B級サメ映画はなんかクセになる
第二章 第四話 B級サメ映画はなんかクセになる
ひょっとこ、執事、ゴーグルによる謎のSUP対決もようやく終わり、海辺には再び穏やかな時間が戻っていた。
勝敗については三人とも微妙に納得していないようだったが、そもそも訓練という名目で始まったはずの勝負である。これ以上追及しても仕方がないと、星歌たちは再び釣りへ戻っていた。
「今度こそ、もう一匹……」
猫が竿を握り、海面をじっと見つめている。
「猫ちゃん、もう一匹釣ってたよね?」
「もう一匹欲しいです……」
「食べる気だ」
「…………」
「否定しないんだ」
星歌が苦笑した、その時だった。
「あ」
隣にいた渚が沖を見た。
「姉ちゃんだ」
「え?」
星歌も顔を上げる。
沖から一隻の船が港へ近づいてきていた。
「ようやく帰ってきたか」
ゴーグルも海を見る。
「昨日からずっと駿河湾にいたんですよね?」
「うん。『駿河湾が私を呼んでる』って」
「本当に一晩中呼ばれてたんだ……」
やがて船が岸へ着き、一人の女性が降りてきた。
「姉ちゃん、おかえり」
「おう」
帆波は渚へ短く返した。次にゴーグルへ目を向け、そのまま周囲にいる見慣れない魔法少女たちと守護者たちを眺める。
最後に星歌へ視線を止めた。
「ああ、お前らが今回の全国行脚の《絆の魔法少女》一行だな」
「あ、はい。桃井星歌です。よろしく――」
「挨拶は後でいい」
「え?」
星歌が戸惑う間にも、帆波は海へ振り返っていた。
「ちょうどいい。お前らも一緒に組織へ戻るぞ」
「姉ちゃん?」
渚が首を傾げた。
「何かあったの?」
「まだ何もねぇ」
帆波の目は沖へ向けられたままだった。
星歌も同じ方向を見る。空は晴れている。海も穏やかで、つい先ほどまで自分たちが釣りをしていた時と何も変わったようには見えない。
「だったら、なんで?」
「私の勘だ」
帆波が目を細めた。
「嵐が来る」
「嵐?」
「ああ」
海に生きる者だけが感じ取れる何かでもあるのだろうか。
「大きな嵐がな」
その直後だった。
星歌たちの端末が、一斉にけたたましい警報音を鳴らした。
『警告。瘴気濃度、異常上昇。現在も上昇継続中。マガツの出現は確認されていません。緊急事態認定。周辺の魔法少女、魔女及び守護者は、直ちに組織へ戻り待機せよ』
「マガツは……まだ出てないんですよね?」
星歌が画面を見る。
本来なら、魔法少女や守護者への招集はマガツの出現が確認されてからだ。その段階を飛び越えて緊急招集がかかるということは、それだけ瘴気の上がり方そのものが異常なのだろう。
帆波は驚いた様子もなく踵を返した。
「遊びは終わりだ。急ぐぞ」
◇
組織へ戻った後も、瘴気濃度は上がり続けていた。
職員たちが慌ただしく行き交い、モニターに表示された数値が更新されるたびに室内の空気が重くなる。それでも、肝心のマガツだけはなかなか姿を現さない。
「瘴気濃度、さらに上昇!」
「出現反応は?」
「まだありません!」
「これだけ溜まって、まだ出ないのか……」
星歌たちは出撃準備を整えたまま待機していた。
やがて、別種の警報音が鳴る。
「マガツ出現!」
最初の反応は一つ。
しかし、それが二つ、三つと増え、ほどなく沿岸部の各所で次々と出現が確認された。
「C級複数! まだ増えています!」
「行きます!」
星歌たちは現場へ向かった。
◇
現地へ到着して最初に目に入ったのは、海面を切り裂く巨大な背びれだった。
「……あれ、サメ?」
星歌が目を凝らす。
