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2度目の守護者は失敗しない  作者: AIの奴隷
魔法少女も多様性

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魔女の残り香

第二章 第十話 魔女の残り香


 エヴァを乗せた飛行機が空へ消えてから、星歌たちは中部国際空港を後にした。


 日本へやって来た《鋼鉄の魔女》は、最後まで嵐のような人だった。香仁子とはすっかり意気投合し、帰国直前には星歌の《絆》に新しい可能性まで見つけていった。


 香仁子を介してエヴァへ繋いだ時も、猫を介して遠く静岡にいる渚へ繋いだ時も、星歌一人では届かなかった相手へ確かに《絆》が届いた。


 ただし、その代償は軽くない。香仁子一人を経由しただけでも普段とは比べものにならないほど魔力を持っていかれ、猫からさらに渚まで繋いだ時には、維持するだけで気を抜けば膝から崩れそうなほどだった。


 できることは増えた。けれど、何でもできるようになったわけではない。


 その辺りも含めて、帰ったら改めて試してみたい。


 そんなことを考えていた星歌だったが、全国行脚はまだ終わっていなかった。


「次は岐阜よ」


 高速道路へ入ってしばらくしたところで、運転席の白石が次の目的地を告げた。


「岐阜?」


「今度は誰に会うの?」


 星歌に続いて昴が尋ねると、白石は前を向いたまま答えた。


「会う人もいるけど、今回はそれだけじゃないわ。岐阜には組織の研究室本部があるの。全国行脚をする魔法少女は、基本的に一度は立ち寄ることになってるわ」


「研究室本部って、何をしてるところなんですの?」


 茉莉花が尋ねる。


「対マガツ用の装備や結界発生装置の研究、開発、整備なんかをしている技術部門の中心ね。全国から故障した装置や、定期点検が必要になった装置も集まってくるわ」


「へえ、大変そうだな」


 香仁子が他人事のように言った。


「全国からとなると、修理だけでもかなりの数になりそうですね」


 猫まで心配そうに続ける。


 白石はバックミラー越しに二人を見た。


「…………」


「先生?」


「……何でもないわ」


 何か言いたそうではあったが、白石はそれ以上口にせず、そのまま話を続けた。


「それと、研究室本部には《魔法の炉》があるわ」


「魔法の……炉?」


「その説明をするなら、先に《魔女の残り香》について話した方がいいわね」


 聞き慣れない言葉だったらしく、鏡子も首を傾げる。


「《魔女の残り香》……ですか?」


「昔の魔女たちが後世に遺した特殊な物を、組織ではそう呼んでいるの。道具だったり、設備だったり、形も用途も様々よ。今でも使われている物もあれば、どういう仕組みで動いているのか分からない物、何のために作られたのかすら分からない物もある」


「そんなものが残ってるんだ」


「日本だけじゃないわ。世界各地で見つかっている。その中でも特に有名なのが、《創造の魔女》と呼ばれる人物が遺した物ね」


「《創造の魔女》?」


「過去に実在したことは確か。でも、本人については分からないことが多いのよ。世界中から彼女が作ったとされる物が見つかっているのに、どういう人物だったのか、なぜそれほど多くの物を遺したのか、今でも謎が多い」


「その一つが《魔法の炉》?」


 昴の問いに白石が頷いた。


「そう。《魔法の炉》は、守護者武器を生み出すための《魔女の残り香》よ。倒したマガツから採取した素材を炉に入れて、そこへ魔力を注ぐ。すると、一つの守護者武器が生まれる」


