アイアン〇ンはマークⅤが好き
第二章 第八話アイアン〇ンはマークⅤが好き
カート場を出ても、エヴァと香仁子の興奮はまるで冷めていなかった。
「次はもっと速いやつにしようぜ!」
「YES! 次こそ私が勝つ!」
「いや、もう勝負しなくていいから!」
星歌がすかさず止めるが、二人は揃って不思議そうな顔を向けてくる。
「なんでだよ?」
「なぜだ?」
「なんで二人とも分からないの!?」
今日だけで何度目になるか分からないやり取りに、星歌は頭を抱えた。隣では猫が何度も頷いている。
「私も、もう香仁子ちゃんの隣には乗りません……」
「なんでだよ。楽しかっただろ?」
「楽しかったの香仁子ちゃんだけですぅ……」
「HAHAHA! なら次は私の隣に乗るか?」
「もっと嫌ですぅ!」
「即答!?」
エヴァの笑い声が響き、星歌たちもつられて笑う。
最初に会った時は、その勢いに圧倒されてばかりだった。今だって距離が近すぎるとは思うし、振り回されていることにも変わりはない。
それでも、一日一緒に過ごしたことで、星歌も少しずつエヴァという人間が分かってきた気がする。
悪い人ではない。
ただ、何をするにも全力すぎるのだ。
「明日はどうするんだ?」
「まだ遊ぶ気なの!?」
「せっかく日本に来たんだぞ!」
「本来の目的忘れてない?」
「SEIKAに会うことだろ?」
「覚えてた!」
「HAHAHA!」
そんな会話をしながら駐車場へ向かっていた時だった。
少し前を歩いていた白石の端末から、着信音が鳴った。
「……ちょっと待って」
画面を確認した白石の表情が変わる。それだけで、星歌たちの笑い声も自然と止まった。
「はい、白石です。…………はい。今、全員一緒にいます」
通話の相手が何を話しているのかは聞こえない。
白石は何度か短く返事をした後、足を止めた。
「場所は? ……分かりました。避難状況は…………はい」
そこで一度言葉を切り、エヴァへ視線を向ける。
「エヴリン・カーターさんも、ここにいます」
「私か?」
突然自分の名前が出て、エヴァが首を傾げた。
白石はそのまましばらく話を聞き、最後に「分かりました」と答えて通話を切る。
「先生、マガツ?」
星歌が尋ねると、白石は表情を引き締めたまま頷いた。
「ええ。それも一体じゃないわ。豊田市内に複数のマガツが出現したそうよ」
「複数?」
「現在確認されている個体は、すべてB級。周辺住民の避難と区域の封鎖は始まっているけど、まだ正確な数までは把握できていないそうよ」
ついさっきまでの空気が、一瞬で消えた。
香仁子が拳を握り、猫や鏡子、昴の表情も変わる。茉莉花の隣では執事の守護者が静かに目を細め、ひょっとこも黙って白石の次の言葉を待っていた。
そして白石は、エヴァへ向き直る。
「それと、日本側組織から《鋼鉄の魔女》エヴリン・カーターへ正式な出撃要請が出たわ」
その言葉を聞いた途端、エヴァの口元が大きく吊り上がった。
「HAHAHA! もちろん行く!」
「即答ね」
「そのための話は来日前に済ませてあるだろ?」
「ええ。あなたに戦う意思があるなら、正式に協力を要請できることになってるわ」
「なら問題なしだ!」
海外に所属する魔女が、他国で勝手に戦うことはできない。
どれほど強力な力を持ち、本人に人を助ける意思があったとしても、所属する国も組織も違う。独断で戦闘へ介入すれば、それだけで国際的な問題になりかねない。
だからこそ、エヴァが日本へ来る前に話は済んでいた。
日本滞在中に緊急事態が発生した場合、日本側から正式な出撃要請があり、本人にもその意思があれば戦闘に参加できる。
そして今、その条件が揃った。
「よし、行くぞ!」
エヴァが勢いよく歩き出そうとする。
「行くって、ここから走っていくつもり?」
「違うのか?」
「違うわよ。車を出すから乗って」
「OH! シライシも来るのか!」
「行けるところまでね」
白石はそう答えると、星歌たちを急かすように駐車場へ向かった。
◇
現場へ近づくにつれて、車窓から見える街の様子が変わっていった。
こちらとは反対方向へ向かう車が増え、やがて警察車両や避難誘導に当たる関係者の姿が目立ち始める。さらに進んだ先では道路そのものが封鎖され、その向こうから一般車両の姿が完全に消えていた。