海面から姿を現したマガツは、確かにサメを思わせる姿をしていた。
ただし。
「なんか……頭、二つない?」
「いいえ」
ゴーグルが淡々と答えた。
「二つだけではありません。あちらの個体は三つですね」
「三つ!?」
「その奥は四つです」
「増えてる!」
星歌が叫んでいる間にも、別方向から新たな個体が姿を現した。
「ねえ、あれサメにタコがくっついてない!?」
「いますねぇ」
ゴーグルが観測を続ける。
「触腕を八本確認」
「シャーク……タコ……?」
「さらにその右。半身が腐敗したように見える個体もいます」
「ゾンビサメ!?」
「あ」
ゴーグルが別の個体へ視線を移した。
「あれはトラ柄ですよ」
「なんでそんな種類豊富なのぉ!!」
頭が複数あるもの。
別の生物と混ざったもの。
翼のような器官を持って空へ上がるものまでいる。
いずれも特殊能力を持つB級ではない。複数の生物が混ざったような身体を持つ、紛れもないC級マガツだ。
問題は種類ではなく、その数だった。
「……多いな」
ひょっとこが周囲を見渡す。
星歌も同感だった。まともに一体ずつ相手をしていたら、どこかで必ず取りこぼす。
その隣で帆波がしばらく戦場を眺めた後、ふいに星歌へ声をかけた。
「おい、《絆》」
「はい?」
「お前が指揮取れ」
「……え?」
星歌は思わず聞き返した。
「私がですか!?」
「おう。私らも含めて全部だ」
「待ってください! 香仁子ちゃんたちならともかく、茉莉花ちゃんたちとはまだ《絆》を繋げられませんよ!?」
「関係ねぇな」
「え?」
「今、言葉で指揮できりゃいい」
帆波は周囲のC級マガツを見ながら、さも当然のように続けた。
「その《絆》とやらで繋がった時に、もっと速く、もっと正確にできるようになるんだろ?」
「それは……そうですけど」
「なら今からやれ。いい勉強だ」
「こんな状況で!?」
「実戦だから勉強になるんだろ」
帆波は笑った。
「安心しろ。間違えて構わん」
星歌は言葉を止める。
「致命的になる前に、あたしが何とかしてやる。守護者もいる。お前が一つ二つ判断を間違えた程度で、いきなり全部終わるような面子じゃねぇ」
怖くないわけではない。
自分の判断次第で、誰かを危険に晒すかもしれない。
それでも星歌は、一度だけ深く息を吸った。
「……分かりました」
「よし」
「でも、まず確認させてください。みんなが何をできるのか分からないままじゃ、指示なんてできません」
「それでいい」
星歌はまず茉莉花を見る。
「茉莉花ちゃん。《茨》って、敵を縛る以外にはどんなことができる?」
「太さや長さはある程度変えられますわ。地面から伸ばすこともできますし、人が乗れる程度の太さにもできます」
「高いところまで伸ばして、足場にすることも?」
「可能ですわ。ただし、大きな茨を何本も維持するとなれば、それなりに魔力は使いますけれど」
「分かった」
次に執事へ向く。
「執事さんは何ができます?」
「こちらが私の守護者武器でございます」
執事がポシェットへ手を添えた。
「事前に収納しておいた金属を、任意の形へ加工して取り出すことができます。一度に取り出せる大きさは、このポシェットへ入る程度までですが、小さな部品を複数作り、それを組み立てることは可能です」
「壊れた金属を入れ直して、もう一度別の形に加工することも?」
「もちろん可能でございます」
「精密な部品も?」
「得意分野です」
「じゃあ……使えそう」
星歌の中で、少しずつ形が見えてきた。
「渚さんは、昨日みたいにマガツを釣れます?」
