物流革命
第二章 第十二話 物流革命
「できたぞ」
「早すぎる!!」
全員の声が綺麗に重なった。
鈴が時間を固定した試験室へ入ってから、外ではまだ一秒と経っていない。もちろん鈴本人にとっては違う。あの部屋の中で、設計から製作まで終わらせるだけの時間を過ごしてきたのだろう。
分かってはいる。
分かってはいるのだが、扉を閉めた直後に開けて「できたぞ」と言われれば、やはりおかしいものはおかしい。
「それで、何を作ったんですの?」
茉莉花が鈴の手元を覗き込む。
そこにあったのは、拍子抜けするほど小さなものだった。
「……ベルト?」
星歌が首を傾げた。
「ああ。流星、付けてみろ」
「…………」
名前を呼ばれた昴が、露骨に嫌そうな顔をする。
「なんだ、その顔は」
「だって鈴さんに呼ばれると走らされるもん」
「完成品の試験なんだから走るに決まってるだろ」
「ほらぁ!」
昴の抗議など気にも留めず、鈴はベルトを押しつけた。
散々走らされた挙げ句、荷物まで引っ張らされた昴にとって、鈴の言う試験という言葉はすでに信用ならないものになりつつある。それでも完成した装備が自分用なのは間違いないので、渋々腰へ巻いた。
何度か身体を捻り、足を上げ、その場で軽く走るような動きをしてみる。
「……軽い。邪魔にもならない」
「そこが最優先だ。調べてみた結果、お前は単純な重量よりも、何かを持つことで走る姿勢を崩される方が影響が大きかった。なら、何も持たせなければいい」
「でも、それでは荷物を運べないのでは?」
鏡子の疑問に、鈴は昴の腰を指差した。
「右側にボタンがある。押してみろ」
「これ?」
昴がボタンを押す。
直後、ベルトの後部から複数のワイヤーが飛び出した。勢いよく伸びたワイヤーは昴の後方で枝分かれし、折れ曲がり、互いに繋がっていく。
出来上がったのは、車輪のないリアカーのような骨組みだった。
さらにワイヤー同士の隙間へ淡い光が広がる。床が生まれ、側面にも壁が形成される。それらは完全な物質ではなく、どこか透き通った結界そのものだった。
完成した荷台は地面へ落ちることなく、昴の後方で静かに浮かんでいる。
「おおー!」
星歌が真っ先に近寄った。香仁子も横から荷台を覗き込み、猫は恐る恐る床へ指を伸ばす。
「触れます……」
「結界なんだから当然だ。床も壁も基本的には普段使っている結界と同じ要領で形成している。こいつは地面を走るわけじゃないから、車輪も必要ない。流星の後方、走行を邪魔しない位置を維持して追従する」
「なるほど。流星さん自身には荷物を持たせないわけですね」
白石が納得したように頷く。
「そういうことだ」
鈴が操作すると、ワイヤーがさらに伸び始めた。それに合わせて荷台も後方へ広がっていく。骨組みが伸びれば、結界で作られた床と壁もその形に合わせて拡張され、先ほどまで一人用程度だった荷台がみるみる大きくなった。
「ワイヤーの長さは調整できる。荷物が少ないなら小さく使えばいいし、必要なら広げればいい。最大まで展開すれば、人間なら五人くらいは乗れる」
「五人!?」
星歌の目が輝いた。
「乗れるの!?」
「乗れるようには作ったが」
「乗ろう!」
「なんでそうなる」
「だって光速だよ!? 一回乗ってみたいじゃん!」
「それ、あたしも乗りたい!」
香仁子まで乗ってきた。先ほどまで昴が散々な目に遭うのを見ていたはずなのに、自分たちが《光速》を体験できるとなった途端にこれである。
「わ、私はちょっと怖いです……」
「大丈夫ですよ、猫ちゃん。昴さんが普段から使っている力ですし」
鏡子に背中を押され、猫も恐る恐る荷台へ乗る。星歌と香仁子はすでに乗り込んでいた。
そして三人の視線が朔へ向いた。
「……俺もか?」
「あと一人!」
「五人乗れるんだから試してみようよ!」
断る理由も特になかった。朔が乗り込み、最後に鏡子も続く。これで五人。
少し離れたところでは、茉莉花が腕を組んでその様子を眺めていた。
「まったく。光速で移動するくらいで、よくそこまではしゃげますわね」
「お嬢様も先ほどから随分と興味深そうにご覧になっておりますが」
「見てませんわよ!」
「左様でございますか」
「その顔をやめなさい!」
執事にからかわれている茉莉花の横では、ひょっとこが何も言わず荷台を眺めていた。
白石は楽しむより先に安全面が気になるらしく、鈴へ確認する。
「鈴さん。五人乗せても大丈夫なの?」
「その程度なら問題ない。さっき散々試したからな」
「僕がね!」
昴が振り返って叫んだ。
ともあれ準備は整った。
「昴ちゃん、光速ってどんな感じなの?」
荷台の先頭にいる星歌が身を乗り出す。
