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2度目の守護者は失敗しない  作者: AIの奴隷
失敗しない男と落ちこぼれ魔法少女

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睡眠不足は良くない

第二十話 睡眠不足は良くない

眠れない。


 桃井星歌は布団の中で、何度目か分からない寝返りを打った。


「…………はぁ」


 枕元のスマートフォンを見る。


 時刻は、とっくに日付が変わっている。


 明日も学校だ。


 早く寝なければならない。


 分かっている。


 分かっているのに、目を閉じると考えてしまう。


 ――私の魔法って、なんなんだろう。


 一年間。


 訓練施設で何度も調べてもらった。


 魔法そのものは発動している。


 魔力も消費している。


 なのに、何が起きているのか分からない。


 最近は特に、このことばかり考えている。


 香仁子は爆発を武器にする方法を見つけた。


 猫は敵に近づかず、自分の力を活かして戦う方法を見つけた。


 昴は自分に攻撃力がないのなら、外から持ってくればいいと知った。


 鏡子は自分だけの戦い方を作り上げた。


 みんな、前へ進んでいる。


 自分だけが――。


「……寝よ」


 考えるのをやめよう。


 星歌は布団を頭まで被った。


 その瞬間。


『緊急出撃要請。緊急出撃要請』


「うわああああああっ!?」


 枕元から突然響いた大音量に、星歌は布団ごと跳ね上がった。


『マガツ出現を確認。指定魔法少女は直ちに出撃準備を開始してください』


「び、びっくりしたぁ……!」


 心臓を押さえる。


 眠気など一瞬で吹き飛んでいた。


 スマートフォンの画面には、緊急出撃を知らせる表示。


 夜間でも確実に本人を叩き起こすための警報だった。


「出撃!?」


 星歌はベッドから飛び降りた。


 寝間着を脱ぎ捨て、服を掴む。


「えっと、これと、これと……!」


 着替える。


 スマートフォンを持つ。


 部屋を飛び出す。


 階段を駆け下りる。


「行ってきます!」


 玄関を飛び出した。


 夜の冷たい空気が頬を撫でる。


「…………」


 誰もいない。


「…………あ」


 そこで思い出した。


「迎え、来るんだった……」


 緊急時は《組織》の車両が迎えに来る。


 星歌はしばらく玄関先で立ち尽くしたあと、そっと家の中へ戻った。


「…………待とう」


     ◇


 数分後。


 星歌を乗せた車両は、夜の街を走っていた。


 途中で香仁子、猫、昴、鏡子も合流し、車内には五人が揃っている。


「いやー、びっくりしたね、あの音!」


 香仁子はすっかり目が覚めているらしく元気だった。


「わ、私、飛び起きました……」


「ボクも!」


「私も驚きました。あれなら寝ていても気づきますね」


「そういう目的なんだろうけどさ……!」


 星歌はまだ少し心臓が痛い気がする。


「普通の通知だったら、私絶対『明日見よ』って寝てたよ」


「それでは出撃できませんからね」


「分かってるよ!」


 やがて車両が速度を落とした。


 窓の外には人の姿がない。


 すでに周辺住民の避難が完了しているのだろう。


 規制された道路。


 配置された《組織》の車両。


 そして、そのさらに向こう。


 複数の異形が蠢いていた。


「……D級、複数」


 星歌は呟いた。


 その光景を見ているうちに、別の景色が脳裏に重なる。


「なんか……思い出すな」


 初陣。


 あの日も、複数のD級マガツを相手にした。


 何をすればいいのかも分からないまま、本物のマガツを前にした。


 香仁子は魔法を使えば爆発する。


 猫は怖くて戦えない。


 昴はどれだけ速くても攻撃が通らない。


 鏡子の《氷壁》は近くにしか出せない。


 そして自分は、魔法が何をしているのかすら分からない。


 でも、今は違う。


 香仁子は、自分の爆発を武器として受け入れた。


 猫は、怖がりながらでも戦える方法を見つけた。


 昴は、攻撃力を外から持ってくればいいと知った。


 鏡子は《氷壁》を自ら纏い、《永久凍土の花嫁》という自分だけの戦い方を作り上げた。


