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2度目の守護者は失敗しない  作者: AIの奴隷
魔法少女も多様性

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百錬成鋼 クラフトガール

第二章 第十一話 百錬成鋼 クラフトガール


 鈴と昴が工房を飛び出していってから、残された星歌たちはそのまま研究室本部の見学を続けることになった。


「さて。火神さんが戻ってくるまで、次の場所を――」


 白石がそう言いかけた、その時だった。


 廊下の奥で扉が開く音がした。


「……あれ?」


 星歌が振り返る。


 さっき鈴と昴が向かった方向だ。まだ一秒ほどしか経っていない。忘れ物でもしたのだろうか。


 そう思って見ていると、まず鈴が姿を現した。その後ろから、何かがふらふらと歩いてくる。


「……昴ちゃん?」


 星歌は目を疑った。


 ほんの一秒前まで元気だったはずの昴が、見る影もなくボロボロになっていた。ツインテールは乱れ、肩を落とし、足取りは覚束ない。何より目が死んでいる。


「昴ちゃん!? どうしたの!?」


「…………」


「昴ちゃん!?」


 呼びかけられた昴は、ゆっくりと顔を上げた。


「いっぱい……はしった……」


「へ?」


 それだけ言い残し、昴の身体が前へ傾いた。


「昴ちゃぁぁぁぁぁぁん!?」


 慌てて星歌が抱き止める。その周りへ鏡子と猫も駆け寄り、香仁子は呆然と昴と扉を見比べた。


「いや待て。こいつ出てってから一秒くらいだぞ」


「そうですわ! 一体何をしたら一秒でこんなことになりますの!?」


「ああ、すまんすまん」


 全員の視線が鈴へ集まる。


 当の本人はまったく悪びれた様子もなく、手元の端末にびっしりと並んだ計測結果を眺めていた。


「必要なデータを取ってたんだよ」


「一秒で!?」


「外ではな」


 星歌たちの頭上に疑問符が浮かぶ。


 鈴は倒れた昴を見てから、何でもないことのように続けた。


「実はな――」


     ◇


 少し前。


「ここだ」


「へえ」


 鈴に連れられて入ったのは、研究室本部の中でもかなり広い部屋だった。床には距離を示す線が引かれ、壁際にはいくつもの計測機器が並んでいる。


「ここを走ればいいの?」


「ああ。まずは普通に走ってもらう。ただ、その前に――」


 鈴が右手を上げる。


 虚空から、光り輝く鍵が現れた。


「我、鍛冶の魔女としてここに再臨する」


 鈴がその鍵を何もない空間へ差し込む。


 鍵から伸びた光の線が空間を走り、巨大な魔法陣を描き上げていく。完成した魔法陣は形を変え、やがて一枚の扉となった。


 鈴が鍵をひねる。


 扉が開いた瞬間、溢れ出した光の奔流が鈴を包み込んだ。


 やがて光が消えた時、そこには《鍛冶の魔女》としての真の姿を現した火神鈴が立っていた。


 魔女の魔法が現実の法を押しのける。


「おおー」


 昴が感心している前で、鈴は一本の杭を作り出した。それを床へ突き立てる。


「これでよし」


「何したの?」


「この部屋の時間を固定した」


「時間?」


「この杭が刺さっている間、この部屋でどれだけ時間を過ごしても、外では一秒も経たない」


「……すごくない?」


「便利だぞ。年も取らないし、腹も減らない。研究や作業をするには最高の空間だ」


「へえー!」


 この時の昴は、まだ笑っていた。


「じゃあ始めるぞ。まずは魔法なし、荷物なし。いつも通り走ってみろ」


「はーい!」


 この時の昴は、まだ元気だった。


     ◇ 一日目 ◇


 最初の試験は、本当にただ走るだけだった。


 魔法を使わず、何も持たず、普段通りに走る。鈴はそれを横や正面、後方から計測し、腕の振りや歩幅、重心の移動、加速時と減速時の姿勢まで細かく記録していった。


「もう一回」


「はーい!」


「今度は最初の一歩を右足から」


「はーい!」


「次、左」


「はーい!」


 何度か繰り返したところで、今度は重りが出てきた。


「次、一キロ」


「余裕!」


「二キロ」


「まだ余裕!」


「三キロ」


「全然いける!」


 重さを増やすたびに通常走行と《光速》使用時の両方を計測する。単純に何キロ持てるかを調べているのではない。どの程度の重量から腕の振りが変わり、重心がずれ、それが《光速》の発動にどう影響するのか。