白石は規制線の手前で車を停めた。
「ここまでね」
星歌たちは順番に車を降りる。
白石も運転席から降りてきたが、その先へ進もうとはしなかった。
ここから先は、マガツと戦う力を持つ者たちの領域だ。
「先生、大丈夫だよ」
星歌が声をかけると、白石は困ったように眉を下げた。
「大丈夫じゃないわよ。B級が何体いるかも分からないところに、生徒を送り出すのよ? 心配するに決まってるでしょう」
「……うん」
「本当なら一緒についていきたいけど、私が行ったところで足手まといになるだけだもの」
白石は小さく息を吐いた。
戦う力のない彼女にできるのは、星歌たちを送り出し、無事に戻ってくるのを待つことだけだ。
それが分かっているからこそ、余計に心配なのだろう。
「絶対に無茶しないこと。危ないと思ったら退くこと。それから――」
白石は、ひょっとこと執事の守護者へ目を向けた。
「二人とも、お願いね」
「ああ」
「お任せください」
短く答えるひょっとこの隣で、執事が静かに頭を下げる。
続いて、白石はエヴァを見た。
「エヴァさんも。みんなのこと、お願いするわ」
「任せろ!」
エヴァは胸を張った。
「全員まとめて連れて帰ってくる!」
「……あなた自身も含めてよ?」
「HAHAHA! もちろんだ!」
あまりにもエヴァらしい返事に、白石の表情がようやく少しだけ緩んだ。
「茉莉花さんも、みんなも。無茶だけはしないでね」
「承知しましたわ」
茉莉花が微笑んで答える。
星歌も白石へ向き直った。
「行ってきます、先生」
「ええ。行ってらっしゃい」
白石は最後に全員を見回した。
「ちゃんと全員で帰ってくるのよ」
その言葉を背に、星歌たちは規制線の向こうへ足を踏み入れた。
ついさっきまで、みんなでカートに乗って騒いでいた。
香仁子とエヴァが本気で張り合い、猫と星歌が悲鳴を上げ、最後には全員で写真まで撮った。
けれど規制線を一つ越えただけで、景色は一変する。
普段なら車や歩行者が行き交っているはずの大通りから人の姿は消え、不自然なほどの静けさだけが広がっていた。
「B級が複数か」
香仁子が前方を睨む。
「随分とまとめて出てきやがったな」
「油断しないでくださいね」
鏡子が釘を刺すと、香仁子は「分かってるって」と片手を上げた。
星歌も周囲へ視線を走らせる。
まだマガツの姿は見えない。
けれど、空気が違う。
ここから先は、もう日常の場所ではなかった。
「SEIKA」
「ん?」
隣を歩いていたエヴァに呼ばれ、星歌が振り向く。
「私が戦うところ、まだ見たことなかったな?」
「そういえば……うん」
エヴァはニッと笑った。
「なら、よく見ておけ!」
「なんでそんなに嬉しそうなの……?」
「HAHAHA!」
やっぱりこの人は変わらない。
星歌が呆れていると、前方から重い音が響いてきた。
――ズン。
一度だけではない。
――ズン、ズン。
何かが、大通りを踏みしめている。
エヴァの笑い声が止まり、香仁子が拳を握った。茉莉花の隣では執事の守護者が前方へ鋭い視線を向ける。
ひょっとこも腰の《月に叢雲》へ手を添えた。
最初の一体が見えたのは、戦闘区域へ入って間もなくだった。
大通りの中央を、二本の太い脚で立つ異形の巨体が塞いでいる。その向こうにも建物の陰を横切る影があり、四足で這うもの、全身を甲殻で覆ったもの、異様に細長い身体をしたものと姿形に統一性はない。
しかし、どれもB級だった。
「結構いるな」
香仁子が拳を鳴らす。
「報告どおりですわね」
茉莉花の隣では、執事の守護者も周囲を警戒している。朔も《月に叢雲》へ手を添えたが、その前へエヴァが進み出た。
「まずは私がやる」
「一人で?」
「日本側も私の戦闘データは欲しいだろ? それに――」
エヴァが笑う。
右手から溢れた銀色の液体が腕を這い、瞬く間に巨大な鋼鉄の剣を形作った。
「私も日本のマガツと戦ってみたい!」
先頭のB級が地面を蹴る。
エヴァも真正面から踏み込んだ。
振り下ろされた太い腕と鋼鉄の剣が激突し、衝撃でアスファルトに亀裂が走る。巨体を支えるB級が体重をかけて押し込もうとするが、エヴァは片腕だけで受け止めたまま後ろへ下がらない。
「強っ!」
昴が声を上げた直後、エヴァが剣を振り抜いた。
「HAHA!」
B級の巨体が横へ弾き飛ばされる。