「針が掛かればな。釣り道具だけじゃなく、漁に使うものなら色々扱えるぞ」
「猫ちゃん」
「は、はい」
「昨日、渚さんが釣ったダツを引っ張れたよね?」
「はい……」
「じゃあさ」
星歌は少し考えてから、口にした。
「釣ったマガツをそのまま振り回せる?」
「…………え?」
猫だけでなく、茉莉花まで星歌を見る。
「桃井さん、何を考えてますの?」
「猫ちゃんはマガツに近づくのが怖い。でも、渚さんが釣ってくれれば距離は取れるでしょ?」
「……はい」
「なら、そのまま振り回して別のマガツにぶつけられるんじゃないかなって」
猫は少しだけ考えた。
「……できます」
「できるんですの!?」
渚はむしろ楽しそうに笑っていた。
「いいじゃん、それ。やろうぜ猫」
「はい……!」
「釣ったサメを武器にする魔法少女なんて聞いたことありませんわよ!」
「私も今思いついたから!」
星歌は次にゴーグルを見る。
「ゴーグルさんは?」
「分析が専門です。武具を通して対象や現象をデータ化し、距離、状態などを表示できます」
「遠距離攻撃がどこへ着弾したかも分かります?」
「当然」
「そこから、次をどちらへずらせば当たるか判断することは?」
「可能です」
「よし……」
最後に帆波を見る。
「帆波さんは?」
「あたしか?」
「はい。《船の魔女》って、何ができるんですか?」
「船に関係することなら、大抵はできる」
「大抵?」
「細かいことは色々あるが――」
帆波が鎖付きの巨大な錨を肩へ担いだ。
「基本はこれだ」
「錨?」
「殴る」
「…………」
「なんだよ」
「船の魔女ですよね?」
「錨も船の道具だろ」
「そうですけど!」
「色々やるより殴った方が早い」
「そういう人なんだ……」
星歌は額に手を当てたものの、情報は集まった。
問題は、それをどう繋ぐか。
敵は多数。
まず数を削る必要がある。
「組織の人にお願いがあります」
「何でしょう?」
「迫撃砲、用意できますか? できれば複数」
周囲が一瞬静かになった。
「迫撃砲?」
香仁子が首を傾げる。
「何すんの?」
「昴ちゃんに全部使ってもらう」
「全部!?」
星歌は昴を見る。
「並べてあったら、一人で装填して回れる?」
「何門でも!」
即答だった。
「だよね」
昴の《光速》ならば、一門ごとに人員を張りつける必要はない。砲弾を持ち、複数の砲を順番に回れば、一人で砲兵隊そのものになれる。
「ただし、連続で撃てば砲身が熱を持つし、歪んだり壊れたりするかもしれない」
「そこで私でございますね」
執事が微笑む。
「はい。交換用の砲身も用意します。熱を持ったものは順番に交換。歪んだり壊れた砲身はポシェットに入れて、同じ金属を使って正常な形へ加工し直してください」
「新品を作り続けるより、材料の消費も抑えられますね」
「お願いします」
「承知いたしました」
「ゴーグルさんには着弾を見てもらいます。修正案を私へ」
「あなたへ?」
「はい。私が昴ちゃんへ《以心伝心》で伝えます」
ゴーグルの表情が変わった。
「なるほど。私から昴さんへ直接声で伝えるより速い」
「私が理解した時点で、昴ちゃんにも伝えられるから」
砲撃の形はできた。
だが、星歌は戦場を見てさらに考える。
敵を均等に撃ち続けるだけでは、どこから突破されるか予測しづらい。
「……全部を同じように撃たなくてもいいんだ」
「桃井?」
香仁子が星歌を見る。
「わざと一ヶ所だけ、弾幕を薄くします」
「え?」
「逃げ道を作るの」
星歌は戦場の一角を指した。