 重量が増えるにつれ、昴の返事から少しずつ元気がなくなっていった。


「次、五キロ」


「はーい」


「右手だけ」


「はい」


「左手」


「……はい」


「両手」


「……まだやるの?」


「まだ重量しか調べてないぞ」


「しか?」


 嫌な言葉を聞いた気がした。


 そして、その予感は正しかった。


「次、形状Aタイプ。二キロ」


「……さっき二キロやったよ?」


「形が違う」


「重さ同じじゃん」


「形が違えば持ち方も重心も変わるだろ」


「…………」


「ほら、走れ」


「はぁーい……」


 昴は走った。


     ◇ 二日目 ◇


「次、形状Cタイプ。重りを二キロで計測」


「えー……まだやるのぉー?」


「やるぞ」


「昨日も二キロいっぱい持ったじゃん……」


「Cタイプはまだだ」


「二キロは二キロだよぉ……」


「形が違う」


「火神さん細かいよぉ……」


「褒め言葉だな」


「褒めてないよぉ……」


 二日目に入っても試験は終わらなかった。


 細長い物。幅の広い物。片手で握れる物。両手で抱える物。同じ重さでも形状を変え、持ち方を変え、固定する位置を変える。そのたびに通常走行と《光速》で走らされ、鈴は嬉々としてデータを増やしていった。