だが、それを追うより先に四足のB級が側面から飛びかかってきた。エヴァは身体を向けることさえせず、手にしていた剣を液体へ戻す。銀色の金属が左腕へ流れ込むと、今度は分厚い盾となって突進を受け止めた。
さらに盾の表面が波打ち、無数の鋼鉄の棘へ変わる。勢いのまま飛び込んだB級へ棘が突き刺さり、その身体を空中で止めた。
「剣が盾になった……」
猫が目を丸くする。
「同じ金属だよ」
星歌はエヴァの腕を見ていた。
「形を変えてるんだ」
役目を終えた盾はすぐに崩れ、液体金属となって右腕へ集まる。次に形成されたのは、人間が持つには大きすぎる鋼鉄のハンマーだった。
エヴァはそれを豪快に振り抜き、棘に捕まっていたB級を道路の反対側まで吹き飛ばした。
「HAHAHA! NEXT!」
「もう二体……」
鏡子が驚いている。
だがエヴァは倒れた二体には目もくれず、その奥にいた細長いB級へ向かって走り出した。
「なんでそいつからだ!?」
香仁子が叫ぶ。
「何かしそうだからだ!」
「分かるのか!?」
「なんとなくだ!」
「なんとなくかよ!」
香仁子が突っ込んだ直後、細長いB級の胸元に光が集まり始めた。
星歌にも分かった。何をするのかまでは分からないが、明らかに固有能力を発動しようとしている。
「HAHA! やっぱりな!」
エヴァは一気に距離を詰め、能力が発動するより先に鋼鉄のハンマーを叩き込んだ。集まっていた光が霧散し、細長い身体が地面を何度も跳ねながら建物の壁へ激突する。
「本当に当たった……」
「怪しい奴から先に殴ればいい!」
「戦い方が雑!」
「でも合理的ではありますね……」
鏡子が困ったように笑う。
次にエヴァへ向かってきたのは、全身を黒い甲殻で覆ったB級だった。エヴァはハンマーを液体へ戻すと、再び長大な剣を形成して間合いを詰める。
鋼鉄の刃が肩口を捉えた。
しかし、斬れない。
刃が触れた瞬間に甲殻の表面へ奇妙な紋様が浮かび、斬撃そのものを横へ逸らしていた。
「OH?」
「斬れてない!」
「斬撃に対する固有能力でしょうか」
茉莉花が甲殻を観察する。
エヴァもすぐに同じ結論へ達したらしい。
「なるほど!」
剣が液体へ戻った。
大量の金属が右腕へ集まり、先ほどまでの剣とは比較にならないほど巨大なハンマーを作り上げる。
「HAHAHA! 力とは――POWER!!」
「同じ意味だよ!?」
星歌のツッコミと同時に、ハンマーがB級の腹へ叩き込まれた。
斬撃を逸らした甲殻も、純粋な質量と衝撃までは無効化できない。巨体が地面から浮き上がり、そのまま道路脇の壁へ叩きつけられた。
「…………」
朔は《月に叢雲》へ添えていた手を離した。
「俺の出番なさそうだな」
「もう諦めるんですか?」
執事が楽しそうに尋ねる。
「斬撃が効かないなら殴ればいい、で本当に倒してる奴がいるんだぞ。俺が出る必要ないだろ」
「それもそうですねぇ」
通常状態だけでも、エヴァはB級を圧倒していた。
液体状の鋼鉄を自在に操り、相手に合わせて剣、盾、槍、ハンマーへと形を変える。武器を破壊されても鋼鉄を作り直せばいい。身体から切り離した金属は長く維持できないが、それも消える前に相手へ叩き込んでしまえば問題にはならない。
ただし、一つだけ。
エヴァの魔法では作れないものがあった。
――火薬。
鋼鉄で銃の形を作ることはできる。
弾丸も作れる。
けれど、それを撃ち出す火薬だけは通常の魔法では生成できない。
だからこそ。
「さて」
残るB級を前にして、エヴァが足を止めた。
「そろそろ本気で遊ぶか!」
「遊ぶって言った!?」
星歌が突っ込んだ時には、すでに虚空へ光り輝く鍵が現れていた。
エヴァはそれを掴み、何もない空間へ差し込む。鍵から伸びた光の線が巨大な魔法陣を描き上げ、完成した魔法陣が光り輝く扉へ変化した。
エヴァが鍵を握る。
「我、鋼鉄の魔女としてここに再臨する」
鍵が回った。
扉が開き、溢れ出した光の奔流がエヴァを包み込む。同時に足元から大量の液体金属が噴き上がり、脚から腰へ、胴から両腕へと這い上がって、最後には頭部まで覆い尽くした。
そして――魔女の魔法が、現実の法を押しのける。
金属だけではない。
通常状態では決して生み出せなかった火薬さえ、今のエヴァなら生成できる。
光が消えた。