 もう、あの時の私たちではない。


「…………」


 星歌は自分の手を見る。


「……私以外は」


「星歌?」


 香仁子が振り向いた。


「何か言った?」


「……ううん。なんでもない」


 車両が停止する。


 五人が降りると、聞き慣れた声が飛んできた。


「来たか、お前ら」


「ひょっとこさん!」


 少し離れた場所に、一人の男が立っていた。


 顔には、見慣れたひょっとこの面。


 腰にはすでに展開された刀――《月に叢雲》が差されている。


「現在確認されているのはD級が複数。避難は完了している」


 ひょっとこはマガツたちへ視線を向けた。


「俺たちが残りを片付ける」


「D級かぁ」


 香仁子が敵を眺める。


「ほんと初陣みたいだね」


「わ、私は……あまり思い出したくないです……」


「大丈夫だって猫ちゃん! あの時とは違うから!」


「そうそう! ボクたち、今は強いよ!」


 昴が胸を張る。


 ひょっとこは五人を見回した。


「好きにやってみろ」


「え?」


 星歌が聞き返す。


「実戦だ。今のお前らがどこまでやれるか見せてみろ」


「いきなり自由!?」


「危なくなったら俺が入る」


「それ先に言ってよ!」


「今言っただろ」


「そういう意味じゃない!」


 星歌の抗議を気にする様子もなく、ひょっとこは《月に叢雲》へ手を添えた。


「行ってこい」


「よーし!」


「が、頑張ります……!」


「ボク、奥のやつ!」


「では、私は手前から参ります」


「ちょっと待って! もうバラバラなんだけど!?」


 星歌の声を残して、四人が一斉に散っていった。


 そして最初に爆発したのは、当然のように香仁子だった。


「いっくよー!」


 爆発。


 爆風に押し出されるように香仁子が加速する。


 さらに爆発。


 方向転換。


 また爆発。


 右へ左へと爆発を繰り返しながら、夜の道路を走り回る。


「ひゃっほー!」


「それもう走ってるって言っていいの!?」


「走ってるよー!」


「半分くらい爆発で飛んでるよね!?」


 星歌のツッコミを置き去りに、香仁子がD級の横をすり抜ける。


 その足元へ、小さな《魔力球》を放り投げた。


「ここ!」


 香仁子が離れた直後、爆発。


 D級が吹き飛ばされた。


 以前なら、爆発することそのものが失敗だった。


 今は、その爆発が攻撃になっている。


 一方。


「これと……これと……」


 猫は道路脇でしゃがみ込んでいた。


「猫ちゃん何してるの!?」


「た、弾を集めてます……!」


「弾って言っちゃった!」


 猫の周囲には、すでにいくつもの石が集められている。


 一つを手に取る。


「…………えいっ!」


 轟音。


 投げられた石が砲弾のように飛び、D級を直撃した。


「当たりました……!」


「うん! 当たった! すごい!」


 猫が嬉しそうに次の石を拾う。


 怖いなら、近づかなければいい。


 遠くから投げればいい。


 実に単純な答えだった。


「これ面白い!」


「うわっ!?」


 今度は昴が星歌の前を駆け抜けた。


 その手には見慣れない武器が握られている。


「昴ちゃん何持ってるの!?」


「借りてきた!」


「使い方は!?」


「習った!」


「使用許可は!?」


「取った!」


「ならよし!」


 昴が消える。


 少し離れた場所から攻撃音が響いた。


 今の昴には、自分自身の攻撃力など必要ない。


 必要なものを持ってくればいい。


 そして最後の一人。


「では、参ります」


 氷が鏡子の身体を包み込んでいく。


 透き通るウェディングドレス。


 頭部を守るヴェール。


 そして手には、何重にも《氷壁》を巻き重ねて作った巨大なブーケ。


「何度見ても鏡子さんだけ絵面がおかしい!」


 鏡子がブーケを振りかぶった。


「えいっ」


 可愛らしい掛け声とともに、巨大な氷の塊がD級を殴り飛ばした。


 そのままドレス姿で次の敵へ歩いていく。


「…………」


 星歌は戦場を見渡した。


 自爆しながら走り回る香仁子。


 石を集めては投げる猫。


 色々な武器を試している昴。


 ウェディングドレス姿でブーケを振り回す鏡子。


「自由すぎない!?」


「そうだな」