「次は右手」


「さっき右で持ったよぉ……」


「それはBタイプだ。これはCタイプ」


「……左じゃだめ?」


「左もやる」


「聞かなきゃよかった……」


 走って、休んで、また走る。


 この空間では腹は減らない。年も取らない。しかし、走れば当然疲れる。


「もう無理ぃ……」


「じゃあ寝ろ。起きたら続きだ」


「起きたら続くの……?」


「当たり前だろ」


「外出たい……」


「まだデータが足りん」


 昴は床に転がった。


 しばらくして眠り、疲労が取れたところで起きる。


「よし、続きやるぞ」


「…………鬼」


「何か言ったか?」


「なんでもない……」


 そして、また走った。


     ◇ 三日目 ◇


「流星、起きろ」


「…………」


「起きろ。続きやるぞ」


「…………おはよぉ」


「まず三キロ。形状D」


「……さんきろ」


「右手」


「……みぎ」


「次、左」


「……ひだり」


 もはや昴は、渡された物を確認することすらやめていた。


 鈴から重りを受け取る。指定された場所へ立つ。合図を待つ。走る。戻ってくる。また何かを渡される。


 右。左。両手。抱える。固定する。走る。魔法を使う。また走る。


 途中から何回走ったのかも分からなくなった。


「――よし」


 端末を確認していた鈴が、ようやく顔を上げた。


「必要なデータは取れた」


「…………おわり?」


「ああ。終わりだ」


「…………」


「もう走らなくていいぞ」


 その言葉を理解するまで、昴には数秒かかった。


 鈴が床へ突き立てていた杭を引き抜く。


 閉ざされていた時間が、外の世界へ繋がった。


     ◇


「――で、戻ってきたというわけだ」


「いっぱい……はしった……」


「昴ちゃぁぁぁん!」


 星歌の膝を枕にして倒れている昴は、まだ完全には戻ってきていなかった。


「三日も走らせたんですか!?」


「休憩はさせたぞ」


「そういう問題でしょうか……」


 鏡子が困ったように言い、猫は昴の頭を心配そうに撫でている。


 しかし鈴は聞いているのかいないのか、集めたデータを眺めながら考え込んでいた。


「ふむ……やっぱりそうか」


「何か分かったの?」


 星歌に聞かれ、鈴が端末をこちらへ向ける。


「重量そのものにも限界はある。だが、それ以上に問題なのは走行フォームだ。物を持つことで腕の振りや重心が変わる。そこから姿勢が崩れて、《光速》にも影響が出る」


「じゃあ、重い物は運べないってこと?」


「いや」


 鈴がにやりと笑った。


「持たなきゃいい」


「……え?」


「列車を考えてみろ。機関車は荷物を抱えて走るか?」


「……抱えないね」


「後ろに繋いで引っ張るだろ。こいつも同じだ。本人の走行フォームをできるだけ崩さず、荷物を後ろから牽引させる」


 その言葉を聞いて、床に倒れていた昴の目がゆっくりと開いた。


「つまり、私が考えるべきなのは流星に荷物を持たせる装備じゃない。流星の走りを邪魔せず、後ろへ荷物を繋ぐ方法だ」


「……じゃあ……」


 昴が弱々しく声を出す。


「もう……走らなくていい……?」


「ああ」


 昴の顔に、わずかに安堵が戻った。


「走行試験は終わりだ」


「よかったぁ……」


「次は牽引試験だな」


「…………」


 昴の顔から表情が消えた。


 鈴は立ち上がると、近くにいた研究員へ声をかけ、何やら指示を出し始めた。ほどなくして工房や倉庫から、大小いくつもの台車、重り、ワイヤー、ベルト、接続具が集められてくる。


 それを見た昴が、ゆっくりと後ずさった。


「……なに、それ」


「牽引試験の材料」


「やだ」


「まずは軽い台車からだな。そこから重量を増やして、接続位置と――」


「やだ」


「車輪の大きさも何種類か試して――」


「やだってば!」


 昴が逃げようとする。


 だが、三日間走り続けた直後である。鈴にあっさり腕を掴まれた。


「ほら行くぞ」


「やだやだやだ! もう走った! いっぱい走ったから!」


「大丈夫だ」


「何が!?」


「部屋の中じゃ年も取らないし、腹も減らない。私にとっては都合のいい作業空間なんだ」


「それ僕にとっての地獄ぅぅぅぅぅ!!」


 昴の絶叫が廊下へ響き渡る。


「火神さん! せめて少し休ませてあげてください!」


「試験場で休ませる」


「そういう意味じゃないよぉぉぉ!」


 星歌たちの目の前で、昴は再び試験場へと引きずり込まれていった。


 バタン。


 扉が閉まる。


 全員が扉を見る。


 一秒後。


 ガチャ。


「昴ちゃん!?」


 出てきた昴は、先ほどよりさらに酷い有様だった。


 ふらふらと数歩進み、星歌の前まで来る。


「…………いっぱい……」


「昴ちゃん?」


「……ひっぱった……」


 ばたり。


「昴ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!?」


「よし」


 その後ろから出てきた鈴だけは元気だった。


「必要なデータは揃った」


「何日やったんだよ……」


 香仁子が引き気味に尋ねる。


「細かいことは気にするな」


「気にするだろ!」


 鈴は香仁子の抗議を無視し、集めたデータを満足そうに確認する。


「これならいける。制作に入ろう」


「今からですの?」


「ああ」


 鈴は当然のように答えたあと、ふと思いついたように全員を見る。


「そうだ。せっかくだし君たちも見ていくかい?」


 星歌たちは試験場を見る。


 次に、床へ倒れている昴を見る。


 もう一度、試験場を見る。


「いや、結構です」


 ほぼ全員同時だった。


「そうか。では制作してくる」


 鈴は特に気にする様子もなく、必要な材料と工具を抱えて部屋へ入っていった。


 バタン。


 扉が閉まる。


 全員が扉を見る。


 もはや何が起こるのか分かっていた。


 一秒後。


 ガチャ。


「できたぞ」


「早すぎる!!」


 研究室本部に、全員の声が響き渡った。



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