そこに立っていたのは、全身を赤と青の鋼鉄で覆われたエヴァだった。
「…………」
星歌はその姿をまじまじと見つめる。
「……アイ○ンマン?」
「NOー!」
即答だった。
「アイ○ンパトリ○ットでーす!」
「そっち!?」
そしてエヴァの笑みが、これまでとは比べものにならないほど大きくなった。
「HAHAHAHAHAHAHA!!」
両腕の装甲が変形し、マシンガンが形成される。
両肩から伸びるのはアサルトライフル。
両脚の装甲が左右へ開き、その内側から大量のミサイルが姿を現した。
「え?」
星歌が固まる。
「ちょっと待って」
胸部装甲まで開いた。
「まだあるの!?」
その奥から巨大なバズーカの砲口がせり出してくる。
「FIRE!!」
轟音が戦場を埋め尽くした。
両腕のマシンガンが火を噴き、両肩のアサルトライフルが絶え間なく弾丸を吐き出す。脚部から発射されたミサイルがB級の群れへ次々と着弾し、爆炎の中へさらに銃弾が叩き込まれていく。
「HAHAHAHAHAHAHAHA!!」
「エヴァが壊れたぁぁぁ!?」
星歌の叫びなど、当然エヴァには聞こえていない。
本人が撃っている銃声だけで何も聞こえない。
それでも撃つ。
両腕から。
両肩から。
脚から。
そして必要になれば、全身を覆う液体金属がその場で新たな銃器へ形を変える。
通常状態とは、戦い方そのものが違った。
先ほどまで剣やハンマーへ姿を変えていた鋼鉄は、今やエヴァの全身を巨大な火器管制システムへ作り変えている。しかも撃ち出した弾丸も、使用した金属も、魔力が続く限り次々と補充されていく。
「弾切れとかないの!?」
「ないぞぉぉぉ!!」
「聞こえてるじゃん!」
「HAHAHAHAHAHA!!」
どうやら都合のいい声だけは聞こえるらしい。
弾幕を受けながら、一体のB級が前進してきた。全身を分厚い甲殻で覆い、マシンガンの弾丸を弾きながら距離を詰めてくる。
「エヴァ! 効いてない!」
「HAHAHA! そうか!」
胸部装甲が大きく開く。
「なら――」
巨大な砲口がB級へ向いた。
「もっとデカいのを撃てばいい!!」
「やっぱりそれなんだぁぁぁ!!」
胸部バズーカが火を噴いた。
爆発がB級を正面から呑み込み、巨体が甲殻ごと吹き飛ぶ。その爆風が収まるより早く、今度は別のB級が弾幕を潜り抜けてエヴァの懐へ飛び込んだ。
「近づかれた!」
猫が思わず声を上げる。
だが、エヴァはむしろ嬉しそうに笑った。
「近づけば撃たれないと思ったか?」
左腕のマシンガンが液体へ戻り、瞬く間に太い鋼鉄の杭へ形を変える。
「残念!」
B級の胸へ杭を押し当てる。
「近い方が痛いぞ!」
火薬が炸裂した。
轟音とともにパイルバンカーが射出され、至近距離から甲殻をぶち抜く。B級の巨体が跳ね上がると、エヴァは杭を引き抜く間も惜しむように液体へ戻し、そのまま右腕のマシンガンへ補充した。
「HAHAHAHA! NEXT! NEXT!!」
「……楽しそうだね」
昴が呆然と呟く。
「楽しそうという段階を超えている気がします……」
鏡子も苦笑する。
エヴァは止まらない。
銃弾を弾くならバズーカ。
接近するならパイルバンカー。
光線を撃とうとした個体には、撃たれるより先にミサイルを叩き込む。
何かしら固有能力を持っているB級たちも、能力を使う前に吹き飛ばされるか、使ったところでそれを上回る火力を浴びせられていた。
「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」
星歌はもう突っ込むことすら諦めかけていた。
その時だった。
爆炎の向こう、建物の陰で何かが動いた。
一体だけ、弾幕から逃れていたB級がいる。
低く身を伏せながら建物沿いを進み、エヴァの完全な死角へ回り込んでいる。正面の敵へ夢中で銃撃を続けているエヴァは、まだ気づいていない。
「エヴァ!」
星歌が叫ぶ。
反応がない。
両腕のマシンガン、肩のアサルトライフル、絶え間なく続く爆発音。それにエヴァ自身の笑い声まで加わり、普通の声など届くはずがなかった。
「エヴァ! 後ろ!」
B級が地面を蹴った。
エヴァは振り返らない。
「エヴァァァァ!!」
駄目だ。
聞こえていない。
星歌は反射的に手を伸ばした。
お願い。
気づいて。
届け――!
