ライブと戦場は紙一重
第二十一話 ライブと戦場は紙一重
「さっさと片付けるわ」
イブはそう言うと、牛鬼型へと視線を向けた。
だが、その前に。
周囲には、まだD級のマガツが残っている。
「まずはわらわらと湧いて出てくる転売ヤーのごとき雑魚を片付けちゃお☆」
「例えがひどい!」
星歌のツッコミを聞き流し、イブは牛鬼型へ指を向ける。
「しばらく私のファンと遊んでてて牛さん」
その言葉とともに、牛鬼型の周囲へ半透明の人影が次々と現れた。
「なにあれ!?」
人、人、人。
全員が手にペンライトを持っている。
そして牛鬼型を取り囲むと、一斉に動き始めた。
右へ。
左へ。
腕を振り、身体を捻り、色とりどりのペンライトで夜の闇を切り裂いていく。
「オタ芸!?」
四方八方をファンに囲まれた牛鬼型が、明らかに困惑した様子で周囲を見回している。
イブはそちらを放置して、残ったD級へと向き直った。
「私を照らせピンライト」
何もなかった虚空から、一筋の光が落ちた。
スポットライト。
それがイブだけを鮮やかに照らし出す。
瞬間。
残っていたD級たちの動きが止まった。
一斉にイブを見る。
「おいで。ここまで来れたら握手会してあげる」
D級たちの目が――ハートになった。
「えっ」
次の瞬間、一斉に走り出す。
我先にと、イブ目掛けて一直線。
「ちょ、来てる来てる来てる!」
星歌が慌てる。
しかしイブは動かない。
D級たちが一ヶ所へ集まったところで、その眼前へ巨大なスピーカーが落ちてきた。
イブが笑う。
「嘘よ♡ 私そこまで安い女じゃないの」
そして、マイクへ唇を寄せる。
「――《脳が蕩ける美声》」
轟音。
スピーカーから放たれた音の塊が、殺到していたD級たちを正面から呑み込んだ。
頭部が揺れる。
膨らむ。
そして――内側から弾け飛んだ。
「は?」
星歌の口から、乾いた声が漏れた。
倒れていくD級たち。
文字通り。
脳が蕩けた。
「技名そのまま!?」
残ったD級は、一掃された。
「さて、次は牛さんだね」
イブが振り返る。
牛鬼型は未だ、大量のファンによるオタ芸の中心にいる。
「でも時間かかりそうだし一気にやっちゃお☆」
そう言ったイブの雰囲気が――変わった。
笑顔が消える。
静かに手を伸ばす。
「我、歌劇の魔女、ここに再臨する」
虚空から、光り輝く鍵が現れた。
イブはそれを握り、何もない空間へと突き刺す。
鍵を起点に巨大な魔法陣が描かれていく。
光の線が走り、紋様が重なり、やがてそこに一枚の扉が出現した。
扉が開く。
その向こうから溢れ出した光の奔流が、イブを呑み込んだ。
「きゃっ……!」
星歌が目を細める。
魔法少女の変身とは違う。
魔法を纏うのではない。
魔法を使うのでもない。
――魔女の魔法が、現実の法を押しのける。
「よく見ておけ」
隣から、ひょっとこの声がした。
「あれを使えることが、魔女の条件だ」
「魔女の……条件?」
「ああ。お前らの魔法少女としての名は、《組織》から与えられたものだ」
星歌がひょっとこを見る。
「だが、魔女の名は違う」
光の中心に、人影が浮かび上がる。
「魔女の名は――与えられた名じゃない」
ひょっとこは、光の中のイブを見据えた。
「己の魔法を突き詰め、その果てに自ら見つける――到達点の名だ」
「到達点……」
星歌がその言葉を繰り返す。
光が晴れた。
そこに立つのは、ただ歌う魔法少女ではない。
己の歌を己の世界へと変えた、一人の魔女。
――《歌劇の魔女》。
「よし、まずは聞いてください」
イブがマイクを握り、柔らかく微笑んだ。
「――《癒す音色の賛美歌》」
穏やかな旋律が流れ始める。
それに合わせ、イブの衣装が光に包まれた。
白。
そして緑。
清廉で穏やかな衣装へと姿を変え、イブがゆっくりと歌い始める。
優しく。
一音一音を大切にするように。
その歌声が戦場を満たしていく。
「…………あ」
鏡子が声を漏らした。
牛鬼型の身体から発生していた黒紫色の《呪毒》。
それが消えていく。