「他の場所を迫撃砲で強く叩いて、ここだけ少し薄くする。敵が楽に進める場所を作れば、たぶんそこへ集まってくる」
「……それで?」
「香仁子ちゃん」
「おう」
「あそこを爆破ゾーンにする」
香仁子の顔に笑みが広がった。
「なるほど」
「茉莉花ちゃんに高い足場を作ってもらって、そこで待ってて。十分集まるまで絶対に撃たないで」
「我慢できるかなぁ」
「して!」
「冗談だって!」
「本当に!?」
香仁子は笑いながら親指を立てた。
「まとめて吹っ飛ばせばいいんだろ。任せろ!」
砲撃と爆破を抜けてきた敵もいるはずだ。
「渚さんと猫ちゃんは、その突破個体をお願いします。渚さんが釣って、猫ちゃんが振り回す」
「了解!」
「はい……!」
「茉莉花ちゃんも二人の近くにいて。釣れなかった敵や取りこぼしを《茨》で止めてほしい。それから、香仁子ちゃんとは別に、もう一ヶ所高い足場を作って」
「まだ使うんですの?」
「鏡子先輩用」
鏡子が顔を上げる。
「私ですか?」
「はい」
星歌は真っ直ぐ鏡子を見た。
「鏡子先輩は、最終防衛ラインです」
鏡子は少しだけ目を細める。
「迫撃砲を抜けて、爆破ゾーンも抜けて、渚さんたちと茉莉花ちゃんまで抜けてきた敵を止めてください」
「つまり」
「鏡子先輩より後ろには、一匹も通さないでほしいです」
鏡子は穏やかに微笑んだ。
「分かりました」
それだけで十分だった。
最後に星歌は自分の近くを指す。
「帆波さん、ひょっとこさんは私の近くで待機してください」
「あたしまで?」
「はい」
「理由は?」
「今見えている敵が全部とは限らないからです。強い二人を最初から使って、あとでもっと危険なのが出てきたら困ります」
帆波は一瞬だけ黙り、それから楽しそうに笑った。
「いいねぇ」
「ダメですか?」
「逆だ。気に入った」
「ゴーグルさんもここに。戦場全体を見て、分かったことは全部私に教えてください」
「了解」
これで配置は決まった。
星歌はもう一度、頭の中で戦場を組み立てる。
迫撃砲で敵を削りながら、わざと薄くした箇所へ流す。そこへ集まったところを香仁子がまとめて爆破する。想定外の突破個体は渚と猫、茉莉花が処理し、それでも抜けてきた敵は鏡子が止める。
最後まで何かが残った時だけ、帆波かひょっとこを出す。
「……これでいきます」
「よし」
帆波が笑った。
「やってみろ、指揮官」
◇
迫撃砲が火を噴いた。
轟音が連続し、砲弾が海上のC級マガツへ降り注ぐ。
「着弾、目標手前! 距離を伸ばしてください!」
ゴーグルの観測結果を受け取った星歌が、それをそのまま《以心伝心》へ乗せる。
昴は返事をするより先に動いていた。
「修正!」
次の砲撃。
今度は二つ頭のサメ型マガツのすぐ横で爆発が起こる。
「命中! 次!」
昴の姿が砲列を高速で駆け抜け、砲弾が途切れることなく送り込まれる。
ゴーグルが観測し、星歌が理解し、昴へ伝える。
声を介さない最後の一段があるだけで、修正射の間隔が明らかに短い。
「三番砲、砲身交換!」
「こちらを」
執事が交換用の砲身を差し出す。
昴が受け取った直後には、すでに交換が終わっていた。
「早いですねぇ」
「次のもお願い!」
「承知いたしました」
歪みの出た砲身はポシェットへ戻し、金属を再加工して再び使用可能な形へ整える。新しい金属を丸ごと使い続ける必要がないため、材料の消耗も抑えられる。
砲撃が続くうち、星歌の狙い通り敵の動きに偏りが生まれ始めた。
強く砲撃されている場所から離れ、弾幕の薄い一角へ向かってC級マガツが集まっていく。