 守護者武器と聞いて、星歌は自然と《ひょっとこ》へ目を向けた。


「じゃあ、ひょっとこさんの刀も?」


「ああ」


「執事のポシェットもですの?」


「ええ。こちらも同じですよ、お嬢様」


 執事が腰のポシェットを軽く叩く。


 茉莉花はそれを改めて眺めてから、不思議そうに首を傾げた。


「では、守護者が欲しい武器を注文して作っていただくんですの?」


「それができないのよ」


 白石が答える。


「何が生まれるかは基本的にランダム。形状も能力も、完成するまで分からないわ。ただ、能力については材料にしたマガツの性質や能力を引き継ぎやすいとされている」


「ガチャじゃん」


 香仁子が即座に言った。


「身も蓋もない言い方をすれば、そうね」


「守護者って武器ガチャしてんのか」


「俺たちが回してるわけじゃない」


 《ひょっとこ》が訂正すると、執事も苦笑しながら頷いた。


「出来上がった物の中から、適性のある守護者へ回されることになります。強力な能力でも、本人がまともに扱えなければ意味がありませんからね」


 星歌は《ひょっとこ》の腰元へ目を向けた。


 彼が使う《月に叢雲》も、誰かが彼のために設計したものではない。どこかで倒されたマガツの素材が炉へ入れられ、魔力を注がれ、偶然あの形と能力を持って生まれた。


 守護者武器について今まで深く考えたことはなかったが、その成り立ちを知ると少しだけ不思議なものに思えてくる。


「でも、それだけのものを動かすなら、かなり魔力が必要なんじゃないですか?」


 鏡子が尋ねると、白石は頷いた。


「必要よ。だから《魔法の炉》への魔力供給も、研究室本部の大切な仕事の一つなの」


「誰がやるの?」


「前線を退いた魔法少女や魔女たちよ」


 車内が少し静かになった。


 魔力は二十歳頃までにピークを迎え、その後は徐々に低下し、三十歳前後には完全に失われる。前線で戦えなくなっても、魔力が残っている間は後方支援に参加でき、《魔法の炉》への魔力供給や結界の発生・維持などを担う。これは組織における引退組の正式な役割だった。


「じゃあ、私たちが戦ってる時の結界も?」


「装置が勝手に動いているわけじゃないわ。結界発生装置を介して、向こう側から魔力を送り続けている人がいる。あなたたちが戦っている間、ずっとね」


 星歌はこれまでの戦いを思い返した。


 マガツが現れれば避難が始まり、結界が張られ、その中で自分たちが戦う。


 今までは、それが当たり前だった。


 けれど、その当たり前を作っている人がいる。


「全国行脚で岐阜に必ず立ち寄るのは、そういうことも知ってもらうためよ。各地の魔法少女や魔女に会うだけじゃない。自分たちが何を使って戦っているのか、誰に支えられているのか。それも見ておきなさいってこと」


 白石の言葉に、星歌たちはそれぞれ頷いた。


     ◇


 岐阜県に入り、さらに車を走らせた先に研究室本部はあった。


 研究室という名前から星歌が想像していたものとは、かなり違う。敷地内にはいくつもの建物が並び、静かな研究施設というより、大規模な工場と整備拠点、それに研究所を一つにまとめたような場所だった。


 搬入口では大型のケースが次々と運び込まれている。


「これ、結界発生装置?」


 昴が足を止めた。


 ケースへ収められようとしている機材には焦げた跡が残り、外装の一部が大きく歪んでいる。


「そうよ。全国からここへ送られてくるの。完全に故障した物だけじゃなくて、大きな負荷がかかった物は点検も必要だから」


「うわ、結構ボロボロだな」


 香仁子が覗き込む。


「これを全部直すんですか……大変ですね」


 猫も心配そうに装置を眺めた。


「…………」


 白石がまた二人を見る。


「さっきから何なんだよ先生」


「別に」


「絶対なんかあるだろ」


「そのうち分かるわよ」


 それだけ言って、白石は施設の奥へ進んでいった。


 内部には見たこともない機械がいくつも並んでいた。その中を進んでいくと、一角だけ少し雰囲気の違う場所がある。


 何人もの成人女性が設備の前に座り、それぞれ目の前の装置へ手をかざしていた。


「あの人たちが?」


「ええ。さっき話した引退組よ」


 まだ星歌たちとそれほど年齢が変わらないように見える女性もいれば、二十代後半ほどに見える者もいる。戦闘用の衣装も武器も身につけていないが、装置へ魔力を送り込んでいるのは星歌にも感じ取れた。