「どんなって言われても……」
「やっぱ景色がすげえ勢いで流れんのかな?」
「光の中を走るような感じなのでしょうか」
「わ、私、何かに掴まっていた方がいいですよね……?」
香仁子、鏡子、猫まで興味津々だった。朔も口には出さないものの、《光速》で移動する昴から景色がどう見えているのかは少し気になっていた。
だが、昴だけは微妙な顔をしている。
「……たぶん、みんなが思ってるような感じにはならないよ」
「えー? いいからやってみようよ!」
「じゃあ……行くよ」
昴が前を向く。腰から伸びたワイヤーが張り、浮遊する荷台がその後方へ位置を取った。
「せーの――」
「着いたよ」
「…………え?」
星歌が瞬きをした。
周囲を見る。景色が変わっている。先ほどまで鈴や白石たちがいた場所は、遥か後方にある。
間違いなく移動した。だが、移動したという実感がまるでない。
「……今、走った?」
「走ったよ」
「《光速》は?」
「使ったよ」
「何にも見えなかったんだけど!?」
「だから言ったじゃん!」
「いや待て! こう、景色がビュワァァァってなったりしねえのかよ!」
「私も、もう少し不思議な景色が見られるものかと……」
「わ、私はこれでよかったです……」
香仁子と鏡子が期待外れといった顔をする一方で、猫だけは心底安心していた。
「戻るよ」
「ちょ、ちょっと待って! 今度こそちゃんと見るから!」
「見ても同じだと思うけど」
昴が再び前を向く。星歌は目を見開いた。今度こそ。絶対に見逃さない。
そう意気込んだ直後。
「戻ったよ」
「なんでぇ!?」
目を閉じてすらいなかった。それなのに、気づいた時には鈴たちの前へ戻っていた。
「……なんでそんなに残念そうなんだ、お前たち」
鈴が呆れた顔をしている。
「だって光速だよ!? もっとこう、すごい世界が見えるのかと思うじゃん!」
「見えるわけないだろ」
「でも昴ちゃんは見えてるんでしょ!?」
「見えてなきゃ走れるわけないだろ」
鈴は何を当たり前のことを、とでも言いたげに昴を指差した。
「流星は《光速》を使っている間、身体だけじゃなく意識も同じ領域まで加速してる。そうじゃなきゃ一歩踏み出した瞬間に制御不能だ。曲がれない、止まれない、障害物も避けられない。それでどうやって戦うんだ」
「あー……」
言われてみれば当然だった。昴が《光速》で戦えるということは、その速度の中で周囲を認識し、考え、自分の身体を制御できているということだ。
だが、後ろの荷台に乗っているだけの五人は違う。
「速くなってるのは流星だ。装備はそれに追従しているだけで、乗っているお前たちの意識まで加速するわけじゃない。お前たちにとっては、出発したと思ったら到着してる。それだけだ」
「そんなぁ……」
「何が不満なんだ。何も感じる暇すらなく目的地へ着くんだぞ。輸送装備としては理想的だろ」
「ロマンがないよ!」
「輸送装備にロマンを求めるな」
鈴に一蹴され、星歌はがっくりと肩を落とした。
そんな中、白石だけは別のところを見ていた。昴の腰から伸びるワイヤー。その先に浮かぶ荷台。
「……鈴さん」
「なんだ?」
「これ、昴さんじゃなくても使えるわよね?」
「ん?」
「この装備の仕組みそのもの。昴さん用だからベルトにしてあるだけで、荷台を浮かせて追従させる部分に《光速》は関係ないでしょう?」
鈴が黙った。
朔も改めて荷台を見る。ワイヤーで繋がれた、車輪のない荷台。地面には接触せず、床も壁も結界で形成されている。
「……そうだな」
鈴が答える。
「接続部分を変えれば、流星が引く必要はない」
「じゃあ車に繋いでもいいってこと?」
星歌が尋ねる。
「ああ。原理上はな」
「だったらトラックとかに付ければ、めちゃくちゃ荷物運べるんじゃねえか?」
香仁子が言った。
朔は少し考えてから荷台を見る。
「いや」
「ん?」
「荷台をこっちで作るなら、トラックである必要ないだろ」
全員が黙った。
数秒後、白石が口を開く。
「……軽自動車でもいいわね」
「…………」
鈴が固まった。
必要なのは、大量の荷物を載せるための大きな車体ではない。前へ進むための車両と、その後ろへ形成される荷台。必要な時だけ広げ、使わない時は消せる。地面に接触する車輪すらない。
「これ、普通にすごくない?」
星歌が言う。
「普通どころではありませんわよ。運送そのものが変わりかねませんわ」
茉莉花も先ほどまでの余裕をなくし、浮遊する荷台を見つめていた。
執事も荷台へ近づき、結界で形成された側面を観察する。
「車両そのものに巨大な荷台を持たせる必要がなくなるのであれば、用途はかなり広そうですね」