「まだ……」
香仁子は茉莉花が作った太い茨の上で待っている。
「星歌、もう結構いるぞ!」
「まだ!」
「まだ!?」
「もう少し!」
「焦らすなぁ!」
さらに数体が爆破ゾーンへ入った。
星歌は敵の位置を見る。
迫撃砲陣地から十分離れている。
周囲に味方もいない。
「香仁子ちゃん――今!」
「待ってましたぁ!!」
高所から放たれた《暴爆》が、集められたC級マガツの群れを丸ごと飲み込んだ。
大爆発。
海面が吹き上がる。
「うっひゃー! 気持ちいい!」
「次もあるからそのまま待機!」
「もう一発いけるぞ!」
「集まるまで待って!」
「はいはい!」
だが、すべてが狙い通りに動くわけではない。
爆発の外を回り込み、一体のサメ型マガツが突破してくる。
「渚さん!」
「任せろ!」
渚が竿を振った。
飛んだ仕掛けがマガツへ掛かる。
「猫!」
「はい!」
猫が竿を受け取った。
巨大なC級マガツが海面から引きずり出される。
「えいっ!」
怪力に任せて竿を振ると、釣り糸の先でサメが大きな円を描いた。
そのまま別のサメへ激突する。
轟音。
「…………」
茉莉花が呆然とした。
「本当にサメをモーニングスターにしましたわ……」
「もう一匹来ます……!」
「まだ振り回すんですの!?」
「近づかれるより怖くないので……!」
「理由が猫さんらしすぎますわ!」
猫のサメハンマーを避けるように横から抜けた個体には、茉莉花の《茨》が巻きついた。
「こちらは通しませんわよ!」
戦線は回っている。
しかし、一体だけが予想外の角度からすべての迎撃を抜けた。
「鏡子先輩!」
「大丈夫ですよ」
高所に立つ鏡子が《永久凍土の花嫁》へと姿を変える。
迫ってきたC級マガツを真正面から受け止め、それ以上の前進を許さない。
「ここから先には行かせません」
氷のブーケが振り下ろされ、サメ型マガツが叩き落とされた。
「よし……!」
星歌はすぐに次を見る。
「ゴーグルさん!」
「右側の弾着が外へ流れています。左へ修正!」
情報を受け取った瞬間、昴へ伝える。
迫撃砲が修正される。
「渚さん、次が二体行きます!」
「了解!」
「茉莉花ちゃん、片方をお願い!」
「任されましたわ!」
忙しい。
最初は何度も判断が遅れた。
香仁子へ爆破の指示を出そうとしている間に、渚たちのところへ突破個体が増える。ゴーグルの報告を聞いている最中に、別方向から茉莉花の声が飛んでくる。
香仁子、猫、昴、鏡子とは違う。
四人なら、言葉にするより先に意図が伝わる。
けれど、茉莉花たちには声にしなければならない。聞いて、理解して、動いてもらう。そのわずかな時間が、戦場では驚くほど長かった。
それでも、少しずつ慣れていく。
誰がどこにいるのか。
今、誰が余裕を持っているのか。
次にどこが崩れそうなのか。
戦場全体が、少しずつ一つの形として見えるようになってくる。
「弾幕、左を少し強く! 爆破ゾーンへ流してください!」
「了解!」
「猫ちゃん、そのサメまだ使える?」
「使えます……!」
「渚さん、次を掛けるまでそのまま!」
「分かった!」
「香仁子ちゃん、まだ待って!」
「分かってるって!」
「鏡子先輩、そっち一体!」
「見えています」
回っている。
自分の指揮で、戦線が回っている。
帆波はまだ錨を振るっていない。
ひょっとこも一度も前へ出ていない。
C級マガツの数は、明らかに減り始めていた。
「……いける」
星歌が小さく呟く。
その直後。
「待ってください」
ゴーグルの声色が変わった。