 白石がその前を通り過ぎようとした時、一人の女性が顔を上げた。


「あれ?」


 白石を見る。


 少し目を細めてから、その表情が一気に明るくなった。


「白石先輩!?」


「あら」


 白石も足を止める。


「久しぶり」


「お久しぶりです! 本当に久しぶりですね。全然こっち来ないじゃないですか」


「教師やってるんだから、用もないのに岐阜まで来ないわよ」


「昔は結構来てたのに」


「その頃はまだ魔力が残ってたもの。今来たって何も入れられないでしょう?」


「あ、そうでしたね。先輩、もう完全に魔力なくなったんでしたっけ」


「とっくにね」


 星歌たちは何気なく二人の会話を聞いていた。


 そして数秒遅れて、意味を理解した。


「…………え?」


 星歌が白石を見る。


 香仁子も、猫も、昴も、鏡子も同じように白石を見る。少し離れていた茉莉花まで目を丸くしていた。


 一方で、《ひょっとこ》と執事だけは何の反応も示していない。


「先生」


「なに?」


「今、先生の魔力がなくなったって言いました?」


「言ったわね」


「なんで先生に魔力があったんですか?」


「なんでって……」


 白石はそこまで言ってから、ようやく気づいたらしい。


「ああ。私、元魔女だから」


「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」


「ええええっ!? 白石先生、魔女でしたの!?」


 五人分の絶叫に茉莉花の声まで加わり、周囲で魔力を供給していた女性たちが一斉にこちらを見た。


「ちょっと、仕事場なんだから騒がないの」


「先生のせいでしょ!」


「聞いてないぞ!?」


「わ、私も初めて聞きました!」


「先生、魔女だったの!?」


「元、ね」


 白石だけは平然としている。


「言ってなかった?」


「言ってないよ!!」


「別に隠してたわけじゃないんだけど」


「じゃあ、なんで言わなかったんだよ!」


「聞かれなかったから」


「聞けるわけないだろ!」


 香仁子のもっともな反論に、白石はなぜか納得できないような顔をした。


 横でやり取りを見ていた女性が笑っている。


「相変わらずですね、白石先輩」


「何が?」


「そういうところです」


「ひょっとこさんは知ってたの?」


 星歌が振り返る。


「知ってる」


「執事もですの!?」


「ええ、存じております」


「なぜわたくしには教えてくださらなかったんですの!?」


「聞かれませんでしたので」


「白石先生と同じことを言わないでくださいまし!」


 茉莉花の抗議を受けても、執事は涼しい顔をしている。


「それで先生、何の魔女だったの?」


 昴が改めて尋ねた。


「《重責の魔女》よ」


「重責……?」


「どんな魔法だったんですか?」


 鏡子が尋ねた瞬間、白石の表情がほんの少しだけ固まった。


「その話はしません」


「え?」


「なんで?」


「したくないからよ」


「そこまで教えたならいいじゃん!」


「嫌です」


「なんでそこだけ頑ななんだよ!」


「嫌なものは嫌なの」


 白石はそれ以上取り合う気がないらしい。


 星歌が《ひょっとこ》へ目を向けると、彼はすっと視線を逸らした。執事も口元に笑みを浮かべているだけで何も言わない。


 二人とも何か知っている。


 それだけは分かった。


「じゃあ先生も、ここで働いてたんですか?」


 星歌が質問を変えると、白石は今度はあっさり頷いた。


「ええ。魔女を引退してから、魔力が完全になくなるまでの間ね。空いてる日にここへ来て、《魔法の炉》や結界発生装置に魔力を供給するバイトをしてたのよ」


「先生も……」


「別に珍しいことじゃないわ。前線を退いても、魔力が残っているなら使い道はある。それにちゃんとお金も出るしね」


「白石先輩、結構来てましたよね」


「まあね。どうせ余らせても消えていくだけだもの」


 女性とのやり取りは、白石にとって昔のバイト仲間と再会した程度のものらしい。


 けれど、星歌たちにとっては違った。


 いつも学校で自分たちを見ている教師にも、自分たちと同じように戦っていた時代があった。その先で魔女にまで至り、前線を退いた後には、ここで後輩たちを支える側にも回っていた。


 星歌は、設備へ魔力を送り続ける女性たちをもう一度見た。


 さっきより少しだけ、その姿が身近に感じられた。


「ほら、行くわよ。まだ見るところがあるんだから」


「先生、《重責の魔女》の――」


「話しません」


「まだ何も聞いてないよ!」


「どうせ聞くでしょう」


 白石はさっさと歩き出した。


 星歌たちもまだ聞きたいことは山ほどあったが、今は全国行脚の途中である。後で絶対に聞こうと顔を見合わせながら、その後を追った。


     ◇


 やがて一行は、厳重な扉で隔てられた区画へ入った。


 その先にあった巨大な炉を見て、星歌は思わず足を止める。


 形だけを見れば古い設備にも見える。しかし、周囲に並ぶ現代的な機械とは明らかに雰囲気が違っていた。炉だけが別の時代からそこへ置かれ、その周囲に後世の設備が付け足されていったような、奇妙な存在感がある。


「これが……」


「《魔法の炉》よ」


 白石の言葉に、全員が炉を見上げた。


「これを《創造の魔女》が作ったんですの?」


「そう伝わっているわ」


「いつ?」


「詳しくは分からない」


「どうやって?」


「それも分からない」


「なんで世界中に色々作ったの?」


「それも分からないわ」


「何も分かんないじゃん」


 昴が言うと、白石は苦笑した。


「だから今でも研究対象なのよ。過去の魔女が遺した物を、現代の私たちは全部理解して使っているわけじゃない。この炉だって、マガツの素材と魔力から守護者武器が生まれることは分かっている。でも、なぜ形状も能力も毎回変わるのか、どうして素材にしたマガツの性質が武器へ宿るのか、その全てが解明されているわけじゃない」