「ただし、魔力は必要だ」
鈴が付け加える。
「荷台を形成して維持してるのは魔法だ。当然、誰でも使えるわけじゃない」
「魔力……」
星歌が呟いた。
その言葉で、今度は何人かの視線が研究所の奥へ向いた。そこでは今も、前線を退いた魔法少女や魔女たちが働いている。
白石も同じところを見た。
「……引退した魔法少女や魔女なら?」
「使えるだろうな。必要な魔力量次第だが」
「新しい仕事になるかもしれないわね」
前線を退いた後も、魔力が完全に失われるまでには時間がある。その力を《魔法の炉》への供給や結界維持だけではなく、荷台を形成するために使えるのなら、活躍できる場所は一気に増える。
軽自動車の後ろに、大型の浮遊荷台。運転する者とは別に、荷台を維持するための魔力を供給する元魔法少女や元魔女。
「……私、流星用の装備を作っただけなんだが」
鈴が呟いた。
「物流変わりませんこと、これ?」
茉莉花の一言に、誰も否定できなかった。
その横で、昴だけが腰に問題の試作品を巻いたまま首を傾げている。
「……僕、もう走らなくていい?」
「それとこれとは別だ」
「え?」
鈴は昴の腰に巻かれたベルトへ視線を戻した。
「まだ耐荷重テストが終わってない。連続使用時間も測る必要がある。それから有人状態での安定性。人数を変えて、前後左右に荷重を偏らせた状態でも走ってもらう。走行中に乗っている人間が動いた場合の挙動も確認したい」
昴の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「……それ、どれくらいかかるの?」
「安心しろ。時間なら無限に作れる」
「……え?」
「《魔女解錠》」
「我、鍛冶の魔女としてここに再臨する」
光が鈴を包み、次の瞬間には鍛冶の魔女としての姿へ変わっていた。
魔女の魔法が現実の法を押しのける。
鈴が片手を伸ばすと、見覚えのある杭が作り出された。
「……あ」
昴が声を漏らす。
鈴は何の躊躇もなく、その杭を試験室の床へ突き刺した。
これで、この部屋の時間は外から切り離された。
「全然安心できないよぉぉぉぉぉ!!」
昴の悲鳴が試験室に響く。
星歌は可哀想なものを見る目で昴を見つめていたが、ふと鈴の言葉を頭の中で反芻した。
有人状態。人数を変える。前後左右に偏らせる。走行中に動く。
「あ」
「どうしたの、星歌ちゃん?」
猫が尋ねる。
星歌の視線が、ゆっくりと周囲を巡った。朔、香仁子、猫、鏡子、茉莉花、執事、ひょっとこ、白石。そして、自分。
「……これ、私たちも巻き込まれるやつだ」
空気が変わった。
「えっ」
猫が固まる。
「……あら」
鏡子の笑顔が引きつった。
「いや待て! あたし関係ねえだろ!」
「ありますわよ! 先ほど嬉々として乗っていたでしょう!」
「茉莉花ちゃんだって関係あるからね!?」
「なぜわたくしまで!?」
「体格や重量の異なる方で試験するのであれば、お嬢様も有用な試験要員かと」
執事が冷静に答える。
「他人事みたいに言っていますけれど、あなたもですわよ!」
「……なるほど」
「今気づきましたの!?」
その横で、ひょっとこが静かに扉へ向かって歩き始めた。
「ひょっとこさん」
白石が呼び止める。
「…………」
「どこへ行くの?」
「トイレ」
「今までずっといたのに?」
「急に行きたくなった」
「もう遅いですよ」
白石が床に突き刺さった杭を見る。
「鈴さん、もう時間を固定してますよね?」
「ああ」
「…………」
ひょっとこが扉を見る。
「トイレ行かせて」
「試験が終わってからだな」
「終わるのいつ?」
「時間なら無限にある」
「それ答えになってない」
「先生」
星歌が白石を見る。
「何?」
「先生もだからね?」
「…………」
白石が鈴を見る。
「……鈴さん。私も?」
「もちろん。人数だけじゃなく体格や重量も変えたい。そこにいる全員、順番に乗ってもらう」
「ですよね……」
逃げ道が消えた。
先ほどまで《光速》を体験できるとはしゃいでいた星歌たちも、それを外から眺めていた茉莉花たちも、今や等しく試験要員である。
唯一、最初から最後まで逃げられない昴が、ほんの少しだけ嬉しそうに周囲を見回した。
「……僕だけじゃない」
「喜ぶな!」
星歌が叫ぶ。
鈴はそんな騒ぎを気にすることなく手を叩いた。
「よし。まずは一人乗りから始めるぞ。その後は二人、三人と増やしていく。最大人数まで終わったら、次は荷重を左右に偏らせる」
「これいつまで続くの!?」
「だから安心しろ、桃井。時間ならいくらでもある」
「それが一番怖いんだってぇぇぇぇぇ!!」
このあとさんざんてすとしました。まる。