香仁子が爆風で吹き散らした時とは違う。
新たな《呪毒》が発生しようとしても、歌声に触れた瞬間、根本から立ち消えていく。
「《呪毒》が……」
それだけではない。
鏡子の身体に残っていた熱も、倦怠感も消えていく。
乱れていた魔力の流れまで、元へと戻っていた。
「治っています……」
「回復まで!?」
そして。
牛鬼型を取り囲んでいたファンたちは――泣いていた。
ペンライトを胸に抱き、涙を流している。
中には隣同士で抱き合い、肩を震わせている者までいた。
「ファンめちゃくちゃ泣いてるんだけど!?」
やがて最後の一音が消えた。
イブが一礼する。
「ありがとうございました」
ファンたちが涙ながらにペンライトを振った。
静かな余韻が戦場を包む。
それを――。
「さあ!!」
イブ自身がぶち壊した。
「落ち着いた会場をぶち上げるのはこの曲だぁぁぁぁ!!」
ギターの轟音が響く。
イブの白と緑の衣装が炎に包まれた。
炎が消える。
現れたのは、赤と黒を基調とした荒々しいパンクスタイル。
「――《灼熱の反抗歌》!!」
ドラムが鳴る。
爆発した。
「ドラム爆発した!?」
ギターが掻き鳴らされる。
牛鬼型の足元から炎が噴き上がる。
ドラムが鳴れば爆炎が弾け。
ギターが鳴れば火柱が走る。
先ほどまで号泣していたファンたちも、今やペンライトを振り回し、全力で跳ね、頭を振っている。
「切り替え早っ!」
炎が牛鬼型を追う。
しかし――速い。
巨体に似合わぬ速度で八本の脚を動かし、火柱の隙間を駆け抜ける。
蜘蛛の糸を使い、強引に軌道を変える。
何度か炎が身体を焼く。
それでも決定打にはならない。
「うーん」
曲を終えたイブが、逃げ回る牛鬼型を見る。
「なかなか捕まんないな」
そして、にっこり笑った。
「なら、やっぱこれだよね」
次の音が鳴る。
イブの表情が、ほんの少しだけ変わった。
「来てくれ」
手を伸ばす。
「私の――《最強のファン》」
光が集まった。
現れたのは、これまでのファンとは違う人影。
重厚な鎧で全身を覆った、一人の騎士。
「騎士……?」
星歌が呟く。
騎士は何も言わない。
ただ、剣を抜いた。
牛鬼型が動く。
八本の脚が地面を蹴る。
騎士が剣を振るった。
一閃。
蜘蛛の脚が宙を舞った。
「え?」
さらに一閃。
一本。
二本。
三本。
次々と脚が切断されていく。
そして――。
八本すべて。
牛鬼型の蜘蛛の脚が、根こそぎ切り落とされた。
巨体が地面へ叩きつけられる。
「えええええええっ!?」
あれほど捕まらなかった牛鬼型が、一瞬で移動手段を失った。
騎士はそれを確認すると、剣を収めた。
そして。
イブの横を通り過ぎる。
「……あれ?」
そのまま後方へ。
ライブ全体を見渡せる位置まで下がり、そこで足を止めた。
腕を組む。
「…………」
ただイブを見る。
ペンライトも振らない。
オタ芸もしない。
歌うイブを、後ろから静かに見守っている。
「なんか……」
星歌が首を傾げた。
「すごい『俺はこいつのこと分かってますけど?』みたいな場所にいない?」
「後方彼氏面だね!」
香仁子が言った。
「それだ!!」
やがて歌が終わる。
鎧騎士の輪郭が淡い光へ変わり始めた。
最後まで後方からイブを見守りながら、その身体が光の粒へと変わっていく。
イブは振り返らない。
ただ笑って。
「ありがと、私のファン一号♡」
鎧騎士は、静かに消えた。
「……ファン一号?」
星歌の中に疑問が残る。
だが、それを考えている暇はなかった。
「――――ッ!!」
牛鬼型が吼えた。
八本の脚を失った巨体が震える。
牛の口が大きく開いた。
そこから、黒紫色の《呪毒》が噴き出す。
さらに。
切断された八本の脚の傷口からも。
焼け爛れた身体からも。
全身から《呪毒》が溢れ出した。
「なっ……!」
先ほどまでとは濃度が違う。
黒に近いほど濃密な毒が、牛鬼型を中心に一気に広がっていく。
「みんな下がって!!」
星歌が叫ぶ。
五人が距離を取る。
だが、イブだけは動かない。