 《ひょっとこ》と執事も、それぞれ自分の武器へ目を向ける。


「我々にとっては、随分と縁深い場所ということですね」


 執事がポシェットへ触れながら言った。


「そうだな」


 《ひょっとこ》の返事は短い。


「さて、この炉についてもっと詳しく知りたいなら、私より専門家に聞いた方がいいわね」


「専門家?」


「ここの技術者で、《魔法の炉》の管理もしている現役の魔女よ。火神鈴さん――《鍛冶の魔女》」


     ◇


 火神鈴の工房は、《魔法の炉》が置かれた区画からそれほど離れていなかった。


 近づくにつれて、金属を叩く音が聞こえてくる。


 白石が扉の横にある呼び出しボタンを押すと、中から大きな声が返ってきた。


「開いてる!」


「失礼します」


 扉を開けた途端、熱気と金属の匂いが流れてきた。


 工具、部品、素材、設計図らしき紙。用途の分からない機械まで所狭しと並び、その中央では一人の女性が作業台に向かって何かを調整していた。


「火神さん。白石です。全国行脚の子たちを連れてきました」


「ああ、今日だったか」


 火神鈴が工具を置いて振り返る。


 白石を見て、星歌、鏡子、茉莉花、昴へと視線を移し――香仁子で止まった。


「ん?」


 香仁子が首を傾げる。


 鈴の目が細くなった。


 そのまま隣へ視線を移し、猫を見つける。


「……?」


 猫が一歩下がった。


 鈴は大きく息を吸った。


「お前らかぁぁぁぁぁ!! 阿久別香仁子ぉぉぉ!! 宍戸猫ぉぉぉ!! お前たち、自分たちが戦った後の結界発生装置の損傷率を知っているかぁぁぁぁ!! 全国一位だぞぉぉぉぉ!! それもぶっちぎりの一位だぁぁぁ!! ふざけるなよぉぉぉぉ!! 私が丹精込めて作り上げた、かわいいかわいい子たちをなんだと思っているんだぁぁぁ!! マガツの攻撃を受け止めての損傷ならまだいい!! そのために作ったんだ!! 街を守って! 人を守って! お前たち魔法少女を守って! それでボロボロになって帰ってくるなら本望だ!! どれだけ壊れて帰ってきたって抱きしめてやる!! よく頑張ったなってよしよししてやる!! キスの雨を降らせてやる!! 壊れたところは一つ残らず丁寧に直して、愛を込めて隅から隅までピッカピカに磨き上げて、また元気に送り出してやる!! だがなぁぁぁぁ!! 味方に壊されるってなんだぁぁぁぁぁ!! なんで守ってる側のお前たちからあの子たちが攻撃を受けてるんだぁぁぁ!! 仲間に壊されるために私はあの子たちを生み出したわけじゃなぁぁぁぁぁい!! 香仁子ぉぉぉ!! お前の爆発は威力がデカすぎるんだよぉぉぉ!! マガツを吹き飛ばすたびにその衝撃を誰が受け止めてると思ってる!! 結界だよ!! 私のかわいい子たちだよぉぉぉ!! 猫ぉぉぉ!! お前もだぁぁぁ!! その辺の物を片っ端からぶん投げやがって!! 当たったら当たったで衝撃がデカい!! 外したら外したで結界まで一直線!! どっちに転んでも私の子たちに負担が行くんだよぉぉぉ!! お前ら二人が同じ戦場に出た日の装置なんかなぁ!! こっちは返ってくる前からメンテナンスの覚悟決めて待ってるんだぞぉぉぉぉ!! 戦うなとは言わん!! マガツを倒すなとも言わん!! それがお前たちの仕事だからなぁ!! でも少しは!! ほんの少しでいいから!! 戦場の片隅で必死にお前らを守ってる私のかわいいかわいい子たちのことも考えてやれぇぇぇぇぇぇ!!」