「海中に新規反応」
「またC級ですか?」
「違います」
ゴーグルが沖を見る。
「B級反応」
星歌の表情が変わる。
「大きい?」
「……大きい、では足りません」
海面がおかしな動きを始めた。
波が一方向へ向かって流れていく。
いや、波だけではない。
マガツの残骸も、浮かんだ瓦礫も、海水そのものまで沖の一点へ引かれている。
やがて巨大な背びれが海面を割った。
「……何、あれ」
巨大な頭部が姿を現す。
それまで相手にしていたC級マガツが小さく見えるほどの巨体。
「メガロドン……?」
巨大な口が開いた。
次の瞬間、凄まじい吸引が発生した。
「うわっ!?」
星歌が踏ん張る。
海水も、瓦礫も、倒されたマガツの残骸まで巨大な口へ吸い込まれ、そのまま凄まじい顎で噛み砕かれていく。
「特殊能力を確認!」
ゴーグルが叫ぶ。
「圧倒的な吸引力です!」
「能力……?」
「妥当かと!」
「……吸引力の変わらない、ただ一つのサメ」
「桃井さん!?」
「今のは言いたかったんです!」
「気持ちは分かりますが!」
星歌はすぐに頭を切り替えた。
これはさっきまでの敵と同じように扱ってはいけない。
「全員、一度距離を――」
「上出来だ」
隣から声がした。
帆波が前へ出る。
「帆波さん?」
「ここまでで十分だ、《絆》」
帆波は巨大なメガロドンを眺めながら肩を回した。
「あれまでお前にやらせるのは、勉強じゃねぇ」
鎖付きの錨を担ぐ。
「無茶振りだ」
そして、楽しそうに笑った。
「いっちょやるか」
光り輝く鍵が虚空から現れた。
帆波がそれを掴み、何もない空間へ差し込む。
鍵から光の線が走り、空間に巨大な魔法陣を描き出していく。完成した魔法陣はさらに形を変え、一枚の扉となった。
「我、船の魔女としてここに再臨する」
帆波が鍵をひねる。
扉が開き、その向こうから溢れ出した光の奔流が帆波を包み込んだ。
光が消えた時、そこには《船の魔女》としての真の姿を現した帆波が立っていた。
魔女の魔法が現実の法を押しのける。
空が軋むように歪み、その向こうから巨大な船影が姿を現した。
「…………え?」
星歌が見上げる。
巨大な海賊船だった。
しかも、海には浮かんでいない。
空を飛んでいる。
「そんなのできるなんて聞いてませんよ!?」
「聞かれなかったからな」
「船関係なら大抵できるって、そういう意味!?」
甲板では、大勢の海賊たちが忙しなく走り回っていた。
「ヨーホー!」
「ヨーホー!」
「ヨホヨーホー!」
「海賊さんまでいる!?」
「ヨーホーホー!」
横から別の声が混ざった。
「……渚さん?」
「ヨーホー!」
海賊船から返事が飛ぶ。
「ヨホヨーホー!」
「ヨーホーホー!」
星歌は渚と海賊たちを交互に見た。
「会話成立してる!??」
「してるけど?」
「今ので!?」
そんなやり取りを横目に、帆波はメガロドンを見上げた。
「お前ら!」
『ヨーホー!』
「あのデカブツへ突っ込め!」
『ヨォォォホォォォ!!』
「突っ込ませるの!?」
海賊船が一気に加速する。
「なんでも吸うんだろ?」
帆波が巨大な口を指した。
「だったら、吸わせりゃいい」
メガロドンの《バキューム》が海賊船を捉えた。
巨大な船体が空中で引きずられ、そのまま口へ向かって吸い込まれていく。
甲板の海賊たちは逃げるどころか、さらに声を張り上げた。
「ヨーホー!」
「ヨーホー!」
「なんでテンション上がってるんですか!?」
船首がメガロドンの口内へ突っ込んだ。
帆波はその瞬間を待っていた。