「最後の最後で派手に来たねぇ」
迫る毒を見ながら、マイクを握り直した。
「じゃあ――」
大きく息を吸う。
「最後、行くよ!!」
ファンたちが一斉にイブを見る。
「――《転輪の歌》」
一拍。
「ラストソングver.!!」
音楽が鳴った。
歌声が《呪毒》へ触れる。
消える。
《癒す音色の賛美歌》。
根本から毒を浄化していく。
ギターが鳴る。
炎が上がる。
《灼熱の反抗歌》。
浄化された空間を炎が駆け抜け、牛鬼型を焼く。
「今までの歌が……!」
星歌が目を見開く。
だが。
まだ終わらない。
半透明のファンたちが、何やら動き始めた。
「…………?」
ペンライトを置く。
どこからともなく鎧を取り出す。
兜を被る。
胸当てを着ける。
腕甲を着ける。
脚甲を着ける。
いそいそ。
いそいそ。
隣同士で背中の留め具まで確認しながら、次々と武装していく。
「なんで全員鎧着始めたの!?」
そして星歌は気づいた。
その鎧。
先ほど消えた《最強のファン》。
ファン一号が纏っていたものと同じだった。
一人。
また一人。
ファンたちが鎧騎士へと姿を変えていく。
やがて。
そこにいたすべてのファンが、鎧を纏っていた。
ただ一人。
ファン一号だけが、そこにはいない。
まるで、もういない最初の一人を弔うように。
その姿を受け継ぐように。
鎧を纏ったファンたちの頭上へ、光が集まる。
輪になった。
「……天使の輪?」
背中から翼が開く。
次々と。
鎧騎士たちが、光輪と翼を得ていく。
そして。
歌うイブの頭上にも、光の輪が浮かんだ。
背中から、大きな翼が広がる。
イブが腕を振り上げる。
それを合図に。
騎士団が飛んだ。
翼を羽ばたかせ、牛鬼型へ殺到する。
剣が振るわれる。
槍が突き刺さる。
斧が肉を断つ。
四方八方。
空から殺到する鎧騎士たちが、牛鬼型の巨体を切り刻んでいく。
牛鬼型が吼える。
傷口から《呪毒》が噴き出す。
だが、歌が消す。
また傷が増える。
毒が溢れる。
また歌が消す。
そして――。
イブが大きく翼を広げた。
白い羽根が、一枚。
翼から離れる。
その羽根に、炎が灯った。
二枚。
十枚。
百枚。
次々と翼から分かたれた羽根が、炎を纏う。
やがて夜空を埋め尽くすほどの、燃え盛る羽根がイブの背後へ広がった。
イブは歌う。
最後の歌を。
笑顔で。
高らかに。
炎の羽根が、一斉に降り注いだ。
騎士たちに切り刻まれた牛鬼型へ。
その身体へ。
その傷口へ。
次々と突き刺さる。
浄化。
炎。
騎士。
これまで歌われたすべてが重なり合い、《歌劇の魔女》の舞台が最後の瞬間を迎える。
イブが最後の一音を歌い上げた。
「――――ッ!!」
牛鬼型が最後の咆哮を上げる。
その巨体に無数の亀裂が走った。
亀裂から光が溢れる。
そして――。
牛鬼型の身体が、跡形もなく砕け散った。
残されていた《呪毒》さえ、歌声の余韻に溶けるように消えていく。
一瞬の静寂。
イブがマイクを下ろした。
そして、深々と頭を下げる。
「ありがとうございましたー!」
その瞬間。
『いぇーい!』
『サイコー!』
『イブちゃーん!』
半透明のファンたちが一斉に沸いた。
鎧姿のまま拳を突き上げる者。
翼を広げて飛び跳ねる者。
惜しみなく拍手を送る者。
そして。
「ピュ~~~~ッ!」
「ピュウッ!」
「ピヒュゥ」
「…………」
イブが顔を上げた。
「あ、今ひとり下手なのいた」
「そこ拾うの!?」
星歌が叫ぶ。
ファンたちは満足したように手を振りながら、一人、また一人と光の粒になって消えていく。
『サイコー!』
『またねー!』
『イブちゃーん!』
「ありがとー♡ またねー!」
イブも笑顔で手を振り返す。
最後の一人が消える。
翼が消え。
光輪が消え。
ステージを彩っていた光も、夜の中へ溶けていく。
そして。
戦場に、静けさが戻った。
「…………」
星歌はしばらく黙っていた。
「ライブだったね」
「戦闘だ」
ひょっとこが訂正した。
「途中から完全にライブだったよ!!」