 誰一人、途中で口を挟めなかった。


 香仁子でさえ完全に出鼻をくじかれている。猫に至っては半泣きのまま固まっていた。


 鈴は二人を睨みつけながら肩で何度か息をし、やがて肺の中に残っていたものまで全部吐き出すように、長く息を吐いた。


「ふぅぅぅ…………スッキリした」


「お前だけな!!」


 ようやく香仁子が反撃した。


「なんなんだよお前! 初対面でいきなり!」


「初対面だから今まで直接言えなかったんだろうが! こっちはお前らが戦うたびに、悲鳴上げて帰ってきたあの子たちを何台診てきたと思ってんだ!」


「知らねえよ!」


「私は全部知ってる! 修理記録も点検記録も全部見てるからな!」


「わ、私、わざとじゃないですぅ……」


 猫が消え入りそうな声で言う。


「そんなことは分かってる!! だがこっちはお前らが戦うたびにボロボロになったあの子たちを直してるんだ!! 一度くらい本人に直接文句言わせろ!!」


「一度にしては長すぎんだろ!!」


「だからスッキリしたって言ってるだろ!」


「こっちはスッキリしてねえ!!」


 香仁子と鈴が睨み合う横で、星歌はとりあえず猫の背中を撫でていた。


「……随分と情熱的な方ですのね」


 茉莉花が圧倒されたように呟く。


「物を大切になさるのは良いことかと」


「キスの雨まで含めてですの?」


「愛情表現は人それぞれですので」


「そこは肯定するんですのね……」


 執事は相変わらずだった。


 言いたいことを全部吐き出して満足したのか、鈴は香仁子との睨み合いをあっさり打ち切った。


 そして視線を横へ向ける。


 昴と目が合った。


「……で、流星昴」


「は、はいっ!」


「ふむ、対マガツ用武器の使い心地どう?」


「温度差が怖い!」


「何が?」


「今の全部だよ!」


 鈴は本当に分かっていないらしく、首を傾げる。


「お前、最近いろんな対マガツ用武器を試してるんだろ?」


「う、うん。持って走れるものとか、すぐ使えるものとか。でも、大きいのは邪魔になるし、重いものを持つと走りにくい。走るフォームが崩れるのも嫌」


「なるほどな」


 鈴の表情が変わった。


 先ほどまで怒鳴り散らしていた人物とは思えないほど真剣な顔で昴を見ると、腕の振り方や足の運びでも想像しているのか、頭から足先までじっくりと視線を動かす。


「ちょっと走ってるところ見せてくれ」


「今?」


「走行試験用の場所がある。全力じゃなくていい。普段どういう姿勢で加速して、どう止まるのか見たい。それと、どの程度までなら荷物を持ってもフォームが崩れないかも測る」


「いいけど……なんで?」


「お前の《光速》、戦闘だけに使わせるにはもったいないんだよ」


 鈴は近くにあった紙を引き寄せると、昴を見ながら何かを書き始めた。


「お前一人ならとんでもない速度で移動できる。なのに物を運ぼうとすると、結局その両手で持てる分しか運べないんだろ?」


「まあ、そうだけど」


「もったいない」


「二回言った」


「もっと運べたら面白いと思わないか?」


「もっと?」


「だから、それを考えるために走ってるところを見せろ。何を持ったら邪魔になるのか、どこまでなら《光速》を維持できるのか、まずそこからだ」


 昴が鈴の手元を覗き込む。


「まだ何作るか決まってないの?」


「決まってない。だから調べるんだよ」


 鈴は紙を掴んで立ち上がった。


「流星、試験場行くぞ」


「今から?」


「今から。白石、こいつ借りるぞ」


「どうぞ」


「先生、返事早くない!?」


「ほら行くぞ!」


「分かったから引っ張らないで! 自分で歩ける!」


 工房を飛び出していく鈴を、昴が慌てて追いかける。


 その後ろ姿を見送ってから、香仁子がぽつりと言った。


「……あいつ、昴にはめちゃくちゃ優しくね?」


「日頃の行いでは?」


 《ひょっとこ》が答えた。


「おい、ひょっとこ。今のもう一回言ってみろ」


「日頃の行いだ」


「よし表出ろ」


「ここ研究室本部だからやめなさい」


 白石の一言で、香仁子は渋々拳を下ろした。


 その隣では、猫がまだ少しだけ落ち込んだ顔をしている。


「私も……次から、投げる方向もうちょっと気をつけます……」


「それがいいわね」


「香仁子さんもですよ?」


「私はちゃんと敵に当ててるだろ!」


「当てた後の爆発の話よ」


「…………」


 白石に即座に返され、香仁子が黙る。


 執事が静かに頷いた。


「本日の見学、実に有意義でしたね」


「あなた、絶対楽しんでますわよね?」


「まさか、お嬢様」


 茉莉花がじろりと睨んでも、執事の笑顔は少しも崩れなかった。


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