「吹っ飛べ」
轟音。
メガロドンの口内で海賊船が大爆発した。
爆炎と煙が口から噴き上がり、巨大な頭部が大きく仰け反る。
「やった!?」
「いや」
帆波だけは冷静だった。
煙の向こうで、巨大な影がまだ動いている。
「しぶてぇな」
帆波は錨を構えた。
「結局、錨使うんですね!」
「こっちの方が早いって言ったろ」
「じゃあ海賊船は!?」
「あたしが殴ってる間に他のことやらせるためのもんだ」
「さっき爆発しましたけど!?」
「役に立っただろ」
帆波が錨を投げた。
巨大な錨はメガロドンの尾の向こう側を抜け、鎖がその尾へ巻きつく。
「捕まえた」
鎖が張った。
帆波が力任せに引く。
メガロドンの巨大な身体が、ゆっくりと曲がり始める。
「何する気ですか!?」
「こいつ、吸ったもん噛み砕くんだろ?」
「そうですけど!」
「だったら――」
帆波がさらに鎖を引く。
巨大な尾が頭へ近づいていく。
「自分も食えるよな」
「え?」
メガロドン自身の尾が、大きく開いた自分の口元まで引き寄せられた。
《バキューム》はまだ止まっていない。
尾の先が吸い込まれる。
「ほらよ!」
帆波が鎖を引き切った。
「自分で食ってろ!」
巨大な顎が閉じた。
自らの尾を、自ら噛み砕く。
「…………」
星歌は絶句した。
だが、《バキューム》は止まらない。
噛み砕いた尾の先から、さらに自分の身体が自分の口へ引き込まれていく。
「自分を吸い込んでるぅぅぅぅ!?」
メガロドンが暴れる。
それでも己の能力そのものからは逃げられない。
尾から胴へ。
自分の身体を自分の顎で噛み砕きながら、B級マガツの巨大な身体は少しずつ崩れていった。
やがて最後の断末魔とともに、その巨体が完全に消滅する。
静けさを取り戻した海を見つめ、帆波は錨を肩へ担いだ。
「よし」
「よし、じゃないですよ!」
「倒しただろ」
「倒しましたけど、勝ち方がひどい!」
帆波は気にした様子もなく笑い、星歌へ振り返った。
「で、どうだった?」
「……何がですか?」
「指揮だよ」
「ああ……」
言われた途端、星歌は一気に疲れを自覚した。
「……すっごく疲れました」
「だろうな」
「でも、分かりました」
星歌は仲間たちを見る。
香仁子、猫、昴、鏡子。
《絆》で繋がり、《以心伝心》で言葉すら必要としない四人。
そして、まだその繋がりを持たない茉莉花たち。
「《絆》で繋がってるって、ものすごく楽だったんですね」
「へぇ」
「言葉にして、聞いてもらって、理解してもらう。それだけでも、戦ってる時にはすごく時間がかかる。でも《以心伝心》なら、私が理解した時にはもう伝わってる」
今まで当たり前のように使っていた力。
そのありがたさを、繋がっていない者たちを指揮したことで初めて実感した。
帆波は満足そうに頷いた。
「そこまで分かったんなら上出来だ」
「……ありがとうございます」
「今日の勉強は終わりだ」
「先生みたいですね」
「やめろ。柄じゃねぇ」
星歌は思わず笑った。
何度も焦った。
判断が遅れた場面もあった。
それでも最後まで戦線は崩れず、自分が考えた作戦でC級の群れを押し返すことができた。
誰かと繋がること。
その人が何を得意として、何を苦手としているのかを知ること。
そして、それぞれの力が最も活きる場所へ繋いでいくこと。
《絆の魔法少女》として学ばなければならないことは、まだまだ多い。
けれど今日、その最初の一歩くらいは踏み出せたのかもしれない。
星歌はそんなことを思いながら、ようやく大きく息を吐いた。