その瞬間、星歌の意識に一本の《絆》が浮かび上がった。
自分から香仁子へ伸びる、確かな繋がり。
そして、その先。
香仁子からエヴァへと続いている、もう一本の繋がり。
第七話で一瞬だけ感じたものだった。
静岡で猫と渚の間にも見えた、あの奇妙な繋がりと同じもの。
「届け――!」
星歌はその先へ、自分の意思を押し込んだ。
次の瞬間、エヴァの背中を覆っていた鋼鉄が波打った。
「――そこか!」
振り返らない。
銃撃すら止めない。
背中から溢れ出した液体金属だけが一斉に後方へ伸び、無数の鋭い棘へと変化した。
飛びかかっていたB級の身体を、鋼鉄の棘が空中で串刺しにする。
何本もの棘に貫かれた巨体が、エヴァへ届く寸前で完全に止まった。
「HAHA!」
ようやくエヴァが振り返る。
鋼鉄の棘がさらに太くなり、B級の身体を内側から破壊した。
星歌はその光景を見ながら、改めて思い知らされる。
あれだけ銃を撃ちまくっていても。
全身を銃火器で覆っていても。
エヴァの本当の力は、銃ではない。
――鋼鉄を操ること。
奇襲してきたB級が崩れ落ちるのとほとんど同時に、前方から最後の爆発音が響いた。
残っていた一体が倒れ、ようやく銃声が止む。
戦場に静寂が戻った。
エヴァの全身を覆っていた装甲が液体へ戻り、銀色の粒子となって消えていく。元の姿へ戻ったエヴァは、自分を狙っていたB級を一度見てから、星歌へ顔を向けた。
「SEIKA!」
「エヴァ!」
エヴァは満面の笑みを浮かべた。
「届きましたよー! SEIKAの気持ちー!」
「よ、よかったー……」
星歌は胸を撫で下ろす。
そして――止まった。
「……あれ?」
「どうした?」
星歌はエヴァを見る。
「私とエヴァ……《絆》で繋がってないよね?」
「そうなのか?」
「うん」
星歌の《以心伝心》は、《絆》で繋がった相手へ意思を届ける。
少なくとも、今まではそうだった。
でもエヴァとは直接繋がっていない。
それなのに、届いた。
星歌はゆっくりと香仁子を見る。
「ん?」
「香仁子ちゃん。エヴァと、仲いいよね?」
「おう!」
「HAHAHA! もちろんだ!」
即答する二人を見ながら、星歌は先ほど感じた繋がりを思い返す。
自分から香仁子へ。
香仁子からエヴァへ。
そして、以前にも同じものを見ている。
「猫ちゃん」
「はい?」
「渚ちゃんと仲良くなったよね?」
「はい。とってもいい子でした」
「……やっぱり」
静岡では、自分から猫へ伸びる《絆》の先に、猫から渚へ続く何かが見えた。
今回は、自分から香仁子へ伸びる《絆》の先に、香仁子からエヴァへ続くものが見えた。
そして今回は、その先まで本当に意思が届いた。
「もしかして……」
星歌は自分の手を見る。
「私と直接繋がってなくても、私と《絆》で繋がってる人を通したら……その先にも届く?」
誰もすぐには答えなかった。
ただの偶然なのか、何か別の条件があるのか。星歌自身にも、まだ確信はない。
それでも、もう気のせいだけでは片づけられない。
「試してみる価値はありそうだな」
朔が言う。
「うん」
星歌は頷いた。
自分と誰かを結ぶだけだと思っていた《絆》。
それがもし、繋がった相手を経由して、その先へまで伸びていくのなら。
星歌は香仁子とエヴァを見た。
二人は戦闘が終わったばかりだというのに、もう先ほどの戦いについて楽しそうに話している。
今は、二人の間に何も見えない。
それでも星歌は、もうあの繋がりを見間違いだとは思わなかった。