「そうだなじゃないよ!」


 隣のひょっとこへ振り向く。


「これでいいの!?」


「倒せてる」


「倒せてるけど! 香仁子! そっち行ったら猫ちゃんが投げられない!」


「え?」


「猫ちゃん、今!」


「は、はい!」


 香仁子が飛び退く。


 直後、その横を石が凄まじい速度で通過した。


「昴ちゃん! 鏡子さんの前を横切らない!」


「なんで?」


「今ブーケ振りかぶってるから!」


「あ」


 昴が進路を変えた直後、巨大な氷のブーケがその場所を薙ぎ払う。


「危なっ!」


「だから言ったでしょ!」


「ありがとうございます、星歌さん」


「鏡子さんも振る前に言って!」


「次から気をつけます」


「もう!」


 ひょっとこはそんな星歌をしばらく見ていた。


「桃井」


「なに!? 今忙しいんだけど!」


「お前がまとめろ」


「…………はい?」


 星歌が振り返る。


「お前が一番、戦場をよく見ている」


「え?」


「それと、仲間もな」


 星歌は目を瞬いた。


「四人がどこにいるか。何をしようとしているか。今、一番把握しているのはお前だ」


「いや、私はみんなが好き勝手やってるから――」


「だからまとめろ」


 ひょっとこは戦場を指した。


「現場指揮官というやつだ」


「私が!?」


「ああ」


「なんで!?」


「今言っただろ」


「そうじゃなくて!」


「もうやってる」


「…………え?」


「さっきから、お前が声をかけるたびにあいつらの動きが噛み合ってる」


 星歌は戦場へ視線を戻した。


「難しく考えるな。見て、考えて、必要なことを言え」


「そんな簡単に……」


「桃井」


「なに?」


「お前が一番得意なことをやれ」


「…………」


 星歌はもう一度、四人を見る。


 自分の魔法が何なのかは分からない。


 だけど。


 今、自分にできることならある。


「星歌ー!」


 香仁子が叫んだ。


「次どこ爆発させればいい!?」


「えっ!? 私に聞くの!?」


「現場指揮官なんでしょー!?」


「聞こえてたの!?」


「早くー!」


「ああもう!」


 星歌は戦場を見渡す。


 敵の位置。


 四人の位置。


 誰が何をしようとしているのか。


「香仁子は右から回って! 猫ちゃんは正面! 昴ちゃんは奥の一体をこっちに誘導!」


「りょーかい!」


 昴が消える。


「あ、昴ちゃん!」


 星歌が叫ぶ。


「帰ってくる時、その辺の石拾ってきて! 猫ちゃんの前に置いといて!」


 返事はない。


 もう遠くまで行っている。


「聞こえたかな……」


「持ってきた!」


「速っ!?」


 猫の前に、いくつもの石が積み上げられていた。


「あ、ありがとうございます……!」


「まだいる?」


「えっ。あ、はい……」


「じゃあ次も拾ってくる!」


「待って昴ちゃん! 石拾うのが目的じゃないからね! 敵も誘導して!」


「分かってるー!」


 再び昴が消れた。


「猫ちゃん、その石! 正面!」


「はい!」


 投擲。


 D級が吹き飛ぶ。


「香仁子、そのまま右! 猫ちゃんの射線には入らないで!」


「はーい!」


「鏡子さん、香仁子が追い込んだやつ!」


「分かりました」


 巨大なブーケが振り下ろされる。


「昴ちゃんは――また石拾ってる!」


「ついでだよー!」


「ならいいけど!」


 星歌は次々と指示を飛ばした。


 不思議だった。


 さっきまで好き勝手に動いていた四人が、少しずつ一つの流れになっていく。


「……いける」


 星歌の口元に、小さな笑みが浮かんだ。


 魔法が分からなくても。


 自分で敵を倒せなくても。


「私にも、できることあったんだ」


 その時だった。


 鋭い警告音が鳴った。


『――緊急連絡』


 ひょっとこの通信端末から声が響く。


『瘴気濃度、急上昇』


 ひょっとこの視線が上がった。


『二度目の世界移動を検知。新手が来ます』


「二度目……?」


 星歌が振り向く。


 周囲の空気が変わった。


 五人も異変を察知し、動きを止める。


「ひょっとこさん?」


「あいつらとは別口だ」


 ひょっとこが《月に叢雲》の柄を握る。


「まだ来る」


 そして。


 夜の戦場に、新たな異形が姿を現した。


