
「なんですの」
「皆様にはすでに伝わっております」
「分かってますわよ!」
「香仁子様に至っては、以前からご存じだったようですが」
「それも分かってますわよ!!」
「では問題ありませんね」
「ありますわぁぁぁぁ!!」
茉莉花の叫び声が響く。
秘密を知られた。
けれど、誰も変わらなかった。
香仁子は笑っている。
猫はいつも通り少しおどおどしている。
鏡子は穏やかに微笑んでいる。
昴は地面に転がったまま「お腹すいた」と騒いでいる。
星歌も変わらない。
何も失わなかった。
ただ一つ。
今まで最後のところで途切れていた一本の道だけが、確かに繋がっていた。