 八本の脚。


 巨大な蜘蛛を思わせる下半身。


 その上に乗っているのは、筋骨隆々とした人型の上半身。


 太い二本の腕。


 そして、その頭部は――牛。


「…………何、あれ」


 星歌が呟く。


 通信が入った。


『形態照合――牛鬼型と推定。B級相当です』


「訂正しろ!」


「えっ!?」


 ひょっとこが即座に通信へ割り込んだ。


「牛鬼は蜘蛛の身体に牛の顔だ。こいつは蜘蛛の下半身に牛頭の人型上半身だ。厳密には違う」


『…………』


「そこどうでもいいから!!」


 星歌の叫びが夜の戦場に響いた。


「B級! B級が来たんだよ!? 今そこ気にする!?」


「分類は正確な方がいい」


「命の危険より妖怪の解像度を優先しないでよ!!」


『……暫定呼称は牛鬼型のまま継続します』


「異議あり」


「まだ言うの!?」


 次の瞬間。


 牛鬼型が動いた。


「鏡子さん!」


「はい!」


 鏡子のドレスから氷の杭が伸び、地面へ突き刺さる。


 正面から受け止める。


 そのはずだった。


「――え?」


 牛鬼型が横へ跳んだ。


 八本の脚がアスファルトを蹴り、巨体からは想像できない速度で鏡子の横を抜ける。


「鏡子さん、右!」


「はい――」


 鏡子が杭を引き抜く。


 だが、遅い。


 再び固定するより先に、牛鬼型はさらに位置を変えていた。


「速い……!」


「だったら私!」


 爆発音。


 香仁子が爆風に乗って突っ込む。


「吹っ飛べー!」


 牛鬼型の眼前で爆発が起こった。


 だが。


 太い腕が振るわれる。


「えっ」


 爆炎が力任せに払われた。


「爆発って腕で払えるの!?」


「普通は無理だ」


「じゃあなんでできてるの!?」


「B級だからだろ」


「雑!!」


「わ、私が!」


 猫が石を握った。


「えいっ!」


 投げる。


 石が砲弾と化す。


 しかし牛鬼型の蜘蛛の腹部から糸が放たれ、飛来する石へ幾重にも絡みついた。


 勢いを殺し、軌道を逸らす。


「と、取られました……!」


「石を!?」


「じゃあボクが!」


 昴が走り出そうとした。


 その時。


「――っ」


 鏡子がふらついた。


「鏡子さん!?」


「すみません。少し……身体がだるくて」


「え!?」


 鏡子が自分の額へ手を当てる。


「少し熱もあるような……」


「ちょっと待って! さっきまで元気だったよね!?」


「はい。ですが、それより……」


 鏡子が手を伸ばす。


 氷が生まれた。


 しかし、いつもより僅かに形成が遅い。


「……魔力の通りが、悪いです」


「魔力の?」


「はい。出せないわけではありません。ただ……引っかかるような感覚が」


 ひょっとこの視線が牛鬼型へ向いた。


 その周囲には、黒紫色の靄が漂っている。


『対象周辺に異常反応を確認。瘴気とは異なる反応です』


「さっき、あれを吸ったか?」


「……少しだけ」


『症状との関連性を確認。対象能力を暫定的に《呪毒》と呼称します。詳細な作用は不明。接触および吸引を避けてください』


「流星、近づくな」


 走り出そうとしていた昴が止まる。


「え?」


「能力の詳細が分からない。今は接近するな」


「……分かった」


 昴が牛鬼型を見る。


 どれだけ速くても、その周囲そのものが危険なら迂闊には近づけない。


「鏡子さん、大丈夫!?」


「まだ戦えます。微熱と倦怠感くらいです。それに、魔法も使えます」


「それ大丈夫って言わないからね!?」


 星歌は牛鬼型を睨んだ。


 速い。


 硬い。


 遠距離攻撃は糸で止められる。


 近づけば《呪毒》。


 しかも、先ほどまで戦っていたD級もまだ残っている。


「……どうする」


 星歌は戦場を見渡した。


 考える。


 まず、全部を一度に倒そうとするのをやめる。


「猫ちゃん!」


「は、はい!」


「牛鬼だけ見て!」


「牛鬼だけ……?」


「倒そうとしなくていい! 石を投げ続けて、こっちに近づけさせないで!」


「分かりました……!」


 猫が石を投げる。


 牛鬼型が糸で絡め取る。


 もう一発。


 今度は八本の脚で横へ跳び、回避する。


 倒せない。


 だが、そのたびに牛鬼型は猫の攻撃へ対処しなければならない。


「昴ちゃん!」


「なに!?」


「猫ちゃんが投げる石を集めて!」


「任せて!」


「それと、ついでにD級の足を止めるトラップを設置して!」


「トラップ?」


「そう!」


 昴が周囲を見回す。


「どこに置く?」


「分かんない!」


「えっ!?」


「来そうな場所を狙わなくていい!」


「狙わなくていいの!?」


「予想してる時間がもったいない! 昴ちゃんは速いんだから、とにかく数をばら撒いて!」


「いっぱい置けばどれかに引っかかる!」


「そういうこと!」


「分かった!」


 昴が消えた。


「香仁子!」


「はいはーい!」


「《呪毒》がこっちに流れてきたら、爆発で散らして!」


「つまりドカーン?」


「そう! ドカーン!」


「任された!」


 爆発。


 黒紫色の靄が爆風に押し流される。


「鏡子さん!」


「はい」


「牛鬼は追わなくていい! 猫ちゃんの近くにいて、抜けてきたD級をお願い!」


「承知しました」


 その直後。


「石持ってきた!」


「速っ!?」


 猫の前に、新しい石が積み上げられていた。


「あ、ありがとうございます……!」


「トラップも置いたよ!」


「もう!?」


「まだ置く?」


「置けるだけ置いて! でも私たちが動く場所は避けてね!」


「はーい!」


 昴が再び消える。


 猫が投げる。


 牛鬼型が糸で防ぐ。


 さらに投げる。


 牛鬼型が回避する。


 その間にも残ったD級が動く。


 一体が猫へ向かおうとして――その足が止まった。


「かかった!」


 昴がばら撒いたトラップ。


「鏡子さん!」


「はい」


 巨大な氷のブーケが振り下ろされる。


 動きを止められたD級が地面へ叩きつけられた。


 別のD級が回り込む。


「鏡子さん、左!」


「承知しました」


 ブーケが薙ぎ払う。


「猫ちゃんは牛鬼だけ!」


「は、はい!」


「昴ちゃん、石とトラップ!」


「任せて!」


「香仁子、また《呪毒》!」


「ドカーン!」


 爆発。


 黒紫色の靄が散る。


 戦線は維持できている。


 牛鬼型は猫の投擲を無視できない。


 残ったD級はトラップと鏡子に阻まれる。


 《呪毒》も香仁子が散らしている。


 誰も倒れていない。


 だが。


「……足りない」


 星歌は呟いた。


 倒せない。


 守ることはできる。


 時間を稼ぐこともできる。


 でも、牛鬼型を倒す決定打がない。


「何か……」


 猫の力なら通るかもしれない。


 でも、石は糸で止められる。


 鏡子なら攻撃を受け止められる。


 でも、牛鬼型の速度に追いつけない。


 昴なら追いつける。


 でも、《呪毒》がある。


 香仁子の爆発は《呪毒》を散らせる。


 でも、牛鬼型そのものを倒すには足りない。


「何か……何か打開策を……」


「星歌さん!」


「えっ!?」


「右から来ます!」


「鏡子さんお願い! 猫ちゃんは牛鬼から目を離さないで!」


「はい!」


 ブーケがD級を叩き飛ばす。


「昴ちゃん、石!」


「持ってきた!」


「香仁子、《呪毒》!」


「任せて!」


 爆発。


「…………っ」


 考える。


 また戦況が変わる。


 指示を出す。


 考える。


 また指示を出す。


 頭の中で何かが形になりかけても、その間に誰かが動く。


 牛鬼型が動く。


 D級が動く。


 《呪毒》が流れる。


 四人へ指示を出している間にも、戦場は変わり続ける。


「どうすれば……」


 焦りだけが募っていく。


 自分が指揮を任された。


 なら、自分がみんなを勝たせなければならない。


「戦力が足りない……」


 星歌は戦場を見渡す。


「決定打になるものが……」


 香仁子。


 猫。


 昴。


 鏡子。


 四人の位置を確認する。


 それぞれができることを考える。


 使えるもの。


 使える力。


 今、この場にある戦力。


「…………」


 星歌の視線が止まった。


「…………ん?」


 ゆっくりと横を向く。


 ひょっとこの面と目が合った。


「なんだ」


「…………」


 星歌は瞬きをした。


 ――隣にいるのは誰だ?


 守護者だ。


 そうだ。


 ここにいる戦力は、自分たち五人だけではない。


 最初から、もう一人いる。


 自分たちと一緒に戦うために、この戦場に立っている人間が。


 星歌は改めてひょっとこを見る。


 この人がどこまで戦えるのか、自分は知らない。


 それでも、これまでの行動から身体能力がかなり高いことは分かっている。


 腰には刀もある。


 なら――確認すべきだ。


「あ、あの……ひょっとこさん」


「なんだ」


「何ができますか?」


 一瞬。


 ひょっとこが黙った。


 そして。


「合格だ」


「何が!?」


「持てる戦力の完全把握。現場指揮官には大事なものだ」


「今それ採点してたの!?」


「別に試験ではない」


「じゃあ合格って何!?」


「気にするな」


「気になるよ!」


 ひょっとこは牛鬼型へ視線を向けた。


「ちなみに」


「なに?」


「あれなら倒せるぞ」


「…………はい?」


 星歌が固まった。


「……倒せるの?」


「ああ」


「ひょっとこさんが?」


「ああ」


「あのB級を?」


「そう言ってる」


「先に言ってよ!!」


「聞かれなかったからな」


「そうだけど!!」


 ひょっとこは何でもないことのように続けた。


「息を止めて近づく」


「はい?」


「牛の首。牛の胴と蜘蛛の身体の繋ぎ目。それと、本来なら蜘蛛の頭がある場所」


 一つずつ、牛鬼型へ視線を向ける。


「その三ヶ所を一刀のもとに斬ればいい」


「…………」


「それで終わる」


 星歌は牛鬼型を見る。


 高速で動き回る巨体。


 蜘蛛の糸。


 周囲に漂う《呪毒》。


 それを見て。


 もう一度、ひょっとこを見る。


「それができるのはあなただけです!!」


「だから俺なら倒せると言っただろ」


「そうだった!!」


 なんだそれ。


 散々悩んでいた自分が馬鹿みたいではないか。


「じゃ、じゃあお願い! ひょっとこさん!」


「ああ」


 ひょっとこの手が《月に叢雲》の柄へかかる。


 星歌が息を呑んだ。


 思えば、この男が本気で戦うところを自分はほとんど知らない。


 守護者。


 魔法少女を守るために戦場へ立つ人間。


 その力が、今――。


「……いや」


「え?」


 ひょっとこの手が止まった。


 その視線が、牛鬼型から外れる。


 戦場のさらに向こう。


「だが、その必要はなさそうだ」


「なんで!?」


「お前が持たせたおかげで来たぞ」


「……何が?」


「増援だ」


 星歌が目を瞬く。


「増援……?」


「ああ」


 ひょっとこは、こちらへ近づいてくる人影を見ながら言った。


「救いの手――」


 一拍。


「いや」


 言い直す。


「歌姫の手がな」


「歌姫?」


 星歌がその視線を追った。


 夜の戦場。


 《組織》の人員が行き交うその向こうから、一人の女性が歩いてくる。


「あーあ。こんな時間に呼び出されるなんて」


 場違いなほど軽い声だった。


 星歌は、その顔を見る。


「…………え?」


 知っている。


 いや。


 知らない人の方が少ない。


「嘘……」


 香仁子も気づいた。


「え!? ちょ、待って!?」


 昴が目を輝かせる。


「本物!?」


 鏡子まで驚いたように目を見開いた。


「天空時……イブさん?」


 猫が呆然と、その名を口にする。


 天空時イブ。


 歌手。


 アイドル。


 そして――。


「《歌劇の魔女》……」


 星歌の呟きに、イブが振り向いた。


「ん?」


 五人を見て。


 にこりと笑う。


「あ、君たちかぁ」


「え?」


「真帆先のところの五人」


「真帆先!?」


 星歌が混乱している間にも、イブは牛鬼型へ視線を移した。


「話はあとね」


 そして、少し眠そうに息を吐く。


「夜も遅いし、明日も早いし……寝不足は美容の大敵ね」


 その手が、何もない虚空へ伸びた。


「さっさと片付けるわ」


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